表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/24

中古品、起動

 意識が戻った瞬間、俺は硬くて冷たい感触の上に寝かされていることに気づいた。


 呻き声を上げようとしたが、出てきたのは機械的なノイズだけだった。慌てて体を起こそうとするが、関節がギシギシと音を立てて、思うように動かない。


 薄暗い室内に、無数の商品が所狭しと並んでいるのが見えた。どれもこれも、見たことのない奇妙な形をしている。光る板、箱型の機械、カラフルな人形……。どれも無機質で冷たい印象だ。


「ここ……どこだ?」


 創造神は元の世界に戻してくれると言っていたはずだが、俺の曖昧な記憶にある地球とは全く違う。それに、この機械の体は何だ? 


 混乱しながらも、なんとか体を起こして周囲を見回す。ここはリサイクルショップのような場所らしい。様々な中古品が雑多に置かれている中で、俺はまるで商品のように棚に横たえられており、値札には「型落ち品、動作確認済み、激安商品」と日本語の手書きで書かれている。


「俺が……激安商品?」


 再び声を出そうとするが、まだ体の使い方が分からないせいか、機械的なノイズしか出ない。


 しばらくの間、俺は自分の置かれた状況を整理しようと努めた。異世界で数百年生きて、最後は世界の危機を救う為に死んだ。そして気がつけば見知らぬ場所で、見慣れない機械の体で転生している。ここが本当に創造神の言っていた「元の世界」なのか、それすら確信が持てない。


 やってくれたな創造神め。


 その時、店の扉が開く音が聞こえた。チリンチリンという安っぽいベルの音が、薄暗い店内に響く。


 入ってきたのは、人間の少女だった。少しばかり疲れた表情をしているが、大きな瞳はキラキラと輝いている。年の頃は、15~6才くらいだろうか。


 その少女は店内をゆっくりと歩き回り、様々な商品を見ていたが、やがて俺のいる棚の前で足を止めた。


「これ……」


 少女は、俺に貼られた値札を指さしながら呟いた。その声は、少しだけ震えているように聞こえた。


 この少女にどこか見覚えがあるような、不思議な感覚がした。


 少女は、俺の体を興味深そうに見つめると何度も、俺のうなじを確認する。なんかこそばゆいし、恥ずかしいから止めて欲しいんだけど。


「型落ちだけど、まだ動くって書いてある……」


 彼女は独り言のようにそう言うと、少し迷った様子で店の奥に声をかけた。


「すみません、これ動かしてみてもいいですか?」


 店の奥から、気の弱そうな店主が出てきた。彼は少女を見ると、愛想笑いを浮かべながら答えた。


「ああ、どうぞどうぞ。古い型だけど、基本的な機能は問題ないはずだよ。値段もお手頃だし」


 店主の言葉に、少女は再び俺に視線を戻す。


「もう電源が入ってる……?」


 そして、また俺のうなじを確認すると「私のところに来ます?」と呟いた。


 俺は思わず眼を見て頷く。


 少女の瞳には、何かを決意したような光が宿っていた。


「あの……これ、ください!」


 少女の大きな声が、店内に響いた。


 ♢


 店の外に出ると、昼間の日差しが少し眩しかった。少女は俺の腕を取り、ぎこちない足取りで歩き始める。


 体のバランスがうまく取れず、何度かよろけそうになる。俺の方が身体は大きいのだが、少女がしっかりと支えてくれた。


「大丈夫ですか?」


 心配そうな声で少女が尋ねる。俺はコクコクと頷くことしかできなかった。まだ発声機能が安定しない。


 少女は、少し古びたマンションの方へと歩いていく。周りの建物はどれも未来的で、空には小型の飛行機のような乗り物が飛び交っている。


 やはりここは、俺の知っている地球とは違う。


 マンションに着くと、少女は慣れた手つきでオートロックを解除し、エレベーターに乗り込む。


 狭い空間で二人きりになると、気まずい沈黙が流れた。少女は落ち着かない様子で、何度も俺の方をチラチラと見ている。 


 やがてエレベーターが止まり、少女は廊下を歩いて一つの部屋の前で立ち止まる。鍵を取り出しドアを開けると、「どうぞ」と俺を招き入れた。


 部屋の中は、見た目は普通の一人暮らし用のマンションだったが、壁にはロボットやメカのポスターが貼られていたり、棚には専門書のようなものが並んでいたりして、少女の趣味を物語っていた。


「ここが私の家です」


 少女は少し緊張した面持ちで俺に話しかけた。俺は再び頷いた。


「あの……これから、よろしくお願いします。私はホシノ・ツバサです」


 ツバサと名乗った少女は、深々と頭を下げた。俺もそれに倣って頭を下げようとしたが、首の関節が上手く動かせず、少しだけ傾いた。


「そういえばお名前あるんですか?」


 名前か……。


 魔王時代の名前よりは、地球の名前の方が都合がいいかもな。もしかしたら俺の記録とか残ってるかもしれないし。


 確か地球での名は機野煌聖キノ・コウセイだった。かっこいいだろ?


「キ…ノ…・コウ……セイ」


 やっとの事で発声するとツバサは驚いた表情をした。


「名字まであるなんて、前の持ち主が大切にしてたのかな……。やっぱりリセットは可哀相か……」


 リセットとか怖いことを言うなよ。


 俺が慌てて頷くと少女は苦笑いを浮かべながら、いくつかの簡単な指示を出す。


 まずは、そこに置いてある荷物を運んでほしいということだった。言われた通り、俺は床に置かれた段ボール箱を持ち上げようとした。見た目よりも軽く、簡単に持ち上げることができた。


「すごい力持ちなんですね」


 ツバサは目を丸くして感心した。俺は内心で「まあな」と得意げに思ったが、表情に出すことはできない。 


 次に御飯を作ってとお願いされたのだが、俺は自慢じゃないが自炊の経験がない。首を横に動かしながら、料理は出来ないとゆっくり答えた。


「あれ? 料理のプログラムがダウンロードされてるはずなんだけど? もしかしてネットワークにも接続出来てない……?」


 ツバサが突然、俺のうなじに手を伸ばしてきた。


「何か不具合でも残ってるのかな?」


 そう言いながら、ツバサは自分の持っていた小型の機械を俺のうなじに近づけた。ピピッという電子音が鳴り、機械の画面に何やら文字が表示された。


 えっ? 俺のうなじになんかあるの?


 ツバサは画面を食い入るように見つめ、そして、少し困ったような表情で首を傾げた。


「えっと……『家事用アンドロイド』……『製造年月:不明』……『最終所有者:記録なし』……うーん、あんまり詳しいことは分からないみたいですね」


 どうやら、少女が何度もうなじを確認してたのは、俺の情報を知る為の何かがあるからのようだ。


 その後のツバサは俺に掃除の仕方や、簡単な料理の手順などを教えてくれた。


 俺はかつて、自分の部下に命令する立場だったのだが……今はこうして、見知らぬ少女の指示に従っている。この落差はなかなか面白い。


 その夜、俺はツバサの家のリビングの隅に置かれた充電ステーションに接続された。眠るという概念はないが、エネルギーを補充する必要はあるらしい。


 ツバサは、俺に「おやすみなさい」と声をかけて、自分の部屋へと入っていった。一人残された俺は、暗闇の中で静かに思考を巡らせた。


 ここは本当に地球なのか?


 俺はなぜ機械の身体になっているのか?


 そして、この少女、ツバサとは、これからどんな関係を築いていくことになるのだろうか?


 これからが少し楽しみになっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ロボット転生!? でも、落差を楽しんでいるのは何より。 ツバサとの生活がどうなっていくのか楽しみですね~!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ