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第6話 ナチュラルボーン金持ちには庶民感覚がわからない

 時は数分前に遡る。

 紫埜が風呂に入ってすぐの事だ。

 部屋に一人になったのをきっかけに、俺はとりあえずスマホから電話をかけた。

 勿論相手は我が母である。

 紫埜からは止められていたが、それでも流石に話さないわけにはいかない。


『お、久しぶりだね佑ちゃん。夏休みも帰ってこないから心配してたんだよ』

「おおそうか。心配してた割には随分好き勝手やってくれたな」

『ん? もしかして紫埜ちゃん今そっちいる?』

「お陰様で」


 いけしゃあしゃあと抜かす母親に、俺はため息を吐く。

 昔からこの人はそうだ。

 俺の知らないところで毎度無茶な事をやっている。

 それこそ、庶民感覚の俺には理解できないような事を。


『あ、そういえば祐ちゃん。この前浜岩商会さんから極上のキャビアが入ってね。よかったらそっちに五十パック送ろうと思うのだけど』

「いらねーよそんな高級食材。っていうか一人で食えるかそんな量。そもそも俺がキャビア嫌いなの知ってるだろ」

『えーでも、シェフが作ったサーモンとキャビアのクリームチーズマリネ好きだったじゃない』

「あれはサーモンのマリネが好きだっただけだ。っていうか要件を喋らせてくれ」


 今のやり取りでお分かりだとは思うが、俺の金持ち嫌いはここに始まる。

 そう、何を隠そう俺も金持ちの生まれだからだ。

 正確には金持ちなのは母の家で、父は普通のサラリーマンの出身だったんだがな。

 この狂った母親の感性に何かと苦労してきた。

 七村家と関わりがあったのも、二人がそれこそ柊華院学園の同級生だったから~みたいな縁があったからと聞いている。

 

「なんで俺の婚約が勝手に進められている?」

『あら。喜ばしい事でしょ? 紫埜ちゃん可愛いし』

「……そこはさて置き、俺の個人情報の保護や人権問題が無視されている気がするのですが」

『うふふ』

「うふふ、じゃないのよ」


 ダメだ。やっぱり話にならない。

 思った通りのちゃらんぽらんな母親は話にならないので、その場にいた父に電話を替わってもらう。


『佑己、すまん。僕は止めたんだ』

「いいよわかってる。親父が金持ちと結婚して苦労してきてるのも。っていうか、俺と紫埜の婚約はもう決定事項なんだな?」

『……多分』


 電話越しにもわかる体調悪そうな声音に、息子ながら同情した。

 やはり、金持ちなんかと関わりたくなかったと、俺は今一度思った。





 俺の視線を吸い込む魔性のへそピアスに、先程までの親との電話など全部吹っ飛んでしまった。

 な、何が起こってるんだ。

 目をパチクリさせていると、紫埜は首を傾げて聞いてくる。


「……ドライヤー勝手に使ったけどいいよね?」

「え? あ、はい」

「そ。……じゃあ次どうぞ」


 促されて、俺は立ち上がった。

 そしてそのまま交代で脱衣所に向か——わなかった。


「いやいやいや! なんで服着てないの!?」


 俺の悲鳴に似た声に、ギャル(多分本物)は鬱陶しそうに目を細める。


「夏はいつもこう」

「いつもは俺いませんよ!? 配慮しませんか? 普通」

「だから、配慮して見せてあげたんじゃん」


 言いながら、彼女は首にバスタオルをかけた状態でへその辺りに手を置いた。

 よく見ると顔は真っ赤である。

 どうやら真正の痴女ではないらしい。


「……悪いが、俺はまだ心の準備ができてない」

「……そ」


 日和った返事をした俺に、彼女はより一層顔を赤くして、そそくさと着替えを取りに行ってしまった。


 どうしよう。

 視線だけでも明確に『童貞の癖に逃げてんじゃねぇよ』と言われた気がする。

 これは非モテによるただの勘違いだろうか。

 でもだって、仕方ないじゃん。

 突然家に押しかけて来た婚約者を名乗るダウナーギャルってだけでも意味不明なのに、急にヤれる状況になったとて。

 こちらとしては困惑するだけですワ。


 以前動画で大量の餌を前に、逆に引いてしまう猫のおもしろ動画を見たことがあったが、今の俺はそれに近い。

 同級生の美少女の裸に興味がないわけがない。

 だがしかし、そこにへそピや+αの意味不明な急展開が追加されると、供給過多で俺の脳がバグってしまう。

 物事には順序ってものがあるだろう。


 そんな事を考えながら、俺は冷静に浴槽の湯を抜いて、もう今日はシャワーで済ませることにした。

 何もシていないが、今の俺は賢者である。

 体は温まってメラメラ、心はホイミなシャワー休憩といったところか。

 ふざけたことを考えて、ようやく落ち着いてきた。

 思ったよりしっかりあった胸の膨らみなんか、もう欠片も記憶にない。


 

 ツヤツヤになって脱衣所から出ると、ギャルは部屋着に着替えて物珍しそうに部屋を物色していた。


「何してる?」

「……別になんでも」

「ふぅん」


 彼女は興味津々で、部屋にある物干し台やアイロン台を眺めている。

 お嬢様には馴染みのないものだろうか。

 洗濯もアイロンがけも家の人間にさせてきただろうしな。


 と、そこでふと思う。

 今日コイツをどこで寝かせよう。


 ソファに座りながら、俺は考えた。


「お前、向こうの寝室のベッド使っていいよ」

「……君は?」

「俺はこのソファで良い。元々友達が泊まりに来たらベッド代わりに使える用途で買ったものだし」

「……随分綺麗なソファ。新品みたいじゃん」


 そうだよ、友達いないから使うことがなかったんだよ。

 自分だってコミュ障の癖に、随分当たりの強い女だ。

 

「一緒に寝てもいいけど」

「遠慮する」

「……じゃあもう寝る」

「確かに、気付けば結構な時間だな。おやすみ」


 言われて気づいたが、もう日付が替わりそうな時刻だった。

 

「……おやすみ」

「あぁ。あ、朝食はないからな」

「……ん。低血圧でいつも食べてないから気にしないで」


 寝室に消えていく紫埜を見届けて、俺は大きくため息を吐く。

 ようやく、独りになれた。


 今日一日、色々な事があり過ぎた。

 だがしかし、恐らく明日からの方が問題は山積みだ。

 そもそも、朝は一緒に登校? ヤバいな。こんなのと一緒にいたら目立ってしまう。

 あんまり婚約とかそういう話は、表ではしたくない。

 柊華院学園とうちの高校では、住む世界が全く違うのだ。


 どっと疲れが押し寄せたところで、目を瞑る。

 そのまま溶けるように意識を失った。

 




【七村紫埜の視点】


 暗い部屋の中、馴染みのないシーツに体を預ける。

 今日まで色々な事があった。


 あの夏休み明けの始業日、私は彼——可児辺佑己君に話しかけるために、電車に乗り込んだ。

 だけど久々に見る彼に緊張してしまい、話しかけられないまま一駅、二駅と時は過ぎていた。


 私はあの時、不機嫌になっていたと思う。

 最近の男の子には清楚な女の子より遊んでそうな子の方がウケがいいと聞いて、伸ばしていた髪をばっさり切って、人生初のブリーチと染髪もした。

 ピアスも泣きながら開けた。

 へそのピアスは同い年のメイドのすすめだ。


『ギャップですよ、ギャップ! お嬢様の真っ白な肌に、きらりと光るへそのアクセサリー。落とすならコレです。男は女の子の自分にだけ見せるギャップが好きな生き物ですよ! 他にも、タトゥーとか……♡』


 言われるがまま、体に傷をつけた。

 親には反対されなかった。

 むしろ今までお洒落に無頓着だった分、かわいいと褒めてもらった。

 そこまでして、ギャルにイメチェンした。


 なのに、肝心なところで声すらかけられない自分の不甲斐なさにイライラした。


 だから、あの男に絡まれた時、気を逆撫でするような反応をしてしまった。

 私も、八つ当たりだったのだ。

 男からかけられた言葉や圧は、まだ覚えている。

 だけど、不思議と嫌な記憶にはなっていない。

 それはきっと、彼が助けてくれたから。


「……ふふ、私のこと覚えてないのに、助けてくれたんだ」


 根っからのお人よしに、つい笑ってしまう。

 私はそのまま上体を起こし、部屋に持ってきていたテープを取り出す。

 そして、それを二の腕に貼っていたタトゥーシール(・・・・・・・)に張り付け、綺麗に剥がす。


「……今日は、まだ(・・)いらなかったか」



 私の認識がどこかズレているという事を悟るのは、まだ先の話。

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