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第9話

「あなたは私の事をどう定義する?」


 ここでの自分の宣言が、所詮は薄っぺらなその場しのぎの回答にしかなっていない事に。


「ハッ……ハハ…………ハッハッハッハッ!」


 志織の問いに、男子生徒は腹を抱えて笑い出した。その姿はまさに大爆笑と言え、あまりの勢いに男子生徒はビーチチェアから落下して床に転がりながら笑っている。


 志織にとっての会心の返答であり、まさかここまで笑われるとは思いもしなかった。


 そもそも人は意見をコロコロ変えると言ったのは男子生徒である。その理論から言って、今ここで志織がどちらのタイプであるかを決定する事に意味は無い。自己評価は自分を見つめ直す上で重要なことだが、自分だけで完結していては何の解決にもならない。


 「自分の中での自分」なんて確固たる物は存在しない。


 たとえそれを決定したとしても「なるほどお前の中ではそうなんだな」でお仕舞いだ。他人からの評価は、より自分を見つめ直す貴重な機会になる。自分の知らない自分、見えてなかった部分を理解する事は自己肯定感を育み、自我の成長にも繋がる。

ならいっそのことその偉そうな態度から、ありがたいお言葉でも頂戴しようか、という挑発でもあった。


「頑固かと思えばただの負けず嫌いだったとは、その切り返しは予想外だった」


「満足かしら?」


「上出来だ。これでお前のことを定義することができそうだ」


 一思いに発散したのか、男子生徒はすくっと立ち上がり、軽く服の汚れを払った。そこで初めて男子生徒の素顔を見ることが出来た。


 長いとも短いとも言えない無造作に伸びた寝癖交じりの髪。中性的で整った顔立ちはまだ少年の面影が見える。目があった瞬間、志織は息を呑んだ。


 つり気味になっている両目が、鋭い視線で志織を捉える。荒々しくはなく、静かに何の波風も立てず、飲み込まれそうな魅力に満ちた瞳。


 間一髪踏みとどまった志織は、思わず胸の前で腕を組んだ。その志織の様子を見て、男子生徒は口角を上げ再び「上出来だ」と呟いた。


「どうやら俺の事に気付いたみたいだな。なんで弱気な体を装っているのかと思ったら、まさか俺を本気で謀ろうとしているとは思わなかった」


「あなたの方こそ、私より有名でしょ? ギルドとは異なり、無償で学生の依頼を独自に解決する便利屋、確かファントム。滅多にお目にかかれないと聞いていたけれど、まさかこんなところを根城にしていたとはね」


 ギルドに屈していないのは何も新聞部だけでは無い。その中でも有名なのが、謎の便利屋といわれる存在、ファントムだ。


 その正体はまさに不明。栄凌学園の学生という事は分かっているのだが、依頼を受ける条件に情報漏洩を許さないという文言があるらしく、その存在だけが噂されている。


 咲から一度、その便利屋に相談してみないかと言われたことがあるが、その時は採用を見送った。出会おうと思って出会える存在では無いし、何となく胡散臭さを感じたからだ。


 それがまさかこんな棚から牡丹餅感覚で遭遇するとは思っても見なかった。


 初見で対峙した瞬間から、不気味さを感じていた。胡散臭いという認識は的を射ており、しかしそれは偽者と言う訳ではなかった。ギルドに一目置かれる存在として、この男子生徒は十分過ぎる資質を持ちえている。


 そこに気づいた時から、志織はこの男子生徒の口車にあえて乗ってみる事にした。


「室内だと慌しくて仕方が無い。今の季節なら、ちょうどここにいる方が気持ち良いんだよ。さて、それでは先ほどの質問に答えるとするか」


 男子生徒は足を組みながらビーチチェアに座った。


「俺から見て、お前はどちらかというと前者だが、一方で後者の適正も高い。柔軟性に優れ、かつ堅実に結果を残す。まさに優等生の鑑といえるだろう」


 だが、と男子生徒は続ける。


「それはどっちつかずとも言える。独創的な発想を持ちながら、利己的でリスクを考える余り、できる限り穏便な手段で物事を解決しようとする。目指したい目標があっても、それがリスキーな場合は妥協、もしくは諦めることを選ぶタイプと見た。今だって、本当はもうやるべき事が分かってるんじゃないか?」


「…………」


「沈黙は肯定とはよく言ったものだな」


 ここまで来ればもう驚くことはなかった。


 天才少女と称される志織だが、望むものを全て手に入れてきたわけではない。全て上手くこなせて見えるのは、引き際を弁えていたからだ。どんなきれいごとを並べても、極めないという事は諦めているのと同義だ。


 事実、志織はその分野の天才たちと戦った際、気付かれないように身を引いている。ぽっと出の自分が、才能ある人々の将来を脅かすのは心苦しい。そんなことを考えてしまうほどに、志織の心はある一点で冷めていた。


 傲慢な侮辱。


 しかしそれが一番良い落とし所だろう。


 そんな感情で志織は物事を決定してきた。


 それは今現在もそうだ。


『新入生である自分が生徒会長に立候補するなどお門違いであると、自粛している』


「私はあなたが嫌いです、だから正面きってぶちのめします。本当はそうしたいんだろ? ギルドなんて集団、馬鹿馬鹿しくて苛立ってるんだろ? 当選するかどうかなんて関係ない、ただ自分の意思を表明し、喧嘩を売りたいんだろ? でもできねぇよな? そんなことしたら学園のお前の立場は、逆風も良いところだ。あらゆる反感、四面楚歌。そんなリスク、冒したくは無いよな?」


 志織の思考に間違いは無い。自分を律し、和を乱さず、皆がより良く過ごせるように最大限の配慮を配る。よく出来た娘さんだ、と褒められるに違いない。


 逆に言えば、つまらない。多少派手に振舞っているように見えるが、その深層心理にあるのは保守的な意思だ。己の殻を破ろうとせず、なまじ基礎能力が高いため、出来ることをやっているだけで天才などと称される。


 神北志織は自分を天才とは思っていない。臆病な秀才止まり。それが志織の自己分析だ。


「要はお前の見込み違いって奴だ。これが普通の学校ならば、お前は生徒会長に立候補でもして名声を得ていたかもしれない。だがここにはギルドがある。学園を支配する独自のルールがある。それと自分の感情を天秤にかけた結果、お前は沈黙を選んだ。黙ってこの時を過ごし、来るかどうか分からない転機にかける事にした」


「それがいけないことだと?」


「別に? そうとは言ってない。もしそうと聞こえたのなら、それはお前の感情というフィルターを通した結果だ。切り捨てたはずの感情が、顔を覗かせてるだけだ」


「…………」


「さて、そんな困ったちゃんにはお兄さんから良い物をあげよう。諸手を挙げて喜ぶと良い。なんせ、『来るかどうか分からなかった転機』がこうしてきちまったんだからな」


 その認識に異論は無い。この便利屋と遭遇したことで、志織は自分の中で何かが決定的に変わる事を確信していた。


「一体何をくれるのかしらお兄ちゃん?」


 だからこそ、この波に乗り遅れる訳にはいかない。


「助言を一つ。支倉真一に会うと良い。この選択肢を採用するかどうかは、お前次第だ」


 支倉真一。現生徒会長にして、ギルドを束ねる長。


「虎穴にいらずんば虎児を得ずってこと?」


「得るのが虎子とは限らない。後は自分の目と頭で確かめろ」


 お前に事態を潜り抜ける度胸があるのならな。


 そこで昼休み終了のチャイムが鳴った。

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