ユメノハナシ ~願いの夢~
もう⼆度と逢えない事など、とっくに理解していたつもりだった
亡くなった⼈が、⽬の前でにこにこと笑っていた。
もう逢えないのだ、と思っていたから――私の喜びようといったらなかった。
この時期だけ、帰ってこられるのだ――その⼈はそう⾔った。
そうだったのか。
それでは――あれほど悲しむ必要はなかったのか。
それでも。
それでもまたこうして逢えるのが判ったから、もうどうでもいいことだ。
私は⼼の底から喜んだ。
この建物には、他にも多くの⼈が帰ってきているようだった。
どの部屋からも――笑い声が聞こえる。
話は尽きなかったが、ふと私はトイレに⾏きたくなった。
⼿洗い、と表⽰のある部屋の扉を開けると、そこには別の⼈達がたくさん居た。
どうやら、トイレはこの部屋の隣だったようだ。
間違えて⼊りかけた部屋の中では、数⼈の⼦供達が燥ぎながら駆け回っていた。
この⼦達は、帰ってきた⽅なのだろうか。
それとも――誰かの帰りを喜んでいるのだろうか。
どちらでもいい、と思った。
たとえ期間が限られていても――
こうして再び逢えるのならば――
抱く悲しみは減るはずだ。
嘆く必要は消えるはずだ。
燥ぎ回る気持ちは――よく判る。
そう思いながら、トイレに続くドアを開けた。
個室がふたつ並んでいる。
右側の扉を開くと――
便器の中に⽝の死骸があった。
まるで⼈が仰向けに寝ているような格好で、上から⾊とりどりの⽑布が掛けてあった。
死んでから時間が経っているのか―⽑布から覗く前⾜は腐敗が進んでいる。
これは――
弔われているのか。
それとも放置されているのか。
どちらとも取れる姿だった。
どちらにせよ――ここで⽤はたせない。
私は仕⽅なく左側の扉を開く。
するとそこには――
同じように猫の死骸があった。
⾊鮮やかな⽑布に包まれている猫の死骸は、⽝よりも更に時間が経過しているのだろう。
⽑布の隙間から覗く顔は、半ば⽊乃伊に近い状態だった。
こっちも――埋まっているのか。
諦めた私は、トイレの外へと出た。
先ほどは気づかなかったが、この建物の廊下は変わった造りになっている。
幅が10センチもあるかないかくらいで、ひどく細⻑いのだ。
廊下の外側は――底に光も届かない、暗く深い⽳になっていた。
誰かが⾔っていた⾔葉を、不意に思い出す。
⼈は、床に描かれた細い廊下の絵の上は易々と歩けるだろうが――
実際に細い廊下を歩くとなると、⾜が竦んで歩けないだろうな――
廊下を踏み外すと――何処に落ちるのか。
私は廊下を踏み外すまいと、壁に⼿をついた。
早く帰ろう、あの⼈の処へ――
きっと話の続きをしたくて待っているはずだ――
壁が、やけに暖かい――
⽬を覚ますと――私は娘の⼿を握っていた。
まるで太陽を握っているかのように――
娘の掌は温かかった。
起こしてしまわぬよう、そっとベッドを抜け出してトイレに向かう。
もう⼆度と――
もう⼆度と逢えない事など、とっくに理解していたつもりだった。
なのに、あんな夢をみるとはなあ――
少しだけ滲んだ視界の中、私はゆっくりと階段を降りていった。
起床するには随分早い時間だが――もう眠れそうにはなかった。
早起きしちまったよ、今⽇は晴れらしいよ――
もう帰ってはこない⼈に向かって――
私はそう独り⾔ちた。