ピンク髪男爵令嬢TS転生冒険記
処女作だから一思いに殺してくれ。
意味が分からない。
一般現代日本人男性は困惑した。
必ず、この不可解に過ぎる転生の意味を突き止めなければならないと……は、特に思わなかった。
一般現代日本人男性には転生云々のことは良く理解していた。
一般現代日本人男性は、なろうユーザーである。
笛を吹く者たちに連れられ既知の幻覚を共有し、転生の有無にかかわらず差異を楽しんだりもする。
けれども現実には、人一倍無関心であった。
あの日は確か、いつも通りの最低賃金を稼ぐための仕事、その帰宅途中であった。
一般現代日本人男性には、養う家族も配偶者もいない。住まう実家はあった。あと家賃(3万円)も。
毒気に嫌気が差した上下の姉妹は疾うに家を出て行き、自分以外の他人の存在に耐えられない父親と田舎仕草を強固に保持して現代知識に適応できず淘汰される寸前な母との3人暮らしであった。
一般現代日本人男性は、早々に、自ら一人だけを食わせる扶持の確保に勤しんでいた。
あるカラクリによって10年間、今までに稼いだ賃金を1円も使わずにせっせと貯め込み、1000万も目前となっていた。
一般現代日本人男性には癒しがあった。
ゲームである。
今はクソスペノートパソコン故に、負荷の軽いゲームをしている。
その枷を解く時が、俄かにやってきたのだ。
パーツショップを冷やかし、脳裏に最新鋭よりも一歩劣った、リーズナブルなミドルエンドパーツを掛け算するのがここ最近の、新たな楽しみであった。
思い付きで訪れた駅近のパーツショップを隅から隅まで巡回し、何の益を齎さずに撤退し店前へ出れば、急な大粒の雨であった。
晩秋に酷く堪える寒さは勘弁してほしい。生暖かい空気で満たされた地下駅の、地下街に通ずる階段へ逃げ込むべきである。
別に、急いていたわけでもなし。
別に、湿気と脂気が混合し塗布された石階段に足を滑らせたわけでもなし。
別に、自動車のライトに照らされてスキーム音を聞かされたわけでもなし。
――別に、何の痛みを感じたわけでもなければ、冷たさを感じたわけでもなし。
ただ、地下鉄から吹き上がってきた、人の熱を孕んだ空気と。
今、隙間風の多い中で、弟妹たちを抱いて薄布を掛け直したときに懐から吹き上がってきた温い空気が。
完全に一致していただけの話であり。
そして、思い出しただけの話なのである。
――結局、ハイスペパソコンではなく、Ste〇mの出した最新有機液晶搭載稼働時間延長型携帯ゲームハードウェアを買い、アー〇ード・コアの新作を実況動画で散々見て来たとおりに小っちゃい画面で攻略しては「次こそは初見攻略で生の感情を味わってやる……!」と、決意したことを。
――そして、なぜ今、ピンク髪の貧乏男爵令嬢として存在しているのかを。
――どのようにして死に、どのようにして転がされ、どのように推移したのかを。
ただひたすらに思い出せずに「冒険するしかねぇ!!!!」と、実はそこまで幼くない弟妹を置いて行って一人冒険者ギルドらしき建物へ突撃する、もう精神や魂以前に物理的にも貴族かどうか怪しい令嬢の話である。
続きは無い。無いったら無い。