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ホシノツバサ

 未来都市の一角にそびえ立つ国営ロボットパイロット養成学園


 そこは、選ばれた一握りの天才と、富裕層の子弟のみが入学を許される特別な場所だった。


 ロボットパイロットになるだけならば他の養成学校でも可能だが、一流を目指す者は誰もがこの学園を選ぶ。


 ホシノ・ツバサは、浪人することなくこの学園に入学を果たした。彼女が並外れた才能と実力を兼ね備えていた証と言えるだろう。


 学費は、彼女の才能を認めた財団からの奨学金で賄われていた。


 しかし、才能があるからといって、ここに集う人々が皆善良なわけではなかった。


 その広大な敷地内にある教室の一つで、ツバサは真剣な表情で講義を受けていた。


 ツバサの母はとても強く、とても優しい人だった。


 そして優秀なロボットパイロットだった。


 ツバサが5歳だった時に戦争で帰らぬ人となった。


 だが、ツバサは信じている。


 お母さんは生きている、と。


 遺品もなく、亡くなったという証拠がないのだから、生きていて帰れなくなっただけだと強く信じている。


 ツバサは皆を守れるパイロットになり、お母さんを探し出してみせる。そして胸を張って伝え、褒めてもらうと決めていた。


「……よって、最新型の多脚型機動兵器の安定稼働には、高度な姿勢制御システムと、パイロットの神経接続によるダイレクトな操作が不可欠となります」


 教壇の講師の声は専門用語が多く、ツバサにとって、それは必死に食らいつくべき知識の塊だった。


 どんな知識も無駄にはできない。周りの生徒たちは裕福な家庭の子息ばかりか、軍関係者の親を持つ者もいた。


 最新鋭のシミュレーターを使った実習などでは、どうしても遅れを取りがちだ。焦燥感がいつも、ツバサの胸を締め付ける。


(絶対にお母さんのようなパイロットになる!)


 休憩時間になると、案の定、朝の通学路にもいた、いじめっ子グループの数人の女子生徒たちがツバサの周りに集まってきた。


 リーダー格の女子生徒が露骨な蔑みの視線をツバサに向け、わざとらしく大きな声で言った。


「ホシノさん、また訓練で最下位だったんですって? あなたとバディを組みたいなんて、誰も思わないわよ。やっぱり孤児って、誰にも愛されない運命なのね」


 他の生徒たちも同調して顔を見合わせながら、下品な笑い声を上げた。中には、ツバサの机の教科書を足でわざと蹴飛ばす者もいた。蹴られた教科書は床に落ち、ツバサの足元で無残に開いた。


 ツバサは拳を握りしめ、俯いたまま何も言えなかった。彼女にとって「愛されない」という言葉は、一番触れてほしくない痛い部分だった。


 それは行方不明になった母との温かい記憶を汚されたような気がした。その言葉が、まるで鋭い刃物のように心に突き刺さる。喉の奥が締め付けられて声が出せなかった。 


 女子生徒はさらに言葉を重ねる。


「お金が無い孤児のくせに、お情けで入学した身分で、私たちと同じパイロットになれると思ってるの? 笑わせないでよね。せいぜい、整備士にでもなればいいんじゃない? どうせ、ロクな育ちじゃないんだから」


 周りの生徒たちも言葉に乗じて、さらに騒ぎ立て、嘲笑の声を上げた。


「ホシノさんには無理だって!」


「危ないから、空なんて飛ばないでよね! 飛べても落ちちゃたりして」


 中には、ツバサの髪を掴んで引っ張ろうとする者までいた。咄嗟に身をかわしたが、頭皮が焼け付くように痛み、恐怖で体が震えるのがわかった。


 心臓が早鐘のように打ち、息をするのも苦しかった。


 女子生徒は最後に、冷たい目でツバサを見下ろして言った。


「あんたみたいな貧乏人が、私たちの邪魔をするんじゃないわよ。分かった? 誰の子かわからない汚い血筋のくせに」


 そう言い残して、女子生徒たちは勝ち誇ったように去っていった。


 ツバサは一人残された机で、肩を震わせながら、こっそりと涙を拭った。悔しくて、情けなくて、どうしようもない気持ちでいっぱいだった。何度拭いても、涙はあとからあとからあふれてきた。


 小さな体は、絶望に押しつぶされそうに震えている。ツバサは一人きりの机に座り、そっと深呼吸をした。


 それでも涙は止まらず、頬をつたって静かに落ちていく。


 悔しい。ただ、ただ、悔しい。


 この世界で、自分だけが取り残されたような孤独を感じた。頼れる人も、味方もいない。


 奨学金を得るために、人一倍努力してきたつもりだ。それでも彼女たちは容赦なく、一番痛いところを突いてくる。


 努力だけでない、才能も人格すらも否定される。


 ツバサは、ただただ耐えるしかなかった。顔を上げると、周りの生徒たちはもう自分の席に戻り、午後の授業の準備を始めている。先ほどの騒ぎなど、まるでなかったかのようだ。


 ツバサは、自分の頬がまだ熱を持っているのを感じた。同時に、言い返せなかった自分の弱さに、深く失望した。


 震える手で、乱れた髪をそっと直した。


(絶対に負けない。お母さんのようになって、強く生きてみせる)


 彼女たちの言葉を思い出せば思い出すほど、ツバサの心には抑えきれない強い反発心が湧き上がってきた。


 自分の実力で必ずパイロットになって見返してみせる。


 それは今のツバサにとって、唯一の心の支えだった。


 午後の訓練の時間になった。


 シミュレーターが並ぶ広い訓練場に足を踏み入れると、ツバサは意識的に背筋を伸ばした。先ほどの屈辱を少しでも払拭したかった。


 最新型の操縦桿を握り、意識を仮想空間のコクピットへと集中させる。目の前に広がるのは、広大な宇宙空間。無数の隕石が飛び交い、敵機が容赦なく襲いかかってくる。


 ツバサは、これまでの訓練で培ってきた操縦技術を最大限に活かし、機体を自由自在に操った。回避運動、射撃、そして連携。一つ一つの操作に、全神経を注ぎ込む。


 幼い頃、母の操縦席で感じた浮遊感と温かい手の感触が蘇る。あの時の感動を再び味わいたい。しかし、その指先はほんの少し震えていた。


 シミュレーターの中では、彼女はただの学生ではない。一人の優秀なパイロット候補生として、困難なミッションに立ち向かっている。


 汗が滲み出るほど集中し、仮想の敵機を次々と撃墜していく。それでも心の奥底にある母を奪った戦争の影が、恐怖が、彼女にこびりついて離れない。


 訓練が終わると、空はいつの間にか茜色に染まっていた。


 夕暮れはいつも不安を駆り立てる。


 もしかして母はもう死んでいるのだろうか?


 いや、きっと生きている。


 どんなに辛いことがあっても、自分の夢を追い続けると心に固く誓った。だが、その誓いはまるで壊れやすいガラス細工のように危うく感じられた。


 訓練を終えたツバサは、汗を拭きながら教官の元へと歩み寄る。


 厳しい表情の多い教官が、今日のツバサの動きにはわずかに目を細めているようにも見えた。


「ホシノ、今日の動きは悪くなかったぞ。特に、緊急回避の判断は早かった」


 珍しく褒められたツバサは、思わず背筋が伸びた。


「ありがとうございます」と、少し照れたように答えた。その声は、ほんの少しだけ上ずっていた。


「だが、まだ改善の余地はある。特に、敵機の追尾精度だ。もっと機体の動きを予測し、無駄のない射撃を心がけろ」


 厳しい言葉も続くが、それはツバサへの期待の表れだと感じられた。これまで孤児院育ちというだけで、ろくに指導もしてもらえなかった過去を思えば、今日の教官の言葉は彼女にとって大きな励みになった。


 初めて自分の努力が認められた気がした。


 その言葉を何度も心の中で反芻し、「はい、次こそはもっと良い成績を出せるように頑張ります!」と力強く答えると、教官は満足そうに頷き、次の生徒の指導へと移っていった。


 帰り支度を始めたツバサは、ふと、訓練場の隅に一人佇んでいる女子生徒に気づいた。


 昼間の休憩時間に自分をいじめてきたグループの一人だ。


 その生徒は、難しい顔でシミュレーターの操作パネルを見つめており、どうやら上手くいかない様子だった。


 ツバサは一瞬、優越感のようなものを感じたがすぐに、その気持ちを打ち消した。


 彼女たちと同じレベルで争っている場合ではない。自分が目指すのはもっと高い場所だ。彼女たちへの復讐はこんな小さなことではない。


 ツバサは自分の心の弱さを知っているからこそ、そんな感情に浸ることを許さなかった。


 そっとその場を離れ更衣室へと向かう。着替えを済ませ学校のゲートを出ると、空はすっかり暗くなっていた。


 一日が終わる。


 今日もまた、夢に向かって一歩近づけただろうか。彼女の心には、明日への希望と、拭いきれない不安が入り混じっていた。


 明日もまた厳しい訓練が待っているだろう。それでもツバサは前を向いて歩き出した。


 家にはコウセイさんが待っている。


 温かい食事と他愛のない会話が、孤独な心を癒してくれる。


 そう思うとツバサの足取りも少し軽くなった気がした。

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― 新着の感想 ―
ツバサ視点のエピソードもいいですね〜。 しかし、イジメあるのか……どこもかしこも世知辛いですなぁ……。 お母様との再会を果たせることを願っております〜!
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