異世界の少女、力を求める
とてつもない苦しみから目覚めた。
ワシは生き延びたのだろうか。
……とまず何気なく視線に入れた手に強い違和感を持った。
あまりにキレイすぎるその手、また年齢相応しくない手のシワのなさ。
その手はあまりに小さい。
ワシは気が触れてしまったのだろうか。
体を確認するとワシは年不相応なドレスのような服を着せられ
あたりを見回せば、まるで今さっき居たところとは似ても似つかない。
まるで異世界から迷い込んだかのような、華やかな装飾が施された居室に立っていた。
姿見というやつだろうか、ワシは全身が見える鏡を見つけて自らの姿を見て愕然とした。
ワシの髪はまるで女のように長く、そして来ている服も女そのものなのである。
本当にこれがワシなのか……?老いたとはいえ鍛え積み上げた研鑽の形が見る影もない。
鏡を前に立つと、心臓が早鐘のように打ち始めた。拳を握るたびに、冷たい汗が掌から流れ落ちる。「これは夢だ、現実じゃない」と自分に言い聞かせるが、どうしてもその現実を受け入れられなかった。
……。
ワシはまっさきに鏡の前に立ち、構えを取った。
そして拳を鏡に向けて打ち付けた!
ゴンッ!という音を立てて……鏡は割れることはなかった。
ただただ手が痛いだけだった。
構えも様にならない、当たり前だが拳の速度も全く出ていない。
手の握りも不十分だ。おまけに……女である。
真っ赤に腫れた手の甲を見る。
分不相応な体で全身の力を出して殴ったためかなり赤く腫れている。
手の痛みは心の痛みを映し出してるかのようだった。
ガチャ!
するとドアの音とともに身なりの良い格好をした男が部屋に入ってきた。
かなりの身長だ……いや今はワシが小さいのか。
男はワシが手を眺めているのに気がつくと慌ててワシの近くによってきた。
「芹様、その手のお怪我は! 誰か、救急箱を持ってきてくれ!」
男はワシの手を見るなり途端に騒ぎ立て始めたのだ。
……結局ワシの拳は湿布を貼り付けられて包帯でぐるぐる巻きにされてしまった。
この程度は怪我のうちにも入らんと言ったのだが聞き入れられず
逆に一旦何をしたのかと聞かれ、姿見を叩き割ろうとしたといえば
滅茶苦茶怒られたのである。
「芹様、そのようなお戯れをどこで覚えたのですか?
いずれにしろそのようなことは控えていただけなければ困ります」
なるほどこの男、元のワシならば容易く倒せはするだろうがそれなりに訓練を受けており
今のワシでは抗うことは難しいだろう。
しかし今のやり取りだけで、本来性根が曲がっておるワシにはわかった。
こやつは「立場上は格下で」あると。
ワシは言った。
「貴様、名前は!」
「芹様、先程から言った移動されてしまったのですが、小十郎にございますよ」
「そうか、小十郎、ワシがこのような目にあったのは何故だと思う?」
「わ、ワシ?! お嬢様、一体全体本当にどうなさってしまったのですか?!」
おっといかん……このガキのような姿でワシはあまりに違和感があったか……。
ワシ以外……まぁ私でいいか。
私、私、私……よし、覚えた。
「いいか、私このような目にあったのはこの衣服が悪いのだ。もっと動きやすい服をもってくるのだ」
しかし小十郎と名乗ったこの男の目は泳いでいた。
なにか不都合があるのだろう。
するとさらに何やら出で立ちの良い格好の男が入ってきた。
「御主人様……」
「何やら珍しく騒いでおったので気になってな」
どうやらもっと格上の人物が現れたようだ。
ワシ……いや私は直感的に立場が上の人物を見ると
睨むような目線を飛ばしてしまうクセがあった。
パーーーーン!
この脆弱な体は男の平でうちに反応すら出来ないほど脆弱であった。
私は頬に強く平手打ちをされ、そこはものの見事に腫れ上がった。
「御主人様! なにもそこまで……」
「日頃おとなしいかと思えば突然何をトチ狂ったのかこの娘は……」
この男の目線はとても冷たい。
言葉から私はこの男の娘らしいが、そこから愛情のような感情は
全くといっていいほど感じられない。
これが親というものか。
『以前の』ワシにはそのような存在は物心ついたことには居なかったので
初めて味わう感覚だ。
その男は毅然とした様子で私に言った。
「いいか、藤原家の女子は家事全般をきっちり修め
我々の家に役に立つものと結婚するのが仕事だ。
飛んだりはねたりをするのは男がやれば良い」
なるほど。ごもっともな話だ。
ワシも女が教わりたいと言ってきたときにはそう言って追い返したことがある。
パチーン!
私は再び頬を叩かれた。
理由は私もわかっている、反抗的な目線が気に食わなかったのだろう。
私を叩くと『父』と思わしき人物はそのまま部屋を出ていった。
それに対して小十郎という男は叩かれた頬を優しくさすってくれた。
……知らなかったのだ。 女がこんなに感傷的になりやすいとは。
いやこれは私が子供だからなのだろうか。
まぁそれはどうでもいい、この小十郎という男は「父」とは違い
恐らく使用人という枠を超えて私に対しての思いを持っていると感じた。
「小十郎、私は今日から体を鍛えたいと思う」
ストレートにまずは言ってみた。
己の拳を磨くことはたとえ体が入れ替わろうとも、魂が燃え尽きようとも
辞めることなどあり得なかった。
しかし小十郎の返答は至極当たり前のものだった。
「お嬢様、僭越ながら……お父様のおっしゃるとおり、貴方様はそのようなことをする必要は……」
「あるかないかは、私が決める」
私は鋭い目つきで小十郎の目を見た。
小十郎という男、見るからに実直で言うことには素直に従うって感じの顔である。
こういう人間には余計なことは言わず熱意が重要である。
しばらく小十郎を眺めていると小十郎は言った。
「わかりました、しかしお父上がいるときはお控えください。
それと体を鍛えるためには運動着を必要となるでしょうが
そちらは現状用意するのが難しいため……」
「構わない、裸でやればいい。取り敢えず今日のところはそれで十分だ」
そういうと私は手でさっさと下がれと手で払うように合図をすると小十郎は
「では失礼します……また何かアレばおっしゃってください」
といい、ドアを締めた。
聴勁を駆使すればあの男が結局ドアの前にいることは筒抜けなのだが
まぁそれは良い。
体が別人のものになっているのは実質元の体も死んだようなものなのだろう。
本当に死ぬよりはマシなのかもしれんが。
まぁ体が子どもなのは百歩譲ってヨシとしよう。
ある意味小さいうちから体が鍛えられるというのは可能性の塊である。
ただ問題は女であるということである。
武術において男であるか女であるかというのは極めて大きな問題である。
シンプルに成長において男のほうが女より力が強く身長も高くなる。
元の体はあまり大きくはなかったが女より当然力は強かった。
以前の人生で剛拳の使い手として名を馳せた私だったが
女であるならば当然その体の育て方は間違いである。
あまり元々得意ではなかったが……八卦掌や太極拳のような柔の動きを優先するべきだろう。
そうと決めた日から迷いはなかった。
毎日やると決めた套路は百回行っていた。
バレると父から懲罰部屋のような部屋に手足を縛られて放り込まれたこともあったが
たとえ手足を縛られようとも出来ることはある。
私は訓練を辞めることはなかった。
そんな私に小十郎は最初のうちは戸惑っていたようだが
最近では私が練習する時間がだいたいわかってきて
飲み物の差し入れをしてくれるようになった。
私が見るにこの小十郎も何かの武術を修めているように見えた。
ある日飲み物の差し入れをくれた時に彼を引き止めて聞いたのである。
「小十郎、たまには少し話でもしていきなさいよ」
「はい、承知いたしました」
我ながら女言葉もだいぶなれたものである。
むしろ小十郎の堅苦しさはいつまで立ってもこの調子である。
「貴方、その身のこなし、何か武術を修めているでしょう?」
そういうと彼は若干困惑しつつも答えた。
「ええ……私は芹様の身の回りの一切合切を受け持っておりますから
芹様の身を守ることも業務の一環ですので……」
まぁ無理もない。
どうやら私は調べた所五歳児であるようなので、五歳児にそんな事を言われれば違和感もあろう。
しかし私の興味は常に武にあるのは体が変わろうともそこは変わらないのである。
「一体何の武術を修めてるのかしら?」
「一応空手と柔道を……といっても黒帯を取った程度でそんなに卓越しているわけではありません」
空手……柔道……聞き馴染みがない言葉である。
しかし武道を修めたものに共通の動きというのは存在する。
皆ほとんどのケースで背筋がまっすぐで、歩いている時に体があまりブレないのだ。
小十郎も例外ではない。謙遜はしているがそこはしっかりしている。
「何故そんなに謙遜するのかしら?」
「私はあくまでも芹様を守るために身に着けたものであり
最も重要なのは例えば拳銃で芹様が狙われた時に身代わりになる覚悟が
最も求められるものだと理解しています」
身代わり? 一瞬鼻で笑ってしまいそうになったがそれはこらえた。
彼は私にとって良き使用人であってもらわなければならない。
「小十郎よ、それでは足らぬ」
「は……しかしこれ以上は何を……」
「私は新たな人生で直面する全ての敵を、力の限り排除するつもりだ。
つまりお前は盾であるだけではなく剣になってもらわなければならないのだ。
その程度で満足していては困る」
小十郎はその話にひどく困惑していたが私は本気だった。
今度の人生においてこそ全ての「戦い」に勝つつもりである。
毒を盛られるような人生を許容する気もないし
それはあの私の顔を叩きつけた「父親」を含めた全てを
屈服させるまで終わらせるつもりはなかった。
細々とですが継続して書き続けていきたいと思いますので
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