中等部
あれから6年の月日が流れた。
私に友達らしい友達は居ない。
特に必要ともしなかったということもある。
「アレ」は弱いものが必要とするものだ。
一方の北条薫はといえば、ところどころで男子に馬鹿にされる場面も
散見されたが、なんだかんだで女子の友達などが守ってくれていた。
正に「弱いもの」の生存戦略である。
そんなこんなで我々は中等部へと進学した。
私はそろそろ物事が動く時期だと考えていた。
男女が「子ども」と括られていた時代から男と女と明確に
線引される時期がここである。
幸いにして私は見た目にも恵まれた。
母親譲りの美しい外見と父親譲りの鋭い眼光。
目元も母親譲りであればよかったのだがこれは自分の気質のせいでもあるかもしれない。
中等部では学生服があるため、私はその服装に従い
着崩すこともなく、きっちりとそれを着こなした。
そして北条薫はといえば、それはもうめまいがするかと思うほど
現実と理想が乖離してしまった姿をしていた。
なまじ小学生のうちは学生服がなかったため多少他者と違う服装をしていても
「そういうファッション」と言い張れなくもなかったが
彼女はこともあろうに男子学生の制服を着ていた。
髪の毛もかなり短めの短髪であるのだが彼女は男装をするにはあまりにも「女性」らしすぎた。
顔立ちはますます女性らしさが際立ち、何より明らかに胸部のふくよかな塊が存在する。
第二次性徴期の段階に入るには個人差があるのだが彼女はかなりその傾向が早くでてしまっている。
彼女のことだろう、大方さらしの代わりになるような何かで矯正でもしてそうなものだが
それでなお「あの有り様」ならば相当……ということになるだろうか。
まぁ私にとってはそれはさしたることではない。
ただ恐らく誰もが彼女をみて思ったことだろう。
「そのうちこれはなにか起こってもおかしくない」
と。
何の因果かしらないが……今回も私は彼女と同じクラスの同じ席のようだ。
まぁどうでもいい……とは流石に言い切れないが学校の決めたことだし
特に不満が無いわけではないが致し方ない。
私はそそくさと席に座ると、彼女は挨拶してきた。
「5年ぶりだな、よろしく!」
1年生のあと彼女とは同じクラスになることがなかったのだが
男らしさに対するコンプレックスは加速しているのか、言動がますます男子らしくなっていた。
「ええ……よろしく」
それだけ私は言って、淡々と席の準備を進めていた。
見ていて痛々しいほどで直視し続けられなかったというのもある。
確かに男は女より力が強く、粗雑でも許される。
私にとっても女より男が良かったという思いは強い。
だがそれを否定したところで事実は曲がらないのである。
ならばできるだけのことをするというのが私の考え方だ。
男であったときですら私よりデカいものは居た。
力が強いものも居た。
当然憧れないわけがない。
だが持ちうる全てを行使してそういった豪傑たちをも打ち倒してきたのだ。
人間は配られたカード以外の手段は使うことは出来ない。
しかしそれを若いうちから悟れというのも無理な話か。
相変わらず彼女の周りには一定数の女子が常にいた。
張り付いてると言っても過言ではない。
「やっぱ北条さんはかっこいいわぁ、男だったら惚れちゃうかも」
などと持ち上げる声が聞こえる。
……褒めてるつもりなのだろうか。当人は複雑な心境だろう。
ある意味「男だったら」は禁句、わざと言ってるのかと言いたくなる。
しかし意図的に言っているのか、それとも精神的に未熟故なのか
いずれにしろ北条薫という女はそういう言葉を受け入れて生きていくしか無いのだ。
初日のうちは平和に終わった。
帰宅する時にそれとなく車の中で小十郎に語りかけた。
「……北条薫をどう思う?」
我ながら下らないことを口にしたと思う。
しかしバカ正直な小十郎は素直に答えるだろう。
「まぁ彼女は芹様の障害になることはないとは思いますが……」
当たり障りのない事を言う辺り如何にもといった感じだ。
「……ただ彼女は恐らくこれから色々なトラブルに巻き込まれるでしょう。
芹様まで飛び火しないかは心配です」
ふふ、これは面白いことを言う。
「面倒事が増えるのが嫌か?」
「誰でも普通は面倒事は嫌いですよ」
小十郎はもうなれました。と言わんばかりに苦笑いをしながら答えた。
「私は言うほど面倒事を起こしては居ないだろう?」
「そうですね、じゃあお父上とのやり取りもその調子でお願いします」
「そいつは父に言ってくれ」
父との関係は決して悪くはない。
ただ上品に育ってほしいという願望は消えず
一方で私がやりたい放題にしているのを半ば諦めているという感じでもある。
こうしてその日は平和に終わった。
しかし平和は長くは続かないとはよく言ったものである。
数日後の昼休み。
私はいつものようにそそくさと一人で食事を済ませようとしていたのだが
同じように隣で弁当箱を開く北条薫がいたのである。
私は横目で見つつも黙っていたのだが私の目線に気が付き彼女は言った。
「すまない、特に一緒に話す相手もいなくてな、一緒に飯食ってもいいか?」
話す相手が居ないは流石に嘘だと思うが……まぁ実際彼女の近くに今日は誰も居なかった。
「構わないわよ、別に誰と食べても同じことだし」
……とは言ったものの特に私から話す事柄もない。
すると彼女の方から話を振ってきた。
「藤原さんは、友達と食事しないのか? あまり人と話しているのも見かけないけど……」
「それって必要なこと? 食事はエネルギーを摂取できればそれでいいわ」
「流石にそれは味気なさすぎないか? 他の人と食べる食事は美味しいぞ」
「それはそうかも知れないけどそれをするのがめんどくさいのよ」
価値観の相違もここまで違うと笑えてくる。
私は皮肉から薄ら笑いを浮かべてしまっていたらしいが彼女にとっては笑顔に映ったらしい。
「良かった、俺と話してるといつも真顔だから、そうやって笑うんだな!」
「そりゃ一応人間だからね、笑うときは笑うわよ」
「そっかーそれは良かった!」
何が良かったのかは知らないが私は淡々と食事を取っていった。
ただ彼女の人となりがなんとなくわかる。
人格は破綻してるが性格は良い。友だちが多いのも納得ではある。
しかしこのなんとなくいい雰囲気をぶち壊しにやってくる輩が居た。
突然昼休みに他のクラスの男子と思われる生徒が2名ご来店ってやつだ。
そいつらはまっすぐにこちらに向かってくる。
最初は私の方を向いているのかと思ったが
相手の目線を見て北条薫のことを見ているのだとわかった。
スタスタと歩いてきたかと思えばニヤニヤと北条薫をみている。
それをみて北条薫は噛みついた。
「何見てんだよ」
すると二人の男は小馬鹿にしたような顔をしていった。
「男の格好してる滑稽な女の面を眺めに来たんだよ」
一応うちの学校は学費が高いためそれなりの家柄でないと
入学できないような仕組みになっているのだが
それでも高学年になるにつれて優秀な学生も取り込みたいということなのか
徐々に学費が安くなるようになっており、中学、高校と進めば進むほど
こういうった「輩」のような連中が増えてくるのはわかっていた。
しかし「以前」のように暴力を振るってくる様子はない。
まぁ中学生ともなれば少なくとも表向きに女子に暴力を振るう男は居ないか。
むしろ北条のほうが今にも掴みかかりそうな雰囲気である。
まぁ男から殴りかかれば体裁は悪くなるからな。
女から掴みかかられれば喧嘩両成敗ぐらいにはなるかもしれない。
一瞬だけ良心からか、私は彼女を止めようとしたが……。
やらせておけばいい。私の知ったことではない、自らまいた種である。
それに何より自分がもし喧嘩を売られた立場なら間違いなく
買い占めているであろうからである。
案の定彼女は男子に掴みかかったが、手をがっしりと掴まれてしまっている。
私は苛ついていた。
この中途半端な女にも。
安易に人を貶めて楽しもうという魂胆のこの男どもにも。
そんな怒りのせいか、私は三人をかなりきつい目で見ていたようだ。
それに気がついた連れの男が、北条の手を掴んでる男の肩を叩く。
そして目線で私が見ていることをアイコンタクトで伝えると
今度は案の定というか……私の方に面倒事は飛び火するようだ。
「なんだよてめぇ……何ジロジロみてるんだよ!」
私のイライラは頂点に達しようとしていた。
「弱い男が弱い女に粋がってるのを見ていて反吐がでそうだったのでね」
「あぁ!なんだとてめぇ!」
男はこっちに手を伸ばしてきたのが運の尽きである。
掴みかかろうとしたのか殴ろうとしたのかはしらんが。
私は肩から手までを脱力させてからのスナップを効かせて相手の手を叩き
そのまま手を握りしめた。
「いててててててててっ!!!!」
三秒ほどゴリゴリっと砕くように擦ってやった。
握った瞬間わかったぞ、ろくに運動すらしてこなかった軟弱者の柔らかい手だ。
正直「まだ」ろくに体を鍛えてない若造に負けるような鍛え方はしていない。
「軽く撫でてやった」若造のほうは涙目になりつつも私の方をまだ見ていた。
いいねぇ、男の子はそうじゃなくちゃねぇ。
とおもって軽くニコニコして男の子達をみていたら
手を「優しく」握ってあげた子はもうひとりを引っ張って去っていってしまった。
あれはまぁ三日ぐらいはカバンも持てないかなぁなどと思いながら箸を握り直すと
北条薫はそのまま呆然として突っ立ったままだった。
「俺は……弱く……無い!!」
そういう声はか細く、泣きそうになっていた。
……下らない。
こういう努力のベクトルを間違ってるやつをみるとイライラしてしまう。
私は彼女の顔を見ずに言った。
「強い男は男に脅されてオドオドもしないし、ましてや泣いたりはしない」
そういうと私は食事を再開した。
心なしか飯もまずい。
なんとも言えない空気がいやでさっさと食事を済ませて
この場から立ち去りたい気分でいっぱいだった。
と、こんな混沌とした場にあえて顔を突っ込む酔狂な者が現れた。
「いやぁ~、一時はどうなるかと思いましたよぉー、大丈夫ですか薫さん」
「あ、ああ。大丈夫だ、ありがとう遥」
不思議な女が首を突っ込んできた。
何を考えてるかいまいちわからない。
そのよくわからない女はこちらにも顔を向けてきた。
「あ、あの、はじめまして。藤原芹さん、ですよね?」
「ああ、そうだ……済まないが君の名前は……面識はなかったと思うが」
そういうとこの若干小柄な私よりも更に一回り小さい少女は答えた。
「はじめましてですー、小田遥ともうしますですー、以後お見知りおきをー」
……どうしても記憶にない。
中等部になってから加わった者か?
「ははは、たぶんご想像のとおりですが中等部からこのクラスになりましたので
同じクラスメイトとしてよろしくお願いしますですよぉ~~~!」
やたらにハイテンションな女だ。
考えてみるとこの手の女はかつては居なかった。
……ある意味この中で一番分をわきまえている者はこやつかもしれない。
細々とですが継続して書き続けていきたいと思いますので
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