第25話 誓約と制約と成約と
今回は若干短いです。
あ、ありのままに今起こったことを話す!
テオは仲間に加えないという共通認識だったはずが、いつの間にかミラが心変わりをしていた。
な……何を言っているのか分からないと思うが、俺も何が起こっているのか分からなかった。
頭がどうにかなりそうだった……。
テオの話術だとか心の琴線に触れたとか、そんなチャチなものとは断じて違う。
もっと恐ろしい、秋の空のような女心の片鱗を味わったぜ……。
「戻ってきなさい」
「ハイ」
めざましチョップ一発で、現世へと連れ戻される俺。いやはや、彼女もすっかり俺の扱いが上手くなったものだよ。遠慮が無くなったとも言うが。
……じゃなくて!!
「どういうつもりだ? テオを仲間に加えるなんて!」
彼を仲間に加えるなど、早計にも過ぎる。
それは、彼の力量が足らないからではない。
確かにテオの戦闘能力は低い。
最近では聖剣を行使しての魔法が扱えるようになったが、それも多いとは決して言えない回数制限が設けられていることに加え、それを扱いこなすだけの経験が彼には足りていない以上、あまり戦力としては認められないだろう。
そのため、さっきはテオは邪魔になるだけと言ったが、実はそれは建前でしかない。実際のところは大きく違う。
本音を言ってしまえば、以前にも言ったことがあるのかもしれないが、現在の人員ではとても手が足りていない状況だ。
例え戦闘能力が低いとしても、テオが雑務を請け負ってくれるのであれば俺達の負担はその分だけ軽減され、戦闘に集中することが出来るだろう。
言ってしまえば、内助の功というものだ。
――だけど。
そうではない。戦闘能力云々が問題なのではない。それはあくまでも建て前でしかない。
俺達がテオの仲間入りを認められない本当の理由は、単に彼の人となりを完全に把握できていないことによるものだった。
即ち、真の意味で俺達の仲間になってくれるかどうか。ミラが魔王と知っても敵対しないでいられるかどうか。それに尽きる。
それを見極めないままにテオを仲間に加えると言ったのだ、彼女は。どの様な結論の下に下した判断なのかは知らないが、その考えは砂糖のように甘いと言わざるを得ない。
俺は若干語調が強くなっていることを自覚しながらも、目の前の彼女に問い詰める。
「あら? 私が『いつ仲間にする』なんて言った?」
だが。
彼女はそんな俺の言葉を、マタドールさながらにひらりと躱す。俺の台詞は闘牛か。
「ん? いや、でもさっき――」
「『旅についてくる』ことを誓約させるとは言ったけれど、『仲間に加わる』ことを誓約させるとは言っていないわよ?」
「???」
言葉遊び――ではないのか? 俺には両者の違いが分からないのだが……。
出来れば、もう少し詳しい説明プリーズ。
「詳しいもなにも、そのままの意味よ? 仲間としては認めないけれど、旅についてくることだけは認めるっていうこと。お互いに旅の目的を詮索しないという制約を絡めておけば大丈夫なんじゃないかなと思うの。期間は――そうね。この国を発って、次の国に到着するまでとかでいいんじゃないかしら?」
「あー、それなら……。いや、でもそれって根本的な解決になっていないんじゃないか?」
どちらかというと、問題を先送りにしているだけのような気がする……。
「そうせざるを得ないこんな状況を作ったのは、一体何処のどちら様かしら?」
「……ハイ、私です」
全ては、説明が足らなかった私めが悪いのでございます。
仕方がないじゃないか。あの時は、まさかその後も旅についてこようと思うだなんて想像もつかなかったんだから。
――考えが甘い? 仰る通りでございますよ、ハイ。
「――まあ、その追及は後に回すとして」
「後でするんだ……?」
「当然じゃない」
「当然なんだ……」
先のことを考え、まっ白い灰と化す俺。気分はまさに証言台に立つ被告人。それでも私はやっていない! いや、やったんだけど。
そんな俺とテオの間を何度か視線を行き来させた後、溜息を吐くミラ。
俺達の話が長すぎるためか、若干ではあるが手持ち無沙汰の様子を見せるテオを眺めながら、こちらに言葉を飛ばす。
「――それ以外の方法が思いつかないのよね。仲間に加えるとしても、彼がまだ本当に信頼に値する人物かどうか判断できていないし、旅の同行を断るにしても、私達が次に旅に出るまでの間、テオはずっと一人で暮らしていくことになるだろうし」
子供を一人にさせておくのは気が引けるわよね、と続けるミラ。
確かに、彼の今の様子からは誰かの世話になるという行動は取らないだろうということが容易に考え付く。
孤児院等の施設なども本人の先の言から、まず利用しないだろうと思う。
いくら大国のお膝元であるとはいっても、多少治安は良いとはいっても、どこの世にも悪党という存在はいるものだ。そういった存在からすると、常に一人で行動しているテオなどは格好の標的となるだろう。最悪、命の危険すらある。
それで死なれでもしたら、流石に夢見が悪い。
「馬車に忍び込まれても困るしね……」
だから、仲間に加えるのではなくて、条件付きで俺達の旅についてこさせる方が、実利や俺達の精神の安寧その他諸々の点から見て、最も妥当な案なのだと彼女は話す。
そう言われてみれば、彼女の言の方が正しいように思える。ただ一辺倒にテオの申し出を断るよりも、ミラが言うようにある程度こちらが折れることで、彼の手綱を引いた方がある意味安全である。
「……でも、なぁ……」
彼女の考えは分かった。
だが、それでも俺はミラの言葉に頷けないでいた。
さっきも述べたことではあるが、ミラの考えは問題をただ先送りにしているだけだからだ。結局のところ、彼女の考えは物事の根本的な解決には至っていない。
今の状況を切り抜けるだけならば、それでもいいだろう。だが、先の事を考えた場合、彼女の提案は間違いなく悪手だ。
テオの意思は異常と思えるほどに固い。そんな彼の想いが、旅の道中でコロッと変わるわけがない。それは希望的観測に過ぎない。
そんな彼のことだ。次の国に到着したとしても、今と同じように旅の同行を求めてくるだろう。結局は今と同じ状況に陥ってしまうだけだ。
ここはきっぱりと区切りをつけておくべきだと俺は思った。
そのことを、ミラに告げる。
「ミラの考えで行くと、なんだかんだでこの関係がズルズルと続いていってしまうことになると思うぞ? そうなることだけは、防いだ方がいいんじゃないか?」
言われたミラはその言葉を受けて、顎下に手をやりながら、ううん、と考え込む。
「――そう言われれば、そうね……。でも――」
「そこで提案なんだが……」
俺の言葉を受けて、考えなおすことにしたらしい。思考に耽りかけるミラに対して、俺は一つの提案を投げかけてみる。
なに、提案といっても大それたものではない。俺の脳みそはあくまでも凡人のソレなのだから、そう簡単にポンポンと新しい考えが思い浮かんでくるわけではない。
そもそもミラの出した考えは、大本の部分に関しては俺も賛成なのである。ただ、区切りというモノが存在していなかったから反発しただけで。
ならば逆に、その考えを土台に、区切りという一つの要素を付け加えてしまえばいいだけの話。
そして、それを容易に成し遂げるためのカギなる存在を、さっきのミラの話の中で俺は捉えていた。
「『誓約』の魔法を使ってみてはどうかな?」
俺の出した提案というものは、根本の部分ではミラの考えに相違ないが、それに『次の国に到着するまでの道中、俺やミラがテオのことを観察する。そのうえで、仲間に加えるに足る人物だと判断した場合はテオのことを正式に仲間として認める。だが、もしも旅の仲間としては不適当だと判断した場合は、以後の旅にテオは俺達についてきてはならない』という条件を付け加えた上で、誓約をかけるというもの。
まあ、簡単に言ってしまえば、『お試し期間』ということだ。その間に俺達はテオが信頼に足る人物かどうか見定めていくわけ。
若干、いやかなりテオにとっては不利な条件となってしまっているが、そのことを彼に伝えたところ、すんなりと彼は首を縦に振っていた。
あっさりとその条件を認めてしまったテオ曰く、チャンスを掴めただけ儲けものだと考えたらしい。
加えて、
「そのくらい条件が厳しい方が、逆に燃えてくるよ!」
と、意欲に燃えていた。これが若さか……。
「深呼吸して、心を落ち着かせなさい」
視界の奥でテオとミラが向かい合っている。俺はというと、彼女達の邪魔をしないようにと少し離れた場所に立っている。
……別に二人の逢瀬とかでもなんでもなく、誓約の最中である。
自然体のままで立っているテオに対して、ミラの方は少し辛そうだ。誓約の魔法を使用するためには、お互いの目を合わせなくてはならないからと、テオと同じ目線に立つために中腰の格好となっている。
そんな彼女の両手は、瞳が逸れないようにと彼の両頬に添えられており。
見る者から見れば、キスをしているように映るかもしれない。その場合、えらく歳の離れたカップルになるわけだが……。
いや、恋愛感情ではなく親愛感情によるキスなら問題ないわけか。
そんな、どうでもいいことを考えている間にあちらの準備は完了したらしい。魔法を構成し始めたのか、テオの体内の魔素が、彼女の体内の魔力が、激しく動き回る。
誓約は難度の高い魔法であるそうだが、術者がミラであるため、そこに不安材料など存在しない。成功の二文字が確約された魔法が、今、テオに対して発動した。
よく見てみれば、テオの体内に楔のように凝り固まった魔素――いや、魔法が微かに存在しているのが分かる。どうやら誓約は成功したようだ。
魔力の奔流が止み、その中心にいた二人が徐に離れる。ミラの高濃度の魔力に当てられたのか、彼女とは反対に今にも死にそうな表情を見せるテオ。
よろめく彼を支える。そんな新たな仲間(仮)に向かって、俺は呟いた。
「まあ、なんだ? ――改めて、よろしくな」
『主人公、テオを仲間(仮)に加える』の巻でした。