混迷
……。
まぁ集まるのはいい。
ただ飯は多少なれど美味しく食べたいものだ。
「芹てめぇまだ朝の件、終わらせた気はないからな!」
とまぁこの調子である。
「鈴花さん、もうやめましょうよー、不毛ですよ不毛~」
前世の私の時代であれば殴り合ってしまえば簡単だったのだが。
この時代、ましてや女。
私も我慢というものを覚えなければならない。
その点、遥はとても良くわかっている。
私も見習わなければならない点は多いと感じさせられる。
きっとそれこそ前世でそれを理解していれば毒など盛られはしなかったんだろうと。
そうは言っても人の気質とはそう簡単に変わるものでもない
「鈴花、うるさい、食事中」
「えぇ~~~匠子までそんな事言うわけぇ?私はかなしいよぉー」
鈴花は匠子の肩に頬を押し当てて、まるで甘える猫のように体をすり寄せた。
匠子はそんな彼女の仕草に呆れた様子もなく、ただ無表情のまま
まるで鈴花の存在など風のように感じているかのように食事を続けている。
鈴花は……とてもわかりやすい女、というやつなのだろう。
正直私には女というものがよくわかっていないが。
なんなら薫のことのほうがまだよくわかってるのかもしれない。
ただ根本の問題として私自身、人のことなんて人ごとだからなと思ってるので
理解してると言ってもそれは多少はという程度の問題である。
そんな事を考えつつ食事の箸をすすめる。
特別話を振られなければ別に話すこともない。
「芹……さんと俺も呼んでももいいかな?」
「ええ、それで何の用ですか?」
「用がないと呼んではいけないか?」
「いや、そんなことはないけど、用がない時に話すタイプでもないでしょ」
そういうと薫は黙ってしまった。
……いや本当になんにもなかったのか?
まったくそんなことでこれからやっていけるのかねぇ……。
しばらく押し黙ったあと彼女は言葉を繋いだ。
「貴方は変わった人ですね」
……。
「いや、薫にだけはいわれたくないんだが……」
とそんな私に同調するものが居た。
「まあ確かに……そもそもこの四人はみんな変わってる」
しれっと匠子はつっこんでくるな。
まぁ気を使わなくていいのは助かるが……
いつからここはお互いにブーメランを投げる会場になったんだ?
「変人度でいうと匠子が一番私には変わって見えるけどねー?」
等と言いつつ鈴花はまだ匠子にへばりつくようにベタベタとしており
思うように食事が取れなそうである匠子はといえば特別不愉快そうなわけでもなく
心頭滅却して耐えてる訳でもなく、強いて言えば自分の世界に入り込んでいる。
という表現が一番的確かもしれない。
一番読めない女だった。
一方の鈴花はといえば弁当にはほとんど手がついてない。
女は何をするにしても遅いと思っていたが、何をするにしても
コミュニケーションを最優先にする傾向があるのかもしれない。
そんなこんなであれこれやってるうちに私はほとんどの食事を取り終えた。
食事の量は多分かなり多い。
体を作る時期である、この時期しっかり食べることで体の大きさが決まると言っても過言ではない。
幸いうちの家政婦が作る食事はとても美味しく、栄養バランスもよく考えられている。
「ごちそうさまでした」
そういい、私は弁当箱を片付けようとすると
匠子に張り付いていた物体が改めてこっちに矛先を向けてきた。
「お前飯食うの早すぎんだろ、少しは飯を楽しめよ!」
そういう彼女の弁当をちらっと目を向けるとおかずを数品食べただけで
ろくに食事は進んでいなかった。
最も弁当箱のサイズもかなり控えめであるため私なら1分で食べ尽くしてしまう量しかなかったが。
「貴方が食べるのが遅すぎるだけだよ」
「うるさいなー食べ物以外にもこうして匠子から得られるエネルギーがあるんだよ」
「本当ですかぁ~私もしょーこさんにしがみついてもいいですか?!」
「……流石に二人はご飯が食べにくい」
実に賑やかしいことである。
私はあまり騒ぎながら食事を取ったことは前世を振り返ってもなかった。
正直前世の子供時代は食事がなくて昼ご飯はほとんど食べた記憶がない。
これが食事を楽しむってことなのか……確かに楽しいのかもしれないな。
「芹ってさーそうやって笑ってれば可愛いのに。顔もいいしスタイルもいいのに持ったいねぇなぁ」
なんてことを急に薫が言ってきた。
私が笑っていた? どうなんだろうな、思考にふけっていたため
自分でもどんな顔をしていたか実感がなかった。
まぁ別にモテるモテないなどということは考慮したことがないからな……。
「そうですよぉ~せっかくの顔があーまた真顔に戻ってしまったのでござるよー」
「可愛いかもしれねぇけど俺はこいつの目つきは好きになれねぇよ」
あいにくと目つきだけは直ることはないだろう。
職業業みたいなものである。
「確かにいつもこう、匠子の表情とも違うなんていうんだろうなー真面目さと言うか厳しさと言うか」
……いちいち人の外見にうるさい連中である。
いやこれが所謂女同士の会話というものなのか?
うちの母親はほとんど私に対して喋らないからな……。
父とは政略結婚であったということは聞いているが
特に嫌いなわけではないとはお母様、本人から聞いている。
もとより寡黙な性格で私の頭を時間さえアレば常に頭を撫でてるような
ちょっと変わった人だった。
「というかだなぁ、薫、お前に見た目どうこう言われる筋合いはない」
……。
言った瞬間場が凍りついたのを感じた。
まぁ関係ない、実際そうなのだから。
私はそのまま弁当を片付けようとすると……
手を上げてきた鈴花の手首を私はガッチリと掴んだ。
流石に女子の手を痛めつける趣味はない。
ただガッチリと掴んで、暴力に訴えても無駄だということが理解できるように
全力で腕を掴んで身動きを取らせなかった。
それでも暴れるようにもう片方も振り下ろしてきたためそれもガッツリ掴んだ。
力では勝てないと解らせるためである。
「あんたね! マジでデリカシーないわね! なんなのもーすごくイライラする!」
御生憎様、それは私もだよ……。
それでも駄々をこねようと動き回ろうとする鈴花を薫が止めた。
「まー俺が先に言ったことだ、お互い様だしそうカッカするな。
それにまぁ芹がそういうやつだってのはもうわかってたことだろ」
そういう薫に鈴花は手から力を抜いたため、私も彼女を開放した。
しかし不満げな表情に変わりはない。
「そもそもこいつが薫に失礼だから謝らせようって話だったのに
どんどん最初の話からズレてくし私は納得できない! できない!」
……駄々っ子かよ。
というかとうとう「こいつ」にまで私の立場は降格したようだ。
まぁ別にどうでもいいんだが……仕方ない。
「そもそもでいうならば私は別に誰に対しても区別も差別もしてない。
等しく対等に接しているつもりだし、誰かを特別扱いする気もないよ」
「……確かに芹は俺を特別扱いしないな。
それは正しいと思うよ……」
そういう薫の顔は、もう精一杯強がってるという感じがありありと感じられた。
泣いてこそいないがそんなに充血した目で言われても困るというものだ。
全く持って居心地悪い。
まるで私が悪いみたいじゃないかと思ってた所にぼそっと匠子が一言言った。
「別に芹さんの言う事を否定するわけじゃないけど
正論を言えば解決するなら誰も苦労はしないよ……」
と、マイペースに箸を進めながらこの女は言った。
これには流石に私も黙るしかなかった。
私は弁当箱を包むと、鞄にしまい、窓の外を眺めた。
いつものように雲は今日も流れている。
結局みんな黙ってしまったので私は立ち上がり
屋上にでも気分転換に行こうと思った。
席を立ち、歩いていく私を最後まで鈴花が噛みついてこようとしていたが
それを薫が肩を抑えて止めていた。
人のことを考えるっていうのは本当に疲れることだと痛感した。
もとよりそんな事ろくに考えてて生きてきていない。
私は教室から扉を開けて廊下に出た瞬間、勢いよく扉を締めた。
別に苛立っていたわけではない。
招かれざる客が目の前にいたのを、教室の中にいる連中に見せたくなかったからである。
扉の外に立つ連中を見た瞬間、全身に血が沸き立つような高揚感が走った。
自然と拳に力が入る。まるで、過去の戦いの記憶がよみがえったように、無意識に呼吸を整える。
彼らのニヤつく顔と、無造作に垂れた包帯に一瞬視線をやった後、
私はわずかに笑みを浮かべ、いつもと変わらぬ声色で問いかけた。「何か用?」と。
「よぉ、なんだよ一人で出てきちまったのかよ」
「どうするよ、全員連れて行く予定だったんじゃないのか?」
「まぁ予定外だが人数が多いより一人のほうが楽って考えもあるぜ?」
3,4,5人……多いな。
そのうちの一人は私が可愛がってやった男がいる。
包帯を巻いている男だ。
あの程度で情けない。
「少し面貸してくれよ、そんなに時間は取らせないからよぉ?」
そういうとリーダー格っぽい男は親指で後ろを指差した。
なるほどどちらにしろ屋上に行くのにも今日は『お友達』と一緒ということらしい。
細々とですが継続して書き続けていきたいと思いますので
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