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第5話

「それはそうだけど、今は私みたいな小物相手にする暇なんてないんじゃないのかな? 今は何より選挙の根回しが最優先事項でしょ」


 そんな新聞部が今注目を集めているのが、志織がギルドのどの派閥に属するのか、というものと、二ヵ月後に控えた生徒会長選挙である。


 信頼と実績のある学園の顔として、五千人を越える生徒の長を決める選挙といえば大変重要で、名誉ある役職である。だが実のところ、栄凌学園において生徒会長というのは言ってしまえばおまけのような役職である。注目されるべき、最も重要視されるべきは、次期生徒会長という役職が、次期ギルドの長と同義である点だ。


 つまり生徒会長選挙とは、事実上のギルドの派閥争いを意味していた。


「その一環が私の勧誘って、もうちょっと有意義な時間の使い方を覚えてもらいたいものなんだけれど」


 容姿は整い頭もよく、ここ一番での度胸の強さは中学時代に既に実証されている。各派閥としては、志織という優秀な部下を率いている事を売りにして、支持を広げようとする思惑があった。要するに、「客引きパンダになれ」と言われているのだ。


「もっとも、ほとんど選挙は柏原先輩と織田先輩の一騎打ちになるって話だけどね」


 織田という名前を聞き、志織の頭に柏原とは対照的な筋骨粒々で色黒の活気に満ちた男子生徒が思い浮かんだ。


 織田清司、陸上部に所属し一年生ながら去年のインターハイ五千メートルでは三位入賞、今年の新人戦では同種目において見事優勝と大会新記録を樹立したエースである。次代のオリンピック代表との呼び声も高く、今の栄凌学園の運動部で最も輝いている人物である。


 志織にとっては柏原と同等に幾度となく勧誘を受け、また中学の駅伝で区間記録を出しているため陸上部にも勧誘されるなど、扱いが難しい相手でもある。性格も根っからの体育会系で、我が強く何でも勢いで物事をなそうとする傾向にあり、率直に言えば暑苦しいタイプである。


 柏原を知力と捉えれば、織田は武力と捉える事が出来る。柏原が文科系の後ろ盾を得ているのと同じように、織田は運動部系列の後ろ盾を得ている。


 この両者の戦いは、双方のタイプから言っても真っ向から対立していた。


「負けた方の支持クラブが冷遇されるのが目に見えているから、余計タチが悪いって新聞部で噂になってるよ」


「インターハイ前の運動部に予算削減とか入ったら、一体どうなるんだろうね」


「最悪暴動が起きるかも…………で、どっちにはいるの?」


「ちょっと待って、私が入った方が勝つみたいな雰囲気で言わないでよ」


 両者の支持率はほぼ拮抗している。ちょっと有名な新入生が加入した位では、五千人に及ぶ生徒数の意識に対して、小石を投げ入れる程度の話でしかないはずだ。


「いやいや、実質そう捉えられても仕方が無い構図なんだって。今のところ両者の支持率は拮抗してて甲乙つけがたいけど、ここで志織が応援演説なんて行ったらそれこそ良い起爆剤だよ。実はここだけの話だけど」


 そこで咲は耳打ちするように声を小さくした。


「三年生の中には志織が支持した側に入れるって動きもあるみたいだよ」


「ッ! ちょっと待って、それどういうこと!?」


 唐突な情報提供に志織は目が点になる。


「結局、三年生にとって見れば自分たちが関与しないことだから、基本的に興味が無いのよ。どっちに入れても良いと思ってる人が少なくないみたいで、じゃあ何を基準で決めるのかっていったら」


 咲に指さされ、志織はその指を思わず凝視した。


「あんたを派閥に迎え入れることが出来た方にしようってことになっているんだって」


「あぁ……頭が痛くなってきた」


 二年生の住み分けはほぼ完了しており、新入生にも着実に勢力を広げている中、浮遊票として存在するのは三年生である。もちろん三年生の中にも、すでにどちらに投票するかを決めている者は少なくないだろう。上級生だからと言って、そもそも幹部である二人に意見を出来るほどの者が大勢いる訳ではないはずだ。


 ではここで重要なのはどんな人物か、それは最有力候補二人にも媚を売る必要が無い人物。代表的なところを言えば、現ギルドの長を全面的に支持している層などである。彼らからしてみればどちらが長になろうと関係ないし、どちらを支持したとしてもお咎め無しである。


 志織は両派閥から客寄せパンダになれといわれているのでは無い。もう既に両派閥に対して、客寄せパンダを演じさせられていた訳だ。


 知らないほうが良かった。元々屈するつもりはないが、そんな裏事情があると知ってしまえば、選挙が始まってからより過激な勧誘が始まる事は明白だ。いいや、それはもはや勧誘と言えるだろうか。ただの五千人の頂点というだけでない、生活の裏側の実権すら握る戦いに、そんな生易しい表現が当てはまるだろうか。


「志織、眉間に凄い皺よってるよ?」


「これが眉間に皺がよらないわけが無いでしょう」


 状況は思っている以上に最悪だ。


「ならいっそ、事態の打開を依頼するとか?」


「誰に?」


「…………ギルド? イダダダダダダダッ!! 痛いよッ! グリグリしないでよッ!」


 溢れんばかりの怒りを込めて咲のコメカミに拳をこすりつける。


「これが本当に同じ女子の腕力? ゴリラに絞め殺されてるのかと思ったよ」


「どこからどう見ても奥ゆかしい大和撫子でしょうが」


「志織……大和撫子は素手でリンゴを握りつぶせないよ」


「か弱いことが大和撫子だと誰が言った」


 我ながら暴論であるとは思ったが、握力二百の霊長類最強に肩を並べたくはなかった。


 そんなリンゴみたいに、抱えている問題もすり潰せるわけがないのだ。

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