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保護者参観日

 食卓には湯気の立つ夕食が並んでいるが、ツバサは箸を持ったまま、どこか上の空といった様子で料理を見ている。


 学園での疲れが出たのか、それとも何か別の理由があるのか、その表情は沈んでいた。


 向かいに座った俺はホログラムディスプレイに映る芸人の配信動画を見ながら、片目でその様子を観察していた。


「今日の食事はイマイチか?」


「えっ?、いえ、そんなことありません!  美味しそうです」


 ツバサはハッとしたように顔を上げ、慌ててそう答えるものの、その声にはいつものような明るさがない。


 俺は特に追求する事もなく、ホログラムディスプレイに視線を戻した。


 ツバサの様子が明らかに普段と違うのはわかっているのだけど、何と声をかければいいんだ? 数百年も生きたのに情けない。


 年頃の女の子ならではの悩みかもしれないし、聞いたらセクハラなのだろうか? 


 この沈黙に耐えられなくなった俺は、やはり率直に聞くことにした。 


「学園で何かあったのか? 」


「べ、別に……特に何も……」


 ツバサは、少し躊躇するように視線を彷徨わせる。分かりやすいにもほどがある。


「顔には話を聞いて欲しいと書いてあるのだが?」


 俺はそう言って、彼女の反応を窺った。聞いても大丈夫みたいだし、原因を突き止めておく必要があるだろう。


「実は、来週の保護者参観日のことが少し憂鬱なんです」


「保護者参観日?」


「はい。ロボット暴走した事件があったので、学園の安全性を確認してもらうために、急遽ですが行うことにしたそうです」


「それに、何か問題あるのか?」


 俺が尋ねると、ツバサは少し伏し目がちに続ける。


「みんな、お父さんやお母さんが来るじゃないですか。私だけ……誰も来ないと思うと、なんだか寂しくて」


 彼女の声は、小さく、消え入りそうだった。


 なるほど。そういうことか。


「そんなことで落ち込んでたのか?」


 俺は、少しばかり意外に感じた。もっと気丈な少女だと思っていた。


「だって……」


 ツバサは、顔を上げると、少し潤んだ瞳で俺を見つめた。


「簡単じゃないか。俺が保護者の代わりに参加してやろう」


 俺はホログラムディスプレイから目を離し、彼女を見据えて言った。学園でのツバサの様子をより詳しく観察できる機会を得られるなら悪くない。


 俺はツバサを無事にパイロットにするという目的がある。学園でのツバサの様子を知ることは必要な情報収集なのだ。


 ツバサは、目を丸くして俺を見返すと

「えっ……? 駄目ですよ」と慌てて首を横に振った。


「だって……その……保護者って普通は家族とかじゃないと許可が出ませんし……」 


 彼女は、言葉を濁しながら、顔を赤らめた。家事用アンドロイドを保護者として連れて行くことに、強い抵抗があるようだな。 


 まあ、俺がツバサの立場だったら……嫌かもな。


「俺はツバサの家族だ。魔族だろうが、AIだろうが、そんな些細なこと気にする必要はない」 


 俺は有無を言わせぬ口調で言い放った。


 ツバサは、まだ何か言いたそうだったが、結局、諦めたように小さく頷いた。


「……分かりました。一応学園で許可が出るか申請してみます。でも、許可が出ても目立たないようにしてくださいね」


 しかし、その表情は先ほどまでの不安げなものから一変し、その声は沈んだトーンから一転、明るく弾んでいた。


「本当に……絶対に目立たないでくださいね!」


 もう一度念を押すように言うと、いつもの元気を取り戻したようで、先ほどまでほとんど動かしていなかった箸を手に取り、湯気を立てる俺の作った料理を目を細めて美味しそうに頬張り始めるのであった。


 ♢


 保護者参観日の当日。


 学園の正門前は警備員が数名おり、制服を着た生徒たちと、少し緊張した顔の保護者たちが一緒に門をくぐっていく。


 最新型のサポートアンドロイドを連れた家族連れも少なくない。これに紛れて入れれば、俺の存在は目立たないだろう。


 ツバサは俺が保護者として参加できるか学園に申請したが、結果は予想通りにあっさりと却下された。「保護者は生徒の二親等以内の親族に限る」とのことだった。


「やっぱり駄目でしたね」


 朝食の席で、彼女は少し残念そうに俺に報告した。


「行くと決めたのだから行く」


 俺はホログラムディスプレイでお笑い芸人の配信動画を見ながら、いつものように自信たっぷりに言い放った。


「でも……」


「隠れて侵入すれば良いだけだろう。問題ない」 


 その言葉に、彼女は小さくため息をついた。結局、俺の意思は変わらないと悟ったのだろう。


 他人のサポートアンドロイドに紛れ、堂々と校門から入ると、警備システムが作動しないか周囲を警戒しながら近代的なコンクリート造りの校舎へと向かった。


 勇者や魔王スキルに『隠密』があればこんな苦労はいらないのだが、あれは暗殺者や盗賊が持つスキルだ。勇者や魔王たるもの隠れる必要なんてない。故に俺には使えない。


 無事、校舎内に入れたのはいいが、なんてガバガバなセキュリティーなんだ。安全を確認するための保護者参観日ではなかったのか?


 ツバサの教室の扉から中を覗くと、すでに何人かの保護者がパイプ椅子に腰掛け、授業開始を待っていた。


 上質なスーツを身につけ、高そうな装飾品を身につけた男女が、落ち着いた様子で座っている。その中には、勲章がいくつも飾られた、威圧感のある軍服を着た男もいた。教壇の前には、最新の教育設備が鎮座している。


 授業が始まると、講師はホログラムを多用しながら、複雑なロボット制御の理論を解説している。


 空中に浮かぶ数式や設計図を、生徒たちは真剣な眼差しで見つめ、熱心にメモを取っている。


 ツバサも例外ではなく、難しい内容に眉をひそめながらも、必死に講師の言葉に耳を傾けていた。


 講師が時折、ホログラムを指さしながら生徒に質問する。俺はツバサが当てられるのではと期待しながら廊下からその様子を眺めていた。


 授業が一段落し、短い休憩時間に入るとすぐ、隣の席の女子生徒がそっとツバサにメモを渡す。ツバサはそれを読むとチラッと俺を見た。


 目が会ったので手を振ると、ツバサは真っ赤になってすぐに前を向いてしまった。


 俺ってそんなに恥ずかしい存在なのだろうか? ちょっと傷つくんだけど。


 ♢


「あの時は、ありがとうございます」


 授業のプログラムを終わり、帰宅しようとする俺に、ツバサにメモを渡した女子生徒がこっそりと俺に話しかけてきた。


 俺が思い出せずにいると苦笑いをしながら「ササキ・アキナといいます。暴走ロボットの時に助けて頂いた者です」と自己紹介をしてくれた。


 おお、あの時の子か。


 正直ツバサ以外の女子生徒はみんな同じ顔に見えるから気が付かなかった。


「こんなかっこいい人がツバサさんのお兄さんなんて、羨ましいです」


 お兄さん?


 ツバサの方をみると、両手を会わせ何やら俺を拝んでいる。


 話を合わせろということか。


 実際はお兄さんというよりは、御先祖様というレベルのお爺ちゃんです。だけど気持ち的にはお父さんだし、実際は家事用アンドロイド。


 実に複雑だ。


 その時、乾いた、耳をつんざくような警報音が、学園中に鳴り響いた。


 教室や廊下で談笑していた保護者たちは顔色を変え、生徒たちはビクリと体を震わせた。


 それまでの和やかな空気は一瞬で吹き飛んだ。


「きゃっ!」


 アキナが小さな悲鳴を上げて俺の腕にしがみつく。ツバサも顔を青ざめさせ俺の所まで駆け寄ってきた。


「落ち着いてください! 慌てないでください!」


 担任教師の声が響くが、パニックになりかけた大人たちには効果がない。


 保護者たちは自分の子供を守ろうと駆け寄り、安全な場所を探し始める。廊下を走る靴音や怒号が聞こえてきた。


 俺は警報音を聞いた瞬間、嫌な予感が全身を駆け巡った。


 ……もしかして、俺の侵入がバレた?

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― 新着の感想 ―
お兄さん扱いに収まったんですね。 しかし、セキュリティはザルだし、トラブルも多い学校ですねぇ〜(苦笑)
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