第2話 非日常よ、こんにちは
お気に入り登録がされている……だと……?
※まともな返事が返ってこない。どうやら作者は混乱しているようだ※
「ちょっと待ったぁ!」
背後からバタンという音と待ったコールがかかったのは、扉を閉めて、早々に立ち去ろうとしていた時だ。
その声に進む足を止め、振り返る。
両開きの扉が開け放されていた。どうやら、さっきのバタンという音はこの扉が開いた音だったらしい。
そして、その中央には両腕を開いた状態の、銀髪の美女が立っていた。おそらく、声の出所は彼女なのだろうと思う。
クールビューティーという言葉を彷彿とさせる外見の割には、豪快な発言だったなぁ、と俺が呆気にとられていると、その美女は俺にツカツカと近づいてきた。
「あのねぇ……」
ボソッと何やら呟きながら、美女は近づいてくる。
その一つ一つの挙動全てが美しい。多少――いや、かなり彼女の姿に見惚れながら、俺は美女の挙動を見守る。
「……」
近づいて来ていた美女が、俺の目の前に立った。この距離になるまで気づかなかったのだが、彼女の宝石の様に紅いその瞳は少し吊り上っている。その表情から、どうやら彼女は怒っているようだが……。
――えっ?俺、なにかした?
思い当たる節などあるはずもない俺の心の呟きは、当然ながら彼女に届くわけもなく。
彼女が右拳を握りしめ、振り上げる様子を見ていることしかできなかった。
そして、
「人の話はちゃんと聞きなさいよ!」
勢いの乗った拳骨が、俺の脳天に打ち下ろされた。
「――ったく。なんて我がままな女だ」
未だに痛む頭を摩りながら、俺は呟いた。いくら人の話を無視したからといって、何もここまでしなくてもいいじゃないかと思う。
クールビューティーなんてとんでもない。ただの暴力女だ、コイツは。
「何か言った?」
「いや、なんでも」
痛みの原因がこちらへ振り向いてくるが、そこは華麗に誤魔化し、俺は足を進めた。
向かう場所は、さっきの室内。思いっきり頭を殴られた俺は、暴力女に部屋へ入るよう命令されたのだ。
そこで女の言うことを断れるほど、俺は剛毅ではない。しぶしぶながらも、彼女の言うことに従う。
「だがことわる」などと言っていたら今頃は、あの女の拳で「オラオラ」されていたに違いない、などと考えながら俺は扉を抜けた。もしかしたら、「ひでぶ」の方かもしれない。
「…………」
広い室内だ。だが、どこか寒々しい印象を受けてしまうのは、ここには他の部屋以上に物が置かれていないからだろう。
唯一、灰色に汚れた玉座らしき椅子がぽつんと置かれているだけだ。
「さて、と」
玉座の前。正確に言うと、玉座へ続く段差の前に辿り着いたところで、彼女はこちらへ振り向いた。
「ここで待っていて」と言い置いて、彼女は段差を登っていく。俺の目の前で、彼女が着ている黒いドレスの裾が、歩みに合わせて揺れていた。
玉座の前までやってきた彼女は、そのまま玉座に座り、足を組む。
さっきは玉座に誰が座っているのか分からなかったが、どうやら人影の正体は彼女だったらしい。まあ、この室内には他に誰もいないことから、薄々は気づいていたのだが。
彼女は肘掛けに右肘を乗せ、甲の部分に自分の頬を乗せた。
窓から差し込む日の光で、彼女の長い銀髪は美しく輝き、絹を連想させる白いやわ肌はますます強調される。
俺が思わず見惚れてしまっている前で、彼女はゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「よく来」
「続けるのかよっ!」
思わず突っ込んでしまったが、仕方のないことだと思う。
一方の彼女はというと、眉をひそめ、「なんで止めるのよ。折角、昨日徹夜で考えたんだから、しっかり聞きなさいよ」なんて言ってきた。なんだそりゃ。
おまけに、言外に「従わなかったら、もう一回殴るぞ?」と言わんばかりに、しっかり握りしめられた左拳をゆらゆらと宙に揺らめかせていた。
脅迫かよ。
そのまま断ってもいいのだが、俺はその言葉に従うことにした。それで彼女の気が済むのなら容易いものだと考えたためだ。断じて、脅迫に屈したわけでも拳骨が怖かったわけでもない。
……ホントだぞ?
「では、改めて。――よく来たわね。ようこそ、我々の世界へ。歓迎するわ、異なる世界の住民よ」
「……」
「…………」
「…………」
――え?それだけ?
満足した様子の彼女とは対照的に、俺は内心で頭を抱えた。
これだけのために、俺は頭を殴られたのか……。やるせなさで、心が一杯になってしまいそうだ。
というか、アレで満足なのかアンタは。
まあここは、相応の対価を支払ったと前向きに考えることにしようと思う。
実際、彼女の言葉からいくつかの情報を引き出すことには成功していた。得るものもあったのだからと、自分を強引に、強引に、納得させる。大切なことなので二回言いました。
――さて。
どうだ、と言わんばかりに無い胸を張っている彼女を見ながら、俺は思考する。
彼女の言葉から引き出した、情報の欠片。それらを頭のなかで組み上げていく。
「…………」
組みあがった結論は、なまじ信用することが出来ない――いや、信用したくないものであった。どうしたものかと考える。
「……」
「…………」
――聞いた方が早いか。
その相手はもちろん、目の前に腰かけている暴力女のことだ。彼女ならば、俺が得ている情報よりももっと多くの事を知っているはず。それは、彼女の言葉からも窺える。
――よし。
決断したのなら、あとは行動するだけだ。俺は口を開く。
「なあ。いくつか質問していいか?」
「ええ、どうぞ」
俺が何か考え事をしていたことに気づいたのだろう。いつのまにか真剣なそれへと表情を変化させていた彼女が、俺の発言を促す。
彼女にはあまり真面目な印象は持っていなかったのだが、どうやら締める時は締める人物のようだ。 その凛とした表情は、指導者然とした雰囲気すら醸し出す。
彼女への印象を書き変えながら、俺は彼女へ問う。
「あんたさっき、俺のことを異なる世界の住民って言ったよな?――ってことは、やっぱりここは異世界なのか?」
「ええ、そうよ。貴方が住む世界とは異なる世界。それが、ココ」
「あ~、やっぱりそうだったか……」
今までの状況から、なんとなく理解はしていたのだが……。やはり面と向かって、「ここは異世界だ」と言われると結構ショックだったりする。
「あまり、驚かないのね?」
どうやら彼女からすれば、俺はあまり驚いているように見えないらしい。これでも、結構驚いているつもりなんだが……。
「ライトノベルではこういう異世界召喚モノって少なくないしな」
それに、今更なにをと言われるかもしれないが、いまいち実感が湧かないというのもある。
例えるならば、テレビあるいは新聞越しに事件を見ている感覚というべきか。
自分のことであるはずなのに、どこか他人事のように感じてしまう。
「……はぁ」
感覚が麻痺しているのだろうという結論にたどり着き、俺は小さくため息をついた。
「?」
首を傾げたのは、ライトノベルという言葉の意味が分からなかったためか、それとも俺のため息を目ざとく見つけたからか。おそらく前者だろう。
まあ、ここが異世界だというのなら、ライトノベルという概念が存在していなくても不思議ではないか。むしろ、小説の存在自体が怪しい。
「じゃあ、次の質問だ。俺をここへ召喚したのは、アンタか?」
「……どうして、そう思うの?」
俺が第二の質問を投げかけた瞬間、彼女を包む雰囲気が変わった。
姿勢はさっきと変っていない。玉座に座ったままだ。だというのに、彼女が一転して冷酷な人間であるかのように感じてしまうその理由は、彼女の眼にあった。
こちらを試すような眼。
こちらを品定めをするような眼。
俺は視線に怯みながらも、それに答える。
「アンタはさっき、徹夜で考えたんだからって言ったろう?これは、俺がここにやってくることを予め知っている人間にしか言えないセリフだからな」
推測に過ぎないけどな、と付け加える俺を見て、彼女はフッと微笑む。
「成程。身体能力が低かったから、どうしたものかと思っていたけれど……。少しは知恵が回るみたいね。ギリギリだけど、合格」
どうやら、彼女のお眼がねに適ったらしい。ギリギリだったらしいが……。
「ちなみに、不合格だった場合はどうなってたんだ?」
「邪魔だから消してた」
「……」
冷や汗、だらだらなんですけどっ!?
「冗談だけどね」
――冗談かよっ!?
悪趣味だな、とは言わない。言えない。
相手は他の世界から俺を召喚するほどの力を持つ人間だ。俺を消すことなど雑作もないことだろう。相手の不評を買わないように、俺は心の内のみで突っ込む。
うん、我ながら情けない。
「じゃあ、次の質問だ――です」
「敬語じゃなくていいわよ、別に消さないから」
そんなナチュラルに、消すとか言わないでもらいたい……。どうしたらいいか困るじゃないか。
ますます冷や汗を流す俺に対して、ミラはニヤニヤ笑っている。なんというか、遊ばれているなと思う。
――まあいいか。相手側から許可を出されたのだからタメ口でいいだろう。
「じゃあ、今まで通りで。――次の質問だ」
真剣な視線を彼女に送る。
今までの質問は、確認に過ぎない。ここまでなら、与えられた情報内で推測できる話だ。認めるかどうかは別として。
だが、この質問は違う。
俺は口を開いた。
「アンタは――何者だ?」
彼女は、俺のことを異世界の住民と言った。俺を召喚したのは自分だと言った。
ならば。
この女は何者なのか。この世界に召喚するだけの力を持つ、この女性は何者なのか。
大きな力を目の前にしての恐怖が、俺を包みこんでいた。
彼女は口を開く。
「そうね、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は――」
刹那、彼女を黒い帳が包み込んだ。
玉座に座る女性の背後から、待っていましたと言わんばかりに広がる黒い翼。黒い羽が宙を舞う。
その翼は彼女の背中から生えていた。断言しよう。彼女の後ろを歩いていた時は、こんな翼など生えていなかった。
さっきまで存在しなかった翼を瞬時に出現させる。それはまるで魔法のようで。
「私の名前は、ミラ・レム・クルレファ・ベルン」
翼の存在にすっかり魅入られてしまった俺に向けて、彼女はニヤリと笑った。
「――人々に、魔王と呼ばれている存在よ」
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