第8話 俺が守らなきゃ……!系男子、俺氏
「柊華院のギャル、ずっと話題ね」
「そうだな。だいぶ言われてる内容も二転三転してるけど」
あれから一週間ほど経過した日のこと、俺と小唯はそんな事を言い合った。
期間が空けど、紫埜への憶測や噂を中心とした話題は止む気配がなかった。
あいつ自身がちやほやされて嬉しいなんて言っていた手前、今の状況をどうすればいいか迷っているのが俺の現状である。
そもそも、俺がこの話題を積極的に止めようとするのも不自然なわけで、これに介入するという事は俺があいつの関係者と名乗り出るのと同義だ。
つまり、俺が今から取れる手段はめちゃくちゃ雑に言えば、紫埜を取るか自分の保身を取るかの二者択一。
まぁ勿論、その二つだけなら紫埜の噂を否定する方を取るのだが、問題はあいつのスタンスである。
あれ以降、接触はない。
連絡先を交換しなかったせいで、アイツとコンタクトを取りようもない。
電車で話しかけると俺が狙っている男子の群れの一部だと周りに勘違いされそうだし、紫埜も俺に話しかけてくる気配はない。
どうすればいいかわからずじまいになっている。
紫埜に関しては、なんなら楽しそうな表情にも見えるくらいだ。
「なんだかそのギャル、家出しながら男の家を転がり回ってるって話になっているけれど」
「らしいな。そのせいでおこぼれ狙いの男子が、露骨に俺の乗る電車に増えてる」
「野蛮ね」
不快そうに言う小唯。
それに対し俺は、男なんかそんなもんだろと思わなくもない。
男の行動なんか、基本はプライドか性欲が原動力だからな。
あと、俺が動いていない理由として、これまで挙げたものの他にアイツの家柄がある。
この間、ついに紫埜の母親と電話越しだが話す機会をもらえた。
そこでの会話によると、意外にもあいつの護衛は秘密裏にきちんと行われているらしい。
当然電車内での出来事も親は把握しており、それについては、
『実はあの日、佑己君が助けなくてももう少しでうちの者が止めていたの。なんなら、あの男は下りた駅ですぐに捕らえさせてもらったわ』
などと言っていた。
それを聞いた時、俺の勇気はなんだったんだ!? という思いと、彼女の身辺への安心感と、まぁそりゃそうだよな……という感情でいっぱいになったのを覚えている。
だからこそ、現状を別に放置していたとして、紫埜が最悪の状況になる事は考えにくい。
俺が下手に動くよりも安全かもしれないくらいだ。
だがしかし、それはそれで思う所があるのも事実だ。
さっき言ったが、男の行動の原動力はプライドか性欲。
今回に関しては、俺のプライドに関する問題である。
仮にも一応俺の婚約者となっている紫埜に、好き勝手散々な噂を広められているのがシンプルに不快だ。
ただのエゴだが、俺だって何かしたい。
いつの間にかシーンと静まり返っている教室。
気付くと、移動教室に遅れたせいで、教室には俺と小唯しか残っていなかった。
彼女はじっと、考え込む俺を見ている。
時間には気づいているはずなのに、始業ギリギリの今まで放置していた理由。
俺はしびれを切らして言った。
「お前、大体察してるだろ」
「いいえ。全くよ。あなたが例のギャルと知り合いだって事くらいしか」
「それが本質の八割だよ。安心してその頭の良さを誇っていい」
「上から目線でムカつくわね。……っていうか、どうして話す気に?」
「……友達に隠し事をし続けたくなかったから」
ドストレートに言うと、小唯は目をパチクリさせた。
そのまま、徐々に頬を紅潮させ、そっぽを向いて俺の脛を蹴る。
「痛ッ!!!!!!」
「お、大げさね。まるで複雑骨折でもしたような反応して」
「いや折れてる!」
本当に、冗談抜きでそのくらい痛かった。
と、小唯はニマニマしながら俺を見ていた。
わかりやすい奴だ。
「はっきり言うけど、ギャルが電車内で襲われたっていう事件、俺は当事者だ」
「……」
「で、助けたのも俺だ。あの野球部は居合わせたけどなんにもしてない。目が合った時も逸らされたしな」
あの日、俺は電車内を見渡して、誰かが助けに行かないか確認した。
その時に勿論同乗していたあの野球部も見たが、目が合うなり気まずそうに逸らされている。
小唯は納得したように頷きながら、意地悪く片眉を上げた。
「当事者は二人。一人はだんまりで、もう一人は都合良くねじ曲がった事実を受け入れている。だれがこの噂を流したかなんて、言うまでもないわね」
「そうだな」
柊華院のギャルとして紫埜のことがうちの高校で話題になったのは、間違いなくその噂のせいだ。
そしてその噂の出どころは、ほぼ100%野球部の先輩本人からだろう。
正直とっくに気付いていたが、ツッコむのも面倒なので泳がせていた。
ここらで清算してもらってもいいかもしれない。
だがしかし、肝心の策がない。
「あの先輩、なまじ女子人気あったからタチ悪いわよ?」
「イケメンって騒がれてるもんな」
「えぇ。ヒーローって噂の相乗効果も相まって、今じゃ一番モテてるんじゃないかしら」
「……ということは、俺が名乗ればそのファンが俺に靡いたり?」
「しないと思うわね」
「デスヨネ」
やはり辛辣な小唯さんであった。
ジョークでもなく、真顔で淡々と言ってくるのが余計にくる。
やっぱこんな奴に話さなければよかった。
小唯は頷きながら喋った。
「でも、あなたの誰にも話さないって決断は正しかったと思うわ。例のギャルと関係があるなんて知られたら、男子達に刺されるわよ」
「物騒なこと言うな」
ふと思ったが、その場合俺は助けてもらえるんだろうか。
紫埜に極秘ボディーガードが付いているとは聞いたが、俺の事も守ってくれたりしないかな。
……いや、ないな。
なんとなくだが、長年の勘で俺は救われない気がする。哀れなり。
「まぁなんにせよ、本人と話すしかないんじゃないかしら?」
「そうだよな」
話すと言ったら、もう電車内しかない。
それは敵地も同然なわけで、正直気は進まないんだがな。
いやしかし、待てよ?
あいつは毎日律儀に俺に合わせて電車に乗っている。
その時間を逆算すれば、俺があいつがいつも乗車する駅で待ち伏せるのも可能なわけで。
それなら駅のホームに入る前に話せるかもしれない。
もうこうなったら賭けだ。
明日朝にでも、実行しよう。
「俺が、守るしかないんだな……」
覚悟を決めるためにそう呟く。
身の安全はともかく、噂を消すくらいの事はこの俺の手でやらせてもらおう。
と、そこで。
「いやきも」
「台無しだよ」
決意の言葉を聞かれていた事を思いだし、俺は小唯に真っ赤な顔で弁明したのだった。