弁当を届けるイケメン
俺の家事レベルは各段にあがっている。
買い物、掃除、洗濯、料理、裁縫、ゴミ出しに大忙しだ。
いつものように朝食を終え、ツバサは少し慌ただしく家を出て行った。
見送ってから、残された食器を片付けにキッチンへ行くと、カウンターに見慣れた弁当箱が置かれていることに気づく。
「今日は弁当と言ってたのに、忘れていったか」
彼女のために心を込めて作った弁当を無駄にするわけにはいかない。俺は弁当箱を手に取り、学園まで届けてやることにした。
家を出てしばらく歩くと、遠くからけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
最初は救急車かと思ったが、次第にその音は増し、複数のサイレンが重なり合っているように聞こえる。
嫌な予感が胸をよぎり、学校へ向かう足を早めた。
学園に近づくにつれて、騒然とした雰囲気が伝わってくる。
校庭の方から生徒たちの悲鳴や、教師らしき人物の叫び声が聞こえてくる。
何事かと正門をくぐると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
一体のやけにスタイリッシュな大型ロボットが、まるで狂ったように生徒たちに襲いかかっている。
赤く点滅する警告灯、けたたましい機械音、そして生徒たちの悲鳴が入り混じる校庭。
生徒たちが我先にと逃げ惑う中、俺はツバサの姿を探した。
無事に逃げていればいいのだが。
混乱の中、暴走したロボットに追い詰められている生徒に紛れているツバサを見つけ出した。
女子生徒の一人が転んでしまい、必死に後ずさりながら助けを求めている。それをツバサが庇っているようだった。
ロボットの太い腕が、ツバサに向かって振り上げられた。
俺は咄嗟に魔王スキルの一つ「魔力強化LV10」と勇者スキルの一つ「身体強化LV10」を使う。
感覚が研ぎ澄まされ、周りの風景がスローモーションのように遅くなるのを感じる。
身体強化は魔力によって強化されるため、魔力強化と併用することで、同じ身体強化LV10でも効果はまるで違う。また、魔力強化も身体能力の強さに比例するため、お互いに効果の上乗せが期待できる。
これは前世では何度もお世話になった、勇者魔王スキルの合わせ技だ。
俺はロボットが腕を振り下ろすのを見計らってツバサの前に立ち、力いっぱい腕を受け止め……た?
あれ? まるで発泡スチロールが腕に乗っているみたいだけど。
試しに腕を握りつぶしてみると、やっぱり発泡スチロールのように簡単に砕けてしまった。
このロボット弱い? これなら前世のアイアンゴーレムの方が断然強いぞ。
ロボットの目の光が点滅し、動きが鈍る。まさか腕一本で本体まで壊れたのかよ?
その隙にツバサは体勢を立て直し、女子学生を連れて逃げ出したが、すぐに自分だけ俺の所に戻ってきた。
「コウセイさん! どうしてここに?」
まずい。
このロボットの弱さを見るに、訓練の一環だったのかもしれないな。
俺は動かなくなったロボットを横目に、手に持っていた弁当箱をツバサに差し出した。
「忘れていっただろう」
「あ、ありがとうございます? でも、こんな時に……大丈夫なんですか?」
「それより、お前は大丈夫だったか? 怪我はしていないか?」
俺は彼女の様子を注意深く見た。
「私は大丈夫です。でも…」
ツバサは動かなくなったロボットを呆然と見つめている。
あー、やっぱり。
俺なんかやっちゃいましたか?
ここは逃げの一手だ。前世では一度も逃げ出したことはないのが自慢だったのに。
俺は顔を隠しながら校門に向かい歩き出す。
先ほど助けたと勘違いしていた女子生徒たちも、俺をじっと見つめている。
「あの、せめてお名前を……」
その手には乗らないぞ。俺やツバサは損害賠償なんて払えないからな。
「名乗るほどの者ではない。好きに呼ぶがいい」
俺は急いで学園から出ると、そこから先はどうやって帰ったかも覚えていなかった。
♢
家で落ち込んでいると、ツバサがいつもよりも早い時間に帰ってきた。
怒られると思っていたが、あれは本当に暴走事故だったらしい。俺は無事に弁当を届け、ツバサの同級生も助けることができたことに安堵した。
ロボットも、どうやら遠隔操作によって停止が間に合ったということらしい。道理で腕の一本で動かなくなるわけだ。
「コウセイさん、本当にあれから大変だったんだからね。あのイケメンは誰だー! 紹介しろーって」
俺は充電ステーションに繋がれたまま今日の出来事を振り返る。
目の前で起こったAIの暴走という出来事は、この平和な日常の裏側に潜む非日常的な事件であり、そうそう起きることではない。
なのに何故かこれからも、もっと大きな何かに巻き込まれていくような、そんな予感がした。