オーロラとポルターガイスト(第六話)
「ハ…ハロルド君…あれ…。」
一階の台所に駆け込んだハロルドは怯えるオーロラの指差す先を見て驚きを隠せなかった。包丁が収納されていたであろう場所から包丁が一本分抜けており、オーロラの指差す先の壁に垂直に突き刺さっている。
「なんだよ…あれ…」
ハロルドは驚くと同時に腰が抜けてその場に座り込んでしまったオーロラの物音で正気に戻った。
「オーロラ大丈夫か!?怪我とかしてないか!?」
「うん…大丈夫…いきなり戸が開いたと思ったら…そこから包丁が飛んで来て…今まで包丁が飛んでくるなんて無かったのに…」
「…とにかく大丈夫なら良かった。早く部屋に戻ろう。」
「…うん、ありがとう。」
ハロルドが垂直に突き刺さった包丁を抜こうとした瞬間だった。
ドスッ!
「キャーーーー!!」
ハロルドの後ろから一番刃の先が長い包丁がハロルドの顔を掠めて正面の壁に突き刺さった。ハロルドの右頬からはうっすらと血が垂れている。
「……!」
「えっ?ハロルド君、何!?ち…ちょっと…」
さすがにマズいと判断したハロルドは立てないオーロラをお姫様抱っこで抱きかかえると、2階のオーロラの部屋まで猛烈な勢いで駆けていった。
バタン!
ハロルドは抱えていたオーロラを部屋の中で降ろすと急いで開いていたドアを閉めた。
「ハァハァ…」
「ハロルド君…あ…ありがとう。その…大丈夫?」
「あぁ…別に頬の傷は大したことないから…」
「そうじゃなくて…重くなかった?私…」
「……?いや…別に…」
「そう…」
妙なことを聞くな…と少し訝しみながらもハロルドの意識はすぐに先ほど体験した事実に向かう。
「オーロラ、あんなことが毎日あったのか?一体いつからだよ?」
「…1週間くらい前から。お母さんとかお父さんが居ると幽霊さんもあんまり怒らないみたい…けど私が一人でいると…」
「ああいうことが起きるわけか」
「けど今まで包丁が飛んでくるなんてことは無かったのに…ごめんね、ハロルド君。その…怪我させちゃって」
「それよりも心配なのはオーロラの方だろ!これから刃物みたいな物が飛んで来たらどうするんだよ!?下手したら怪我じゃ済まないぞ、あれ!」
ハロルドが見た限り包丁はたしかに壁に垂直に突き刺さっていた。あの勢いで人体に突き刺されば下手すれば致命傷ものである。
「ハロルド君、今日はもうお家に帰って。面倒かけちゃってごめんね。お母さんもう帰って来るから大丈夫。…ハロルド君に迷惑かけちゃっても悪いし」
何故かあっけらかんとこの状況での唯一の味方を手放そうとするオーロラはそう言いながら携帯の画面を見せつけてくる。
「放っておけるか!」
「…もうお母さん帰って来るし。お母さんが居る時は幽霊さんも大人しいし…フフフ。ほら…噂をすれば…」
一階の玄関からガチャガチャとドアを開ける音が聞こえる。
「お母さんが居る時はホントに何も起こらないんだよ!大丈夫。私のこと信じて…」
「……。…分かった。」
ハロルドはこの家の住人ではないので帰れと言われたら何も言えない。何も言い返せないハロルドは帰り支度を始めた。
だがハロルドとしてはどうしても引っ掛かることがある。
「オーロラ」
「何?ハロルド君」
「今日はこの家には僕とオーロラの他には誰も居ないんだよな?部屋を出る時に何か声が聞こえたような気がしたんだ。」
「ハロルド君」
「…何だ?」
「その…上手く言えないんだけどさっき包丁がハロルド君に飛んでいった時…幽霊さんが包丁を投げたような気がしたの。だから…」
「だから?」
「気をつけてね」
「…あぁ。」
ハロルドは笑顔でそう言うオーロラに少し疑問を感じながらもオーロラの家をあとにすることにした。