第3話 彼女が望むセカイ
今回は説明回ですので、難産でした。
キャラが勝手に動いてくれない今回のような話は、とても書きにくいです。
何で俺は、こんなことをしているんだろうな……?疑問は絶えない。
この世界に召喚されてから、三日が経った。
未だ、俺が召喚された理由をミラは教えてくれない。城内の一室を俺に与え、「働かざる者、食うべからず」とか言って、畑仕事をさせて――それっきりだ。
まさか、俺に農業をさせるために召喚した、などということはないだろうが……。
――いや、その可能性もあるかもな……。
なにせ、なんで玉座であんなことをしたのかと聞いたら、「初対面の人間に舐められたくないから」なんて答えが返してくる魔王様だ。高校デビューか何かと間違えていないか?とすら思う。
ちなみに、何故召喚されたときはミラ以外の人間に会わなかったのかという疑問は、あの後すぐに解決した。
あの時はミラを除く全員が、魔王城から避難していたからなのだそうだ。
何で避難していたのかと聞いたところ、ミラ曰く、万が一に事態に備えてだったとか。
なんでも、他の世界から生き物を召喚することなど、過去の誰一人として成功したことがないらしく、仮に召喚に成功したとしても何が起こるか分からなかったのだという。
だが、それほどの偉業を成したというのに、ミラに疲れた様子はない。どうしてなのかと俺が聞いてみたところ、「あの程度の魔法なら余裕よ」と返された。
チート乙。
「――ふぅ」
流れ出る汗を手で拭う。
時間が流れるのは早いものだ。空では、もうすぐ日が暮れようとしていた。
「おう、兄ちゃん。そろそろ終わるとしようじゃないか。お疲れさん」
一息ついた俺に、ルーガさんが仕事の終わりを告げてくる。
元々この世界の住民ではない俺が、農地を持っているわけがない。そんな俺をここで働かせてくれているのが、この畑の持ち主であるルーガさんだ。
「――分かりました。お先に失礼します」
挨拶を済ませ、帰路へと向かう。
初日よりもマシになったとはいえ、慣れない農作業で身体はクタクタだった。
魔王の居城というと、退廃的で誰もその周囲に住んでいないようなイメージがあるが、実際はそんなことはなく、戸数は少ないものの城の周りには家が立ち並んでおり、更にその家々の周囲には田畑が広がっている。
さながら城下町――いや、城下村さながらの集落がここにはあったのだ。
帰り道は、今日も賑やかだ。
村の中では色々な人が行き交っている。それは買い物途中のおばさんであったり、仕事帰りのおじさんであったり、翼がある子供は空を飛んでいたりもする。
ちなみに、大人たちには翼などが生えておらず、普通の大人のように見える。ミラが言うには、大人になると擬態魔法を応用して、そういう翼などの部分を隠すのだそうだ。
擬態魔法――俺達の世界で言うと、モシャスみたいなものだろう。
本当に、この世界の魔法はなんでもありだなと思う。もっとも、この村の人々の魔力が高いからこそできる芸当であり、普通の人には難しいのだそうだが。
やれやれ。ここはチートの村か何かだろうか?
「あ、ショウだ!」
「おう、坊主。今、帰りかい?」
「あらあら、ショウさん。お疲れ様です」
帰り途中の俺は、村の人々から声をかけられた。
こんな部外者の俺でも、村の一員として受け入れてくれる。ミラに連れられ、村の人々に挨拶したときも、こんな風に優しく受け入れてくれた。この村の人達は気のいい人達ばかりだと思う。
村の人たちだけではない。城の人も、皆よくしてくれている。ありがたいことだ。
――だけど。
ふと、脳内を疑問が過ぎる。
それは、俺が村人達に会う前のこと。城内の移動中にミラから話された、たった一つの約束事。
「一つだけ、約束して。決して、あなたが人間であることを話さないと」
これは、どういう意味だったのだろう。
やはり、ミラ達は人間と敵対しているのだろうか。人間を、敵と見なしているのだろうか。
もしも俺が人間であることを話したら、俺に向けられているこの笑顔は、憎しみの表情へと変わってしまうのだろうか。
だが、もしも仮にそうだとしたら。何故、俺を召喚したのかが分からない。
俺は村の人達に挨拶を返しながら、思い返す。村の人達にミラが俺のことを説明した時、なんと言っていたかを。
確か、「新しい魔法の実験で誤って連れてきてしまった、私たちの仲間」と言っていたはずだ。
異世界から召喚したことについては伏せているのだろう。ここはいい。問題は、
「仲間、か……」
どういう意味なのだろう。この言葉には何か意味があるはずなのだ。実際、この言葉でを聞いた時、他の人達はホッと胸を撫で下ろしていたことを覚えている。
「分からないな……」
いつか、ミラは話してくれるだろうか。
俺が召喚された意味を。
人間であることを隠さなければいけない、その理由を。
「おや、お帰りなさい」
ヘトヘトの体だと、階段の上り下りですらきつい。やっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の近くまでやってきたところで、声をかけられた。
どうも考えに浸りすぎていたらしい。危うく素通りしてしまうところだった。声の出所へと振り向く。
「ああ、ゲザさんですか」
声をかけてきたのは、一人のさえない若者だった。名前をゲザ・アルスナ・ウィル……なんとか。長かったからよく覚えていない。
良くも悪くも普通なその顔立ちに、俺は顔を合わせるたびに親近感を覚える。
だが、侮るなかれ。
見かけによらず、彼は魔王ミラの側近であり、実力も彼女の次に高い。まさに、能ある鷹は爪を隠すの言葉通りの男であり、俺とはその点で大きく異なる。
ちなみに、俺は過去に「能のない小鳥は爪すらない」と言われたことがある。
「……どうかされましたか?」
おっと。どうやら過去を思い出して、少しブルーな気分になっていたらしい。ゲザさんに心配されてしまった。いかんいかん。
「いや、なんでもないです。それより、何か俺に用ですか?」
どうもゲザさんのその様子だと、俺が来るのを待っていた様子だ。
話を促した俺に、ゲザさんは「ああ、そうでした」と困ったような笑みを浮かべながら近づいてくる。
――周囲には聞かれたくないような話だろうか。
ゲザさんは、俺が異世界から召喚されたこと、人間であることを知っている数少ない人間だ。彼の内緒話となれば、俺に関わる話である可能性が高い。
ゲザさんは俺の耳に口を近づけて囁いた。
「――ミラ様が、お呼びです。なんでも、貴方を召喚した理由について話されるとか。」
「!!」
なんというタイムリー。ちょうど、ミラはいつ話してくれるのかと思っていたところだ。
だが、とも思う。どうして、このタイミングなのだろう?
これでは、あまりにも中途半端ではないか。説明するつもりがあるのであれば、質問した時に答えればいいだろうし、隠すつもりならば、それこそずっと話さなければいい話だ。
これではまるで、俺が召喚されたことに疑問を浮かべる時期を狙い定めていたかのようで……。
――ゲザさんは何か知っているだろうか?
「どうして今なのか、知りませんか?」
「さて。ちょっと、分かりかねますね……」
どうやら、知らないようだ。まあ、彼女に直接聞けばわかることだろう。
「そうですか、分かりました。直接会って、聞いてみます」
「ええ。ミラ様は私室にてお待ちですので」
俺は彼に礼を述べ、ミラの私室へ向かう。
――場所は確か、上の階だったな。
魔王の私室といっても、豪勢な部屋ではない。
むしろ、質素といってもいいだろう。数少ない家具と彼女が迎える中、俺はイスに腰かけた。テーブルの上には書類らしきものが三枚乗っている。これはあまり見ない方がいいだろうな。
「…………」
「…………」
さて、どうしたものかな?
ベッドの上に腰かけるミラは、未だ何も話してこない。話すつもりがないというよりも、どう話すべきか困っているように見える。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が、尚も部屋を包む。
「――あのさ」
それから更に数分経ち、ようやくミラは口を開いた。彼女の口から出てくるのは、俺への質問。
「私のこと、どう思う?」
「はぁっ!?――ななな何を言っているのか分かっているのかしら、この子は。私はそんな子に育てた覚えはありませんよ。ってそもそも育てた覚え自体がないか。違う、そうじゃなくて!」
……駄目だ。俺の思考が混乱している。自分でも何を言っているのかよく分からない。
俺の戸惑う姿を見て、不思議に思ったのだろう。ミラは考え込む素振りを見せた。おそらく、自分の発言を省みているのだと思われる。
「…………!!」
赤面した。ボッという音が聞こえてきそうな程に、彼女の顔が赤面した。
途端にうろたえるミラ。あわわ、という声すらも聞こえる。
魔王が慌てるという極めて珍しい姿を眺める俺は、彼女とは対照的に落ち着きを取り戻していく。
他人が慌てている姿を見ていると、自分は落ち着けるんだから、不思議だよな。
「ち、ちが――」
尚も慌てたままのミラ。よっぽど恥ずかしかったのか、こちらに駆け寄り、右掌を宙に持ち上げた。
――あれ?なんか、嫌な予感がするんだけど……。
「ちょっ」
「そういう意味で、言ったんじゃないのよぉぉぉぉっ!!」
ちょっと落ち着けという暇もなく。
彼女の叫びと共に放たれた、人間が持つ最速の攻撃、ビンタが俺に直撃した。
――うん、あのね?いくら照れ隠しとはいっても、ここまでするのはどうかと思うんだ。
心の叫びが表に出ることはなく。
椅子とテーブルを巻き込んで盛大に倒れた俺は、そこで意識を失った。
「ごめんなさい」
「いや、もういいけど」
俺が目覚めた時、窓の外はすっかり暗くなっていた。暗くなった夜空には数多の星が輝いている。
あれから数時間ほど、俺は気を失っていたのだそうだ。叩かれた左頬が痛い。
「ごめんなさい」
「いや、もういいって。それより、俺を召喚した理由について聞きたいんだけど」
俺が目覚めてからずっと、ミラは謝ってばかりだ。ここまで謝られると、逆に困ってしまう。
どうも、自分に非があると認めた時は、素直に謝ってくれるらしいな。
……それはつまり、セリフ云々の理由で俺を殴ったことに関しては、自分に非はないと考えているということだが。
数分後。ようやく、ミラは本調子を取り戻した。
彼女の表情は真剣だ。俺は椅子の上で姿勢を正す。
ミラは「まず、私達について説明するわ」と前置きし、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私達は――」
……ミラ達は、人間達から通称で魔族と呼ばれている一族なのだそうだ。ちなみに、俺のような一般的な人間は人族と言われていたらしい。
総じて普通の人間よりも高い魔力を持つ彼らは、身体の一部に翼などの異形な部位をもつところから、「闇の一族」として迫害されてきたのだという。
同じ人間だというのに迫害された魔族は、やがて都市から追い出され、辺境に移り住むことになる。
だが、彼らの苦難はそこで終わらない。魔力を持った野生の獣――魔獣の存在だ。
魔獣とは、野生の獣が何らかの魔術的要素を持つものを体内に摂取した結果、突然変異した存在だという。
さて、自分の縄張りを侵された獣は、当然ながら侵入者を排除しようとする。
ただでさえ少なかった魔族の人々は、魔獣との戦いで更にその数を減らしてしまったのだと彼女は話す。彼らが魔法に秀でた存在でなければ、おそらく絶滅してしまっていただろうとも。
だが、それで終わりではない。更に苦難は続く。魔獣から縄張りを奪い取り、新たな土地で生活し始めた魔族。では、ここで問題だ。
縄張りを奪われた魔獣達はどうするか。
……結果、自分たちの土地から追い出された魔獣達は人族の領土に進攻することになる。
それが、人族には魔族が魔獣をけしかけたように映ったらしい。人族は総力を挙げて、魔獣と魔族の討伐を開始する。
人族と魔族、魔獣の戦いは激しく、何年も続いた。
だが、元々の数の少なさから徐々に追い詰められていく魔族。このままでいけないと考えた彼らは、ある一人の男性を擁立した。
それが、ミラの先祖――初代魔王だという。
元々高い魔力を持つ魔族の中でも最も強い魔力を持つ彼は、魔族の王という生贄として君臨。戦において獅子奮迅の活躍を残し、やがて勇者と呼ばれる人族の戦士によって壮絶な最期を迎えた。
「じゃあ、魔王っていうのは、魔族の王という意味だけじゃなくて……」
「そうよ。敗戦の気が濃厚になった魔族が考え出した、種族を生き残らせる方法。 魔族の長としてその戦争を引き起こした張本人――そういう名の生贄のことなのよ」
「……ミラもそうなのか?」
「そうよ。……話を戻すわ」
彼の――人身御供の死をもって、この戦いはひとまずの終結を迎える。
敗者である魔族は人類に仇なす存在という汚名と共に各地に散らばり、勝者である人族はこれに気をよくし、更なる繁栄を求めて領土を増やしていくことになる。
それから数千年の時が流れ、名実共に大陸の覇者となった人類。彼らと魔獣の手により、魔族は土地を奪われ民を殺され……。
もはや魔族は存亡の危機に立たされているのだという。
「――これが、この世界の現状よ」
説明を終えたミラが、静かに目を伏せた。
「…………」
重い話だった。
俺は、何も語らない。語れない。
俺はこの世界の人間ではない。魔族ですらない。彼らの苦痛を聞くことはできても、それを共有することはできないからだ。
押し黙る俺に、ミラは再び質問をぶつけてきた。
「あなたは、私『達』の事をどう思う?」
やたら『達』が強調されていた気がするが、そこは捨て置こう。
「ふむ……」
――それはつまり、城内の人や村の人達全てをひっくるめて、彼らの事をどう思っているのかと聞いているのか。魔族のことをどう思っているのか。
それならば、既に答えは出ている。帰り道で考えていたことだ。
「俺のことを、村の一員として優しく受け入れてくれる、とても気のいい人達だと思う」
「でも、私達には翼や角――人族とは違う部分があるのよ?」
「そうだな。でも、俺は気にならないぞ?」
確かに、魔族と俺では外見に大きく違う部分がある。決定的な違いがある。
でも、それだけだ。
この世界で暮らし始めて三日。彼らの下で世話になって三日。
その間に、分かったことがある。
魔族も人族も関係ない。彼らも俺も同じ人類だった。
召喚されたばかりの俺では、この考えは思いつかなかったかもしれない。その外見から、恐怖してしまったかもしれない。ミラの話を聞いても、魔族のことを悪く考えてしまっていたかもしれない。
だが、今は違う。彼らも俺達と同じように、泣き、怒り、笑う。
そのことを俺は知っている。
もしかしたら、三日間何も伝えずにいたのは、俺に余計な先入観を持たせたくなかったからなのかもしれない。魔族のことを、もっとよく知ってもらいたかったからなのかもしれない。
俺の答えを聞いた彼女は俯き、小さな声で「ありがとう」と言った。
俺が召喚された理由は、とてもシンプルなものだった。
「私があなたを召喚したのは、私達を救ってもらいたいからなの」
だが、それはつまり――、
「魔族を救う――それはつまり、人族との戦争に協力しろってことか?そうだとしたら、残念だが……」
協力はできない。確かに、俺は魔族への先入観は持っていない。だが、それとこれとは話が違う。
人族への戦争に協力するということはつまり、俺の手で人を殺めるということだ。それが直接的であれ、間接的であれ、大した違いはないだろう。
……俺はそういうことには協力したくない。断固として拒否するつもりだ。ついこの前まで普通の大学生だった俺に、何が出来るのかという思いもあったからなのだが。
だが、それはどうやら俺の早とちりだったらしい。ミラは慌てて、
「そうじゃないの。あなたには、人族と魔族の同盟――友好関係を築く、懸け橋になってもらいたいの」
そう言ってきた。
「懸け橋……?」
「そう。懸け橋。あなたには、魔族と人族の間を取り持ってもらいたいの。――私達には、もはや戦う力はない。人族たちと共存する以外に生き残る方法はない……」
「なら、そうすればいいんじゃないのか?」
俺が入り込む余地など、ないように思えるが……。
だが、ミラは俺の言葉に、首を振ることで否定した。
「そう簡単にはいかないの。そもそも、始まりの戦いから数千年の時が流れているものだから……」
成程。ようやく、話が見えてきた。
「もはや人族は、魔族は自分たちの天敵としか認識していないんだな?」
ミラは頷く。
元々は人族が魔族を迫害したことが発端なのだが、その情報が伝えられていく内に時とともに忘れられていってしまったか、あるいは時の権力者がその事自体を抹消したか。
人族と魔族という名称も災いしたのかもしれないな。この名称の起源を知らなければ、人族が魔族と聞いても、自分たちと同じ人間なのだと判断できないだろうし。
まあ、どちらにせよ、
「魔族が何を話しても、向こうには通じないということか」
「ええ。このことを人間に伝えたら、一生を彼らの下で奴隷のように扱われるかもしれない。いや、それどころかこれを機と見て攻めてくるかもしれない」
「……だから、人族と魔族の関係を上手く調整し、対等な関係を築けるような人物が――人族の人間が必要だということか?」
「そういうこと。だから、あなたには私達の本当の姿を見てもらいたかったの。魔族も、同じ人間なんだって、分かってもらいたかったから」
「ううん……まあ、分かるけど……」
確かに、それが出来れば理想的だろう。諍いを無くし、互いの種族に手を結ばせる。互いの技術や知識が入るから、もしかしたら今よりも共に繁栄するかもしれない。
だが、それはとても難しいことだ。やれと言われて、やれるものではない。
例え、俺のように第三者が仲介に入っても、だ。
それくらいに、彼らの間に広がる溝は深いように感じる。
それこそ何か、策でもない限り不可能な話なのだ。
――策、か。
もしかしたら、ミラには案があるのかもな。試しに彼女に聞いてみる。
「なにか、具体的な方法があるのか?」
「ないわ」
断言されてしまった。頬がピキリと引きつるのが分かる。
「……まさかとは思うが。俺に両者の仲介をさせることしか考えていなかったのか?」
「そう、だけど……」
最悪だ。
策もなしにこんな大偉業を達成させようとするとは、考えなしにも程がある。
呆れを通り越して、別の感情すら湧き出てきた。
おまけに、ミラはいまいち分かっていないのか、頭を抱えている俺を不思議そうに見ている。
それが、カチンときた。
俺は思わず声を荒げる。
「あのな……これがどんなに大変なことなのか解っているのか?今までの争いの歴史、その全てをひっくり返そうとしているんだぞ?それを何の考えもなしに成功させる?無理に決まっているだろう、そんなの!」
一度怒ってしまうと、もう口は止まらない。矢継ぎ早に口に出してしまう。
「そもそも、これは俺には関係ない話だよな?お前たちの都合で勝手に召喚されて、おまけに私達に協力しろ?ふざけるのもいい加減にしろよな!」
止まらない。
「だいたい」
「分かってる!」
俺の言葉を遮り、ミラが言葉を振り絞る。
「分かってる。だけど、もう、これしか私達には方法がないの……」
ミラの言葉には、力が籠っていない。語尾が消えてしまいそうなか細い声は、泣きだしそうな子供のソレだ。
俺の中の怒りが、急速的に萎んでいくのが分かる。
「…………。はぁ…………」
俺は溜息をついた。見れば、ミラは体を震わせている。
もしかしたら、泣いているのかもしれない。
――女性を泣かせるなんて、情けないなぁ俺。
ミラは魔王だ。代々魔力が強い彼女の家系は、その当主が魔王を務めているのだという。
つまり、彼女は生まれた時から生贄として死ぬ運命を課せられていたのだ。
そして、彼女の父が殺されてからずっと、彼女は魔王としてみなを率いてきたのだという。
おそらくは誰にも相談できずに、たった一人、悩み続けてきたのだろう。
この若さで、死を宿命づけられているミラ。それに加えて、魔族自体の存続の危機。外敵の存在。
悩みに悩み抜いた末に、見つけた一筋の光明。
それは、溺れている時に見つける藁のようなものだ。
考えもなしにそれに縋りついてしまうことを、誰が責められるだろうか。
「……これは、難しいぜ?戦争なんてするよりも、遥かに難しい」
俺はミラに声をかける。ミラは、反応しない。
「何年かかるかすら分からない。もしかしたら、俺達が生きている間には終わらないかもしれない」
ミラが頷く。
「そもそも、この行動自体が無駄なのかもしれない」
そうだ。そもそも、この行為が成功するとは限らない。失敗する可能性もある――いや、その可能性の方が高いのだ。
「それでも、いいのか」
今度は逆に、俺が彼女に問う。
「私は……」
ミラはそこで一旦口を止め、顔を上げた。
やはり、泣いていたようだ。目が赤く腫れている。
だがそれでも、その決心を固めた瞳を、俺は美しいと思った。
「私は、みんなが好き。城の皆も、村の皆も」
「ああ、俺も好きだよ。」
俺を受け入れてくれた人々を思い出す。お人よしな人達ばかりだった。
彼らの笑顔を、俺は――いや、俺も失わせたくないと思う。
「守りたいの、皆を」
「そうか……」
勝手に召喚してきたことは、まだ許してない。
だけど。
みんなを助けたいという彼女の純粋な気持ち、互いの諍いを無くしたいという彼女の純粋な願いが、どこまでいくのか。どこまで届くのか。どこに達するのか。
手伝いたいと思う。見届けたいと思う。
「……お人好しだな、俺も」
「じゃあ……」
「ああ。俺に何ができるか分からないけれど、協力するよ。女の涙には弱いからな。美人の涙なら特に」
「ありが、とう……」
感謝の言葉と共に、ミラは俺に泣きついてきた。
不安も何もかも、ずっと一人で溜めこんできていただろうからな。
これからは、その不安を少しでも軽くしてやれれば、と思う。
今はただ、彼女に肩を貸すだけだ。
「さってと。そうときまれば、明日から特訓ね」
出すものを出しきったからか、泣き終えた彼女の表情はいつもと変わらず、イキイキしたソレへと戻っていた。
うん、それはいいんだけどな?
「ちょっと待て。どうしてそうなる」
特訓ってなにさ?戦争はしないんだろ?
慌てる俺に対し、ミラは何言ってるの、というような表情を向けた。
「人間と交渉するためには、村から出る必要があるでしょ?」
まあ、そうだな。
「村から出たら危険がいっぱいだもの。人間と話し合いをする前に、魔獣に食べられてしまいました――なんて、話にもならないじゃない」
「それもそうか」
俺としても、そういう死に方はご免こうむりたい。というか、普通に寿命いっぱいまで生きていたいです、ハイ。
「そういうわけだから」
「まあ、仕方がないな」
協力すると言い出したのは俺だからな。ヤレヤレ。
「じゃあ、明日から始めるわよ。とは言っても、そんなに時間は取れないから……。生まれてきたことを後悔するくらいのハードスケジュールでいくから!」
「…………」
――うん、あのね?元気が出たのはいいことなんだけれど。
俺、早くも決心くじけそうだ……。
作品の感想、誤字脱字の報告、辛い指摘など、皆さまのお言葉が作者の糧(文章力や意欲的な意味で)になります。
ですので、皆様のお言葉を頂けますと、作者は喜びます。尻尾を振って喜びます。
作者は、皆さまの感想をお待ちしております。