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第5話  開花

作者は複線を入れるが大好きです、ハイ。

敢えてそのことを言うということは、つまりはそういうことです、ハイ。

 いつもと何ら変わることなく、今も剣の修業中だ。

 俺の動きも、以前よりは随分とマシなものになったと思う。思いこみではなく、はっきりと自覚出来る。


 ――右方からの斬り下ろし!


 召喚された当初の俺では、視認すら出来なかったゲザさんの刃が、今でははっきりと認識できる。

 ……反応できる!

 迫る刃に対して、こちらも剣を向けた。剣をぶつけるのではなく、相手の攻撃を受け流す動き、いなす動き。

 果たして、大した衝撃を受けることもなく、ゲザさんの攻撃を回避することに成功する。

 ならば今度はこちらの番だ。

 返す刃で、横に薙ぐ。当然といえば当然だが、ゲザさんには当たらない。しゃがむことで避けられる。

 だが、その行為も織り込み済みだ。

 そのまま、右膝を突き出す。狙い過たず放たれた膝蹴りは、想定通りゲザさんの顔面に当た――、


「……あら?」


 いつの間にか、天地が逆転していた。

 受け身をとる暇すら与えられないまま、俺は大地に激突する。


 ――失敗した!


 蹴りは腕での攻撃よりも破壊力もあるが、片足をすくわれることでバランスを崩してしまう危険性もある。おそらく、ゲザさんには残った左足をすくわれてしまったのだと推測。

 少しでも早く、この状況を修復しないといけない。痛む背中と、少しゆらぐ視界の歪みを堪え、俺は立ち上がる。

 いや、立ち上がろうとした。

 「ここまでです」という声と共に、地面に突き立てられる剣。剣が持つ独特の冷たさが、頬から伝わってくる。


「まだ、やりますか?」


 顔面スレスレに突き立てられた剣とゲザさんの声に、俺は両手を挙げて降参の意を表した。


 ――このジェスチャーが、ちゃんと通じればいいんだけどな。


 などと、考えながら。






 何事も、休憩は必要だと思う。

 人間とは不思議なもので、適度に休憩を挟んだ方が、ずっと続けてやるよりも遥かに効率が良かったりするものだ。集中力をずっと維持するなんてことは、少なくとも俺には出来ない。

 人間、適度な息抜きが必要なのだとか力説してみる。

 ……まあ、何が言いたいのかというと。

 ミラと違って、ちゃんと休憩時間を設けてくれるゲザさんは、全くもって良い人だということだ。


「どうやら、魔法は使えるようになったみたいですね」


 その良い人――ゲザさんがそんなことを話しかけてきたのは、二度目の休憩の時だった。

 練習も兼ねて自分の身体に治癒魔法を掛けていた俺は、一旦、魔法を止める。


「ええ、まあ。一応」


 答えると共に人差し指を立てて、今度は別の魔法を想像する。創造する。

 イメージするのは、火の玉。生み出すものは、指先に灯る小さな炎。

 思考の海に沈むのは、僅かに一瞬。形状、色、威力……、全てを構築し終わった俺の前には、指先で燃える小さな炎が瞬いていた。

 不幸中の幸いというべきか、むしろそうでなかったら訴えたいと言うべきか。ミラの修業は、一般人にフルマラソンを完走しろと言うくらいに厳しいがその分、俺の成長も著しい。

 無詠唱――つまりは、頭の中だけで魔法の内容を全て構築するこの技術は、実は言う程に簡単なものではないらしい。

 人族の間では、これが出来れば一人前の魔法使いと言われているくらいだ。下級魔法のみとはいえ、四日で無詠唱魔法を発動できるようになれたのは、ミラのおかげだと言っていい。その分、キツかったけどなっ!!


「ほう、無詠唱ですか。この短期間で、よくぞここまで……」


 感心してくれるゲザさん。正直、とてもありがたい。

 魔族では当然のようにこれを扱えるらしいから、俺のことを魔族だと思っているだろう村の人達には見せびらかせないしな……。


「えー、無詠唱をやっと習得?きもーい」

「無詠唱習得が許されるのは、小学生までだよねー」


 ……うん、村の人がこんなことを言う筈がないんだけど。そもそも、小学校自体が無いし。

 ただ、皆が若いころに習得しているものを、この歳になってやっと習得したなんて言えるわけがないからな。ミラとゲザさん以外は、俺が異世界の住人だったことすら知らないわけだし。


「ショウさんは、魔法の才能があるのかもしれませんね。剣の才も、悪くはないですが」


 そう言って、立ち上がるゲザさん。休憩時間は終了だということなのだろう。俺も、重い腰を上げた。よっこらしょっと。






 ゲザさんの修業は、剣術というよりも剣を用いた戦闘術という表現の方が正しい。

 剣技は勿論のこと、格闘術や果ては魔法すらも織り込んだこの戦闘術は、極めればどんな状況にも対応できる術と成り得る。

 だが、欠点もある。習得がとても難しいことと、極めるまではどうしても中途半端になりがちであることだ。

 だが、この欠点を省みてもなお、ゲザさんがこれを指導するのには理由がある。

 この世界は、危険に満ちているからだ。他に助け合う仲間がいれば話は別だが、単独で行動しなければならない時もあるだろう。そんな時、どんな状況にも対応できるような力を――生き残れる力を短時間で養うには、これしかないのだという。


「治癒魔法も習得しているようですし、そろそろ次の段階に進んでもいいかもしれませんね」

「次、ですか……?」


 さて。訓練が再開されたわけだが、今回はいつもとは少し違うようだ。どうやら、新しい技を教えてくれるそうだが……。

 断言しよう。扱いきれる自信がない。


「――そんな表情かおをしなくても大丈夫ですよ。治癒魔法の応用のようなものですから、ショウさんでも出来るはずです」

「はぁ、そうですか」


 どうも俺は感情が表に出やすいらしいな。不安そうにしていた俺を気遣ったのか、ゲザさんから励ましの言葉を与えられる。


「ええ。……では、最初に治癒魔法についておさらいをしておきましょうか」

「分かりました。ええと、治癒魔法という名称がついてはいるものの、実際のところは再生魔法とか再構成魔法に近い――んですよね?」


 ゲーム等とは違い、この世界では治癒魔法に色々と制限があるらしい。

 というのも、この世界の治癒魔法は『俺のイメージする治癒魔法』とは違うものだからだ。まあ、この世界の魔法原理を考えれば、分かる話なんだが。

 ……この世界の魔法は、術者の想像力が要となっている。

 では、ここで問題だ。『唱えるだけで対象の傷が癒える治癒魔法』というものは、明確な想像といえるだろうか?……答えは、ノー。

 つまりは、そういうことだ。俺の考えるような治癒魔法は、この世界においては明確なイメージが生み出せない故に、発動できない。出来たとしても、効果は薄いのだそうだ。

 だから、この世界においての回復魔法は、いってしまえば自然治癒の延長にある。

 血が出たら、やがては瘡蓋がそれを塞ぐように。

 病をこじらせても、やがては快復するように。

 人体が自身の身体を治そうとする活動を、体内中に存在する魔素へ干渉することでその働きを高めるのが、この世界における治癒魔法だ。

 そしてもう一つ。治癒魔法は己自身にしか使用しないのが常となっている。これは、治癒魔法を使用する際に『回復後の対象をイメージする』必要があるからだ。

 自分の身体のことならば、大体は分かる。だが、他人の身体についてよく知っている人はそう多くはない。

 故に、治癒魔法は己にのみ使用するのが世の常識となっている。それを覆せるとすれば、多少の曖昧さなど問題にならない程の大きさの魔力と魔口を有しているミラくらいではないだろうか。


「……ええ、よく理解しておられる。今回お教えするのは、魔法塗装と肉体強化という魔法を使った技です」


 そう言って、ゲザさんは鞘に収められていた剣を握り、抜く。


「治癒魔法は己が体内の魔素に干渉する魔法でしたね。では、魔素に干渉する対象や方向性ベクトルを変えてみたら、一体どうなると思います?」


 同じく剣を抜き、構える俺にゲザさんは問いかけてくる、――ん?ゲザさんの剣、少し様子が違うような気が……。


「まず、一つ目。これが――」

「……!?」


 考えに耽っていた俺は、対応に遅れる。閃く赤黒い光に向けて、剣を振る。


 ――赤黒い?


 やはり、さっきの違和感は勘違いではなかったようだ。迫る赤黒い剣へと向かっていく俺の剣。

 銀光と赤黒い閃光はぶつかり合い、そして、


「くっ……!」


 思わず、声が漏れる。剣が『断たれたのだ』。

 いつもとは違って赤黒く変色したゲザさんの剣は、ぶつかり合った瞬間に、あっさりと俺の剣を裁断した。

 当然ながら俺は驚くが、そればかりを気にしていられる余裕はない。もはや武器ではなく、ただの物と成り下がったかつての剣を投げ捨て、飛び退った。

 追撃が襲ってくるかとすぐさま身構えたがそんなことはなく、ゲザさんは何故かそこらに落ちていた枝を拾っていた。


「これが、魔法塗装マジック・コーティングという技です。――武器に含まれる魔素に干渉し、より高い威力の攻撃を打ち出す技法です」


 込めるイメージを変えればこんなことも出来ますよと続けたゲザさんの剣は、いつの間にか炎を纏っていた。

 FFにおける魔法剣士のようなものかと理解する。フレア剣が強いんだよな、アレ。


「このように、イメージ次第で様々な効果を発揮します。問題があるとすれば、名剣魔剣の類でないと、この力に耐えきれないというところでしょうか」


 無茶苦茶問題ありますよね!?

 そう思った刹那、ゲザさんの剣が砕けた。刃が粉状になって宙を舞う。

 持続時間の短い技法だ。正直言って、覚える必要があるのだろうかと疑問にすら思う。


「まあ、旅の途中で名剣を覚えるかもしれませんし。覚えておいて、損はないと思いますよ?それに、短時間であればこのようなことも出来ますしね」


 そう言って取り出したのは、先ほど拾っていた木の枝だ。特に何の変哲もないただの木の枝は、しかし次の瞬間に銀の輝きを纏っていた。

 さっきの剣と同じような光景から、魔法塗装だと気付く。


「今回は、この木の枝に『鉄のように硬くなる』イメージを与えてみました。このように、短時間であればどんなものでも武器にすることが出来るようになります」


 言葉と共に放られた木の枝を受け取る。確かに硬い。重さはそのままに、まるで鉄にでもなったようだ。叩けば響く、金属独特の音すら返ってきた。


 ――成程。これは便利な技かもしれない。持続時間が滅茶苦茶短いことが難点だが。


 やはり粉となって消えていく木の枝を眺めながら、そう思う。


「今のが魔法塗装。そしてこれが――」


 ゲザさんの姿が一瞬にして消えた。


肉体強化ブーストです。魔法塗装と同じ理屈で、今度は肉体に魔法をかけて強化します。治癒魔法の方向性を、少し変えてみるわけですね」


 聞こえてくる声は俺の背後から。

 眼では捉えきれないほどの速度で俺の背後に回り込んだゲザさんは、「幸い、人間の肉体は許容量が大きいですからね。多少の強化では先の剣のように砕けたりはしません。まあ、後ほど酷い筋肉痛に襲われるでしょうが」と続けた。

 正直、さっきの剣と同じ目にあうのだったら、どんなに有用な技術でも絶対に修得しようとしないと思うのだがどうだろう?誰だって、砕け散りたくはないはずだ。

 

「それでは、今日からはこの二つの技の習得を目指して頑張っていきましょう」


 ゲザさんの言葉に頷き、俺はそこらに落ちている木の枝を手に取った。






「ぐぉぉぉぉぉ!!」

「うるさいわね。どうしたのよ?」

「いや、筋肉痛が……」


 肉体強化の修業は、ミラとの修行にも支障をきたしていた。洒落にならないくらい痛い。

あまりの痛さに、昼食が食べられなかった程だ。筋肉痛なんてレベルじゃねえぞ!?


「ああ、肉体強化ね。今は身体が慣れていないから激痛が走っているだろうけど、その内慣れるから安心しなさい」

「それって、しばらくは使う度にこうなるってことだよねっ!?」


 勘弁してくれ……。

 俺は地面に腰かける。あぁ、体中が痛い……。座るだけでも一苦労だ。


「まあ、午後の授業は身体を動かさなくてもいいから、よかったじゃない?」

「そうだな……」


 ミラの言う通り、今日の修業は身体を動かさなくてもいいらしい。何でも、今日は新しいことを教えるのだそうで……。

 正直言って、こんな短期間に次々と新しい事を教えられ続けると、頭の中がパンクしそうだったりする。


 ――頭の中が、パンパンだぜ……。


 内心の愚痴は一切表に出さず、俺は痛む身体を酷使して姿勢を正した。魔法塗装に肉体強化、そしてこれから学ぶこと。今日一日で学ぶこれら全てを、この乏しい才能で習得することが出来るだろうかと、一抹の不安を感じながら。






「固有魔法?」


 聞き慣れない単語に、思わず俺の口から疑問が飛び出した。


「そう、固有魔法」


 俺の疑問に、ミラが頷いて答えた。どうやら、聞き間違いではなかったようだ。


「だけど、それっておかしいんじゃないか?」


 そもそも通常の魔法自体が、術者の想像力に応じて形を成すものだ。人の思考など、完全に同じものなど存在しないのだから、それら魔法の一つ一つが固有魔法と呼んでもおかしくないはず。

 そう問うてみると、彼女は「どう説明したらいいかな」と頬を掻きながら呟いた。


「ショウは、魔法を発動させる仕組みについては理解しているわよね?」

「ああ、それなら分かる」


 散々、ミラに説明されたからな。


「魔力を介して魔素に自分のイメージを伝えることで、魔素を変化させるんだよな?」

「そうね。なら――魔素に繋げないで、純粋な魔力のみを放出した場合、どうなると思う?」

「それは……」


 そこまで言って、言葉に詰まった。

 魔力は、魔素を変化させるバイパスに過ぎないと思っていたからだ。魔素に繋げないなどと考えたこともなかったからだ。


「分からない。想像も付かないけど、それが固有魔法ってやつなのか?」

「そうよ。正確に言うと、魔素を変化させるために魔力を放出するんじゃなくて、放出した魔力に魔素がくっついて変化する――それが、固有魔法よ」


 鶏が先か卵が先か、といった話ではないようだ。

 少し考えてみる。

 そもそも、普通の魔法はさっきも言った通り、魔素を術者の想像した形に変化させることで発動させるものだ。それはつまり、術者は魔素の最終形を想像してあるということ。

 だが、固有魔法は違う。純粋に放出しただけの魔力には自分の想像が伴っていないわけだ。ならば――、

 いや、ちょっと待て。それでも、結局は魔素と結びついて魔法に変化するわけだ。つまり、ただ放出しただけの魔力にも、やはり術者の意思は存在しているわけで。

 ――と、なれば……。


「なんとなく、解ってきたぞ……?」


 つまり、魔力には『余計な』意思は存在しないわけだ。そこにあるのは、術者の奥底に眠る――、


「魔法に対する、純粋なイメージが形になったものなのか?固有魔法ってやつは」

「うん、ほぼ満点に近いわね」


 俺の結論――というよりも空想は、どうやら正解だったようだ。思考の海から戻ってきた俺は、目の前に立つミラに視線を向けた。

 腰に手を当てて立っている彼女が口を開く。


「まあ、それだけじゃないんだけどね。その人のコンプレックスや希望とか、とにかく術者の最も強い意志が魔力を介して魔素を変化させるの。それが、固有魔法」

「願望魔法って言ってもいいかもな」


 俺の言葉に、ミラは小さく、だがどこか寂しそうに「そうかもね」と返した。






「最初に言っておくけど、固有魔法は最初に発動させた時点での、最も強い意志に反応するからね。その後でどんなに心変わりしようとも、決して固有魔法は変化したりしないの」

「ああ」

「つまり、固有魔法を覚醒させる機会は人生に一度しかないわけ」

「ああ」

「本当に、覚醒させてもいいの?後からなら、もっといい魔法を覚えるかもしれないのよ?」

「今より悪い魔法を覚えるかもしれないだろ? ……いくぜ?」


 大して良い魔法を覚えないかもしれないが、その時はその時だ。今は、少しでも手札を増やしておきたかった。

 眼を瞑る。魔素を視ないようにするためだ。余計な情報を受け取らないようにするためだ。

 全ての思考を、感覚を、己の内へ、更に内へと向けていく。

 経験のない、純粋な魔力の放出。それは、思っていた以上に難しい。

 どうしても、余計な情報が入ってしまいそうになるからだ。今までの経験が仇となって、俺を襲う。固有魔法が火の玉とか、冗談にも程がある。その情報をすぐさま捨て、更に奥へと。

 固有魔法は、その人の最も強い意志に反応して変化する。これは変わらない。だが、それに不純物が混じるか混じらないかで、効力が大きく変わってくる。

 さっきのように、俺の潜在意識に火の玉という余分な情報が混じってしまうと、固有魔法はその余分な情報すらも拾ってしまう。最悪の場合、固有魔法が発動しなくなってしまうこともあるらしい。

 例えば、『魔法が強くなりたい』という願望があったとする。だがそれに『火の玉』という余分な情報が混じってしまったために、固有魔法が『固有魔法を発動時、火の玉の魔法においてのみ威力が強くなる』とかいう、わけのわからないものになってしまうのだという。

 閑話休題。とにかく、余分な情報はこの際必要ない。どんどん切り捨てていく。

 ところで、俺の願望とはなんなのだろう?

 思考の海を探索中、ふと、疑問に思ってしまう。

 剣の技能を上げたい?

 魔法の技能を上げたい?

 彼女が欲しい?

 どれも違う。特に一番最後。いや、少しはそう思うけれど。

 ただ、それが一番強い意志かと言われれば首を傾げてしまう。

 そもそも、自分の最も強い意志――願望だ。それは、ずっと思い続けてきたことだろう。二十の年月を経ても尚、変わらない想い。


 ――とくれば、アレしかないじゃないか。


 俺の最も強い意志、願望、コンプレックス。それは――。






 軽い電流が身体を流れるような感覚と共に、俺は現実世界に引き戻された。

 うっすらと瞼を開けると、心配そうにこちらを見つめているミラの姿が飛び込んできた。心配するなという意味も込めて、俺は一言、「出来た」と答えた。

 身体の中にもう一つ、新たな魔口が開いたような感覚が残っている。おそらく、これが固有魔法専用の魔口なのだと、それを扱えるようになったということなのだと、俺は直感的に理解していた。


「へえ、どんな固有魔法を手に入れたのよ?」


 訪ねてくるミラの表情は、興味一色で染まっている。あ~、うん。そんな期待した目で見られても困るんだけどな……?

 正直なところ、俺の固有魔法は役に立つものかと聞かれたら微妙としか答えられないようなものだ。とはいえ、それをミラに告げたところで彼女は納得しないだろう。


 ――仕方ないか。


 彼女の期待には応えられないが、こればかりはどうしようもない。既に、この形に確定してしまったからだ。変えようがない。クーリングオフ制度は、この世界には無いのだ。

 ならば、実際に見てもらって納得してもらう方がいいかもしれない。

 ミラに一言「見ていろ」と告げて、俺は右腕を掲げた。

 魔力を右掌に集める。

 次に、目標を選別する。まあ、一人しかいないわけだが。

 掌を向ける先は、ミラだ。しっかりと意識内で目標を固定ロックオンする。

 後は、放つだけだ。当然ながら何の躊躇いもあるわけがなく。ただ、発射する。


「――!?」


 目標をミラに定めたことで、彼女が身構えてくるが……この魔法、殺傷力はゼロなんだぜ?

 放たれた魔力は、やがて大気中の魔素を帯びてその姿を細長く変質させていく。


「蛇……?」

「違う」


 蛇なんて立派な代物じゃない。それよりも更に細長い物だ。

 やがて魔力は、変化を終える。

 糸だ。力を込めればあっさりと千切れそうな極細の糸。注視しなければ見つけ難い――いや、注視しても見つけ難いこの極細の糸こそが、俺の固有魔法だ。

 俺の掌から延びるその糸は、その姿に反して意外と速い。固有魔法の正体に一瞬とはいえ呆気にとられていたミラに、あっという間に絡みつく。


「……」

「…………」

「…………え?終わり?」

「ああ、終わり」

「この後攻撃してくるわけでもなく、これで終わり?」

「ああ、終わりだ」


 元々、攻撃用の魔法じゃないしなと呟きつつ、糸への魔力供給を断つ。果たして、糸は一瞬にしてその姿を消した。

 さて。俺はさも当たり前の事であるかのように振舞っているが、他の人にとってはその限りではない。現に、ミラは「ええと……?」と疑問の声を挙げていた。

 分かりやすく説明するとしようか。これを見ただけでは、分からなかっただろうしな。

 俺は説明のため、立ち上がる。

 全身から悲鳴が上がったのは、次の瞬間だった。






「…………!?」

「だ、大丈夫……?」

「だ、大丈夫……!」


 うん、筋肉痛のことをすっかり忘れていた。悶える俺に、ミラが声をかけてくる。

 なんとまあ情けない男だな、と己に対して諦観の溜息を溢しつつ、姿勢をゆっくりと正していく。


「さて、俺の固有魔法についてだが……」


 軋む身体の痛みで、つい表情が歪んでしまう。

 ……それについては、我慢してもらうことにしよう。


「さっきも言ったとおり、攻撃用の魔法じゃない」

「拘束魔法――というわけでもなさそうね。簡単に引き千切れそうだったし」

「ああ、違う。――というか、これは戦闘では全く役に立たない魔法だ」


 これも予測できていたことだが、ミラには呆れた顔を向けられた。

 

 ――俺の願望が形になったものなんだから、これについては仕方ないと思うんだが……。


 というか、もしも俺の固有魔法が拘束魔法だったら嫌すぎる。どんな願望があるのかと勘繰られてしまうじゃないか……。

 ヤレヤレと頭を振りつつ、俺は答えを述べた。


「この魔法は……名付けるならさしずめ、『開花』ってところかな?」

「『開花』……?」


 聞き慣れない言葉だったのか、ミラが首を傾げる。

 俺は、更に詳しい説明を続けた。

 糸を伸ばした先――即ち対象の魔力に干渉し、その人に魔法の才能を与える――正確に言うと、その人に元来備わっているが眠ったままの『魔法の才能の芽』を開花させる魔法だ。例えば、魔口が閉じている人の魔口を開いたり、魔力の存在が感じ取れない人に魔力の感覚を分かりやすい形で教えてあげたりできる。

 どこかの天使のような気がしないでもない。アレは才能の種だったけどな。

 うん、とても地味な魔法だな。俺らしい。


「無駄が多いわね。おまけに、あまり役に立ちそうにない」


 第一声がそれですか。そこまで直球で来られると、流石に少しへこむぞ?


「……ん?」


 無駄が多い?


「わざわざ、魔力を糸状に変化させたり、対象の魔力に干渉したり……ちょっと、よく分からない部分が多いわね。 まあ、戦闘では役に立たなそうだということだけは確かだけど」


 グサッときた!はい、グサッときましたよ、言葉の刃が!!


 ――案外、需要はあると思うんだけどな……。


 この世界の人族も、力の大小はさておき、皆魔力を持っているのだという。だが、そこから開眼出来るものは十人に一人程度しかいないらしい。魔力を放出できる者となると、更に数が減ってくる。つまり、魔法を実用の段階まで持っていくことが出来る人間は、それだけで社会的な地位を得ることになる。

 だが、問題は魔法を使えない人たちだ。外敵からの防衛等も含めて、もはや日々の生活になくてはならない存在となってしまっている魔法。魔法を使える者と使えない者の間では、とんでもない程の立場の差が存在しているのだという。

 貴族と農民程度の差ならばいい。だが実際は、一般人を奴隷以下の存在として扱っている魔法使いも少なくないそうだ。

 ならば、と俺は思う。

 もしもこの固有魔法を使うことで、魔法という牙を持たない一般人に、魔法の才能を与える事が出来ればどうなるだろう?

 彼らの立場をほんの少しでも、良くすることが出来るのではないだろうか?

 なにも、魔法使いの立場を貶めようとしているわけではないのだ。魔法を扱えなかった一般人というのは、魔法の才に乏しかった存在なのだから、結局のところ、才ある魔法使いには及ばない。彼らの立ち位置は変わらない。

 ただ、魔法使いからの理不尽な命令に一般人が抗えるように手助けするような感じ。


 ――自分で考えておいてなんだが、なんとも青臭い思考だな。


 単なる理想論にしか過ぎない考えだと、自嘲する。

 だが、この世界を少しでも良くしたいというこの気持ちは本物だ。そういう意味では、自分の固有魔法がこういう結果に落ち着いたのは、案外良かったのかもしれない。


「まさか、今まで『才能なし』『極めて一般人』『モブキャラ』と言われ続けてきた俺の人生が、こんなところで関わってくるとは思わなかったよ」


 今までずっと感じてきていた、俺の『力が欲しい』『才能が欲しい』『モブキャラとは言わせたくない』という気持ちが、この世界にきて更に強い思いとなったのが原因だろうなと思う。


 ――身近に、こんなにも強い人達がいるんだもんな……。


 内心の想いも込めて、俺は深い溜息をついた。どうでもいいが、この世界にやって来てから、俺の溜息を吐く回数が爆発的に増えてきている気がする。

翔 「開花って、俺の才能が開花したわけではなかったんだな」

作者 「人生、そんなに甘くはいかないよねと思って」

翔 「でも、あの固有魔法は微妙じゃない?」

作者 「ちゃんと意味がありますから。それに……」

翔 「それに?」

作者 「微妙な能力の主人公が強敵を倒すというのが作者の好みですので」

翔 「好みかよ」

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