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第22話

 今週だけで三回、昼休みに志織が体育館の屋上へ続くハシゴを登った回数だ。いいや、そもそも今週が始まって数日しかたっていないので、毎日通っている事になる。


 何を律儀に通い妻かと内心吐き捨てるが、ギルドを追っ払えるというメリットは今の志織にとって救済以外の何物でもないわけだ。


 そして何より、今日はなさねばならないことがあるのだ。


「毎日毎日律儀にハシゴを登ってきて、お前は通い妻にでもなったのか?」


 屋上にたどり着いた途端、その主に嘲笑される。一分もしない前に自虐したことを、他人の口からもう一度言われるという偶然にハラワタが煮えくり返る。


 いいや、これは本当に偶然か?


「へぇあなた、人の心が読めるの?」


「あぁもちろんだとも」


 わざと的を外した突拍子の無い問いは、あっさりと受け流された。


「もっとも、今のお前の気持ちなんて読むまでも無い。俺に対しての苛立ちが溢れている。また先手を取れなかったと、舌打ちの嵐だろう」


 昼休みになってすぐに教室を出たにも拘らず、この男子生徒は既にこの場でいつものパラソルの下にあるビーチチェアに腰掛けている。それどころか、今日はアイスティーらしき飲み物まで用意している。


「あなた授業に出ていないの?」


「出ていると言ったら、お前は信じるのか?」


「全く」


「ならその質問に意味は無い。それは何の発展性も無いただの確認だ」


「なら、あなたは何故こんな学校に通っているの? いえ、そもそもあなたが学校に通う理由は何?」


「今日日、高校を出ていなければ話にならないだろう?」


「それはそれは、すごい一般的な考えね」


 しかしこの男子生徒は一般とはかけ離れている。この男子生徒を普通と定義するには拡大解釈にもほどがあるし、何より同属とされる本当に普通の高校生に対する侮辱以外に他ならない。


「やれやれ、これでは一向に引かないと見える。簡単だよ、通えと言われているから通っている。そこに俺の意思は無い」


 それは誰から? という言葉を間一髪飲み込む。


「それは父親から?」


「はぁ……雅美か」


 嘆息する姿を見て、志織は内心ガッツポーズを取る。素直に聞くだけでは絶対に答えを得られない。持っているカードを最大限に使い、相手の裏を取る。


「まぁそういうことだ。満足したか?」


「えぇ、あなたも人の子なのだと思って安心したわ」


 こんな人物でも父親に逆らえないのだと思うと、なんだか可愛く思えてしまう。今までのひねくれた言動も、反抗期のそれなのだと考えれば苛立ちはしない。


「親が人外だとしても、その子供は人の子と言えるのだろうか」


「どういうこと?」


「察しろ、こっから先は有料だ。さて、それで今日は何しに来たんだ? まさか俺が愛しくて顔を見せにきたなんて、本当の通い妻になったわけでもないだろう」


「むしろあなたは嫌いよ」


 偉そうに人を値踏みしている。そんな人物の鼻を明かすのが、志織には快感でならない。


「私のやるべきことが見つかったわ」


「ほう、戸根との対話がお前に活路を見いだしたか」


「おかげさまで、来るかどうか分からない好機がたくさん来たからね」


 始まりは支倉真一に会った事。そこで全てが決まっていた。


「ギルドを潰す。そのためにギルドに対抗する組織を作る。生徒の、生徒による、生徒のための慈善活動。無償で生徒のために尽力し、学校生活を清らかにすること。それを作り上げることが、私のやるべきこと。今のあなたみたいにね」


 ギルドに敵対するとは、ただギルドに不満を言うだけでは足りない。ギルドの仕事を奪い取るという点に着目する。無償で同じ仕事をしてくれるのならば、ギルドを頼る者はいなくなる。


 つまり便利屋であるこの生徒の活動を、学園公式のボランティア活動にする事に他ならない。


「内側から崩すのではなく、外側から叩き潰す。なるほど、組織を破壊する点においては間違ってはいない。しかし前者に比べればお前の手段は安定性に欠ける。ギルドに取り入り、幹部にまで上り詰めて組織改革をすることの方が確実なんじゃないのか?」


「それは単に好みの違いよ。私はギルドが好かない。手段とは言え、頭を下げて色に染まるなんて真似、絶対にしたくない」


「なるほど、確かにそういう直感は大事だ。何より、お前はその感覚をもっと全面に押し出すべきだな。そうすればもっと視野が広がるだろう」


 教師めいた発言が多少癪に障るが、なによりこの発想は便利屋という先人がいたからこそのものであるため、甘んじてその評価を受け入れる。


「なんにせよ、やることが決まってよかったじゃないか。これでこれから精力的に活動できる。あぁ頑張ってくれたまえ、まさに青春だ」


「あんたねぇ、分かっているくせに他人事のように振舞うのはやめて欲しいのだけれど?」


 先ほどのは熱心な教師、変わって今度はやる気の無い部活の顧問のような薄っぺらな言葉は、しかしこれから起きる事を全て把握している事による逃避である。


「あんたにも仕事を持ってきたのよ便利屋さん。働いてもらえるかしら?」


 遭遇できれば便利屋は殆どの願いを叶えてくれる。その権利を今こそ行使するべきだ。


「やれやれせっかちなお嬢さんだ。まぁ内容は大方予想はつくが、しかし物事には順序ってものがあることをお前も理解しているはずだ」


「まずはその組織を作る基盤を作れって事ね」


 あっさりと承諾したことを良いと捉えるか、悪いと捉えるか。どちらにせよ、協力してくれるのならば何も変わらない。


「事が事だけに、今日中にそちらの意見をまとめないと時間切れだぞ」


「分かっているわ。必ず意見をまとめてみせる。だからあなたも覚悟しておきなさい」


「これは貸し一つほど要求してもバチは当たらないと思うのだが?」


「いいわ、こっちも無理な要求をしている以上、貸しの一つをあげましょう。でもそれは成功報酬。全部終わってからにして」


 クリアしなければいけない問題が多く存在する。口に出すだけならばまだ理想。実現させることで、その意思は初めて意味を持つ。


 ここからが正念場、神北志織の真骨頂を発揮する時だ。

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