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第8話

「では重要なのは何か。それは相手が自分にとってどんな人物かを見極め、どんな影響を与えてくれるかを的確に判断すること、つまり自分の中で相手をどう定義するかだ。相手という存在を固定的に見るのではなく、客観的・相対的に評価することで、認識にある程度の余裕が生まれ、突然の事態に対応できるようになるわけだ。そいつの自己紹介なんていう個人内評価に意味は無い。結局のところ、お前の中で俺はどんな人物に映っているかが重要ってわけだ」


 こいつは危ない、普通じゃない。まず率直に思ったことがそれだった。


 何がどう、と聞かれると答え難いが、少なくともギルドの派閥争いに悪戦苦闘している者たちよりは、明らかに聡明である。


 だがその内容、言い方、雰囲気など、総合的な部分は彼らよりも常軌を逸している。


 物事を斜に構えて見ているというよりは、見えすぎていて異質に感じられてしまう。


 志織とて、学生としては異色の経歴の持ち主だ。様々な大舞台に立ち、業界の大御所といわれる存在の目にも晒された事がある。試される、観察される目にはもう慣れ親しみ、もはやそのプレッシャーすら心地良いと感じるほどだ。


 だが、この男子生徒は違う。表面的な取り繕いに意味はない。そんなお前の自己紹介などに意味は無い。内に秘める心情。あらゆる動きを監視され、全てを見透かされている感覚。対峙しているだけで、一糸纏わぬ姿を全方位から監視されている羞恥心が沸きあがってくる。


 彼は見ているのではなく、視ている。聞いているのではなく、聴いている。常人が得られるであろう情報の何倍も高い濃度を一瞬で取得、処理し、解析を行っている。


 先ほどのこの男は言った。「マップがけをしておいたから」と。つまりそれは志織がここに来ることを予感していた?


「どうだ? お前の中で俺を定義できたか?」


「えぇ……あなたがまともじゃないって事はよく理解したわ」


「そいつは重畳。あとはそれとどう付き合っていけば良いか考えな」


 柏原や織田などの群がっている烏合の衆ではなく、この生徒は単体で完結している。力が強いとか、金があるとか、権力が高いとかではない。人として、一つの種族として、その存在に畏怖を抱かせる。


 とんだ化け物がこんなところに隠れていた。


「さて、それでは少し話をしようか神北志織。今お前はギルドの走狗から逃げるため、苦肉の策としてハシゴを上ってきたな? あぁそう難しい顔をするな。綺麗な顔なのに眉間に皺を寄せるな。なに、お前がギルドに反抗的な態度を取っている事はある意味で有名だ。そしてお前を餌に派閥連中のおかしな争いが起こっていることもな」


「じゃあ、私を引き入れた方にギルドの多数が票を入れるというのは本当なの?」


 敬語は止めた。この人物は敬うべき人物ではない。


「今現在、俺の把握している限りでは柏原と織田が互いに三割分ずつ。その他の候補に一割、残りの三割が浮遊票になっている。そのうち二割は三年だ。これを勝ち取れば後は芋づる式で票が見込める展開だな」


「二割……」


 数値として出されることで、志織はその重さを知った。二割というのは言ってしまえば千人分の意志ということだ。大抵の公立校の全校生徒に当たる人数の動きが、自分の意思に決定される重圧。それもただの生徒会ではなく、ギルドという暗部の行く末をも決定することになる。


「さて、この状況で神北志織はどう動く?」


 分からない。何をすれば良いか、何も思いつかない。私はどうすればいいの?


 問いかけに、志織は頭を降った。


「なるほど。今のお前は、自己決定に必要な物を見失っているんだな」


 感慨深く相槌を打つ男子生徒は、ふむ、と一旦間をおいた。


「人が行動を起こすためには二つの要素が必要だ。一つ目は何がしたいか、二つ目は何ができるかだ。これらは似ているようで違う。何がしたいかというのは願望だ。そして何ができるかというのは、現実的に取る事ができる手段が何であるかを模索することだ。個人の中で差があるのは、このどちらを先に決定しているかだ。目標を決め、そこから何が出来るかを考える。または選択肢を自分の中で挙げていき、その中で最も目指したい物を選び取る。前者はロマンチストだ。願望を優先する反面安定性に欠けるが、思いもよらない結果をもたらす可能性がある。後者はリアリストだ。堅実な結果を残す事が出来るが、自由が利かずに取捨選択を迫られることになる。さて、神北志織はどちら側の人間だ?」


 自由な発想で事態を改善させるロマンチストか。


 それとも堅実な立ち回りで結果を残すリアリストか。


 自分はどちら側の人間か。


「私は……」


 意思を決定しようと口を開く。


 志織はそこで言葉を止めた。


 優柔不断になった? 


 違う、志織はそこまで愚かではない。


 志織は確かに笑った。

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