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<第7話 陰キャ巻き込まれる>


 十字路に面したこの町の中心部にそれはあった。

 西部劇ではおなじみの、サルーンと呼ばれる酒場だ。

 簡素な建物が多いこの町ではそこそこ立派な二階建て。たぶん上階は宿屋も兼ねているんだろう。

 僕らはようやくそこで馬を降りる。


(うぐぐ、馬って長距離乗ってると腰とケツが痛くなるのね……)


 ベルネッタが店前にある馬繋ぎに手綱をくくりつけてる背後で、僕はこっそりケツをさすっていた。


『慣れてないからだ。それに、騎乗のレベルもまだ低い』

(言葉が分かるようになった時も言ってたけど、レベルって何さ?)

『置いてかれるぞ』

(ああもう! 肝心なことだろうに……)


 そして、目の前に現れたのは、あの特徴的な胸くらいの高さにある両開きのスイングドア。

 ベルネッタたちに続いてそれを押し開いて店内へ入った。

 スイングドアはまるで来客を告げるように軋んだ音を立てた。


「マイク!? それにアル!」


 先に入った二人の名を、酒場にいた人達が驚きの声をもって迎えた。


「無事だったのか!?」


 見渡すと、酒場の中には思ったより人がいた。

 学校の教室よりやや広いくらいの室内に、数は二十人くらいだろうか。

 服装や年齢層も様々で、どうやら酒場で楽しく談笑していたというより、会議のような場の最中だったらしい。


『タウンホールのない町では酒場が臨時の集会場になることは珍しくないからな』

(なるほどね)


 彼らはマイクとアルに駆け寄る。


「二人ともよく戻ってきてくれた!」


 その中でも、代表者のようなモーニング姿の中年男性がマイクを労った。


「ええコリンズ町長。谷でゴブリンに襲われて馬車と装備は失いやしたが、なんとか」


 マイクがほっとした感じで返す。

 目の前のモーニングの男性はどうやらこのミラージの町の町長らしい。

 そして町長は帰還の喜びも早々に切り上げ、マイクに詰問した。


「それで、騎兵隊はいつ来てくれることになった!?

 一緒に来てないってことは準備に時間がかかるのか?」


 〝騎兵隊〟?

 マイクとアルは騎兵隊とやらを呼びに行ってたのか。

 詳しくは知らないけど、つまりこの世界での軍隊に相当するものなんだろう。

 通常、軍隊は砦に駐留して付近の警戒に当たっていて、開拓民から要請があると部隊を出して彼らを守ったりする。

 でも、僕と出会った時からそんな大部隊は連れていなかった。

 いたのは、ベルネッタだけだ。

 ちらりと彼女を見る。

 腕を組んで入り口横の柱に背を預け、なりゆきを見守っていた。


「それなんだが……」


 マイクは言い難そうに答えた。


「騎兵隊は……来てくれない」

「ええっ!?」


 酒場にいた全員が悲鳴のような声を上げた。


「そんな!?」

「どうしてだ!?」


 マイクは彼のせいではないのに申し訳なさげに説明した。


「向こうでも列車強盗団の警戒で手一杯だそうだ。辺境のここには戦力が割けないと……」


 酒場に集まった人々から、絶望の声が漏れた。


「列車強盗団だって!? 列車なら逃げ切ることだってできるだろう!」

「列車は鉄道会社や資本家の金が掛かってるから優先するってか!?」


 口々に不満を喚く人達で、酒場は騒然となった。

 どうやらよほど騎兵隊の到着をあてにしていたらしい。

 何があったんだろう……?


「静かに! 静かにしたまえ!」


 町長がその場を収める。


「こうなることも考えた上で君らを送り出したんだ……すまない、ゆっくり休んでくれ」


 町長は落胆しながらもマイクの肩をぽんぽんと叩いて労をねぎらった。

 その時だった。


「大丈夫だよ!」


 アルが皆の前に飛び出して大きく声を上げた。

 視線が一斉に少年に注がれる。


「だから用心棒になってくれる人を見つけてきたんだ!」

「用心棒だって……?」


 アルが大きく頷いてベルネッタを振り返る。

 すると柱に背を預けていた彼女が、もったいぶった様子で歩み出た。

 ゴト、ゴト、と板張りの床を彼女のウエスタンブーツの踵が鳴らす。

 その場の視線は彼女に釘付けだ。

 美貌の巨乳ガンマンだもんな。そりゃそうだよ。


「ベルネッタだ。〝レッドフラッグ・ベル〟で通ってる」


 彼女はカウボーイハットのつばをくいっと指で上げ、その碧眼で観衆を捉える。

 おお、とその迫力に酒場の面々は一瞬、気圧された。

 しかし、ややあってみんな顔を見合わせた。


「……し、知らんな」

「ここじゃ聞こえてこない名だ」


 あれ、あんな自信満々に言ったのに?

 僕はすっかり彼女がなんかスゴイ人なのかと信じ切っていた。

 彼女の横顔を見上げると、ちょっとしくじったかな、というような冷や汗をかいている。


「ん? いや、ちょっと待て」


 が、若い男性が声を上げた。


「何さ、思い出したかい?」

「思い出した! あんた〝スタンピード・ベル〟だろ!?」


 おや、やっぱり結構名の知れた人だったのかな。


「スタンピード・ベル……?」


 でもなんだかベルネッタ本人も身に覚えのない様子だ。


「ああ。とびきりのイイ女で口説かれまくるが、気に入らない男には容赦なく頭突き喰らわせるってんで、それが賞金稼ぎや冒険者の間で有名だって聞いたことあるぜ」

「思い出した、俺も聞いたことあるぞい!」


 今度は別のおじさんが言った。


「ナンパ野郎の一団相手に大乱闘した時はさながら牛の集団暴走スタンピードだったみたいで、その名が着いたんだと」

「あ、あたいはそんな名前名乗ってねえ!」


 激怒したベルネッタは拳銃を抜いて天井に向けた。


「うわあ!?」

「その名前で呼んだらぶっ殺す!」


 カチリと拳銃の撃鉄を起こす音が酒場に響く。穏やかじゃない。


『ふむ、良い名前じゃないか。スタンピード・ベルも』


 そんな彼女を眺める(?)魔銃のスモーキーは呑気なことを言う。


(ほんとぉ……? 彼女は嫌そうだけど)

『誰にも靡かない孤高の女ということだ。強くないとその生き方は荒野ではできん』

(強い人だっていうのは、まあ分かるよ)


 初対面で実弾込めた銃向けてくるわゴブリンに躊躇なく発砲するわ見てるし。


『それにだ……ガンマンはこの世界では珍しくはない。だが一人で行動しているのは珍しい』

(そうなの?)

『一人で荒野をさすらうのはロマンだが、現実的には危険だらけだ。一人旅はすねきずのあるお尋ね者か問題児、あるいは……』


 スモーキーは懸念か期待か判然としない口調で言った。


『何かあの女も訳ありかもしれん』

(異世界から来た陰キャとその魔銃もそーとーな訳ありだけどね)


 そんな会話を頭の中でしていると、アルが慌ててベルネッタに詫びを入れた。


「ベ、ベル姐ごめんよ! 悪気はないんだ」

「ったく、アルに免じてここは納めとくぜ」


 彼女は拳銃をホルスターにしまった。

 皆がほっと胸をなでおろす。


「ナンパ野郎に頭突きしたのなんざ二回しかないんだけどなあ……?」


 ぼそっとそんな呟きが聞こえた。

 あるんだ、しかも二回……


「アルの言う通りだ。名はまだ響いてないかもしれないが、腕は確かだ」


 更にマイクがフォローを入れた。


「砦からの帰り道、急ぐから護衛を雇うことにしたんだが、引き受けてくれたのは彼女だけだったんだ」

「三度も魔物とならず者に襲われたけどみんな守ってくれたんだ! すごいんだよベル姐は!」


 僕と出会う前の彼女の同行がようやく分かった。

 なるほど。そういう経緯でこの三人はあの馬車に乗っていたんだな。

 そんな納得をしていると、酒場に集まった人々は口々に失望を叫びだす。


「腕が確かといってもたった一人と助手のガキがいるだけじゃないか!」

「〝マジノ・ブラザーズ〟は四十人も率いた大強盗団なんだぞ!」


 あれ? ひょっとして助手のガキってアルじゃなくてこれ僕のこと?

 いやそれはさておき〝マジノ・ブラザーズ〟って強盗団にこの町は狙われてるんだろうか。

 嫌な予感はしていたものの、段々と状況の解像度が上がってきた。


 これはやばい。巻き込まれる前に逃げた方がいいのかも……

 存在感がないことに定評のある僕だ。学生時代、修学旅行でいないことに気付かれずにバスに置いていかれたもんだ。

 こっそり後退りして外に出たら誰も気づかないんじゃないか?


 そんな逃げる算段を考えていると、ベルネッタが声を張り上げた。


「ああ聞いたさ! 敵が四十人だってのも、騎兵隊が来てくれないことも」


 内心逃げ腰な僕と違い、相変わらず自信満々の調子だ。

 少し芝居がかってすら見えるけど、酒場の人達はその姿に圧倒される。自信に満ちた声ってそれだけで人の心を掴むもんなんだな。


「だがこっちには〝切り札〟があるのさ!」


 にやっと笑って彼女は酒場の面々を見渡す。

 え、そんな都合がいいものあるわけ?

 僕はそう感じるものの、切実な状況で藁をもすがりたい人々は、期待に満ちた様子で尋ねた。


「き、切り札だって……!?」

「そんなものどこにあるんだ?」

「ひょっとして砦から持ってきた新兵器か何かか!?」


 ベルネッタは答える。


「ここさ!」


 事の成り行きを傍観していた僕の首が、ぐいっといきなり引っ張られた。



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