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<第8話 陰キャは英雄の息子?>


(うひっ!?)


 ベルネッタが僕の首に片腕を回し、引き寄せていた。

 身長差がえぐいため、引き寄せられた僕の頬にはベルネッタの横乳が押し当てられる形になる。

 が、そんな至福を堪能する余裕もなく、彼女は皆に宣言していた。


「このガンマンの名前はキッド! 〝インキャ・ザ・キッド〟だ! あたいが連れてきた凄腕さ!」

(えっ!? そうだっけ!?)


 確か僕は彼女が礼がしたいからってついてきただけなはず。


「そいつの名前も知らないぞ!」

「ああ、さっぱりだ!」

「しかもガキんちょじゃねえか!」


 観衆のヤジはベルネッタも想定内だったのか、ふふん、と意味深に笑って見せる。


「まあ待ちな。このキッドの兄いはな……」


 彼女は僕を前面に出すと、とっておきの商品のご紹介とばかりに宣言した。


「あの〝ラストマン・スタンディング〟の息子だ!」


 ベルネッタが宣言すると、その場はしいんと水を打ったように静まり返った。


 っていうかちょっと待て!

 何だよ僕がその〝ラストマン・スタンディング〟の息子って!?

 そんなわけないでしょ!

 そう思いながらベルネッタをいつもの無表情で振り返る。


「キッドの兄い、今はあたいに合わせてくれないかい……!」


 ベルネッタはそう小声で僕に懇願してくる。


(うう、美女の頼みは断れないけどさ。おっぱい頬ずりさせてもらっちゃったし)

『丸め込まれ方が安すぎるぞ相棒……』


 スモーキーもさすがに呆れている。


「〝ラストマン・スタンディング〟の息子だって……?」

「で、伝説の英雄の?」


 ややあって人々は顔を見合わせはじめた。

 前にもちょっとその名前が出たけど、知名度が凄いようだ。

 伝説の英雄と言われているし、とにかく偉人なんだろうな。

 が、しかし―


「伝説の英雄に息子がいたなんて聞いたことないぞ!?」

「英雄の息子を名乗るのなんて詐欺師の定番じゃねえか!」


 ブーイングが巻き起こった。

 駄目じゃんこれ!?

 とはいえ、ベルネッタも勝算はあると思っているのか引かない。


「まあ待ってくれなよ! このキッドの兄いはその辺の紛いもんとは訳が違うんだ――」


 説得を続けようとしたその時だった。


「ハァッハッハッハァーッ! こいつぁ傑作だぜ!」


 一際大きな笑い声と、茶化すような拍手の音が酒場に響いた。

 僕もベルネッタも振り返る。

 スイングドアが乱暴に開かれる音がした。

 男達が入ってくる。数は4人。


「英雄の息子を探し出してくるとは恐れ入った」

「ぐへへ!」


 そいつらは仲間の皮肉に下品なつられ笑いをした。

 奴らは全員、ガンマン風のいでたちで武装している。

 腰にはホルスターと拳銃。更に一人は水平二連式の散弾銃、もう一人はレバーアクションライフル。

 しかも銃身で肩をトントンとしながらニヤついている。

 いくら荒野でも街中でこんなものを見せびらかして歩くことはまずないはずだ。


(ならず者だ……!)


 それくらい僕にも分かった。


手に負えない奴(アンルリー)の野郎だ……!」

「マジノ盗賊団でも嫌らしいのが来たな……」


 四人の中でリーダーらしい金髪のざんばら髪の男。

 手に負えない奴……アンルリーと呼ばれている奴は、酒場に集まった町の人々を無遠慮に見渡す。


「しかしまあ何を騒いでるのかと思えば、皆さまがたお集りの御様子で手間が省けたぜ」

「き、期日はまだ先のはずだが……!」


 町長が緊張の面持ちで尋ねる。


「ああそうだ。あと10日後だ、約束は守るぜ。

 魔鉱石5箱分に10歳までのガキ5人だ」


 魔鉱石というのは高く売れるって話のあれか……


(それに加えて、子供が5人っていうのはなんだ?)


 人身売買用ということだろうか。

 金や物と違って我が子を奪われるかもしれないこの町の人の危機感も分かった。


「だが――」


 アンルリーは噛みタバコのカスを「ぺっ」と酒場の床に吐き捨ててから言う。


「マジノ団長から伝言を伝えにきた。〝おかしな真似をしやがったら要求を倍にする〟ってな」

「なっ!?」


 町長どころか集まった町民全員が悲鳴のような声を上げる。


「つまり、騎兵隊を呼んだり用心棒を雇い入れたってことは、要求は倍確定だ」

「ま、待ってくれたまえ! 騎兵隊は来てくれないのだ! それに用心棒も雇い入れたわけじゃない!」


 抗議に前へ出たコリンズ町長の胸倉をならず者は掴み上げた。


「そんな屁理屈が通ると思ってんのか? ああ?」

「うう!?」


 町長は苦し気に呻くしかない。

 それを見たベルネッタが鋭く声を上げる。


「止しな! 確かにまだ雇われちゃいないが、そいつはあたいの飯の種だよ」


 しかし、それを町長は必死に手を振って止める。


「や、やめたまえ! 彼らを刺激しちゃいかん……!」

「む……」


 町長がそう言う以上ベルネッタも助ける道理はなく、押し黙るしかない。

 町民にも割って入る者はいなかった。

 そこにあったのは、ただただ恐怖。

 理不尽な暴力への屈服だった。


「やめろよっ!」


 しかし、そこに少年の声が響く。


(アル……!?)


 僕は内心で驚く。

 彼はならず者どもの前へ飛び出ると、精いっぱいの勇気……いや虚勢で叫ぶ。


「伝言のお使いが終わったなら、とっととおいらたちの町から出てけ!」


 叫ぶアルの足は震えていた。


「ほお~う」


 ざんばら髪の男は町長から手を放す。

 ゲホゲホと咳き込みながら町長は負け犬のように引き下がった。

 が、奴は今度はアルへと向かって行く。


(あ、これやばい)


 そう思った時には、僕の足はうっかり前に踏み出していた。


「キッドさん……!?」


 アルの驚く声が背後に聞こえる。

 それもそのはず、僕はあのざんばら髪の男の前に立ち塞がっていた。


(ど、どどどうしよう!?)


 そんでもって、無表情にパニックになっていた。

 正義感なんて高尚な理由で動いたわけじゃなかった。

 とにかく、アルが酷い目に遭うのが確定なのを何とかしないと、という行き当たりばったりの行動だ。

 それでも、動いた。


(だってアル、ずっと僕のことを英雄みたいって、目を輝かせてくれてた)


 あの目の輝きを思い出すと、金をもらっているわけでもないのにそれを失いたくなかった。

 生まれてこの方、あんなにまっすぐに僕という人間を見てくれた人はいない。だからかな……


「あんだぁてめえ?」


 しかし、だ。

 ここを切り抜けるナイストークなんてできるわけもない。

 ただ黙って、奴の前に立ち塞がっているだけ。


「クソガキが二匹になりやがった」


 奴は僕の前に立つと、こちらをしげしげと見下ろした。

 いたのかよ、とばかりに完全に舐めた様子だ。


「ハッ! この冴えないガキが〝ラストマン・スタンディング〟の息子だとお?」

「ぎゃははは!」


 アンルリーは手下三人を振り返って冗談でも聞いたように言う。

 リーダーの言葉に連中はひとしきり笑った。

 そして――


「笑わせんな」


 奴はいきなり笑みを消して腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 その銃口は僕の眉間に定められている。


「キッドの兄いっ!」


 ベルネッタが腰の拳銃に手を掛ける。

 が、背後の手下3人の方が抜き身で銃を持っている分早い。

 水平二連散弾銃とレバーアクションライフルの銃口がベルネッタの動きを制止した。


「くっ……!」


 こっちは2人だけど向こうは4人、数でも武器の威力でも負けている。

 ベルネッタは動きようがなかった。


「そこのデカ女が変な気起こさねえように見張ってろ」

「おう!」


 手下どもに命じ、アンルリーは僕に銃を突きつけたまま顔を片足を差し出してくる。

 一体何の意味だと怪訝に思ったら、こう切り出した。


「ブーツを舐めろ、英雄の息子さんよお」


 凄みのある声で脅された。

 生来陰キャで、いじめられっこな僕にはすんごい嫌な感じの声だ。


「さっき馬糞を踏んじまってよ、お口で綺麗にしてくれたら見逃してやってもいいぜ?」


 どうやら、皆の前で恥をかかせることで、この町の人達の抵抗の意思を奪うつもりらしい。

 陰湿なやり口だ。いじめっこの発想だ。

 いじめっこと違うのは銃で武装していて断れば即銃殺されるという、シャレになってない度が桁違いな点くらいか。


(やばい……こういう形で絡まれたらほんとに靴舐めて笑われるか、拒否ってぶっ殺されるかの二択だ)


 自分で立ち塞がっておいといて、今度はどうやったら逃げられるか必死に考えてる自分がいる。

 しかし――


「キッドさんをバカにすんなっ! この人はゴブリンの群れを全部やっつけたんだぞ!」


 僕の背後からアルの叫び声が聞こえてハッとする。


「お、お前らなんか一瞬でみんな倒せちゃうんだ!」


 アルは震えながらそう叫ぶことで恐怖を紛らわせたかったのかもしれない。

 でも同時に、僕を信じてくれているのも分かった。

 僕の心を、何かがぐっと掴んだような、なんだかそんな熱い感覚が走る。


「こんなドチビがゴブリンの群れを倒しただとお?

 ゴブリンは蚊トンボじゃねえんだぞ小僧」

「う、嘘じゃないやい! キッドさんは……キッドさんは……ひっく」


 アルはもう涙声だ。

 きっとここまでで、たくさん辛い思いをしてきたんだろう。

 必死に野を越え谷を越えで、頼みの綱の騎兵隊は呼べなかったのも子供には酷な話だ。

 帰ってくれば町の人の落胆と、ならず者に踏みにじられる町の現実を目の当たりにさせられてる。


(こんなこと、あっていいわけないだろ……!)


 ぐっと拳を握り、僕は内心で相棒に語り掛けた。


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