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第7話

「いつまでそこにいるつもりだ?」


 突然背後からかけられた声に驚き、志織は危うく屋上から落下しそうになる。恐る恐る振り返ると、そこには確かに一人の男子生徒が寝転がっていた。


 というより、パラソルの下でビーチチェアに座り、極楽気分を満喫していた。


「…………」


 これには志織も言葉を失った。確かに梅雨入り前の五月下旬、暖かく風も気持ちいい季節ではある。だが、まさかこんな辺鄙な場所に、しかもこんなに寛いでいる人間がいるとは思わなかった。


 そして何よりこの人物はしっかりと栄凌学園の制服を着ており、ネクタイの色から二年生であることが分かる。もうこの光景を見ただけでも、相当な大物臭が漂ってくる。


 端的に言えば、関わりたくないタイプの人間であると言うことだ。


「おいおいお前、いつもそんな難しい顔して疲れないのか? もっと気を楽にしろよ。せっかくの美人が台無しだぞ?」


 相手の顔は日陰になっていて志織からは確認できない。その声音はナンパのような言葉遣いで不愉快ではあるが、近頃聞いていた耳障りな言葉ではなく単なる胡散臭さが漂うものだった。


「おーい、聞こえてるかー? 何か反応しろー」


「あ、えっと、すみません、聞こえています」


 立ち上がり、スカートの汚れを手で払う。野ざらし状態の屋上ではあるがそこまで汚れていなかったようで、洗濯をする必要まではなさそうだった。


「一応この前軽くモップがけをしておいたからな、感謝しろよ」


「はぁありがとうございます。それで、あの、つかぬ事をお聞きしますが」


「何だ?」


「あなたはここで何をやっているんですか?」


 率直に一番気になっている事を聞いてみた。この屋上には先ほど志織が上ってきたハシゴを使うしか方法は無い。ということは、この男子生徒はパラソルとビーチチェアを背負って上ったという事になる。そんな労力を使ってまで、果たして何をしたいのか。その目的が分からなかった。


「楽しいからな」


 しかし返ってきたのは要領を得ないものだった。


「えっと、だから何が楽しいんですか?」


「何って、ここでこうして寝転がることが。ギルドがどうとか、選挙がどうとかやってる下界をこうして見下ろす快感。くっだらねぇことに汗水流してんな、と馬鹿らしくなってくるぞ」


 ケラケラと笑い出した男子生徒に、志織の違和感は増した。学園を支配しているはずのギルドに対して、否定的な態度をとっていること。この生徒の場合はただ否定しているというわけではない。


 学園の最高権力、逆らったら違法な手段さえも用いて粛清を行うギルドという組織を、まるで子供のままごと同然に見下し嘲笑ってすらいるのだ。


 ただのイカレた存在か、それとも稀有な大物か。どちらにせよ、この男子生徒は咲以上にギルドをバカにしていた。


 ここでもう一つ、志織には引っかかる点があった。ギルドの構成員である生徒はこの屋上まで志織を追ってくる事はなかった。その理由を考えると、それは必然的にこの場にいる男子生徒が最有力候補になる。


 私物を持ち込むほどだ、ここが男子生徒の隠れ家的場所である事に間違いは無い。だとすればこの生徒は、ギルドにとって都合の悪い人物なのでは無いか?


 そうか、この男が……。


「あなたは……何者ですか?」


「それは名前の事を言ってるのか? それとも俺がどういう人物かを言っているのか?」


「どちらもです」


「ほう、噂通りの度胸だな。さて、じゃあ他人に名前を尋ねる時は自分から名乗るもの、と教わったことは無いか?」


「1-Fの神北志織です」


「うん、知ってる。あ、別に名乗ったからと言って、俺が名乗るとは言ってないからな」


「名乗られたのに名乗らないのは、失礼だとは教えられなかったのですか?」


「残念ながら良い育ちでは無いんだ、礼儀を知らない。許してくれ」


「…………」


「そしてもう一つの、俺がどんな人間であるか、という質問についてだが、これには流石に返答に困る。というのも、この質問は全くの無意味だ。ここで俺が言った言葉を嘘か本当かを判断する材料は、今のお前にない。多少観察眼を鍛えてはあるだろうが、それが返って混乱を招くことになるかもしれない。一つ、覚えておくといい。人間関係を成功させる上で重要なのが相手を知ること、と考えているのならそれは間違いだ。人なんて物はそれこそ安定していない。その日の気分、話し相手、些細な状況変化でも人はコロコロと意見を変える。僕は優しい性格の持ち主です、とか言う輩がいたら俺は間髪いれずに顔面に一発叩き込む。優しいってのは誰に対してだ? 何に対してだ? お前は何を持って自分を優しいなどと表現したのか? 道端で死んでいる子猫を土に埋める位の優しさなら、そんなもの俺には何の関係もない」


今度はどんな言い訳を用意しているのかと期待した志織は、しかし別の意味で予想を裏切られる事になった。屁理屈といってしまえばそれまでだ。


しかし志織にもその言い分が分からない訳でもなかった。

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