中古品、起動
意識が戻った瞬間、俺は硬くて冷たい感触の上に寝かされていることに気づいた。
呻き声を上げようとしたが、出てきたのは機械的なノイズだけだった。慌てて体を起こそうとするが、関節がギシギシと音を立てて、思うように動かない。
薄暗い室内に、無数の商品が所狭しと並んでいるのが見えた。どれもこれも、見たことのない奇妙な形をしている。光る板、箱型の機械、カラフルな人形……。どれも無機質で冷たい印象だ。
「ここ……どこだ?」
創造神は元の世界に戻してくれると言っていたはずだが、俺の曖昧な記憶にある地球とは全く違う。それに、この機械の体は何だ?
混乱しながらも、なんとか体を起こして周囲を見回す。ここはリサイクルショップのような場所らしい。様々な中古品が雑多に置かれている中で、俺はまるで商品のように棚に横たえられており、値札には「型落ち品、動作確認済み、激安商品」と日本語の手書きで書かれている。
「俺が……激安商品?」
再び声を出そうとするが、まだ体の使い方が分からないせいか、機械的なノイズしか出ない。
しばらくの間、俺は自分の置かれた状況を整理しようと努めた。異世界で数百年生きて、最後は世界の危機を救う為に死んだ。そして気がつけば見知らぬ場所で、見慣れない機械の体で転生している。ここが本当に創造神の言っていた「元の世界」なのか、それすら確信が持てない。
やってくれたな創造神め。
その時、店の扉が開く音が聞こえた。チリンチリンという安っぽいベルの音が、薄暗い店内に響く。
入ってきたのは、人間の少女だった。少しばかり疲れた表情をしているが、大きな瞳はキラキラと輝いている。年の頃は、15~6才くらいだろうか。
その少女は店内をゆっくりと歩き回り、様々な商品を見ていたが、やがて俺のいる棚の前で足を止めた。
「これ……」
少女は、俺に貼られた値札を指さしながら呟いた。その声は、少しだけ震えているように聞こえた。
この少女にどこか見覚えがあるような、不思議な感覚がした。
少女は、俺の体を興味深そうに見つめると何度も、俺のうなじを確認する。なんかこそばゆいし、恥ずかしいから止めて欲しいんだけど。
「型落ちだけど、まだ動くって書いてある……」
彼女は独り言のようにそう言うと、少し迷った様子で店の奥に声をかけた。
「すみません、これ動かしてみてもいいですか?」
店の奥から、気の弱そうな店主が出てきた。彼は少女を見ると、愛想笑いを浮かべながら答えた。
「ああ、どうぞどうぞ。古い型だけど、基本的な機能は問題ないはずだよ。値段もお手頃だし」
店主の言葉に、少女は再び俺に視線を戻す。
「もう電源が入ってる……?」
そして、また俺のうなじを確認すると「私のところに来ます?」と呟いた。
俺は思わず眼を見て頷く。
少女の瞳には、何かを決意したような光が宿っていた。
「あの……これ、ください!」
少女の大きな声が、店内に響いた。
♢
店の外に出ると、昼間の日差しが少し眩しかった。少女は俺の腕を取り、ぎこちない足取りで歩き始める。
体のバランスがうまく取れず、何度かよろけそうになる。俺の方が身体は大きいのだが、少女がしっかりと支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
心配そうな声で少女が尋ねる。俺はコクコクと頷くことしかできなかった。まだ発声機能が安定しない。
少女は、少し古びたマンションの方へと歩いていく。周りの建物はどれも未来的で、空には小型の飛行機のような乗り物が飛び交っている。
やはりここは、俺の知っている地球とは違う。
マンションに着くと、少女は慣れた手つきでオートロックを解除し、エレベーターに乗り込む。
狭い空間で二人きりになると、気まずい沈黙が流れた。少女は落ち着かない様子で、何度も俺の方をチラチラと見ている。
やがてエレベーターが止まり、少女は廊下を歩いて一つの部屋の前で立ち止まる。鍵を取り出しドアを開けると、「どうぞ」と俺を招き入れた。
部屋の中は、見た目は普通の一人暮らし用のマンションだったが、壁にはロボットやメカのポスターが貼られていたり、棚には専門書のようなものが並んでいたりして、少女の趣味を物語っていた。
「ここが私の家です」
少女は少し緊張した面持ちで俺に話しかけた。俺は再び頷いた。
「あの……これから、よろしくお願いします。私はホシノ・ツバサです」
ツバサと名乗った少女は、深々と頭を下げた。俺もそれに倣って頭を下げようとしたが、首の関節が上手く動かせず、少しだけ傾いた。
「そういえばお名前あるんですか?」
名前か……。
魔王時代の名前よりは、地球の名前の方が都合がいいかもな。もしかしたら俺の記録とか残ってるかもしれないし。
確か地球での名は機野煌聖だった。かっこいいだろ?
「キ…ノ…・コウ……セイ」
やっとの事で発声するとツバサは驚いた表情をした。
「名字まであるなんて、前の持ち主が大切にしてたのかな……。やっぱりリセットは可哀相か……」
リセットとか怖いことを言うなよ。
俺が慌てて頷くと少女は苦笑いを浮かべながら、いくつかの簡単な指示を出す。
まずは、そこに置いてある荷物を運んでほしいということだった。言われた通り、俺は床に置かれた段ボール箱を持ち上げようとした。見た目よりも軽く、簡単に持ち上げることができた。
「すごい力持ちなんですね」
ツバサは目を丸くして感心した。俺は内心で「まあな」と得意げに思ったが、表情に出すことはできない。
次に御飯を作ってとお願いされたのだが、俺は自慢じゃないが自炊の経験がない。首を横に動かしながら、料理は出来ないとゆっくり答えた。
「あれ? 料理のプログラムがダウンロードされてるはずなんだけど? もしかしてネットワークにも接続出来てない……?」
ツバサが突然、俺のうなじに手を伸ばしてきた。
「何か不具合でも残ってるのかな?」
そう言いながら、ツバサは自分の持っていた小型の機械を俺のうなじに近づけた。ピピッという電子音が鳴り、機械の画面に何やら文字が表示された。
えっ? 俺のうなじになんかあるの?
ツバサは画面を食い入るように見つめ、そして、少し困ったような表情で首を傾げた。
「えっと……『家事用アンドロイド』……『製造年月:不明』……『最終所有者:記録なし』……うーん、あんまり詳しいことは分からないみたいですね」
どうやら、少女が何度もうなじを確認してたのは、俺の情報を知る為の何かがあるからのようだ。
その後のツバサは俺に掃除の仕方や、簡単な料理の手順などを教えてくれた。
俺はかつて、自分の部下に命令する立場だったのだが……今はこうして、見知らぬ少女の指示に従っている。この落差はなかなか面白い。
その夜、俺はツバサの家のリビングの隅に置かれた充電ステーションに接続された。眠るという概念はないが、エネルギーを補充する必要はあるらしい。
ツバサは、俺に「おやすみなさい」と声をかけて、自分の部屋へと入っていった。一人残された俺は、暗闇の中で静かに思考を巡らせた。
ここは本当に地球なのか?
俺はなぜ機械の身体になっているのか?
そして、この少女、ツバサとは、これからどんな関係を築いていくことになるのだろうか?
これからが少し楽しみになっていた。