女子高生に養われてる俺は働けない
ツバサが帰宅すると、俺はさりげなく彼女の行動を観察するようにした。
彼女が何気なく使う道具や、見慣れた操作にも、注意深く目を凝らす。
例えば、彼女がスマートフォンらしき端末を操作している時だ。指先で画面をスワイプしたり、タップしたりするだけで、様々な情報が表示されたりしている。
昔の俺も使っていたが、スマホはあまり進化していないようだ。懐かしい。
「コウセイさん、どうかしましたか?」
俺の視線に気づいたのか、ツバサが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「そのスマホは、色々なことができるのだな」
「コウセイさん、大昔のスマホなんて言葉知ってるんですね。さすがにそのままだと使えなかったので、ホーリー規格へ改造して、エネルギーハーベスティング対応できるようにチューニングした端末で……」
ん?
「クライツ理論に基づきCPUを開発することで通信速度や情報量の増加、つまりは初期宇宙における時空の残留的なねじれ応力を利用してるのです。ディスプレイに採用されている共鳴波動加速化テクノロジーは特定の周波数の音波や光をスマホに照射することでこれらの水晶振動子を理想的な状態に共鳴させ本来の性能を最大限に引き出すことも出来るようにしました。私、現実と仮想を融合させた空間への接続はあまり好きじゃなくて普段はオフなんです。学校とかでは使ってるしパイロットとしても慣れておかないといけないんですけどね。でもニュースを読んだり配信を見るのに十分の機能を持ち合わせているのがこのスマートフォン、スマホの醍醐味というか。ホログラムディスプレイも便利ですがやっぱり手に持つ方が質量とか触り心地に安心感があるというか……」
彼女は嬉しそうに早口で話を続けているが、途中から何を言ってるのかさっぱりわからない。
ようするに本は電子書籍でなく、紙媒体派と言うことらしい。そういえばツバサが家で使ってる参考書って紙の本だな。
「そういえば、コウセイさんはネットワークに繋がらないんでしたよね。治してあげたいけどお金がなくて……。もし、何か知りたいことがあれば、いつでも聞いてください。わかる範囲でなら、教えますから」
ツバサの申し出はありがたいが、あまりにも基本的なことから尋ねるのは、彼女の時間を無駄にしてしまう気がする。まずは自分で、この世界の情報を集める方法を見つけなければ。
夜、ツバサが眠りについた後、俺はこっそりとリビングに浮かぶホログラムディスプレイに触れてみた。
昨日の彼女の操作を思い出しながら、いくつかのアイコンをタップしてると、画面には様々な文字や画像が表示された。どうやらインターネットに接続できたらしい。
昔の世界にも、似たような情報網は存在したが、その規模や速度は、この世界のそれとは比べ物にならないだろう。表示される情報量も膨大で、どこから手を付けていいのかわからないほどだ。
それでも、少しずつキーワードを入力してみることにした。「ロボット」「未来」「歴史」「仕事」……。検索結果には、見たこともないような情報が溢れかえっていた。
その中で、ふと目に留まったのは、西暦に関する記述だった。
21世紀初頭に起こったとされる大災害。その後の技術革新、そして、現在の2325年へと続く歴史の流れ。
ロボット技術の進化に関する記事もいくつか読んでみた。人間の生活をサポートする様々な種類のロボット。
戦闘用の兵器として開発された巨大なロボット。そして、人間とほぼ区別のつかないアンドロイド。
記事を読んでも、自分の型番や製造元に関する情報は、見つけることができなかった。
夜が更けるにつれて、ディスプレイに表示される情報は、ますます興味深いものばかりになっていった。だが、あまりにも多くの情報に触れたせいで、頭の中は混乱するばかりだ。
結局、その日は何も具体的な成果を得られないまま、ディスプレイの電源を落とした。
♢
翌朝、ツバサがリビングでスマホを操作している時、俺はさりげなく彼女の隣に座ってみた。
彼女は、何かニュース記事を読んでいるようだ。画面には、見たこともないようなデザインの乗り物の写真が表示されていたり、複雑なグラフや図が並んでいたりする。
「何を見ておる?」
俺が尋ねると、彼女は顔を上げて答えた。
「ああ、これは今日のロボットパイロット訓練施設の事故の記事です。新型の機体が暴走したみたいで」
「事故?」
乗り物の事故は珍しいことではないと思ったが、この未来の技術をもってしても、事故は起こるのか。少し意外な気がした。
「まだ原因は調査中みたいですけど、神経接続システムのトラブルじゃないかって言われています」
神経接続システム。確か、昨夜読んだ記事にも出てきた言葉だ。パイロットの思考を直接ロボットに伝える技術らしい。
高度な技術だが、それだけにトラブルも起こりやすいのかもしれない。
ツバサは記事をスクロールしながら、難しい表情で呟いた。
「私も、いつかこういう事故に巻き込まれるかもしれないんだよな……」
その言葉には、不安と覚悟が入り混じっているように聞こえた。彼女が目指すパイロットという職業は、想像以上に危険なものなのかもしれない。
「心配か?」
俺が尋ねると、ツバサは少しだけ顔を歪めて答えた。
「怖くないって言ったら嘘になりますよ。でも、私はパイロットにならないといけないんです」
「そのパイロットには、俺のようなAIを使えばよくないか?」
「そ、それは……」
ツバサが急に口ごもる。
昨日のスマホの話の時は、はきはき話していたのに。
「その……AIには人権もありますし」
ツバサは何か一生懸命に言葉を選んでいるようだった。
AIだと思われている俺には言いづらいことなんだろう。優しい娘だ。
「もうよい。自分で調べる」
俺は再びホログラムディスプレイに向かった。
今度は「AI 人権」というキーワードで検索してみる。
画面には、様々な記事や論文が表示された。この未来の世界では、AIは単なる道具ではなく、人間と同じように権利を持つ存在として認められているらしい。
記事を読み進めるうちにAIが暴走し、人間に対して反乱を起こしたという事件を見つけた。
その事件をきっかけに、AIの人権が確立され、同時に、AIの活動には様々な制約が設けられるようになったという。
ツバサが答えづらかったのはこれのせいか。
AIに対する警戒心のようなものが、この世界にはまだ残っているのだろうな。
今の俺は、奨学金を貰ってる女子高生に養われてる。
働いて家計を助けたいと思っていたのだが、もしかして仕事へのハードルは高いのかもしれない。