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第26話  そうだ、換金に行こう

祝! お気に入り登録100件突破!!


ありがとうございます。励みになります。

 さて。テオの件も一段落ついたわけだし、そろそろ――、


「換金しにいこうかと思う」

「――監禁……? 標的は誰? テオ?」


 俺の発言をどう取り違えたのか、何やら危ない単語を発したミラ。手が早いというべきか、言い終えた時には既に、近くにいたテオの口を塞いですらいた。

 ご丁寧なことにその手はテオの口ならず鼻までをも塞いでいるため、必然的に息が吸えない彼の顔は徐々に青く染まっていく。

 というか――、


「どうしてそういう考えになるっ!? そうじゃなくて、換金だ換金。これを売るの!」


 そう言って、懐から革袋を取り出した。今までの道中で倒してきた魔獣から剥ぎ取った換金部位――の中でも、特にかさ張らないと判断された物が入っている。

 いや、本当ならば剥ぎ取った換金部位を全部持ってきたかったんだが、そうなると俺達の両手が埋まってしまうため断念した。残りの分については馬車の荷物として預かり所に預けている。近い内に運び出さなくてはならないだろう。

 とはいえ、それはまた後日の話。

 とりあえず今は、この手元の換金部位を売り捌くことだけを考えるべきだろう。

 俺は手元の革袋へと目をやった。

 いくらかさ張らない物を選別したとはいえ、それでも革袋が張るほどの量を詰めているのだから手にかかる力はずっしりと重い。これなら結構な金額になりそうだ。


「とりあえず、コレを売り捌いて手持ちの金を作ろうと思う」


 入国の際に、俺達は手持ちの金を全て使い果たしてしまっていた。預かり所に行けばまだ金は残っているとはいっても、ゲザさんから受け取った金が元の半分しか残っていない現状、それを使ってしまうのは拙い。

 簡単に言えば、ゲザさんからの餞別金はいざという時のために取っておきたいのだ。

 とはいえ、俺達は人間だ。生きている以上どうしても金が必要になってくる。寝床然り、食事然り、旅の準備然り。

 それを賄うための、資金を手に入れようと俺は提案しているのだった。


「流石に無一文のままだとマズいだろ、色々と?」


 間違っても、そこらの路上で寝るなんて俺は嫌だからな?

 そうするしか他にないのならば諦めがつくが、それ以外の方法がある現状、ホームレス紛いの生活を選択する理由はないだろう。

 なにより、たまにはふかふかの柔らかいベッドで眠りたいのだ!

 それ以外にも、旅を続けるのであれば糧食の準備や装備の新調にも資金は入用だろう。ここで換金しない手はない。

 ……俺の言葉に異論はないらしく、ミラは「そうね」と頷いていた。


「決まりだな。じゃあ、傭兵ギルドに向かうとしよう」


 傭兵ギルドでこの換金部位を買い取ってもらえるはずだ。テオがそう言っていたのだから、間違いはないだろう。

 最も、傭兵ギルドに向かうのは換金だけが目的ではないのだが――、まあ、その話は道中で済ませればいいか。

 俺は傭兵ギルドへ向けて足を進める。さっき見た地図が正しければ、この区画内に目的の場所はあるはずだ。

 ――だが、その前に。


「いい加減、テオを放してやったらどうだ?」


 俺との会話に夢中で、すっかり手元の彼の存在を忘れ去ってしまっているミラに対して一言物申しておく。

 呼吸という生きていく上で必須の行動を今の今まで封じられていた彼の顔は、真っ青という言葉を通り越して土気色と化していた。南無南無。






「案外、近かったな……」


 テオを治癒――ミラお得意のアレだ――した後、俺達は傭兵ギルド目指していたのだが、慣れない土地に迷うことなくすんなりと到着することが出来ていた。


「――というか、すぐ目の前にあったよね」


 テオの発言通り、傭兵ギルドは同じ区画内にどうこうという問題ではなく、すぐ近くにあった。具体的に言えば、大通りに面して反対側――ちょうど真正面の位置にソレは見つかった。

 なんというか、小さい子のお使いレベルの近さである。


「迷わずに済んで良かったわよね」


 そう言って、ミラが目の前の門に手を掛けた。

 テオの説明によれば、傭兵ギルドはよっぽど辺境の地でない限りどこの村にでも存在する、大陸屈指の大企業だ。

 業務内容はいたって簡単。依頼内容に応じた人材を派遣すること。現代における人材派遣会社のようなものだ。

 違う点があるとすれば、魔獣や無法者が蔓延る世である以上、求められるものは武力であることが多いということだろうか。時にはそれ以外のモノを求められる場合もあるため、一概にそうとは言い切れないのだが。

 さて。

 目の前の傭兵ギルド――アルト聖王国支部――は、一応支部という名目にはなっているものの、実質のところは大陸南部における本部のような位置づけとなっている。

 当然、その分建物の外観も豪華だ。派手というわけではないのだが、周囲の建物に比べて頭二つ程大きい三階建ての建物、しかも白塗りの建物は嫌でも目につく。

 門の上に飾られている物は、剣と杖の紋章エンブレム。傭兵ギルドの証であるソレは、まさに力の象徴とばかりに飾られている。

 その下で、『ギギギッ……』と目の前の両開きの扉が音を立てて開いていった。


「『傭兵ギルド アルト聖王国支部』へようこそ。ご依頼の方でしょうか?」


 扉を開くと真っ先に飛び込んでくる受付台。そこに佇んでいた一人の女性が、俺達の姿を認めるや否や言葉を発してくる。

 良い声だ。職業上、必要な技能スキルなのだろう。相手によく通るハキハキとした声を発するその受付嬢に対し、先頭に立っていたミラが「いえ」と首を横に振った。

 その声を自ら引き継ぐように彼女の前に立ち、受付嬢に要件を告げる。


「いえ。換金部位を買い取ってもらおうと思いまして」


 チラリと右手に握る革袋を受付嬢に見せる。

 その言葉と動作だけで目の前の女性には用件は通じたらしい。自分の正面を示し、「こちらへどうぞ」と案内を掛けてくる。

 その声に従い、俺達は足を進めた。ミラとテオも俺の後をついてきている。


 ――案外、狭いんだな。


 受付台の前に立ち、なんとなしに室内を眺める。そこで、真っ先に浮かんだ感想がソレであった。

 外観よりも、ココの室内は手狭なように感じる。扉を開けて真正面に受付があり、その右手には簡易の待合所、だろうか。小さなスペースに一台の机と六本の椅子が並べられているだけで、後は何もない。目立つ外観に反して、中身は案外質素なものである。

 いや、質素どころか殺風景だった。

 変わったところを強いて挙げるならば、その簡易待合所の奥に階段が見えるくらいか。恐らく、あそこから二階、三階と続いていくのだろう。とはいえ、ギルドの顔ともいうべき一階がこの様子なのだから、上階の様子もこことは大差ないのだろうと思う。

 そんなことを考えていると、どこからか分厚い台帳を取り出してきた受付嬢が話しかけてきた。


「上の階は簡単な食事の場になっておりますから、地味な一階よりも大分賑やかですよ?」

「……あー、表情に出ていましたか?」


 思っていたことをピタリと悟られたため、一瞬ではあるが言葉に詰まってしまった。考えが表に出てしまっていたのだろうか? なんとなく、この地味な一階で働いている彼女のことを貶してしまったようで微妙に気まずい。


「いえいえ。初めてココを訪れた人は、みんな同じようなことを考えるらしいですから。……実際、殺風景ですからね一階ココは。外観に負けているというか、なんというか……」

「――よく、俺達がここを訪れるのが初めてだって分かりましたね?」


 受付嬢の受け応えに疑問を感じた俺は、そのまま口に出して尋ねる。

 流石に、初めて見た顔だったからということはないだろう。ここは傭兵ギルド――しかも、大陸南部では最も大きい支店だ。当然ながら、ここには様々な人がそれこそ洒落にならないくらいの数がやってくるはず。そんな中で、一人一人の顔を把握するなんて不可能だ。


「それは分かりますよ。こんな殺風景な何もない場所を、あんな感じで眺めまわすのは初見の人くらいしかありえませんから。 ――あ、ここに換金部位を出してもらえますか?」


 なんとも簡単な答えであった。


「それもそうですね。――ハイ、コレです」


 受付嬢が何やら箱を受付台の上に置いた。彼女に言われた通り、俺はその箱目がけて袋の中身を全てひっくり返していく。


「……結構な量がありますね。これは鑑定に時間がかかりそうです……。――少しの間、お待ちいただいてもよろしいですか? なんでしたら、上階の食事処で軽食でもとられては如何でしょう? この時間でしたらお酒はまだ出ませんが、それでも安くて味もまあまあと近所では評判なんですよ?」


 どうやら、換金部位を引き渡してすぐに換金というわけではないようだ。彼女も言っていたが、鑑定とやらを行う必要があるのだろう。

 うん。待つこと自体に異議はない、が――、


「紹介してもらってなんですが、先ほど食事をとってきたものでして」


 大嘘だった。

 だって、先立つモノが――金が無いんだから仕方がないじゃないか。持たざる者に対して、世界は厳しいんですよ!?

 仮に無一文であるこの状況で、その食事処に行ってみるとしよう。


『いらっしゃい。何にします?』

『俺は水で』

『私も水を』

『僕はそうだなぁ。……じゃあ水をください』

『帰れ』


 そうなること間違いなしだ。そんな赤面ものな思いは味わいたくない。

 ――とはいえ、折角紹介してもらったんだ。その内、懐具合に余裕ができたらそこに行ってみるとしよう。


「そうですか? ……では、そちらでしばらくお待ちください」

「分かりました」


 促され、俺達は右手の待合室へと向かう。

 取り敢えず、ずっと立っているというのもおかしいだろう。徐に机の前の椅子を引き出し、腰を掛けた。

 他の面々の様子はといえば、俺と同じようなことでも考えたのだろうか。二人とも、手近な椅子をそれぞれ引っ張り出しており、そこに腰掛けていた。

 人間、身に付けた礼儀作法が日常の思いも寄らぬ動作の中で表に出てくるとはいうが、実際その通りだと思う。

 何故いきなりそんなことを話し始めたかというと、俺達の椅子の座り方が個々人で異なっているからだ。

 まずはミラ。その佇まいは流石の一言だ。背筋をピンと伸ばしたその姿は、外見の美しさも相まって、一種の絵画のような。そんな美しさ、神秘さを秘めている。

 貧しいとはいえ、民の数が少ないとはいえ、腐っても一つの国のトップ。万民から見られても恥ずかしくないようにと育てられた結果だろう。その姿からは、長年に渡ってその教えに従ってきたかのような年季といったものまでもが感じられる。

 驚くべきはテオだろう。俺の予想に反して彼は行儀正しく座っていた。てっきり、魔逆の光景ばかりを想像していたのだが……。

 その姿自体もなかなか様になっている。ミラ並とまではいかないが、誰の前に出しても恥ずかしくない程度にはその身に沁み込んだ佇まい。

 そして俺は――、机に肩肘を張って座っていた。だらしがない? すみませんね、礼儀作法がなっていなくて。

 目の前の二人と並べられると、なんとも分かりやすい対比の完成だと思う。


「…………」

「どうしたの? さっきからこっちをジロジロ見て?」

「――いや……」


 このままだと、なんだかまるで自分がだらしない人間であるかのように思えてしまう。

 既に若干気落ちし始めている俺の心根を誤魔化すように、視線を傍らの二人から別のところへ。


「コレは……ゴブリンの裂爪ね……」


 殺風景なこの室内だと、視線のやり場が二つしかないことに気づいた。

 一つは、傍らの仲間達。そしてもう一つは、台帳を片手にウンウンと換金部位を相手取って睨め合っている受付嬢。

 物によって基準となる値段が定まっているのだろう。まずはそれを調べ、次に物品自体の状態を調べる。

 欠けてはいないか。傷は付いていないか。保存状態は。箱や説明書はついているか――なんてことは流石に無いだろうが。玩具じゃあるまいし。

 ……とすれば、受付嬢が今手に持っている台帳は、おそらく換金部位の一覧なのだろう。

 双眸を換金部位と台帳の間を行ったり来たりさせている受付嬢を眺めながら、ぼんやりとそう思う。

 ふと。視線を彼女から少し横に動かしたところでソレを発見した。

 鉄製の扉。

 先ほどまでは受付嬢の影に隠れていて見えなかったのだろうか、彼女の後ろには一つの扉があった。

 そういえば、初めて中の様子を見た時に、外観に対してやけに手狭な印象を受けたことを思い出した。

 この一階には、もう一部屋存在したのだ。そう考えれば納得のいく。

 さしずめ、受付嬢を含むギルド職員の部屋だろうか。


 ――とはいえ。


 だからなんだという話である。今の俺達には特に関係のない話でしかない。

 言い換えてしまえば、ただの暇つぶしであった。

 さて。もうそろそろ目の遣り所が無くなってしまった。そろそろ鑑定は終わっただろうかと受付嬢の下へ視線を戻していくが――、


「爪の数が一本、二本、三本……九本。一本足りない……」


 ここは番町皿屋敷かなにかだろうか?

 ともあれ。何やらブツブツ呟いている彼女の様子を見る限りでは、鑑定が終わるのはまだまだ先のことになりそうだった。

「 主人公 換金 を 試みる 」の巻でした。


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