第10話 ダウナーギャルとは会話ができない
騒動の後、俺は小唯を向く。
彼女はただ無言で俺とギャルを交互に見るだけで、何も言わない。
不気味な間に耐えられず、口を開いた。
「ま、マジで助かった」
「いいわよ別に。丁度買い物に降りた駅で、逃走中の犯人ぽい人がいたから止めただけよ。痴漢かと思ったわ!」
「相変わらず超人なプレイだったよ」
「それはどうも。じゃ、わたしは行くわね」
「あぁ」
すぐにその場を後にする小唯。
本当に偶々居合わせただけだったようだ。
と、残されたのは俺と紫埜の二人きりになった。
見ると、紫埜は退屈そうに電車を待っている。
俺もその横で、ぼーっと電車を待った。
「噂、気にしてたんだ」
「え? あぁ」
急に聞かれて驚く。
紫埜は髪を弄りながら、ため息を吐いた。
「……あんまり聞いてなかったんだけど、大事になってた?」
「そりゃ金持ちの女子高生が急にギャル化したら話題にもなるさ。この前はボストンバッグ持って歩くとこを盗撮されてたし、あれだけ見たらグレて家出したようにも見えるわな」
「なんかごめん。また助けられた」
「……奇しくも電車内だしな」
言えば、出会いもこんな感じだったか。
電車内でちょっかいをかける男から助けてやったのだ。
誇るつもりはない。
別に相手がこんな美人じゃなくても俺は同じことをしただろうし、人として当然の行いだ。
それこそ武勇伝を学内に広めようだなんて思わない。
とはいえ、何度もこう電車でトラブルに遭われると困る。
「今度から、俺の隣以外で電車に乗るな」
俺の言葉に、紫埜は珍しく感情を露わにして驚いた。
そして俺自身も、なんでこんな事を言ったのかと少し戸惑う。
だがしかし、簡単な事だ。
今回の騒動を止めようと思ったきっかけと同じで、シンプルにこれ以上紫埜を危険に遭わせたくないだけである。
「……そ」
彼女は、短くそう呟いた。
相変わらずの不愛想加減につい笑みがこぼれる。
話すのはかなり久々だが、なんだか落ち着くトーンだ。
「で、なんで電車乗ってんの?」
聞くと彼女は小首を傾げた。
「別に。……ただの所要」
「ふーん、そんなの家の人間に送ってもらえばいいのに」
「?」
なんだか妙に噛み合っていない気がしながら、俺達はやってきた電車に乗り込んだ。
◇
それから、俺とギャルは一言も発さずに家に帰った。
不思議なことと言えば、電車を降りた後も紫埜が同じ道を歩いていた事だろうか。
少し気になったが、話しかけてくる様子もないし、用があると言っていた。
そのため、俺も気にしないようにして帰宅したわけだ。
自宅に入ってすぐ、荷物を放って手洗いうがいをする。
紫埜がいた一夜からしばらく経ち、あの時よりかなり汚部屋度が増していた。
散らばった洗濯物を畳もうと、腰を下ろす。
そんな時である。
珍しく玄関のチャイムが鳴った。
「誰だよこんな時間に」
怪訝に思いながら玄関を開ける俺。
目の前に現れたのは、さっきまで一緒にいたダウナー系の金髪ギャルであった。
「お邪魔」
「させないよ!?」
叫んで抵抗するも悲しいかな、紫埜はするりと中に入ってきてしまった。
家の惨状に顔を引きつらせながら「きたな……」とか言っている。
ってそんなのどうでもいい。
「何故来た!?」
俺が聞くと、彼女はピアスの空いた耳たぶを触った。
「今日から住む」
「聞いてませんけど!?」
「それはそうでしょ。言ってないんだから」
「なんでそんな堂々としてんだ! っていうか言えよ! さっき言ってた用ってうちに来ることだったのかよ!」
「……?」
何を言っているの?と言わんばかりの表情を向けられて、頭を掻く。
あぁダメだ。
やっぱり金持ちとは会話ができない。
意味不明なことばかり言ってくる彼女に、俺は一つずつ整理しながら聞いた。
「今日から泊まるってのはどういう意味だ」
「ん? 同棲だよ。両親間での決定事項らしいから」
「……」
何故毎度、俺にだけ情報伝達がないのか。
社会人の癖にうちの親は報連相も知らないらしい。
ほうれん草が苦手で未だに泣いてる母親だし、仕方ないか。
って、んなわけねーだろ。
「じゃ、じゃあなんでさっき俺が用を聞いた時にうちに来るって言わなかったの?」
「いや、さっきそこで家の人間に荷物届けてもらったから。それが用」
「……? その荷物を持ってうちに来るのが最終目的でしょ? 何故それは言わない?」
「あ」
納得したように口を開くギャルが可愛い。
きゅるんとした目と控えめな仕草にキュートアグレッションを引き起こしそうだ。
そのまま本気でぶん殴りたい。
こいつにはコミュニケーションという概念が、存在しないのかもしれない。
よく見るとフロアに置かれている、この前の数倍は容量がありそうなスーツケースを見つけて、俺はこれが現実であると痛感する。
どうやら逃げ場はないらしい。
今日から俺は、この意味の分からないダウナーな生き物と共生しなければならないのだ。
というか、なんでこいつは毎度知らないところで勝手に外堀を埋めてくるのか。
俺が気付いた時にはいつもすべて手遅れだし、勝手に決定されている。
堪ったもんじゃない。
「……」
「ちょ、ちょっと何してるんです?」
頭を整理しながら俺が悶えている横で。
無言で制服を脱ぎ始めるギャル。
恐る恐る聞くと、彼女は珍しくにやりと笑った。
「跡継ぎを作らなきゃね。お婿様」
「きゃあぁぁぁぁッ!」
どうやら、俺は地雷を助けたらしい。
名も告げずにダウナー系金髪ギャルを助けたら、何故か知らぬ間に特定されて、外堀を埋められていた——。
(完)
お久しぶりです。瓜嶋 海です。
本作は短めにまとめた短~中編でした。
久々の小説執筆なので、これからもリハビリを兼ねながら無理のない長さで作品を投稿していきます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。
早速新作小説を投稿しました。
下のURLからよかったら読んでみてください。