リサイクルショップ・タナカ
ロボットの暴走事故があったにもかかわらず、ツバサの通う学園は休園せず、平常運転を続けていた。
事故が気になり自宅のネットで検索してみたが、どのニュースも三面記事扱いで、わずかに触れられている程度だった。
案の定、生徒たちの家庭からは不安や不満の声が上がったようだが、ほとんどの生徒は何も言わずに通学しているらしい。
ツバサもその一人で、相変わらず忙しい日々を送っているが、今日は時間とお金に余裕ができたため、あの店へと向かった。
雨風に晒され、看板の文字も薄れた古びた中古品屋が、少し離れた路地裏にひっそりと佇んでいる。
ツバサが俺を買った店だ。
看板をよく見ると、かろうじて『リサイクルショップ「タナカ」』と書かれているのが読めた。
ドアを開けると、チリンチリンという安っぽいベルの音が店内に広がった。
店内には、様々な中古品が雑多に置かれている。しかし、どの商品にも塵ひとつなく、手入れが行き届いている。
相変わらず何に使うのか分からない奇妙な形の商品、光る板、箱型の機械、カラフルな人形……。
転生したての頃は、これらの奇妙な商品に戸惑ったが、ツバサと生活するうちに、ここの品揃えが特殊なだけだと理解した。
「すみませーん」
奥のカウンターから、気の弱そうな中年の店主が現れた。ツバサの顔を見ると、わずかに表情を和らげる。
「ツバサちゃんか。いらっしゃい」
「あの、コウセイさんのネットワークが繋がらないようなのですが……見ていただけますか?」
ツバサが遠慮がちに頼むと、店主は俺を見ながら眉をひそめた。
「コウセイさん……? ああ、うちで買っていただいたアンドロイドか。何せ、メーカー不明の骨董品ですからね……って、ん?」
急に店主は身を乗り出して、俺の体をペタペタと触り始めた。
「ツバサちゃん、あれから直した?」
「いえ、買ってから充電くらいしか……」
「細かい傷が消えているし、関節の動きもスムーズになっている。充電で直るとすれば……もしかしてナノマシン製だった? いや、こんな短期間で直るとは考えにくいし、液体金属なのかもしれない……」
「えっ、そんなにすごい素材だったんですか?」
ツバサは目をぱちくりとさせた。
金属が勝手に自己修復するなど通常ではありえない。おそらく、勇者スキル『自動回復LV10』の影響だろう。
前世の世界にいたアイアンゴーレムは、回復魔法で欠けた箇所が鉄でも修復されていたし、俺は“アイアンゴーレム”とでも判定されているのかもしれない。
それはそれとして、興奮した店主にやたらと触られるのは少々不快だ。
「店主、不快だ。あまり触るな」
「疑似人格まで搭載してたのか!」
ますます興奮した店主が鼻息を荒くする。
「とにかく、ネットワークの調整を開始しろ」
俺が低めの声で告げると、店主は興奮を抑えきれない様子で頷いた。
「もちろん、任せて! いやー、これほどだったなんて……。もうこれ家事用アンドロイドなんてレベルじゃないよ。あんな格安で売るなんて、僕もまだまだだなー」
店主は俺のうなじに小型の診断機らしきものを取り付けると、目の前に浮かんだホログラムディスプレイにはフォーマットらしき文字列が並んだ。
「うーん、やっぱり古すぎるね……標準プロトコルとまったく互換性がない。あれ? こんなプロテクトついてたかな……? ここを弄ると疑似人格にも影響が出そうだ……。ソフトよりハードの問題かな……。ここの部品を取り替えると……あー、ここも取り替えないといけなくなるのか……」
数十分ほど端末やホログラムディスプレイを指でいじっていたが、やがて大きく溜め息をつく。
「これは僕には無理だね。ツバサちゃん、本当に改造してないの? 殆どプロテクトかかってるし。こんなに複雑な機体だったかな……」
そう言って棚の奥をごそごそと探り始めた。しばらくして、手に取ったのは古びた小さな基盤だった。
「お詫びとして、ツバサちゃんにこれをあげるよ。このアンドロイド……コウセイさんと一緒に引き取ったものなんだけどね。何の部品か分からなかったから、別売りにしようと思って奥に取っておいたんだ」
店主は申し訳なさそうにそれを差し出す。
「いいんですか? 」
ツバサは少し首を傾げながらも、両手で丁寧に受け取った。興味津々といった表情で基盤を覗き込む。
この基盤……微かに魔力が付着している。それに回線の配置が前世の魔術回路の構造に似ているのだ。まだ断言はできないが、俺の前世とつながっている可能性が高い。
ツバサが笑顔で「ありがとうございます!」と可愛らしくお礼を言い、店を後にした。
茜色の光が住宅街を照らす中、ツバサは小さな頭を不思議そうに傾げながら基盤を見つめていた。
「この基盤、何に使うんでしょうね?」
「……さあな」
俺はなるべく平静を装いながら答えた。といっても表情は変えられないんだけどね。
その時だった。
背後から、粗野な男たちの声が聞こえた。
「おい、そこの嬢ちゃん」
振り返ると、いかにも柄の悪い若い男たちが、にやにやした顔でこちらに近づいてくる。
人数は五人。手にはそれぞれ見せつけるかのように銃を持っている。
ツバサはすぐに空気を察知し、顔を青ざめさせた。
「なんですか、あなたたち……」
「その制服、金持ち学園のとこだよな? その家事用アンドロイドと持ち物、全部置いてけよ」
五人は俺たちを取り囲むと、リーダーらしき一人が腕を組んで脅すように言った。
俺の見た目は人間の男性と変わりはないはずなのだが、うなじにあるコネクターや手足の関節部の違和感に気づいたのだろうか?
「家事用アンドロイド? いや俺は人間だが?」
ツバサを背中に庇いながら、低く、静かに告げる。
「断っておくが、俺は強いぞ」
男たちは意外にも一瞬たじろぐが、「お前に対人機能なんてついてねえだろうがよ」とニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた。
「一発お見舞いすりゃ、大人しくなるだろうよ!」
彼らが銃を構えた瞬間、俺は魔王スキル“威圧LV10”を彼等に解き放った。
目に見える変化はない。ただ、空気がわずかに震え、重圧が周囲を包み込む。
「ひっ……!」
リーダー格の男を含めた四人が、全身の穴という穴から汁が吹きだし気絶する。
あと一人かと思いそいつを睨むと、「バ……、バケモノだー!」と叫ぶように言い残し逃げ去ってしまった。
気絶しなかった所をみると、リーダーよりも見所はある奴だな。
危険がなくなったことを確認し、そっと振り返ると、ツバサが目を丸くし涙を浮かべながら不思議そうにこちらを見つめていた。
ツバサを安心させようと冗談の一つでも言いたかったのだが、こんな時に限って何も浮かばない。
「ただの自己防衛機能だ。こいつらの健康に直ちに影響はない」
そう告げると、ツバサの頭を軽くポンと叩く。
「直ちにって、影響はあるってことじゃないですか! そんなことより、コウセイさんって人間だったんですか?」
「あれは嘘だ」
「でも……」
「俺はネットワークに接続できない。警察に通報してくれ」
涙と汗と糞尿まみれになってしまった気の毒な男達を指差すと、ツバサは震える指先で慌ててスマホを操作しはじめた。
ツバサにはスキルの影響が出ないようにはしていたが、怖い思いはさせてしまったようだ。
今は魔族でも魔王でもないのだから、ただの家庭用アンドロイドとして、もっと上手い輩の追い払い方を考えないといけないな。