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第6話

 五月下旬。生徒会選挙告示まで残り一週間になり、やはり志織の周囲は更に慌しくなっていた。朝登校すれば校門で各派閥の長たちがお出迎え。


 昼休みになれば鬼が複数いる鬼ごっこが開始。放課後には代わる代わる勧誘を受け、にこやかに帰宅を見守られる。


 流石の志織も精神的に参ってきた感を否定できない。もういっそ不登校になってしまうかと考えはしたが、それは何か負けた気がするし、逃げ出したという事実は将来の自分にとって弱みになりかねない危惧があった。


 結局のところ自分は正面から戦うしかないと分かり、むしろこういうメンタルの持ち主だからこそ、ここまでの騒動に巻き込まれているのだと感じた。


 だが戦うとはなんなのか。


 はたして今の自分は戦っているのか。


 多くの人に愛想笑いを浮かべ、全ての勧誘を聞き流す。それを戦いと言えるのだろうか。確かに時間が解決してくれることはある。このままなぁなぁで選挙を向かえれば、その後は目立った勧誘などはされないかもしれない。


 だがそれは問題の揉み消しであり、志織が何かを成し遂げた訳ではない。結局のところ、これも逃げているのとなんら変わりは無い。ギルドの新しい長が決まり、ギルドの学園支配が続く。法律は何も守ってくれない。ここで通じるのはギルドという一つの集団の意識のみ。


『神北志織は選挙で勝った側につくらしいぞ』


 この噂を咲がキャッチしたのは先週の終わりだった。事実無根の嘘なのだが、今の段階で志織にその事実を否定できる材料は無い。誰も支持しないというのは、全員支持しているのと何も変わらない。


 そんな虫の良すぎる八方美人なのは、誰よりも志織自身が一番分かっていた。


 しかし、選挙がギルドの派閥争いになっている以上、誰を選んでもギルドに助力した事になる。誰が一番マシか、などという選択は無意味であり、志織にとって見れば全員ダメなのだ。


 郷に入れば郷に従えということわざもある。だが、それは何も考えなしに流れに身をゆだねるというのとは違うはずだ。


 この学園に入ったことが間違いだったのか、身の振り方をどうすれば良いのか。


 志織には自分の行く末が、全く見通すことが出来なかった。




 この日も昼休みに過酷な鬼ごっこを迫られ、志織は逃げ場所を探していた。なにせ相手は人海戦術でこちらを追い込んでくる。

 もはやそこには穏便に事を済まそうなどという気遣いはない。まさしくストーカーであり、脅迫と言い表せるほど鬼気迫ったものが感じられた。


 どの派閥も、志織を引き入れるには普通の説得――金銭や物品を餌にした賄賂などの交渉が普通かどうかは無視するが――では靡かないことを理解し、ある意味協力して志織の精神を圧迫、根負けさせる事に重点を置き始めていた。


 始めは派閥の地盤を固めるために志織を引き入れるという構図だったが、今はただ派閥に名前を連ねるだけで良いというスタンスである。もう志織の意思や理解は必要なく、エスカレートしたこの状況では、どの派閥もなりふりを構っていられなくなった。


 いかに広い学内といえど日に日に逃げる場所はなくなり、また自信があった体力もこう追い詰められては疲労の色を隠せなかった。


「いたぞ!」


 第二体育館を出た志織に、正面にいた生徒が声を上げる。もはや目に見える学生全てが志織にとって敵であり、こっちが指名手配犯にでもなったかのような錯覚を覚えてくる。


 流石に武力行使で黙らせる訳にもいかず、志織は進行方向を変えて体育館裏に逃げ込んだ。


「ッ!」


 しかしそこで足を止めた。本来走り抜けられるはずの体育館裏だが、そこにはカラーコーンで通行止めになっていた。見れば下水処理車があり、ちょうど作業の真っ最中。つまり今の状況は完全に袋小路で、逃げるには先ほど発見された体育館玄関にまで戻らなければならない。


 背後では人が集まってくる声が聞こえてくる。


「……あれ?」


 周囲を見回し、何か逃げれる手段は無いか模索した志織は、体育館横にあるハシゴに目をつけた。屋根の修理をするためか、そのハシゴは屋上にまで伸びており、志織でも少しジャンプすれば届く高さにあった。


 これしかない。今は少しでも時間を稼ぐことが必要である。二階建ての体育館は十メートルをゆうに超える高さを持つが志織にはロッククライミングも経験があり、加えて念のためにスカートの下にはズボンもを履いていた事が幸をそうした。志織はすぐにハシゴを上り始める。


 一階部分を通り過ぎたところで、ハシゴの下にはわらわらと人が集まり出した。その光景に群がるアリの群れを連想して思わず失笑するが、そう楽観視できない。確かに時間は稼げるが、屋上に着いたら文字通りの行き止まりであり、下手したら命の危険も付き纏うことになる。


 もうどうにでもなれ、と半ばヤケクソでハシゴを上り続けた志織は、しかしある違和感を抱く。ハシゴの揺れが殆ど感じられない。確かに頑丈ではあるが、誰かが後を追ってきたらその振動が志織にも伝わるはずである。


 手を止めて地上を確認すると、やはり誰も上ろうとしていない。志織が上り終えてから来るのかと思えば、しかしなにやらせわしなく会話をするだけで、誰もハシゴに手をかけようとはしていない。


 まるでそこに触れてはいけないかのように。


 上りきった志織は屋上に転がり込んだ。しかし急いでハシゴを確認すると、やはり誰も追ってくる気配が無い。


 老朽化などで本当はハシゴが脆くなっていたのか?


 ということも考えたが、上った感触ではそのような箇所は感じられなかった。この期に及んでハシゴが怖くて上れないというのはありえない。


 このハシゴに、いや。体育館の屋上に、一体何があるというのか。

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