邂逅
彼を知り己を知れば百戦殆からず。
これは全ての事柄に共通することである。
今日は私の小学校デビューの日であった。
この日に備え、私は小十郎に入学してくる
ほかの『有力候補』を予め調査させた。
これから通うことになる慶田小学校は
小学校から大学までエスカレーター式と言われ
ほとんどの生徒が大学までを共にする『学友』になる。
私も進学するまでに今の自分の現状を調べた。
私が過去生きた時代でも、仮に果たし合いとはいえ相手を死に至らしめた場合
名目上は殺人罪が適用され、場合によっては逮捕される可能性があった。
ただそれはあくまでも建前であり、大都会のど真ん中でやらかせばともかく
田舎のどこともしれないところで小競り合いになった場合は
わざわざ咎められることも少なかったものであるが
現代においてはそれは許されないと知った。
つまりこの時代では私がどんなに腕力を持っていようと
それを持って相手をねじ伏せた場合は基本的には私が悪いことになる。
また自らの素性だが、以前の私の世界とは違う概念が多く理解しがたいことが多かったが
わかったこととしては我が父は非常に強い権力を持った立場にあるということだった。
正直出かける様子は多いものの何をしてるのかはさっぱりわからないのだが。
これが私が知っておくべき私の事柄であり、そして残りは相手のことである。
そして迎えた入学式。
当然皆学生服を着ているのだが、流石にこの日は我が家も例に漏れず
冷徹な父と愛想笑いしかし無い母に連れられ
お互いに挨拶回りに勤しんでいる。
どいつもこいつもヘラヘラと笑って挨拶している。
笑ってはいるが、媚びへつらうものもいれば
態度がデカい者、様子を観察してる者とまさに様々なものがいるという状態である。
幸いなことに我が家はこの学校においてとても強い権力を保持しているらしい。
すり寄るように挨拶してくるものがとても多かった。
珍しく父は私に話しかけてきた。
「ここにいるもののほとんどは我々の家より歴史の浅いもの達だが……」
私の目を見て警告するかのように父は言った。
「お前の立ち振舞次第によっては我々が軽んじられることもある。
不用意な行動は慎むように」
なるほど。
今のうちに釘を差しておいたというわけか。
あまり世間一般にはまだ知られていないが
我家では「芹様は気がおかしい」と影で言われているのは知っている。
いつまでもそのようなことを言っているようであれば
そのうち相応しい「罰」を与えてやろうと思っているが
まだ今の私では立場上難しい。
今日のところは父親の態度を見ては
相手の親がどういう反応をしているかを見定めて
今後どうするかを決めようと、つぶさにいろんな者の
顔を見ておこうと私は様子を眺めていた。
結局眺めているうちに大体わかったが
少なくとも親の上下関係において我が家は多くの家から
畏怖の対象である事を改めて理解した。
それだけ父の社会的ポジションが高いということなのだろう。
こうして一日目は終了し、帰宅した私はあまり話したくなかったのだが
父親と話をすることにした。
話しておきたいことがあったのだ。
正直言って私に対する父の心象はお世辞にも良くはない。
小十郎はかばってくれてるものの、好き勝手やってるという印象を持たれてしまっている。
少なくとも私の中ではそのように判断していた。
コンコン。
私は部屋をノックすると父の部屋に入った。
父の部屋は豪華な美術品などは無いものの
難しそうな書物が大量に並んだ部屋であり
豪華というよりは実用的かつ作業スペースの広い机と
座り心地の良さそうな椅子だけがある簡素な部屋である。
当の父親は娘が入ってくるその瞬間も本に目を通していた。
「失礼します、明日からの通学についてご相談があります」
そういうと父親は本をパタン。と閉じて私の方を見た。
「……なんだ、言ってみろ」
と些かぶっきらぼうにも聞こえる態度で言った。
私は気にせず続けた。
「明日からの通学は車で行いたいことと、運転手は小十郎にお願いしたいのですが……」
すると少しだけ父は私の顔を覗き込むように眺めつつ言った。
「車で通学することは構わん。ただ理由を言え」
当然の問であった。
何故なら学校までの距離は徒歩で一五分の距離である。
歩いていくにそれほど遠い場所でもなかった。
「車の方が優雅だとはおもいませんか?」
実際私としては優雅さをアピールするためにこの自動車という
道具は有効活用するべきだと考えたのだ。
少しの静寂……そのあと父はこう続けた。
「毎日何をしているか知らんが優雅さのかけらもなさそうなお前が
優雅さときたか……どういう風の吹き回しか?」
見下すかのように鋭い目で父はみている。
「……全ては舐められないためです」
私は本心を言った。
私の回答に父は本を机におき、口元に手を当てて目を閉じて少し考えているようだった。
……断れることはないとは予想しているのだが。
父親に関しては何を言ってくるかわからないところがあり
私は心のなかで何を言われても良いように身構えていた。
やがて父は目を開けると言った。
「車の件は了解した。……女は早熟だとは言われるがお前はその中でも
突出しているな。男に生まれればなお良かったのだが」
どうやら認めてもらえたようだ。しかしその後に父親は付け加えた。
「いいか、男はあまり強い女を求めていない。そのことには気をつけなさい」
と、らしくないアドバイスまでしてきた。
「ありがとうございます、失礼いたします」
確かに元「男」として父の言い分は理解は出来る。
だが私は「その道」を進むつもりはないが。
私は女であるがゆえに、単なる力のみではなく
幅広い意味で「力」を手に入れたい、いや手に入れるべきだと思ったのだ。
翌日、私は車で通学した。
運転はもちろん小十郎である。
服装もあえて派手で華美なものを小十郎に選択してもらった。
と言っても小十郎自体がかなり質素な性格といえば良いのだろうか。
彼は私にフリルのついた茶色のワンピースを着せてくれた。
派手かと言われると難しいが、子どもにしてはかなり大人っぽく見える衣装である。
そのうち服装については私自身も知識をつけていかねばならない。
あえて一番人通りが多い時間に車で校門に登場した私は
私の想像通り、注目の的となることなった。
入学式にて指定されたクラスである1年A組では教室の外側に
それぞれどの席に着席すればいいかが表にして記載されていた。
私の席は……なるほど、一番クラスの後ろ側である。
これは望ましい席だ。
誰が何をしているか後ろから常に眺めることが出来る。
ただ隣の席に誰が来るかはわからなかった。
先程の座席表には「北条薫」と書かれていた。
名前だけ見ると男なのか女なのかもわからなかった。
まだ、残念ながら当人はその姿を見せていなかった。
まぁ隣の席だ、遅かれ早かれ顔合わせをすることだろう。
私が席に座ると、あたりからは少しざわついた空気を感じた。
子どもというのは素直なものである。
やれ車で通学していただの、服装だの色々と話をするのである。
私は私の目論見がうまくいった。
その時まではそう思っていた。
しかしそれは隣に「北条薫」が現れるまでの話であった。
私が教室に入ってきた少し後に現れた『彼女』は
その服装が完全に男子のそれであったのだ。
一気に彼女は周りの視線を釘付けにし、そして私の隣に座ると
さも何事もなかったかのように挨拶したのである。
「どうも、えっと……藤原芹さんでしたっけ、よろしく!」
そのあり様はまさに男そのものであったが、顔立ちと
ショートとはいえ長い髪の毛が女子であることを物語っていた。
一気に教室内の話題は彼女の話一色に染まるだけの衝撃力を持っていたのは言うまでもない。
ただしそれはいい意味ではなく、小学生というコミュニティにおいては
好奇の目線、まさに異物である見世物を見るそれである。
「えぇ……よろしく」
私はあまり積極的に触れようとしなかった。
理由は明白である。
この女は間違いなく迫害される側の人間である。
案の定、雑音に紛れて聞こえてくるのは決して聞こえの良い声ではない。
彼女を遠ざけるか、それとも取り込むように動くべきかは
今後の周囲の動き次第といったところだろうか。
こうして私と北条薫、二人は別々の意味でクラスの中で注目を浴びることとなったのである。
細々とですが継続して書き続けていきたいと思いますので
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