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第24話  厄介なヤツだよ、キミは

遅くなりました。申し訳ありません。

「テオ、どうしてお前がここにいるんだ?」


 口を噤んだまま何も話そうとしないテオに対し、俺は繰り返し話しかけた。

 向き合う俺とテオ。お互いの双眸は等しく相手側の相貌を捉えて離さない。

 ……改めて感じたことなのだが、テオの表情は真剣そのものだ。そこに遊びや冗談などの余計な感情は一変たりとも存在しない。

 いや、存在し得ない。

 それはつまり、今、彼がここにいるのは偶然の産物ではないことの証明となる。別れた後、偶々俺達に遭遇しただけだというのであれば、こんな表情を見せることはない。

 ……テオは自らの意思で俺達に付いてきた。しかも、確たる信念を伴って。

 つまるところ、そういうことなのだろう。

 その目的は――まあ、想像はつく。大方、俺達の旅にこれからも同行したいからだろうと思われる。

 まあ、テオを助け出した後、俺は『アルト聖王国に着くまでに、自分の身の振り方を考えておけ』としか言っていないわけで。決して『アルト聖王国到着後は俺達の旅についてくるな』とは言っていないわけだから、テオがそれ以降も俺達に同行しようと――同行したいと思うのも無理はないことなのかもしれないが……。

 はぁ、と内心で溜息を一つ。


 ――面倒なことになった。


 こうなってしまった以上、どの様な言葉を用いてもテオは簡単には諦めようとしないはずだ。そんなこと、目に見えている。

 人が一度こうだと決めた信念を捻じ曲げることは、言うほど容易いことではない。これならば、遊び半分の軽い気持ちでついてこられた方がまだマシだった。


「兄ちゃん達の旅についていこうと思ったからだよ……」


 想像通りの回答をありがとう。ヤレヤレ。


「――確か、アルティミシアさんと別れた時に、テオも一緒に行ったよな? だから、俺達はてっきりテオもあの場で別れたものだとばかり思っていたんだけど……?」

「あれはポーズだよ。そうでもしないと、兄ちゃん達は僕を孤児院かなにかに預けてしまうと思ったから……」


 孤児院!そういうのもあるのか……。

 ――というか、どうして俺はそのことに気付かなかったのかと、過去に戻って当時の俺を問い詰めたい。そうすれば、この現状は無かっただろうに……。いや、そもそもあの夜にテオを助けたのが間違いだったのか? でもなぁ、それはあんまりだろ……。

 ウンウンと悩み続ける俺を他所に、テオの独白は続く。


「――そうなったら、僕は身動きが取れなくなっちゃう。だから、あの時はアルティミシアさんについて行っているように見せたんだ。そうすれば、兄ちゃん達はそれ以上僕に手出しをしないと思ったから」

「確かにそうだけど……」


 その点だけで見れば、彼の言は正しい。現に俺達は、それ以上のアクションを取らなかったのだから。

 もっとも、それをされた側としては、あまり良い気分にはならないわけで。

 ……まあ、思うところは色々とあるわけだが、取り敢えずは話を進めよう。


「――それで? 孤児院に入れられることをテオは避けた。……それで、その後はどうするつもりだったんだ?」

「あ、うん。その後は、兄ちゃん達の後をずっとついて回る予定だった。その内、何か良いきっかけが見つかるかもって思って」

「きっかけ?」

「うん、そう。きっかけ。例えば、旅の仲間を探していたりしていれば、それに立候補したりだとか。他には、何か兄ちゃんが探し物をしていれば、ソレを先回りして探し出して、ソレを元に仲間に加えるよう交渉したりだとか……」

「そ、そうか……」


 何とも、行き当たりばったりな計画だ。いや、俺達が言えたことではないんだが。

 立候補しても断られるかもしれないとか、交渉した際に力ずくでその物品を奪われるかもしれないだとか、そもそもそんな機会が訪れないかもしれないだとかは考えなかったのだろうか?

 俺達の心根を見越しての計画なのか、それともまだまだ子供なだけなのか。――恐らくは後者なのだろうが。

 試しに訊いてみるか。


「もしも、そんな機会が訪れなかったとしたらどうしたんだ?」

「その時は、兄ちゃん達の――」


 と、そこで急に口を噤んでしまったテオ。何とも不自然なその言動に、俺は疑問を覚える。

 何か後ろめたいことでもあるのだろうか?


「その時は、何だ?」

「いや、あの、その……」


 問い詰めると、途端に挙動不審な様子を見せるテオ。

 間違いない。コイツは何かを隠している。


「怒らないから、言いなさい」

「――本当に?」

「ああ、本当だ。嘘は言わない。その時は――なんだ?」

「……うん。その時は、最終手段として兄ちゃん達の馬車にこっそり潜り込むつもり――痛ぁっ!?」


 台詞の途中であったが、迷いなくその頭頂に拳を叩き込んだ。

 何を考えているというのか、コイツは。

 馬車に勝手に潜り込むということは即ち、俺達は馬車に乗り込む人員の数を正確に把握出来ないということだ。

 そしてそれは、馬車に積み込む食料の数と日々の消費量との間に誤差が生じるということである。

 ……考えてほしい。通常、馬車に積み込む食料の数は、その時の人員の数とかかる日数から割り出して決定する。

 そこに、テオが勝手に潜りこんでいたとすれば。それによって、人員の――消費の数にズレが生じたとしたら。

 勿論、此方としても食糧は念を入れて余分に持っていくだろうし、そもそも俺達の馬車はそこまで大きくないからして、テオの侵入にいつまでも気づかないなどということはないだろうが……、それでも万が一ということもある。

 それだけではない。

 魔獣との戦闘の際、馬車が破壊されてしまうという可能性だってある。あるいは、テオが乗っていることに気付かないまま、馬車そのものを囮に使ってしまう可能性だって無いとは言い切れない。

 それだけのことを、知らないとはいえやろうとしていたのだ。これが殴らずにいられるか。


「お、怒らないって言ったじゃないかぁ!」


 俺の拳は中々に痛かったようだ。若干涙目になりながら、テオが抗議してくる。


「怒ってはいない。これは、教育的指導だ」


 ニヤリと笑って見せる。

 屁理屈だとテオが騒ぎたてているが、知ったことではない。

 テオがやろうとしていたことを考えれば、これくらいではむしろ軽い方だ。

 そう伝えると、彼は何やら考え始めた。おそらく俺の言葉の意味を考えているのだろう。

 なんだかんだ言って、テオも年齢のことを考慮するならば十分に賢いと表現できる人間だ。すぐに、その答えに行きつくことだと思う。

 だが、それは後にしてもらおうか。


「――話が逸れたな。取りあえず、テオの考えは分かった。それで、どうしてあの局面で出て来たんだ?」


 いや、正直助かったけどさ。


「え? あ、うん。あの後、兄ちゃん達の後をつけていたら、兄ちゃん達が商人に捕まっている姿が見えて……。それで、もしも此処で僕が助けたら、旅の仲間に入れてくれるかもしれないなって……」

「つまり、今がその機会だと思ったわけだな?」

「……うん、そうなるね」

「そうか。いや、助けてくれたのは有り難かったけど、それとテオを仲間に加えることはまた別の話だ」


 この際だから、しっかりと言っておくべきなのかもしれない。俺の言葉が足りなかったために、テオに俺達の仲間に加わりたいなどと考えさせてしまったのだ。あの場できちんと明言しておけば今の状況は生まれていなかったし、彼に甘い希望を抱かせるようなこともなかったはずだ。

 俺の責任は重い。

 だからこそ、この言葉を彼に告げる役目はやはり、俺が引き受けなくてはならないのだろう。


「いいか。俺達は、テオを仲間にすることは出来ない」


 そう、はっきりと告げた。

 これが、ただの旅であったのならば問題は無かった。例えば、俺達がただの傭兵などであれば、そのままテオを連れて行っても構わなかっただろう。

 だが、俺達の旅の目的は人族と魔族の融和。その目的を達成させるためには、あまり不確定要素を内に入れたくはない。

 アルト聖王国に入るまでと期間を限定したからこそ、テオを馬車に乗せたのだ。

 だが、ここで彼を馬車に乗せてしまえば、それこそずっと彼は俺達の旅に付いて回ることだろう。それだけは遠慮したい。

 酷な言い方をすれば、不確定要素を身内に入れる程の利点を、テオには見出せなかった。


「本音を言ってしまうけれど、テオを仲間に加えても俺達にとってプラスにはならないんだ。むしろ、邪魔になるだけ。……そんな奴を、仲間に加えると思うか?」


 俺の突き放すような言葉に、テオは表情を暗くさせる。悪いとは思ったが、こうでも言わないと彼が諦めることはないだろう。そう判断しての発言だ。


「――それでも、僕は……」

「ちょっと、いい?」


 今まで俺の背後で話を聞いていたミラが、そこで口を挟む。


「ふと疑問に思ったんだけど、私達の後をずっとついていくつもりだったって言ったわよね? ――お金とかはどうするつもりだったの? 貴方だって人間なんだから、飲まず食わずのままでは生きていけないでしょう?」

「それなら、しばらくはコレを売ったお金でなんとかしようと思っていたんだけど……」


 そう言って、テオが取り出したのは形見のナイフだ。入国の際に役立ったことで記憶に新しい、聖剣のカテゴリに含まれるナイフ。

 テオを助け出したあの日のことを思い出す。あの時、彼はナイフを大切に扱っていた。初め、俺がナイフを取り出した際にはソレを返せとも叫んでいたほどだ。それ程までに、彼はこのナイフに並々ならぬ思いを抱いていたはず。

 ……ソレを売るつもりだったというのだから、彼の意志の堅固さが窺える。

 まあ確かに聖剣であるそのナイフならば、多少の金額で売れる――いや、やっぱり駄目だな。売り手がテオでは、足元を見られて安く買い叩かれることが目に見えている。

 そういう意味では、彼が早まってナイフを売ってしまう前に話を聞くことが出来たのは幸いだったのかもしれない。


「そのお金も尽きたら、そこらの残飯でも食べて食いつないでいこうと思ってたんだけど……」


 ――おかしい。


 俺は、そこでようやく違和感に至った。テオが真剣な思いで俺達の旅に付いて行きたがっているということは分かった。分かったが……、


 ――これは異常だ。


 どう考えても、残飯で食いつないでまで旅に付いて行きたがるというのはおかしい。

 そもそも、魔獣が蔓延るこの世の中では、旅をすること自体が危険な行為なのだ。進んで、ましてテオの言うことをしてまで参加するようなことではない。それは、彼も分かっているはずなのだが……。

 これが、村全体から迫害を受けているなどの特殊な環境下なのであれば、まだ分かる。命の危険があろうとも、旅についていくことでその環境から脱することが出来るのであれば、そこに一縷の望みを掛けることは決して不自然な行為ではない。

 だが。

 だが、彼の身の回りの環境は、そこまで劣悪なものではない。

 そのままであれば、例えば孤児院等に入れてもらえれば、それだけで命の保証はされるのだ。なのに、どうしてそこまでして俺達に付いて行こうとするのか? いつ命を失うやもしれない旅についていこうと考えるのだろうか?

 まさか、彼にそう決断させるだけの何かが、俺達にあるというのだろうか? 

 ……テオの表情からは、そこまでは窺うことが出来ない。ただただ、此方に真剣な表情を向けるのみだ。


「ハァッ……」

 

 テオに見せつけるように溜息を零しながら、ミラはこちらへと目線を向けた。その目線には、「どうするの?」と問いかけの言葉が乗せられている。


「どうしたものかなぁ……」


 ポロッと口に出たそれが、俺の正直な感想だった。

 対するテオはというと、未だ折れぬ固い意志が容易に見て取れる。本当、どうしたものかなぁ……。


「――ショウ。耳を貸して」


 そんな折、傍らのミラが俺へと言葉をかけてきた。何か良い考えでも浮かんだのだろうか?

 話している内容がテオに届くことがないよう彼から少し離れ、俺は、彼女が指示する通りに片耳を彼女の口元に寄せた。


「あのね……」


 ミラの形の良い唇から紡がれた言葉は――。






誓約ギアスの魔法……?」


 彼女の口から俺の耳に届いた言葉は、初めて聞かされる魔法の存在を示すものだった。

 なんというか、重度のシスコンを患いそうな名前の魔法だと思う。効力は――まあ、名前からある程度の想像はつく。


「そう。誓約ギアスの魔法。対象の身体中の魔素に干渉して、その対象が告げた言葉に反する行動を取ることを禁じる高等魔法よ」


 要は、単なる口約束を絶対の強制力を持った契約に引き上げる魔法ということか。

 その後のミラの説明によると、その効果は術者にも依るのだが、中には誓いに反した行動を取った瞬間に対象の命を奪うものもあるという。そういう意味では魔法というよりも呪いの類に近いものかもしれない。


「――で?」


 誓約ギアスの魔法については分かったが、それがこの状況下に何の関係があるというのか。

 まさか誓約ギアスの魔法を使って、テオに今後一切俺達に関わらないよう誓わせるつもりなのだろうか。

 だとすれば、その考えはあまりにも拙い。

 さっきの説明を聞く限り、誓約ギアスの魔法はその対象が誓約内容を自身の口で告げなければならない。

 だが、今のテオが『今後、俺達に関わらない』なんて言うかと問われれば、答えはNOだ。

 まず間違いなく首を縦には振らないだろうし、誓約内容を口にすることはないだろう。

 武器で誓約するよう脅す? ……無理だな。

 忘れがちではあるが、ここは大国の中。

 こうして話しこんでいる今も、絶えず俺達の横を人が通り過ぎていっている中で、武器を翳すなんて愚かな手段を取るわけにはいかない。そんなことをしてしまっては余計な騒ぎに発展してしまう。

 いったい、ミラはどんなつもりでこの魔法の名を挙げたというのか。


「その誓約ギアスの魔法を使って、どうするつもりなんだ?」

「え? テオに誓約してもらうつもりだけど?」


 ミラに小声で尋ねたところ、ある意味で予想外の答えが返ってきた。

 駄目だコイツ、何も考えちゃいないぜ! 今のテオが誓約に乗るわけがないじゃないか!?

 だが、彼女はそんな俺の何とも言えない表情を見て、フフッと笑った。その表情からは確固たる自信が窺える。


「何を考えているのか――は分かるけれど、ショウの考えていることは間違いよ。私は、テオに『旅についてこない』ことを誓約させようとしているのではなくて――」


 そこで、彼女はテオを見た。

 僅かに細められた双眸が、目の前の少年を射抜く。

 その視線に込められた感情が何なのか。それは、俺には分からない。


「――テオに『旅についてくる』ことを誓約させるつもりなのよ」


 そう、彼女は言った。

『主人公 テオと 話をする』の巻きでした。

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