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第27話  そうだ、傭兵になろう

説明回です。なるべく説明は省いて、ストーリーを進めたいんですけどね……。

「あ」


 そういえば、傭兵ギルドを訪れた『もう一つの理由』を二人に伝え忘れていたと気づく。

 本当ならばここまでの道中で話す予定だったのだが、あまりにも目的地が近すぎたため、話に触れることさえ出来ていなかったのだ。


「ええと、これは……コレだから、この金額で、次の――」


 幸いなことに受付嬢の様子を見る限りでは、鑑定にはまだまだ時間がかかりそうだ。

 となれば、今この時こそが話をするには丁度いいといえるだろう。


「二人とも、話を聞いてくれ」

『だが断る』

「えー……」


 まさかまさかの拒否の回答。しかも二人揃っての合体攻撃ときた。

 というか、何故に二人ともそのネタを知っておりますかと。


「冗談よ、冗談。それで、どうしたの? 話って何?」

「――ああ、これからのことについてなんだが……」


 一息。二人の表情を見渡した後に、


「俺はこの際、傭兵になったらどうかと思うんだ」


 俺の発言を境に、場が静まる。俺の発言が意外だったのだろう、ミラに至っては何やら厳しい表情を伴いながら考え込み始めていた。

 唯一この場に届いている音――受付嬢が鑑定している音が微かに遠い。


「――それはまた、急な話だね……」

「というより、傭兵ギルドに来てから話すようなことじゃないわよね?」

「……ああ、それについては謝るよ」


 どんな事情があったにせよ、二人に打ち明けていなかったことは事実だ。ここは素直に、二人に対して頭を下げておく。


「――まあ、それは置いておきましょう。それよりも、どうしてそういう考えに至ったの? その理由を教えてもらえる?」

「ああ、そうだな」


 その件については、必ず言及されると思っていたため、ある程度は予め考えを纏めておいた。故に、説明は淀みなく口から発せられていく。


「傭兵になろうと思った理由は二つあるんだが……、その内の一つがコレだ」


 ミラに促されて説明を始めた俺が取り出したのは、一双の剣。

 俺の得物にしてゲザさんからの借り物である、業物の魔剣だ。名前はまだない。

 この魔剣こそが、俺が傭兵の道を選ぼうとする理由にして原因の一つだった。


「入国した時のこと、覚えているか?」

「ええ。――ああ、そういうことね」


 流石にミラは理解が早い。今の言葉だけで、俺が今から話そうとする理由について察しがついたらしい。


「――帯刀許可証のことで揉めたんだったね?」


 テオの言葉に、頷いてみせる。

 アルト聖王国に入国する際――といっても、ほんの数時間前の話なのだが、この魔剣を巡って俺達はひと悶着を既に起こしていた。

 分類上は長物に区別されるこの剣を持つ俺は、入国の際に『帯刀許可証』というものを必要とする。だが、その時の俺はソレを持ち得ていなかったため、要らぬトラブルを招いてしまったというものだ。

 さて。ここで思い出してもらいたい。あの時、アルティミシアさんはなんと言っていたか?


「傭兵になったら、わざわざ入国の度に帯刀許可証を用意しなくてもいいらしい。これがまず一つ目」

「まあ、確かに面倒な手続きをしなくて済むというのは利点だよね。でも、そのくらいの手間だったら、惜しまなくてもいいんじゃないかな? わざわざ傭兵になんてならなくても――」

「待って、テオ。さっき、ショウは二つの理由があると言ったわ。話をするのは、傭兵を勧めるもう一つの理由とやらを聞いてからでも遅くはないんじゃない?」

「……そうだね」


 テオが口を閉ざしたのを見届けた後、ミラがこちらに向かって話を促すようにコクリと頷く。


「――まあ、テオの言うことも尤もだよ」


 多少おどけた様な口調で俺は中断していた話の続きを述べていく。

 テオの言ったことは間違っていない。その程度のためだけに傭兵になるというのならば、誰だって反対するだろうさ。俺だって、たぶんそうすると思う。

 だが、それはあくまでも本来の目的に付随する副次的なモノに過ぎない。これから述べる、二つ目の理由こそが本命だ。

 万が一にでも周囲に声を拾われないよう、声を可能な限り潜めながら二人に話し始める。


「――俺とミラには、為すべき使命がある。テオはまだ正式に仲間になったわけではないから詳しくは話せないんだが――、とにかく、俺達はその使命を果たすためにこうして旅を続けているわけだ」

「そうなんだ……。うん、分かった。それで?」


 テオが頷く。


「――で。その使命とやらが中々厄介なものでな? それを為すためには、各国の上層部とある程度のコネを作らないといけないわけだ」


 その言葉を聞いて、テオが驚きの感情を表に出した。まあ、それも当然か。爵位も何も持たない人間が、各国のお偉いさんとの繋がりを作るだなんて、夢物語にも程があるというものだからな。


「……一つ、質問していい? 上層部って、どのくらい偉い人のことを指すのかな? 貴族でいうと男爵とか、そのくらい?」

「いや、国王。最低でも大臣とか宰相あたり」

「無茶苦茶だよ、そんなの……」


 俺の言葉に、頭が痛くなったのか眉間に指を押し当てるテオ。その気持ちはよく分かる。

 俺も、今後の見通しを考えている際によく同じような状態に陥るからな。


「人脈も無ければ、位階も無い。そんな兄ちゃん達が各国の大臣や宰相以上の人と繋がりを作るだなんて……。気が狂ってるとしか言いようがないよ」

「――まあ、な……」


 視界の隅で小さくなっているミラの存在を認めながら、テオの話に頷く。

 付け加えるなら、その使命自体も『人族と魔族の共存あるいは同盟』という果てしなくアレな内容なわけで。

 もうね。不可能という名の生地に、これまた絶望的という名のトッピングがこれでもかとばかりに豪勢に振りかけられたかのような――そんな料理を前に、俺の頭は慢性的な頭痛を抱えているわけですよ。

 ……なんだか胃まで痛みだしてきたぞ?


 ――でも。


「それでも、やるしかない」


 果ての見えない無理難題であろうとも、それが彼女の笑顔に繋がるのであれば――そう思ったあの時の記憶に嘘はない。


「――と、まあ、なかなか達成条件が難しい使命なわけだが……。俺なりにどうすればコレを成し遂げることができるか、考えてみたんだ。それで、そのための手段として最も有力かな?と思ったのが、『傭兵になる』という手段だったわけだな」


 そりゃあ、手段だけならば他にいくらでもあるさ。

 例えば、その国の兵士や騎士になるという案もある。そこから、上司を経由するなり成り上がることで国の上層部にコネクションを築く方法。

 だが、それは同時に『その国に所属する』ことに繋がってしまうため、アウト。俺達の目標を達成するためには、複数国と関係を構築する必要がある。そのためには、ある程度の身動きがとれる状況でなくてはならない。

 一つの国に拘束されてしまう職種に就くことは、出来る限り避けたいところなのだ。


「でも、それなら他にも方法があるんじゃないかしら? 例えば、そうね……。――商人になるなんてどう?」

「あー、うん。それも考えたんだけどな……」


 なるほど、ミラの提案は、確かに俺達の条件に適っているものだ。

 先の長い話ではあるが、仮に国の御用商人にでもなれば、容易に上層部との繋がりを持つことができるだろう。

 『利を追求する』という観念から、魔族との同盟を推し進めることも出来るかも知れない。

 何より、一つの国に拘束され続けることはないというのがミソだ。


「うん。確かにミラの案は、それだけを見ると良案だ。でも――」


 でも、忘れてやいないか?


「――商才はあるのか? いや、そもそも、商売について心得があるヤツがこの中にいるか?」


 そのためには、それに見合うだけの才覚が必要だ。特に、イチから始めるのであれば尚更のこと。

 少なくとも、心得の無い者が安易に飛び込んだところで、それが通じる程、市場というものは甘くないだろうとは思う。

 二人の表情を窺ってみるが、どちらも首を横に振るだけだ。


「……そうなると、案外、傭兵になるのが一番良い方法なのかもしれないね。自分の私兵達だけでは解決できない問題を、ギルドに依頼してくる貴族も少なくはないらしいから、そこから繋がりを作っていけるかもしれないし……」


 腕を組みながら、テオがそう呟いた。

 この反応を見る限り、彼は傭兵になることに賛同するようだ。

 次いで、ミラへと視線を向ける。

 彼女は一言、「ショウに任せるわ」と答えを返した。

 ……うん。信頼されていることの表れなんだろうとは思うけれど、見方を変えたら、無責任なようにも映らないだろうか? まあ、いいけど。


「お待たせしました。 鑑定、終わりました!」


 二人の許可を得られたところで、受付嬢からの声が飛んでくる。

 これ以上ない程のジャストタイミングだ。話を終えた俺達は、揃って彼女の下へと向かった。






 換金した総額は、思った以上に高値が付いていた。

 ええ、それはもう。想像していた倍以上の金額という降って湧いたサプライズ。

 両の手では溢れんばかりの金貨の山。

 その数を数えてみると、なんと、なんと……!!


「金貨が、六十枚も……!?」


 日本円に換算して、約六十万円。ゲザさんに貰った支度金の約六割に相当する額だ。


「はい。Cランクなどの高位の魔獣の換金部位も含まれていましたので、このような金額となりました」


 ――ああ、そういえば、結構ヤバい魔獣とかとも戦っていたっけ。


 受付嬢の言葉を受け、ふと考える。

 思い出すのは、魔王城を発ってからここまでの間に潜り抜けてきた、死闘や死線の数々。

 こちらの魔法をかき消してくる魔獣とも戦った。固い外皮を持った魔獣とも戦った。一匹一匹の力量こそ低いものの、大挙として攻めてくる魔獣とも戦った。狂ったような魔獣との戦いでは文字通り死にかけた。

 そうして考えてみると、案外この金貨六十枚という数字が大したことのないように思えて仕方がなくなる。なんというか、命を危険に晒した割には安すぎるというか……。


 ――いや、それは贅沢というものだ。


 この世界での基準としてきちんと定められているのだから、それに文句を言うのはお門違いというものだろう。郷に入っては郷に従えというヤツだ。……ちょっと違うか?

 ……それに。

 この世界における金貨六十枚といえば、一般家庭の平均的な収入を優に越えている数字だ。喜びこそすれ、その金額にイチャモンをつける気にはならないし、なれない。

 当然、ありがたく頂戴することにする。

 手に取った金貨を、取り敢えずさっきまで換金部位を詰めていた袋に入れた。元々持っていた財布代わりの麻袋は、入国の際に衛兵に渡したままだからだ。

 わざわざ返してもらいにいくのも手間なので、その内、新しい袋を用意しようと思う。それまでは、今の袋で代用しておこう。


「ありがとうございました!」


 換金を終え、用件は済んだのだと思ったのだろう。金貨を袋に詰め終わった俺の姿を見て、受付嬢がハキハキとした声を飛ばしてくる。


「あー、悪いけれど。もう一つ、用事があるんだ」


 むしろ、本命はこっちだ。本来の使命に関係する、重要なこと。

 まあ、お金も大事ではあるのだけれども。

 傍らの二人にチラと視線を向ける。二人とも、首を微かにではあるが縦に振ることで返事と為した。異論は無いということか。

 受付嬢へと視線を戻す。

 彼女の相貌を確りと捉えながら、恐らく、今後の俺達の運命を確定付けるであろう言葉を口にした。


「……傭兵になりたいんだけども――」






 自分たち以外に誰もいないこの空間で、受付嬢の説明は続く。

 幸い、依頼を頼みに来る人物も受けに来る人物も尋ねてこなかったことから、彼女の説明も他のことに気をとられることなく、実にスムーズに進んでいる。

 ――が、いかんせん長い。

 体感時間ではあるが、話し始めてから既に一時間程度は経っていると考えていいだろう。

 長時間受付に拘束されるという彼女の職業柄、人との会話にでも飢えているのだろうか? もう、尋常じゃないくらいに説明が長い。


「傭兵になる手続きの前に説明を、っていう話だったけど……。この調子じゃあ、いつになることやら……」


 現に、傍らのミラ達もげんなりとした様子で受付嬢の説明を聞いている。

 この場で唯一、悠々とした表情をしながら説明を続けている彼女の目には、俺達のこの表情が映っていないのだろうか? 気づいていたら、早々に話を纏めてくれそうなものだが……。


 ――長すぎる彼女の説明を、簡単に纏めることにする。


 とはいえ、今のところコレといって特筆するべき事項がない。その説明のほとんどは、マンガやらゲームやらで見聞きした内容とほとんど差異は無かったからだ。

 例えば、傭兵は傭兵ギルドに寄せられる依頼を受けることができること。

 依頼をこなすことが出来たなら、その内容に見合うだけの報酬を手に入れることが出来ること。

 傭兵にはランクがあり、それによっては受けられない依頼があること。

 ランクはその傭兵の活躍をギルドに認められれば、上がっていくということ。


 ――こんなところか。


 纏めてみれば、僅か数行で纏められるような内容だった。これをどう間違えれば、ここまで時間をかけて説明をすることができるというのか……。


「ちなみに、傭兵のランクは上からS、A、B、C、D、E。そして最下位のFと、合わせて七段階あります。これは――」


 ふと現実に意識を戻すと、受付嬢が尚も傭兵ランクについての説明を続けていた。

 しかし、七段階のランクか。どこかで聞いたことのあるような……。


「……魔獣に付けられるランクと同じようなものだね」


 ぽつりと零れる、テオの呟き。

 そういえば、と俺はテオの言葉によってようやく思い至った。

 確かに、魔獣にもその強さに応じて七段階のランクが付けられていた。ということは、この傭兵ランクはそれに何かしら関係しているのだろうか?

 目前の説明役へと視線を向けてみる。


「その通りです! 彼の言ったとおり、傭兵ランクは魔獣ランクと密接な関係がありまして……、魔獣と戦う際の目安になるんです。状況にもよりますけれど、同じランクの傭兵が三人と、同ランクの魔獣一匹が匹敵すると言われていますね」


 つまり、そのランクの魔獣を倒す際は、魔獣と同じランクの傭兵を四人程度揃えるのがベターなわけだな。

 しかし、同じランクの傭兵を揃えても三:一でようやく釣りあえるというのだから、いかに魔獣がデタラメな存在なのかが分かる。

 まあ、そもそもただの獣の時点でほとんどの人間は適わないのだから、魔的な要素を体内に取り入れて少なからず強化されている魔獣に一対一の勝負を挑んだところで、人間が敵うはずもないのだが。

 ……まあ、何が言いたいかというと。


 そんな中、一対多を平然とこなすミラは凄いということだ!


 ――というのは冗談にしても。魔法を扱えるというだけで、戦いに関しては素人の俺やテオですら複数の魔獣を相手取れるのだから、この世界における魔法の有用さというものを改めて思い知る。

 もっとも、そんな有用な魔法の扱いに秀でていたからこそ、ミラの先祖たる魔族は迫害されたのだろうが……。






 ようやく、長かった受付嬢の説明が終わった。

 疲れよりもむしろ終わったことの達成感に包まれてしまう辺り、彼女の説明がいかに苦痛だったかを物語っている。

 フフフ……。今後一切彼女には説明を求むまい……。

 現に、食事を取り終えたのだろう、上の階から下りてきた屈強な若者たち――武装していたことから、アレは恐らく傭兵だろう――が、俺達の方を見て何とも言えない、憐れむような視線を送っていたのだ。

 その男たちは早々に立ち去ってしまったことから、詳しい話を聞くに聞けなかったのだが……あの表情から察するに、彼女の説明の長さは傭兵達の間で知れ渡っているのだろう。

 ああ、なんとも面倒な人に当たってしまった……。


「では、説明も終わったところで。……傭兵になられるのであれば、この書類に記入をお願いします」


 そう言って受付嬢が取り出したのは、合わせて三枚の用紙。三枚という数はおそらく、俺達の人数に合わせてのものだろう。


 ――契約書かなにかだろうか?


 徐に手にとって読んでみた。


「…………」


 …………。

 ………………。

 ……………………なるほど。


「――なんて書いてあるのか、さっぱり分からん」


 それはそうだ。まだまだ勉強中の俺に、書面の内容を読み解くことなんて出来る筈がなかったのだ。

 そんなことが出来るのであれば、馬車停留所の時に苦労なんてしなかったわい!


「……貸して?」


 俺の発言を前に、なにやらこめかみを押さえながら、ミラがこちらに手を差し伸ばしてきた。ありがたい。俺に代わって、文章を読んでくれるのだろう。


「――兄ちゃん……。もうちょっと、勉強しようか?」

「ぐはぁっ!」


 ミラが書面を読み込んでいる間に、テオが呟いた一言が俺の精神ポイントをがりがりと削る。


「その歳になって、文字が読めないのはどうかと思うんだ……」

「げふぅ!」


 効いた。今の言葉は効いた。

 言葉の刃は容赦なく俺の精神を切り刻み、思わず泣きそうになる。

 なんというか、本人に悪意がない分、テオの台詞は洒落にならない破壊力を誇っていた。

 ぅぅ、本気で勉強するとしよう……。


「――別に大した内容ではないわね。今までの説明が簡潔に書類に記載されていて、その内容を理解した上で傭兵になろうとするのであれば、下にある名前を記入する欄に書き込むというだけの……どうしたの?」


 ……書類の隅から隅までをじっくり読み込んでいたため、俺達の会話内容を聞いていなかったのだろう。ミラは各自に書類を配りながら、項垂れたままの俺に対して不思議そうな視線を送っていた。


「――いや、なんでもない。それよりも、書類に名前を記入する前にもう一度だけ聞いておくぞ?」


 心配はいらないとばかりにミラ向けて笑顔を見せた後、話の焦点を受け取ったばかりの書類へと持っていく。別に、これ以上文字が読めないうんぬんを話題に上げたくなかったわけではない。

 ……本当だぞ?


「……これに記入したが最後、以後は傭兵の一員として扱われることになるだろう。――それでもいいか? 後悔はないか?」


 ――ふむ。


 俺は最終確認として二人に質問を投げかけてみたわけだが、特に問題はなかったようだ。ミラは当然でしょ、と言わんばかりの表情を見せているし、テオはテオで意欲に燃えている。これなら大丈夫だろう。

 当然、俺にも異論はない。ここに来た当初は、テオを傭兵にすることに若干の躊躇いを覚えてはいたが……、先ほどの受付嬢の傭兵ランクに対する説明を受けて、その心配も吹き飛んでいた。

 回数制限こそあるが、テオは剣を使った魔術を行使することが出来る。その力は、先の戦闘にて一人で敵を押し込めたことからも十分に窺える。

 なにせ、同じランクでかつ並の能力の傭兵ならば、三人寄らなければ一匹の魔獣と対峙できないというのに、彼はたった一人で低ランクとはいえ複数の魔獣を相手取ったのだから。


「――よし。異論はないようだし、名前を書くとするか!」


 意気込み、受付台に置いてある筆を手に取った。記入欄はどこだと視線を走らせて――ミラの言うとおり、紙面の下に該当するものを発見。

 いざ書かんとばかりに筆を走らせる――と、傍らから視線を感じたために紙への記入は一時中断し、筆を置いた。

 そして、なんだろうかとその視線の持ち主へと顔を向けてみる。


「……どうした、テオ? 俺の顔をジロジロ見て――何か用か?」

「え、いや……。兄ちゃんは、自分の名前を書けるのかなぁって――」

「――あのな、馬鹿にするなよ? 文字は満足に読めなくても、自分の名前くらいだったらなんとか書けるさ」


 ……たぶん。






「――はい。確かに署名されておりますね。それでは、手続きをして参りますので少々お待ちください」


 受付嬢が、奥の扉へと消えていく。

 彼女が戻ってくるまでの間、手が空いた俺達はしばしの雑談に講じることとなった。






 それから待つこと数分。受付奥の扉がゆっくりと開いた。

 そこから出てきたのは、予想に違わず、さっきの受付嬢だ。その手には手帳――だろうか? 三枚の何かを手に持ち、こちらへと歩いてくる。


「お待たせしました。こちらが、皆さんが傭兵になった証となります、傭兵証明証になります」


 そう言って、一枚ずつ手渡してくる受付嬢。

 礼を述べつつ受け取った手帳は、無地で紺色の、なんとも地味な印象を受ける物だった。そのサイズは服のポケットにも十分に収まるだろう手頃なサイズとなっている。

 中を開けてみれば――これまた簡素。表紙を除けば、中には僅か一枚の紙が挟まれているだけで、その紙自体にも裏表共になんらかの文字が書かれている。


「ええと、なになに……?」


 まず、紙の表の方だが……こっちの解読は非常に容易だ。デカデカと記された、Fの文字。これは傭兵ランクを記したものに違いないだろう。

 続いて、裏の方は……、こっちの解読は表とは一転、とても難解なものとなっている。


「た、たい……け、ん……?」


 取り敢えず最初の部分だけは読めたのだが……。たいけんとは、一体何なのだろうか?

 すぐさま、脳内で日本語に変換していく。

 体験、大権、大圏、帯剣――。ああ、なるほど。帯剣か。

 恐らく、アルティミシアさんが言っていた『傭兵ならば帯剣許可証が必要無い』と言っていたのは、このことだったのだろう。確かに、証明証自体に帯剣許可証が挟まれているのであれば、わざわざ帯剣許可証を発行してもらう必要はないな。

 ……見れば、他の二人にも傭兵証明証が渡されたようだ。各々、自分の手帳の中身を確認している。


「さて……」


 こほん、とややわざとらしい咳を一度吐き、受付嬢は俺達の視線を自分へと向けた。


「その証明証を渡されたたった今から、貴方達は傭兵となったわけですが――」


 ふと。

 彼女の物言いに違和感を感じた。

 思い返してみると――早々に、その理由に気がついた。


 ――ああ、なるほど。


 知らず知らずの内に、笑みが零れ出る。それは、俺達に対する呼称が、他人行儀な『皆さん』から『貴方達』へと変化していることに気がついたからだった。

 大したことではないのかもしれないが、それでも、俺達を仲間として認めてくれたのだろうかと思うと、嬉しいという感情が広がっていく。


「――まず初めに、この証明証について説明させていただきます」


 ……前言撤回。俺の感情は一気に奈落の底まで堕ちていった。嬉しいという感情から百八十度回転し、絶望という二文字が爛々と心内に浮き出てくる。


 ――この人の説明は長いんだよな……。


 俺やミラなら十分で語りつくすような内容を、一時間も二時間もかけて説明してくるのだから聞いている身としてはたまったものではない。

 その責め苦は既にさっき味わったのだから、その時の苦痛も容易に思い返すことが出来る。

 ……一日に二度も説明を受けることはないだろうと安心していたのだが……。


 ――どうやら、俺の見通しは甘かったらしい。


 俺達が絶望に打ちひしがれる中、彼女の口がゆっくりと開かれていった。






 ……受付嬢の説明は、長かった。それはもう、校長の話並の長さだった。

 ――貧血を起こさなかった自分たちを褒めてやりたい気分だ。

 だが、そんな彼女の説明の長さも、自分たちのことを想ってのことだと思えば、途端に文句を言えなくなる。

 現に、二度――三度だったか? まあ、そのくらいに渡って繰り返された彼女の説明のおかげで、俺達の頭にその情報はしっかりとインプットされたからだ。叩き込まれたと言ってもいい。

 ……まあ、それにしてもやり過ぎだとは思うが。

 彼女の説明はこうだ。

 傭兵証明証は、傭兵にとって必需品ともいっていい代物だ。これが無くては、依頼を受けることも帯剣したままどこかの国へ入国することもままならない。

 だが、傭兵とはそのほとんどが戦うことで生きる糧を手に入れる職だ。

 そういう職業柄、傭兵証明証を戦いの最中に破損してしまう者も多く出てくるのだという。

 その時の対処法を、受付嬢は説明してくれたのだ。


「依頼の際に紛失してしまったり破損させてしまった場合は、貴方達がその依頼を受領したギルドへと向かってください。傭兵の方が依頼を受諾する際には、必ず自分はこの依頼を受領したという証として、自分の名前を記入する規則がありますので、紛失してしまった場合は、そのギルドの受付で自分の名前を書いて、それが保管されている依頼の受領証に書かれている名前と筆跡等が一致すれば、再発行してもらえます」


 では、依頼以外――例えば、移動中などに紛失してしまった場合はどうなるのか。


「その場合は、手間がかかりますが、その人が傭兵として登録されたギルド――貴方達で言うと、ここということになりますね――まで来てもらって、そこで再発行の手続きとなりますね。そこで、自分が書いた名前とさっき書いてもらった契約書に書かれた名前が一致すれば、その場で再発行となります」


 簡単に言えば、依頼で無くした場合はその依頼を受けたギルド。それ以外ならば、このギルドへ来れば、証明証の再発行をしてもらえるとのことだ。


「――まあ、何れの場合も相応の手数料がかかりますけど……」


 それは――戦いに出ることの多い傭兵達としては、結構酷な話ではないだろうか?

 毎回、戦いに出るたびに証明証を再発行してもらっていたとすると、かなりの出費になると思うのだが……。


「うっ……。言いたいことは分かりますけれど、これもギルドの大切な資金源なんですよ……」


 受付嬢の額から、冷汗が一筋。余程、日頃からこのことに対する苦情が寄せられていると見た。

 ――まあ、そういうものなのだと思って、理解しておくとしよう。


「そうしてもらえると、助かります……」


 ……目の前の受付嬢が、心底助かったという顔をしていることだしな。


「――ねえ。証明証を紛失した場合、入国する時はどうすればいいのかしら?」


 ふと、疑問に思ったのだろう。ミラが、受付嬢に質問を発する。

 ……が、それのどこが疑問点なのだろうか? 普通に入国すればいいと思うのだが……。

 そのことをミラに伝えてみる――と、何故か呆れられた。


「あのね? 傭兵証明証には、帯剣許可証も含まれているんでしょう? だったら、証明証が無くて長物を持っている傭兵が入国するにはどうしたらいいか、聞いておかないと後で困るじゃない? ……ええ、貴方のことよ、ショウ」

「あー、そういえば入国審査があるんだっけな。――そこのところ、どうなんでしょうか先生?」

「せ、先生? ――ええと、入国審査の件ですよね? それなら、入国の際に番兵にその旨を伝えてもらえれば入国させてもらえますよ。――ただ、武器は預けることになりますが、翌日にはギルドの方に届けられているでしょうから、後日、ギルドまで取りに来てください」


 成程。「傭兵証明証を紛失した」と番兵に言えば、その場で入国させてもらえるということか。

 武器を預けるのは、その発言が本当か嘘か分からないから、なのだろうが……。武器をこっそりちょろまかされたりはしないのだろうか?


「その点は、大丈夫ですよ? そんなこと、国が許してもギルドが許しません。そんなことをされでもしたら、即座にギルド本部を通して国へ圧力をですね……」


 なんか、怖い! 顔が怖いぞ、受付嬢!

 ……なんというか、悪役顔負けの表情を形作った受付嬢。きっと、ギルドと国の間では俺達には想像もつかないような水面下の争いのようなものが繰り広げられているのだろう。

 藪蛇は嫌いだ。取りあえず武器は素直に番兵に預けても大丈夫だということが分かったのだから、これ以上はこの話題をしまいと心に固く誓う。


「まあ、こんなところですね。何か他に質問は?」


 首を周囲へと向けてみた。ミラも、テオも、共に口を開く素振りは見せない。ということは、これ以上の質問は出ないようだ。


「いや、大丈夫です」

「そうですか。分かりました。では、何かまた分からないことがありましたら、遠慮なく私たちに聴きに来てくださいね」

「ええ、その時はまた、お願いしますよ」


 受付嬢の言葉に返答を述べながら、俺は振り返った。

 ヤレヤレ。旅の道中の疲れが噴き出したというのもあるだろうが、説明を聞いていただけとはいえ、今日は結構疲れた。

 本当ならば依頼の一つでも受けようかと思っていたのだが……今日はもう、早めに休むとしよう。

 他の二人も、その表情に疲れが滲み出ているからな。

 扉を開け、大通りに出る。

 ……傭兵ギルドに入る前はあんなに大勢いた通行人の姿も、今ではすっかり少なくなっていた。

 道に並ぶ店の多くは閉め切っており、未だに開いている店といっても、そのほとんどが飲食店だ。昼間の男のような、その身一つで商売しているような者の姿も見えない。

 また、通行人の種類も変わってしまっている。数もまばらに道を行くのは、そのほとんどが酔っ払いや娼婦の面々。

 あとは警備兵の類だろうか。時折、入国の際に見た番兵のような姿恰好をした男たちが道を歩いている。

 見るからに一般人というような者の影は少ない。無い――というわけではないが、ギルドに入る前よりも圧倒的に少なくなっている。

 つまり、


「もうすっかり夜になっているじゃん!? 説明が長すぎるよ……」


 黒の帳に覆われた街の中で、テオの呟きが闇の中に響いては消えていった。ヤレヤレ。

以上、『 主人公、傭兵になる 』の巻でした。

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