第21話
この時ほど授業に集中できなかった時はないと心から言える。もう志織の思考は全てこれからの自分の計画立案に割かれ、内容なんて全く頭に入らなかった。
姿だけ見れば熱心にノートをとる生徒かもしれないが、教師の雑談の際にも一切顔を上げずに鉛筆を走らせているのは、異常であった。
「神北さん」
「戸根先輩?」
組み立てが一段落ついた三限の終わり、廊下のロッカーに出番のなかった教科書を仕舞おうとしていた志織に声をかけてきたのは戸根だった。
休み時間に三年が一年の廊下にいることはこの学園では珍しいことではないが、戸根の立場を知っている者から見たらよからぬ推測をされそうな構図である。
「少し時間良い?」
問われ、すぐに首を縦に振った。放課後に隠れて会うのではなく、わざわざ学内で接触するリスクを負ってまで戸根が訪ねて来たのは何故か。志織に出来るのはリスクを最小限に抑えることであり、ついてはすぐに人通りのない場所に移ることだった。
教室を見るとちょうど咲と目が合った。角度的に戸根も見えているのか、咲はハッとした表情をした後、事態を察したのかゆっくりと頷いた。
戸根に連れられて移動し始め、たどり着いたのは部室棟という五階建ての建物の、第三文芸部という部屋だった。戸根が所属している部活らしく取り出した鍵で扉を開錠し、志織を招き入れる。
「授業をサボらせる真似なんかさせてしまって本当にごめんなさい」
「いえ、気にしないでください。確かに初めてですが、これはこれで中々スリリングな体験だと思っています。それに、どちらかというとここでどんな話を振られるかの方が怖いですね」
すでに四限開始のチャイムは鳴っているが、先ほどのアイコンタクトによって咲がフォローをしてくれているはずである。ノートも後で写させてもらえばそれで良い。
「放課後でも良いかと思ったのだけれど、できる限り早く聞いておきたかったの」
慣れた手付きで淹れられた紅茶が、志織の前に出される。質素なテーブルを一台挟み、二人は向かい合って座った。
「単刀直入に言わせてもらうと。神北さん、あなたに私たちのリーダーになって欲しいの」
「リーダー……ですか……」
「あまり驚いていないという事は、それとなく予想していたということかしら?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「いいの、私自身まとめ役なんてやってるけど、担ぎ上げられたに近い立場なのよ。皆人一倍に不満は持ってるけど、それをまとめる立場になんて立ちたくない。実際、今の私たちがやっていることなんてギルドからすれば子供のままごとよ。大した影響力もなく正論らしい正論を、不満を述べているだけ。隠れて集まってることにはなってるけど、もしかしたら知ってて見過ごされているだけかもしれないしね」
鬱憤を吐き出すような戸根の言葉は、しかし的を射ていた。この学園の中でバレていないと、どうして高がくくれる? 自分たちが敵対している集団はそこまで愚かか?
「この学園で生活してきて三年目、この活動が無意味だって分かっているの。でもね、やっぱり学生としての生活なのに、その枠を超えた許せないことが起きてしまうの。権力に怯え、媚びへつらうように生活する。大人の世界になったら仕方が無いないのかもしれないけど、学生の中でその考えが必要なのか。お金とかで問題を解決してしまうことが正しいのかって考えると、やっぱり私は認めたくない」
そこで戸根は一拍おくように一度紅茶に口をつける。
「そんな時、あなたが現れた。ギルドから数多く勧誘を受けているのに、それを断り続け私たちに接触してきた。この言い方は卑怯だと思ってる、まだ入学して二ヶ月も経っていない新入生に言う言葉では無いけど、あなたは私たちの救世主になりえると思うの」
ギルドによる権力が横行する学園の現状を変える事が出来る者。ギルドに反発する者たちの受け皿になる事が出来る資質。ギルド側からも一目置かれた存在。この条件が揃っていて、先陣を切ってギルドと戦わないという選択肢を考えないはずがない。
戸根の言葉を持ち上げすぎであると一蹴する事は簡単だ。断る理由ならいくらでもでっち上げる事が出来る。
『来るかもどうか分からない好機が来ちまったんだからな』
この言葉が脳裏に駆け巡った。
「本当に私で良いんですか?」
「むしろ、あなたより相応しい人間がどこにいるんですか? 私、人をまとめる力はなくても、人を見る力は多少あると思ってるの」
反発していようとも、二年間ギルドの支配の中で生き残った先人の言葉は、嫌でも現実味を帯びていた。
「……分かりました。お引き受けします」
考えなかった訳ではない、しかしそれが最も効果的であると考えた展開を了承する。
「ありがとう。あなたならそう言ってくれると思ったわ」
戸根の笑みは、今まで背負っていた重みが軽くなったためか。
「ですがここで私がイエスと言ったとしても、他の方々からの了承が得られなければ意味はありません。特に」
「水林君ね?」
戸根の言葉に頷く。そもそも発言の影響力は、戸根よりも水林の方が大きい。補佐という立場に止まっているが話し合いの流れを握っているのが水林であり、その説得は必要不可欠だ。
「水林先輩をどう見ますか?」
「確かに彼はちょっと難しい人よ。でも、実はあなたの招致を提案したのも彼なの」
「水林先輩が?」
「ええ。きっと私たちの力になってくれると。皆その考えに賛同して、昨日の場が作られたの」
「なら、始め私は水林先輩と同じ補佐という立場を取るのはどうでしょうか? そうすれば余計な反発を生まずに話を進めることが出来ます」
「あなたから見て水林君は警戒すべき人物って事?」
「するに越した事は無いと思っています」
志織から見た水林は、かなり我の強い人物である。二年生ということで戸根に遠慮しているが、実際はリーダーとして君臨したいのだと思っていた。その中で、心強い味方でありながらも自身の存在を脅かすほどの人物を招き入れる。
志織を御しきれると考えているのだとすれば、それは志織にとって侮辱である。
「分かったわ。思えば、昨日の今日で私も焦りすぎてた。ここは順序良く行きましょう。それじゃあ、さっそく昨日の話し合いに参加した感想を聞かせてもらって良いかしら?」
「先ほど戸根先輩が言ったことで概ね間違っていません。不満を述べるだけマシ、と捉える事はできますが、それでは何も変えられない」
「それじゃあ、あなたはどうすればそれを変えられると思う?」
あの話し合いに意味は無いと、思うだけでは何も変えられない。それでは話し合いに参加していたもろもろと同じだ。
考えるべきは、現状の破壊だ。
「ギルドに代わり、学園の問題ごとを解決する組織。その設立を目指します」




