武道の末路
バァンッ!!!
拳に相手の肉体がめり込む音があたりに炸裂する。
もう見るまでもない。
相手は絶命した。
ワシは振り返ることもなく場を後にした。
そのままワシは近くの茶屋で休憩を取る。
すると付き添いの弟子の一人がワシに話しかけてきた。
「今日、梁先生の相手となった相手、大丈夫でしょうか……」
そんなことか。
コヤツはそんな事を言っているから駄目なのだ。
わしは思ったままに素直に言葉にした。
「まぁ運が良ければ生きているかもしれんが……
十中八九、もう生きてはいまい」
「先生、まさしく一撃必殺でしたね。やはり先生は、我々とは次元が違う存在ですね」
「ふん、そう思うならお前も鍛えろ」
実につまらんものだ。
ワシは強くなりすぎたのかもしれない。
たまに挑んでくるようなものはろくに自らの力量を測れぬ馬鹿ばかり。
かといって戦いがいのありそうな者ほどワシと戦おうとはしない。
理由はわかっておる。
ワシに勝てないとは思ってない者も多い。
ワシとてたとえ誰が相手であろうと勝つ自信があるが
そんなものは実力者であれば皆同じである。
負ければ大勢の門弟を抱えるものはその地位を失うことを恐れる者。
その『道』を究めんとするがあまり、肝心の武の強さへ関心が薄い者。
まぁいろんな奴がおるが、真摯に武と向き合っているものほど
軽率ではないというのはまた事実ではある。
その事実がワシを苛立たせていた。
ワシももう60歳前後……年齢など興味がなくて数えていないがそのぐらいだろう。
ここまで研鑽を重ねてきて、何故己の力を行使したいと考えないのか。
その不満を解消するように、今日も力量不足の力馬鹿を一発小突いてやった。
若いものの未来を奪うのはよくないだとかそんな心はワシには一切ない。
歯向かってきたものは皆等しく敵だ。
それを排除するべく存在するのが武であるというのがワシの矜持であった。
物思いにふけっていると見覚えのない男が正面になっていた。
出で立ちからして旅の商人といったところだろうか。
「これはこれは、梁先生ではありませんか。
先生のご高名はこのあたりでも知らぬものは居ない程ですよ」
好きでなったわけでもないが、武の道を進むうえでワシの名声は
実力とともに知れ渡っていったがワシはこういう媚びた物言いをする男は好きではない。
こういう人間は大抵人を利用しようと考えてるとワシは勝手に思っていた。
しかしこの男のおべっかは止まらなかった。
適当に話させておけば止まるかと思ったのだが……。
「ところで先生、実は旅の道中で手に入れた希少な茶葉があるのですが
先生と出会ったのも何かの縁、これを是非ご賞味いただきたく思うのですがいかがでしょうか?」
茶か。
ワシは茶が好物だった。鍛錬しかないような日々を人生で過ごしてきたが
休憩時に取る茶の味が好きで、数少ない趣味と言っていい。
断る理由もなく、ワシはそれを手に取り、ゆっくりと味わった。
若干なんの味わいかわからない飲んだことのない苦みもあったがとても香りが良い。
「うむ、実に美味な茶であった、希少なものであったろうにありがとう」
「いえいえ、これを期に私のことを覚えていただければ幸いですよ」
そう言われ初めてその男の顔を見た。
……どこかで見たことがあるような気もしたが、会ったことはないと思う。
「それでは先生、一足先に失礼させていただきます。
またどこかでお会いしたらよろしくお願いしますよ」
「うむ、よろしくな」
そういうと商人の男はそそくさと何処かへ行ってしまった。
ワシもそろそろ宿屋に帰らねば。
「帰るぞ」
「はい、先生!」
そういうとワシも早足で宿に向かおうと思ったその瞬間である。
体が異常に重く感じられる。
それに若干の手足のしびれ……。
長く座っていたせいかもしれぬと立ち上がるとワシはよろめきそうになってしまった。
徐々に視界が霞んできた時、ワシはようやく悟った。
毒か……。
「先生、大丈夫ですか? 先程から尋常じゃないほどの汗が……」
なんということだ、自らの不調が大きすぎて気がついていなかった。
額を拭うとビッショリと自らの汗が袖についた。
「先生! 今すぐ医者を呼んでまいります! しばし辛抱を!」
「ならぬ! 今すぐここを立つぞ」
「しかし先生!」
「ここの者たちは全員信用ならない、せめて隣町まで移動する必要がある」
そういうとワシは必死の思いで歩き始めた。
弟子が肩を貸してくれた。いつもなら年寄り扱いするではないと払い除けていたが
そんな事をする余裕もなかった。
毒の効能は非常に強い。即効性のものらしく
ワシは街から外れた人気のないところで、とうとう歩くのも困難になってしまった。
弟子はワシの安否を気にして仕切りに声をかけてくれているが
それももはや何を行っているのか聞き取れないほどにワシの状態は良くなかった。
……ワシは死ぬのか。
まだまだ戦ってみたかった男は沢山いた。
たとえ負けたとしても戦いたい、戦いこそが己の全てだと思っていた。
そんなワシが高々毒如きで最後を迎えようとしている事実に悔しさから
ワシは泣きそうになったが、泣くことはしなかった。
「ワシはここで死ぬ、弟子たちにはワシのような死に方はしないようにしてほしい……」
ワシは無鉄砲で、平気であまりに対戦相手を殺めすぎた。
ワシが反面教師になったのだろうか、弟子たちは人格的には優秀なものが多い。
二の轍は踏まないだろう。
もっと戦いたかった……。
それが最後のワシの願望であった。
細々とですが継続して書き続けていきたいと思いますので
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