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第22話  ミラ御一行様、入ります

最近、文字数が多くなっているような気が……。


どうでしょう? このままで大丈夫でしょうか? 


それとも、こまめに切ったほうが読みやすいですかね?

 アルト聖王国は、大陸でも五本の指に入る程に繁栄している国だ。大陸南部に位置する国の中でと限定するならば、間違いなく最も栄えている国だと言える。

 大陸南部には魔族が住んでいるという理由から、この地方は総じてまだまだ未開地の域を出ず、国々の発展速度も遅々として進んでいない。

 だが、その中でアルト聖王国が唯一他の大国と比べても遜色ない発展を遂げることが出来ているのは、その歴史と文化によるものである。

 古くは初代勇者の仲間であり、今は賢者の列にその名を冠されている大魔導士アリシア。その彼女が戦後、生涯を通して仕えたのが自身の出生国でもあるこのアルト聖王国だ。もっとも、当時の名称はただのアルト王国だったのだが。

 どこにでも転がっているような貧しい国の一つだったアルト王国がここまで発展できたのは、間違いなく彼女の恩恵であるといえる。

 これは現代――この世界の、だぞ?――に至っても変わらないことであるが、人族の希望の象徴である『勇者』は想像もつかないようなネームバリューを持っている。元の世界で考えるならば、セイヴァーもとい世界三大宗教の開祖を思い浮かべるといいだろう。それくらいの求心力を持っている。

 それは、その『勇者』の仲間であった大魔導士アリシアも同様だ。そんな彼女が仕えた国なのだから、当然のことながら人々は其処に集まる。それこそ彼女の姿を一目見ようとするミーハーな者から、彼女と共に働きたいという志を持った者まで、実に様々な者が当時は集まったらしい。

 そして、人が集まればそれだけ金を落としていく。当然のことだな。

 だが、それだけではここまで国は大きくならない。国を発展させるには、そんな一時的なものだけではなく、もっと長い期間に渡って人が集まる『何か』を作らなければならない。

 それを彼女は作り出した。自身の知名度によって集まった幾許かの資金を元手に、その『何か』を作り出したのだ。

 それも長期間に渡るなんてものではない。半恒久的に渡るであろう『何か』――即ち、『宗教』という存在を。

 もっとも、その宗教には元の世界のものとは違い、絶対的な力を持つ『神』の存在がない。これは世界の在り方自体が違うからだろうな。

 俺はここに、魔法の有無が関係していると考えた。人間の力ではおよそ為し得ない、神秘を現界させる魔法が実在するこの世界だからこそ、数こそ限られるものの人間がその力を有しているからこそ、人々は神の存在を願わなかったのではないかと。

 では、この世界の宗教とは何を崇めているのかというと……なんていうことはない。『神』の存在に並ぶ存在があるのであれば、それを崇めるというただそれだけのこと。つまりは、彼らが崇めるのは「人間」。その中でも英雄――『英霊』と呼ばれる存在だ。

 案外、この世界の宗教は俺達の世界でいうところの『神道』に近いものがあるのかもしれない。

 幸いに――といっていいものかどうかは分からないが、アルト王国は大陸南部……詰まる所、代々に渡って魔族との戦争の最前線となった地域だ。人族における天敵との大規模な戦いが幾度となく行われた場所なのだから、その中には後世に残るような活躍を為した者の存在――それこそ、後に『英霊』として持ち上げられるような存在――も少なくはなかったのだろう。……言い方は悪いかもしれないが、崇める存在には事欠かないとすら言える。

 まあ、そんなわけで。アルト王国は大魔導士アリシアが生み出した宗教における聖地であるという名目を外に示すために、自らの国名に『聖』の文字を付け加えた。それが、アルト聖王国の誕生の由来だという。

 それからのアルト聖王国は、アリシアの存在と『宗教』における聖地の役割を以て順調に発展をし続け、最終的に大陸有数の大国へと至ったのだという。

 

 ――って、テオが言ってたよ!!


 余談だが、初代勇者の仲間であり『宗教』の開祖ともいえる大魔導士アリシア自身も、その『英霊』の枠の中にしっかりと並べられているという。

 『賢者』でありながら『英霊』でもあり、『開祖』でもあるなんて凄い人だよな。




 さて。俺は現在そのアルト聖王国――の橋近くにある、馬車の停留所の受付小屋にいる。入国の際は、この停留所に馬車を止めていく規則があるのだそうだ。

 近くの窓から見える光景からは、豪華なものから貧相なものまでと、実に多種多様な馬車が並んでいるのが見える。その数の多さは、流石は大国というべきか。

 そこから更に天へと見上げてみると、太陽は最頂点に近い場所まで昇っていた。……ということは、俺はおよそ一時間近くもの間、この場に留まっていることになる。

 勿論、その一時間という貴重な時間を俺は無為に過ごしていたわけではない。

 窓から目の前へと視線を戻す。そこには、俺を今の今までここに拘束し続けていた一人の猛者が立っていた。


「……」

「…………」


 カウンター越しに、俺達はお互いに黙りあう。片方はその手に持つ紙を前に沈黙を続け、もう一方は肩身の狭さに沈黙を余儀なくされる。ちなみに後者が俺だ。

 もう何度やり直した分からないくらいに訂正に訂正を重ね、幾多の書き直しを経た一つの結果が、提出書類として彼の手に握られている。

 この馬車の停留所自体もアルト聖王国が運営している公的機関の一つだ。そこらの民間の停留所などよりも値段や信用に優れている分、使用する際はどうしても今のように書類を提出しなければいけないというデメリットもある。

 流石に無断で停留させて国に睨まれるわけにもいかず、俺は馬車の所有者として慣れない異世界の文字を使って書類を制作し始め――、そして今に至る。


 ――こんなことになるなら、もっと勉強しておけばよかった……。


 もしくはミラに任せれば良かった。というか、どうして俺がここに立っているんだろうか? 馬車の持主はミラじゃないのか?

 そうは考えても後の祭り。薄情なことに誰も助けに来てくれない以上、俺は独力で頑張るしかない。とはいえ、何度も提出してはその度に誤字を見つけられて突き返されて――の繰り返しをかれこれ一時間以上だ。いい加減疲れたよ、パトラッシュ……。


「ハイ、結構ですよ」


 その一言を受けてようやく、俺は安堵の溜息を吐いた。

 その胸に湧き上がるものは、「やったぞ!」という達成感。苦労はしたものの、苦心はしたものの、数え切れない程の書き直しの末に俺は無事に書類を提出することに成功したのだ。

 思わずニヤけてしまう顔の筋肉を自覚しながらも、俺は意気揚々と振り返る。



 ……そこには壁が出来ていた。



 いや、正確にいえばそれは無機質な壁などではなく、肉の壁。ズラリと並ぶ人の列、列、列。

 俺の後ろには長蛇の列が出来上がっていた。


 ――何コレ。最後尾が見えないんだけど。


 そういえば、この国は大陸南部では最も栄えている国だってテオが言っていたっけ。ということは、その分、俺達のようにこの国を訪れる人も多いわけで……。


 ――ああ、なるほど。そういうことか。


 つまりこれは、順番待ちの列なわけだ。通りで列に並ぶ皆が俺のことを睨んでくるわけだ。俺があまりにもモタモタしていたものだから、腹を立てているんだな?


 ……はい、ごめんなさい。すぐに退きます。


 肩身の狭い思いを抱きながら、俺はコソコソと列から抜け出した。……周囲からの突き刺さるような視線をヒシヒシと感じながら、俺は居た堪れない思いでそのまま馬車の停留所を抜け出す。

 人の列の終わりは、未だに見ることが出来ない。受付小屋から列が飛び出している様を見て、俺は自分の行為が如何に他の旅人に対して迷惑をかけていたのかということを改めて実感した。

 今度からは、きちんと文字の勉強もしようと、心に固く誓う。


 ――しかし、皆はどこに行ったんだろうか?


 周囲を見渡してみるが、目的の姿は見られない。てっきり、小屋の外ででも待っているのだろうと思ったのだが……。

 流石に、俺を置いて入国しているとは考えにくい。そうであってほしい。となると、この近辺にいるはずだと思い、俺はミラ達の捜索を開始する。

 果たして。目標の姿はあまり時間をかけずに見つかった。




「お、いたな」


 アルト聖王国の城門前に架けられている橋の前でミラ達を発見した俺は、そちらへ向かって駆け出した。

 足を踏み込む際に返ってくる硬い感触が、俺が走っているのは石畳の上なのだと――土ではない、人工的に造られた地面なのだと実感させてくる。かつてはこの硬い感触をこそ当然のモノと思っていたはずなのに、今では違和感を覚えてしまうそんな自分自身がどこかおかしくて、自然と笑みが零れ出た。

 一方、視界の中のミラ達は俺を待っていてくれているのか、その場から動こうとしない。立ち止っている彼女達の姿に、通り過ぎていく人たちが不思議そうな視線を向けていた。


「お待たせ。ごめんな、待たせて」


 「お待たせ」の言葉では済まされない程に待たせていた気はするが、そこは無視だ。アレだ。こんな俺に書類を任せた彼女達にも責任があるということだよ、ウン。

 俺の姿を認め、「遅いよ」と文句を言いだすテオに、「お疲れ様でした」と労ってくれるアルティミシアさん。そんな彼らに対して、微笑を浮かべながら軽く手を上げることで返事と為す。


 ――ん?


 はてさて、ミラからのアクションが無い。俺はてっきり、「遅かったわね。何を遊んでいたの?」なんて、開口一番で告げられるとばかり思っていたのだが……?


 ――まさか、怒りのあまりに無視を決め込んでいるとか?


 恐る恐る、彼女の様子を窺ってみる。

 ……素直に自分の感情を表に出している乙女の姿がそこにはあった。

 そこに浮かぶ色は、驚きや羨望といった複数の感情が入り混じったモノ。

 滅多に見られないミラのその表情に、俺の動きも思わずピタリと止まる。そんな俺の様子を見かねたのか、テオがススッと近づいてきて現状を説明してきた。


「ついさっきまで荷物の積み下ろしをやってたんだけど……」


 ああ、そういえば俺が書類を書いている間に、他の皆で荷物を降ろしておく話になっていたっけ。すっかり忘れてた。

 その後は確か、停留所の受付小屋の近くにある荷物預かり所で荷物を預ける手続きを済ませておく段取りだったか。

 彼らがここにいるということは、手続きは既に終えてあるということなのだろう。俺とは違って、再提出を何度も命じられないだろうし。


「しばらく待っても兄ちゃんが来なかったから、もう置いていっちゃおうっていう話になって――」

「待てぃ」


 俺の扱いが酷くないか? そこはせめて、俺に一言言ってからにするとかさぁ……。


「――まぁ、いいや。遅かったのは事実だし。それで?」

「う、うん。それで、橋の前までやって来たんだけど……、そうしたらいきなり――」


 テオが視線でミラの姿を指し示す。


「動かなくなった、か?」

「そう」


 テオの説明に対し、「なるほどな」と呟きながら件の彼女の方へと視線を向ける。

 依然、ミラは手を口に当てて立ち止まっている。時たまその口から洩れるものは、感嘆の溜め息だ。その視線は自身の目の前――即ち、橋の方へと向けられていた。

 その視線の先を追いかけてみた俺は、思わず「うへぇ、凄い人数だなぁ」と口に出してしまう。

 瞳に映るものは、見渡す限りの人、人、人の波。さっきの行列など目ではない程の、何処かでコンサートでも開かれているのかと思うくらいの、長蛇の列がそこには広がっていた。

 おまけに、入国する人と出国する人が入り混じっているのだから、そこはまさに混沌の権化と化している。


「ははぁ、なるほどな」

「なにか分かったんですか?」


 ミラが固まった原因に見当をつけた俺の呟きを、アルティミシアさんが拾い上げる。「いえ、大したことではないんですけどね?」と前置きをして、


「俺達は田舎者ですからね。加えて、ミラは今まで王都を訪れたことがないわけですし……。こういう人ごみは見慣れていないんでしょう」


 一応、元々の俺は現代社会で暮らしていた身だ。多少の人ごみならば見慣れているし、コンサートの様子というものも知っているわけだからそこまで驚かない。

 だが、ミラは違う。人口の少ない魔族の集落では、こんな人が文字通り群れる光景は見たことがないはずだ。

 人が溢れているという、生まれて初めて見る光景に目を奪われてしまっても仕方のないことだろう。


「そういえば、初めて王都を訪れた方は例外なく驚かれると聞きます。ミラさんもそういう――?」

「――でしょうね」


 アルティミシアさんの言葉に、苦笑を浮かべながらも頷き返す。


 ――さて、この田舎者を正気に戻したら……行きますかね。


 視線は前に、心も前に。向かう先は、橋の向こうにあるアルト聖王国へ。

 長い旅を経て、俺達はようやく目的地に着いたのだ。ここからようやく、俺達の本当の意味での旅が始まる。

 心が奮うのも、当然というものだ。

 だから俺は――、


「ほら、いい加減戻って来い」


 そう言いながら、ミラの脳天目がけてチョップを繰り出す。テレビの修復よろしく斜め四十五度の角度を意識して放った手刀は、狙い違わずに目的地に到着した。




 馬車の手続きを終えたなら、その後は大した時間もかけずに入国することが出来る。……そんな風に考えていた時期が、俺にもありました。ええ、ありましたとも。

 あれから長蛇の列の中で揉まれること、およそ一時間程度。その間ずっと俺達は陽の光りの下で待たされっぱなしなわけ。

 

 ……どうしてそうなったのかということを説明する前に、まずはこの国の地形について説明しておこうか。

 南の城門前に河が流れている以外は、周囲に平地が広がっているアルト聖王国には、門戸が幾つも設けられているわけではない。それどころか、入口は南方に一つだけという有様。俺達が今渡っているこの橋を除けば、後は高い城壁が国をぐるりと取り囲んでいるわけだ。

 結果、その一つしかない入口に人が殺到することとなる。小さな国ならばそれでいいだろうが、アルト聖王国は先も言ったとおり大国だ。入国を求める人の数は、文字通り膨大なものとなっている。

 おまけに、この橋も跳ね橋ときたものだ。ちなみに、跳ね橋というのは城門前なんかにある可動橋のことだ。架けられた状態のままで固定されていない橋のこと。いい例えが思いつかないからアレだが、ドラクエⅤのラインコッドの橋なんかを想像してもらえればいい。

 ――で、橋の話に戻るが、この橋は陽が沈む頃には上げられてしまうとのことだ。つまりは、夜間は入国ができなくなるわけ。その時間帯にこの国を訪れた者は、残念ながら対岸の城を眺めながら、日が昇り、橋が再び架けられるのを待つしか出来ない。

 結果、夜間に入国できない分、昼に入国しようとする人の数が更に多くなってしまっている。


 ――以上が、今、俺達が立たされている状況の背景にあるものだ。……いや、分かってはいるんだ。この措置は必要なものであるということくらいは。

 城を囲む城壁も、夜には外されるこの跳ね橋も、全ては防衛のためだ。魔獣の襲来を防ぐためには必要であることくらい、俺にだって分かる。

 だが、それでも一言申したい。時間がかかり過ぎだと。入国するのに一体何時間待たせるつもりなのかと。

 ……書類を書くのに一時間もかけた俺が言えたセリフではないですね、ごめんなさい。




「まだかよ……」


 思わずそう呟いてしまった俺の心境も察してほしい。芋を洗うようなこの混雑の中では、ただ立っているだけでも体力を消耗するのだ。狭いし息苦しいし、誰か助けてくれ。

 それに加えて、俺に向けられる周囲の野郎達からの視線の厳しいこと厳しいこと。体力だけでなく、精神力までもがガリガリと削られていくね!

 その視線の原因は、俺にやや寄り掛かる形で歩いているミラの姿だ。人ごみの中を歩くという生まれて初めての体験で、予想以上に体力を奪われてしまったらしい。

 まあ、こういうのは持久力みたいなものとはまた違う体力を消耗していくからな。慣れない彼女には厳しいことだろう。俺に支えられながらおっかなびっくり歩みを進めていく彼女の姿は、見ていて微笑ましいとすら思う。

 ……だが、そんな俺達の姿も他所の男どもから見ると、まるで公衆の面前の前でイチャついているように見えるらしい。さっきから言葉と視線の暴力が俺のガラスハートに突き刺さっていく。


「ちっ、こんなところでイチャつきやがって」

「くそっ、俺にも彼女がいれば……!」

「――いい尻してやがる」

「羨ましいなぁ、こんちくしょう」


 なんか途中で聞こえちゃいけないワードを拾ってしまった気がするが……、勘違いだよな? あるいはミラに対する言葉だったとか。

 うん、きっとそうだ。だから、さっきから向けられている俺の臀部への視線は錯覚なんだよ! そうに違いない。


「ああ、そろそろみたいですね」


 だから、前を行くアルティミシアさんの一言で憂鬱だった気分が晴れたのは、ある意味で当然というものだった。

 見れば、もう城門も間近に迫っており、その途方もない大きさを改めて俺達に示している。彼女の言うとおり、もう少しで入国できそうだ。


「――では、ショウさん。帯刀許可証の準備をお願いします」


 ……。

 …………。

 ………………。


 ――ハイ?


「帯刀許可証、ですか?」


 なにそれ。アルト聖王国に入国するには、そんなものが必要なのか?


「ハイ。ショウさんのように長物を持った人が大きな国に入国する際は、必ず提示するよう大陸全土で定められているのですが……」


 首を傾げながら、その視線で「もしかしてお持ちでないのですか?」と問うてくるアルティミシアさん。

 はい。イエス。その通り。残念ながら、唯の一片もお持ちではありません。というか、その存在すら知りませんでした。

 念のため、傍らの魔王さんに視線を向けてみるが……、あぁ、こりゃあ駄目だ。帯刀許可証の存在を初めて知ったっていう顔をしているわ、この人。


 ――って、駄目じゃん!?


「ええと。ちなみに、その帯刀許可証っていうのはどこで貰えるんですかね?」

「そうですね……。流石に小さな村には無いでしょうが、大抵の町にある国の役人や騎士が務める城などの国営施設に代金を払って申請すれば、幾つかの手続きは必要ですが、用意してもらえます――って、こういうことを聞いてくるということは、お持ちでないということなのでしょうね……」

「まあ、そういうことになりますね……」


 深く、深ぁく溜息を漏らすアルティミシアさんに対して、つつと視線を逸らす。

 だってしょうがないじゃない、異世界人だもの。


「私もうっかりしてました。お二人とも強いですから、てっきり傭兵か何かだと思っていまして……。傭兵の方でしたら、帯刀許可証は必要ありませんから……」


 今後のことも考えてアルティミシアさんの呟きを脳内に刻みつつ、俺は頭の中で付近の地図を思い描いていた。ええと、アルト聖王国から一番近い町は――って、一番近い町でも片道三日はかかるのか。流石に面倒だな。

 もしもここから近い場所にあるのなら、その帯刀許可証を手に入れてこようかとも考えたんだけども……。


「ちなみに、その帯刀許可証を持っていなかったらどうなるんでしょう?」


 腰に備え付けた双剣をちらりと見やりつつ、アルティミシアさんに尋ねる。万に一つでも厳重注意程度で済むのならば、そのまま進んでしまおうかと思ったからだ。

 まあ、その可能性は低いだろうけれど。


「そうですね……。その場合、武器は没収の上、収監されると思います。ただ、収監とはいっても一時的なものですから、罰金さえ払ってしまえばすぐに釈放されると思います。ですが……」


 そう言いつつ、彼女もちらりと双剣へと視線を送り、


「見たところ、その剣は業物の様子……。ならば、もしかしたらその武器に関しては何らかの理由を付けられて、返ってこない可能性がありますね」

「ですか……」


 さしずめ、帯刀許可証も持っていない者がこれだけの業物を持っているはずがない。盗品の可能性がある、とでもいったところだろうか。

 勿論、俺やミラはこれが盗品ではないことを知っている。――が、それを証明する手立てがない。加えて、どの組織にも腐った心根を持つ者は存在すると。

 アルティミシアさんの言っていることはつまるところ、そういうことなのだろう。それが人間の常とはいえ、困ったものだ。


「――となると、そのまま進むという案は却下ね」


 そう切り出してきたのは、傍らのミラだ。ちなみに、彼女の得物は本来ならば身を守るための籠手であるからして、帯刀許可証を取得する必要はない。


「偽造できないかな?」


 人による荒波に俺達以上に苦戦しているテオが提案してくる。長物ではなく短剣が得物であるテオ自体も、帯刀許可証はこれまた必要ない。

 つまるところ、今回のトラブルもまた俺が原因となっているわけだ。うう、皆、ごめんよぉ……。

 やっぱり、どこか呪われているんじゃなかろうかと自身に疑惑の目を向け始めた俺の耳に、アルティミシアさんの声が聞こえた。


「それなら簡単に出来ますけれど――」


 簡単に出来るって……それって、証明証の意味が無くね?

 話を聞く限り、その帯刀証明証というものは、長物を持つ人の出入りを制限することで国の治安を高めるためのものとのことだが――、そんなものが簡単に用意出来るようでは、ソレが存在する意味がないように思うんだが……?


「まあ、国の安全のためと謳われてはいますが、実際のところは国家の収入源以外の何物でもないですからね」


 多少は治安維持にも役立っていますけれど、と彼女は付け加える。だからこそ、民衆も金を巻き上げられている実感こそあるもののソレに反発できないのだとも。


「っと、話が逸れました。証明証の偽造に関してですが……、必要な資金は割高になりますが、余計な手続きも必要ではありません。ただ――」

「ただ?」

「時間はかかりますね。本来は裏の人達が利用するものですから。そもそも、偽造屋自体を発見しなくてはなりませんし」

「却下で」


 俺達が探しているのは、『今』入国するための手段だ。時間がかかってしまうのならば、遠慮したい。

 ――というか、どうしてアルティミシアさんはここまで裏の事情に詳しいんだろうか?


「……なら、色仕掛けごめんなさいもう言いません許してください」


 俺の発言は女性陣二人によるブリザード級の冷たい視線によって無かったことにされた。


 次に、「お金で解決できないかしら?」と賄賂の提案をしてきたのはミラだった。少しは人ごみにも慣れてきたのか、俺に寄り添ってはいるものの、足運び自体は多少マシになってきている。

 しっかし、俺にぴったり寄り添う形になっているにも関わらず、双つの丘の感触が全くといって俺に伝わってこないのはどうしたものか。普通ならば少なからず――、


「少なからず、何?」

「ナンデモナイデス、ハイ」


 喉元にぴったりと爪先を突き付けられ、おまけに耳元で静かに話しかけられました。っていうか、刺さってる! 先っちょが刺さってますよミラさん!?

 精一杯の反省の色を視線にて訴えかけると、「フン……」と呟きながら、彼女はその腕を降ろしていった。その爪先に付着している若干の赤粒が実に生々しい。

 おまけに今のミラの行動が周囲の人からすると、ミラが俺にキスしたように見えたらしく、周囲から襲いかかる負の圧力が一段と高くなった。勘弁してくれ。

 というか、何故考えてることがバレたし。


「声に出てたよ、兄ちゃん」

「――マジで……?」


 少年の言葉に戦々恐々となる俺の視界の隅では、アルティミシアさんがミラの提案を受けて考え込んでいた。


「出来ますね……」


 その口から生まれ出たものは、肯定の言葉。それを受けた俺とミラの表情に、喜びの表情が生まれる。

 何せ、俺達には切り札『ゲザさんからのお小遣い』があるからな! 流石に金貨が百枚あれば十分だろう。

 ……切り札が他人任せとは情けないが。

 だが、その感情も次に告げられる言葉を持って下げられることになる。


「出来ますけれど……。憲兵達に目をつけられることになりますよ? まず、許可証を持っていない人が賄賂を掴ませるだけのお金を持っていること自体が異常ですし。おそらく、それから後も強請られ続けると思われます。そういう人は何かしら後ろ暗いことを秘めていますから、彼らの申し出を断ることもできないでしょうし」

「それは――、勘弁してもらいたいなぁ」


 如何に大金を持ち得ているといっても、限度がある。そういう場合、金を支払えなくなったが最後、何らかの理由を付けられては捕まってしまうのが目に見えている。なんとか後腐れ無くこの場を切り抜けることができればいいんだが……?


「せめて、賄賂を掴ませるに足る何らかの理由があればいいんですが……」


 そう呟くアルティミシアさん。成程、衛兵たちを納得させるだけの理由か……。

 最早、この人の波も前に残すところ十組となっている。城門に近づいてきたのだ。そこでは二人の衛兵達が長槍を手に、無手の人間を通し、あるいは長物を身につけている人物からは何らかの用紙を受け取った後に門の中へと通している。恐らく、今の用紙が『帯刀許可証』なのだろう。

 そんな彼らの姿を眺めながら、この場を切り抜けるにはどうすればいいか。その方法を模索していった。


 ……考えろ、俺。

 

 もしも、もしも俺が彼らだったとして。どんな人ならば、帯刀許可証を持っていなくても構わずに通そうと考えるだろう?

 衛兵や騎士――つまるところ、同僚だな。それならば、証明証を持っていなくても構わないはず。

 次に……貴族だな。貴族ならば、危険に備えてあるいは見栄えのために帯刀していてもおかしくはない。そして、己の権力を笠に入国させるよう迫ることが出来る。問題は、俺に貴族としてのオーラが微塵も存在していないことだ……。

 そして、貴族の護衛か。護衛というならば、常に帯刀していなくてはおかしいからな。この場合はミラかアルティミシアさんを貴族だと偽ることが出来れば、それに乗じて入国することもできるだろう。


 ――さて……?


 衛兵や騎士という線は無いだろう。「お前の所属は?」などを掘り下げて聞かれてしまっては、対処のしようがないからだ。

 となると、貴族やその護衛という線になるのだが……。

 問題は、どうソレを証明するかだ。正確にいえば、どうソレを偽造するか。

 言うまでもなく、俺達は貴族ではない。そんな俺達が貴族であるという理由を盾に入国しようとするのならば、貴族であるということを証明しなければならない。

 そして、これが最も重要な部分ではあるのだが、それを証明するに足る要素というものを俺達は持ち得ていない。要するに、


「手詰まり、か……」


 隣を見れば、ミラも俺と同じく浮かない表情を見せている。それはつまり、彼女も良い案が思いつかなかったということ。

 これはどうやら、近くの町に行って帯刀証明証を取得してこなければならなそうだと俺の考えが至った時、彼女はぽつりと呟いた。


「――ショウさん、お金はありますか?」

「え? ああ、ここに」


 アルティミシアさんの言葉に、腰に掛けた財布代わりの袋を取ってみせる俺。中に入っているものは勿論、ゲザさんに貰った金貨達だ。流石にその全てを入れているわけではないが、それでも二十枚程中に入っている。


「それを貸してもらえますか?」

「あ、ああ……。どうぞ」


 アルティミシアさんのその思いも寄らない迫力に、俺は彼女の言うがままに金貨の詰まった袋を差し出す。


 ――ええ。向こうの世界では、よく不良たちにカツアゲされてましたが何か?

 

 袋を受け取ったアルティミシアさんは一言、「ありがとうございます」とこちらに告げた後、テオと共に衛兵達の下へと向かっていった。「お二人はそこで待っていてください」との台詞を残して。

 釈然としない俺であるが、そうするのには何かしらの理由があるのだろうと思い、その場でしばし待つことにする。

 それはミラも同じだったらしく、こちらもやはり納得できていない素振りを見せながらも、ただ静かに待っているだけである。

 その目線は前方――行列を並び終え、衛兵達と相対しているアルティミシアさんとテオ達の姿を捉えていた。


「……大丈夫なのか?」


 行列の邪魔にならないようにと橋の端――あー、一休さんのとんちを思い出すな――にて待機している俺達の視線の先では、アルティミシアさんと衛兵達が何やら言い合っている姿が見られる。というよりは、一方的に怒鳴りかけているのは衛兵の方で、アルティミシアさんはというと静かにその話を聞き流しているだけ。

 俺はてっきり、アルティミシアさんに何か秘策があるものと思ったから金貨を渡したのだが――、今のところそれらしきものを見せる素振りは無い。心配のあまり、俺がそう呟いてしまったのも無理はないと思う。


「――何か考えがあるんでしょう。さっき、テオと二人で話し合っているのを見たから」

「それはいつの話だ?」

「ショウが何か考え込んでいる時よ」


 ――となると、アルティミシアさんに金貨を渡す前か。何を二人で話し合っていたんだろうか?


「……なんでテオを連れていったんだろうな?」


 先も述べたが、テオの得物は長物ではないため帯刀許可証を取得する必要はない。あくまで、その必要があるのは俺だけだ。ならば、普通ならば俺がアルティミシアさんと行動を共にするのが普通だと思うのだが……。


「……さあ? 何か秘策が、あるんだと、思う……?」

「そこは自信を込めて言ってもらいたかった!」


 今の言い方で、余計に俺の不安を増長させてしまったんだが。うう、大丈夫だよな……?

 視線を再び城門の方へと戻す。そこではちょうど、彼女が動き出そうとしていた。


「――――」

「――――」


 その内容までは聞き取れない。だが、アルティミシアさんが衛兵の耳元で告げた一言で、今まで怒鳴っていたはずの衛兵がその大きな口を閉ざす。

 次に、彼女は此方をその細い人差し指で指し示した。釣られて此方へと視線を誘導させられた衛兵の目線と、俺の目線が相対する。

 その瞳に込められているモノは、疑惑の色だ。ならばと俺達は、出来る限りの余裕の表情を示して見せた。

 おそらく、『今、この瞬間』も彼女の秘策の内なのだ。ならば、ここで慌てて見せてしまっては彼女の秘策を無為にしてしまう恐れもある。

 だからこその、この余裕の表情。俺の方は出来ているかは微妙なところであるが、同じくこの空気を捉えた隣のミラが、俺という汚点をかき消すくらいの物凄い余裕オーラを放っているから大丈夫だろう。流石は王というところか。

 それが功を成したのか、目線の先の衛兵は何やら考え込み始めた。もしかしたら、半信半疑くらいには持って行けたのかもしれない。


 いや、何が半信半疑なのかはさっぱり分からないんですが。


 アルティミシアさんのターンはまだまだ続く。それこそ、どこぞのバーサーカーソウルかというくらいに続く。

 考え込み始めた衛兵の前に、テオが立った。当然ながら怪訝な表情を向けた衛兵であったが、しかしテオが示した何かを見た瞬間に、その表情は一転する。


 ――あの表情は、驚き、か……?


 そして、アルティミシアさんはその衛兵の耳元で再度何かを呟いた後、金貨の入った袋を手渡した。こくりと頷き、金貨の入った袋を受け取る衛兵。



 話は為った。

 此方に向けて手招きを以て呼びかけてくるアルティミシアさんに頷き返し、俺達は城門へと向かっていった。




「成程、これは確かにそこらでは手に入らない程の業物だな」

「そうでしょう? 私の話、信じてもらえますか?」

「そうだな。少なくとも、否定する材料をこちらは持っていない」


 城門の中へと足を一歩踏み入れた際に、一人の衛兵に声を掛けられた。さっき、アルティミシアさんと言い合っていた衛兵だ。ちなみにもう一人の方は、今も門の前で入国する人の列を捌いている。

 彼の目が向かう先は、俺の腰。そこに提げられた双の剣だった。

 彼とアルティミシアさんの話している内容が何を指しているのか分からない以上、そこについて言及するのはやめておく。誰だって突いた藪から出てくる蛇は嫌なものだ。

 だが、これだけは言っておかなくてはならないだろう。


「――で、結局俺達は通っていいんですかね?」

「……? おかしなことを言うな、参拝者クン。君たちは護身用の得物を持っているようだが、それの帯刀許可証はこちらでしっかりと確認している。最も、私の手違いで紛失してしまったがね。まったく、どこにいったのやら」


 長々と説明口調を続け、最後を「まあ、一般人の帯刀許可証の一枚や二枚。紛失したところで何の問題もないだろうがね」という言葉で締めくくった。

 なるほど、そういうシナリオですか。なら、俺もそれに合わせて動かないとな。


「おっと、そうでしたね。それでは失礼します」

「うむ。アルト聖王国へようこそ」

「――どうも」


 背後からの声に適当に返事しつつ、俺は足を先に進めた。




 城門をくぐればそこは、城下町だった。当たり前だが。

 石造りと漆喰が目立つ西洋風の家々が立ち並んでおり、大通りは行き交う人で溢れている。

 俺達と擦れ違う人の表情には千差万別があるものの、その中には悲壮感や絶望に塗れた顔というものは無い。それは、それだけこの国の治安が高い標準に位置しているということなのだろう。

 ……まあ、もっとも。

 それはあくまでも今見える大通りにおいてはの話であって、その裏では数多の人々が苦しんでいるのかもしれない。


 ――考えても仕方のないことだけどな。


 人が集まれば集団が出来、集団が集いに集えばやがては国が出来る。逆をいえば、国とはあくまでも人の集まりの延長に過ぎない。

 そして。どんなに内心で否定しようとも、人の本質は生物であるが故に弱肉強食という楔から逃れることは出来ない。裕福な生活を送りたいと思ったならば、それだけの地位に昇り詰めるまでの過程で他人を蹴落とし、あるいは利用していくような生き物だ。それから逃れ得る術は――それこそ、仙人のように山奥で誰とも関わらず、霞を食べて暮らしていく以外に術はない。

 ならば、国という人の集まりにおいて貧富の差が生じるのは必然であり、生物であるが故の定めでもある。それをどうにかしようなんて考えるほど、俺は自惚れているわけではない。

 ただ、それでも。それでも、考えてしまうのだ。

 もしも人の世に貧富の差が無かったならば。

 もしも人の世に能力の差が無かったならば。

 そうだったならば、あるいは俺は今も――。


「戻ってきなさい」


 後頭部にコツンと軽い衝撃。それを受けて、俺はハッと意識を取り戻す。

 どうやら、いつの間にか思考の海に囚われてしまっていたらしい。背後では若干の呆れ顔で拳を軽く握った状態のミラが立っていた。その細い右腕は今も俺のやや頭上に位置していることから、今のはミラの仕業だったのだと推測できる。

 そんなミラの背後には、今では大分小さくなってしまった城門の姿が見える。どうやら自分でも気がつかない内に、結構な距離を歩いてきてしまっていたらしい。

 アルティミシアさんはそんな俺達――というか、主に俺――の光景を見て苦笑を浮かべており、テオは何やら通りの真ん中に置かれた大きな立て板へと視線を向けていた。……いや、よくよく見てみると、その板には何やら文字が書かれている。


「どれどれ……?」


 どうやらその板はこの国における大まかな地図が描かれたものであり、流石に店の一軒一軒といった細々とした情報までは記載されていなかったが、それでもそこに書かれている区画情報といったものは、俺のように初めてこの国を訪れた人にとってはとてもありがたいものである。

 それによると、俺達がさっき通り抜けた南の城門とは反対の方角――即ち北に王城があり、そして西には居住区画。対する東は商業区画と大まかながら分けられている。

 更に親切なことに、他の区画に関しては必要最小限のことしか書かれていないが、商業区画においてのみはもっと深く入り込んだ情報が記載されていた。

 簡単に説明するのならば、商業区画においてのそれぞれのゾーンが描かれている。

 つまるところ、商店ゾーン。宿屋ゾーン。そんでもって……あー、なんというか十八禁?ゾーンの場所がそれぞれ記載されていた。


「――なるほどね。で、何処にいく?」

 

 同じように立て板を眺めていたミラが、そう尋ねてくる。


「そうだな。とりあえず……」


 俺は腕を組んで考え込む素振りを見せるが、それはあくまでもフリでしかない。まず俺達が何をすべきなのかは城門を潜っている最中からずっと考えていたからだ。

 まあ、何が言いたいのかというと、疑問は先に解決しておきたいということさ。

 俺はチラリとテオとアルティミシアさんに視線を送りつつ、


「まずは、『どうやってアルティミシアさんは衛兵たちを説得させることが出来たのか』について話を聞かせてもらおうかな?」


 そう口にした。




「簡単に説明しますと、テオさんを貴族。ショウさんとミラさんをその護衛と偽ったわけです」


 開口一番、アルティミシアさんはそう話した。話の内容からして声量を落としてはいたものの、それでも俺達は不自然にならない程度に周囲の様子を見渡した。

 現在の場所は、先ほどの大通りの右端に当たる。これならばさっきよりは周囲に聞かれづらいだろうが、それでも此処が人通りの多い場所であることには変わりなく。誰かにこの話が聞かれていないだろうかと張った気は依然休めることは適わない。

 

「けれど、それだけで衛兵達が納得するとは思えない」


 不自然に映らない程度に周囲への警戒を続けつつも、小声でアルティミシアさんの言葉に反論するミラ。

 その言葉に俺はウンウンと頷く。ミラの言う通りだからだ。

 アルティミシアさんが取った行動は、奇しくも俺が考えた案と同じものだ。にも関わらず俺がその案を採択しなかったのは、そんな言葉だけではとてもではないが衛兵達が納得するとは思えなかったからだ。

 「私は貴族だ」という言葉を額面通りに鵜呑みにし、入国を許可する衛兵など存在しない。いたとしたら、ソイツは即座に首にするべきだろう。

 先も述べたが、「私は貴族だ」と身分を偽るというのであれば、それを証明するに足る『何か』を保持していなければならない。そして、その『何か』が無いからこそ俺はこの案を採択しなかったのだ。

 だが、それをアルティミシアさんは成し遂げてしまった。テオを貴族だと偽り、俺をその護衛だとすることで。


 ――考えてみれば、それも不思議な話だ。


 何故、アルティミシアさんはよりによってテオを貴族だと偽ったのか? 別に彼を否定しているわけではなく、貴族に仕立て上げるのであればミラやあるいはアルティミシアさんの方が相応しいと思ったからだ。それだけの優雅さや気品あるいは威厳というものが二人には存在する。

 テオにはそれが、無い。残念ながら、彼が纏う空気は俺と同じく一般人のソレだ。あるいは俺にも分からないように巧妙に隠しているのかもしれないが、それを共に過ごす時間の短かったアルティミシアさんが察知するとは到底思えない。

 そのことをアルティミシアさんに伝える。果たして、彼女はその疑問に対する答えをキチンと持っていた。


「そうですね。確かに、その言葉だけだったならば衛兵達は納得しないでしょう。けれど、それを証明できるモノがあったなら――」

「待ってください。そんなモノが一体ドコに……?」


 そんなモノがあれば俺の苦悩はとっくに解決していたはず。それが無いからこそ、あの時の俺は困り果てていたのだから。

 俺が戸惑う姿を見て、アルティミシアさんはクスリと笑みを零した。


「あるじゃないですか。いつもテオさんが持ち歩いている物ですよ」

『えっ――?』


 彼女の言葉に、俺とミラの疑問の言葉が重なる。


「これだよ、兄ちゃん」


 ――と。そこで言葉と共に眼下から俺へと突き出され、示された物がある。

 顔を向けてみれば、そこにはこちらへ向けられているテオの顔と。


 その手に握られている短剣の存在があった。

 その勢いに押され、俺はなんとなしにその聖剣を受け取る。


「お二人ともご存知とは思いますが、その短剣は一般人には手も出ない程の一級品の聖剣です。逆にいえば、それを持っていることこそが貴族であることの証明になるとは思いませんか?」とは、短剣をマジマジと眺めていた俺達に向けられた言葉だ。

 まあ、確かにそのことは依然にミラと話したことでもある。それ程の聖剣を持っているテオは、果たして本当にただの一般人なのだろうかという疑問だ。

 それを彼女は逆に、その若さでこれ程の聖剣を持っているテオが貴族以外であるはずがないという証明に扱ったということか。確かに納得は出来るが……。


「でも、テオの服装はお世辞にも貴族が着るような服とは言えないわ。それに関してはどう説明したの?」


 唸る俺を尻目に、ミラが疑問を口にした。ああ、そんなこと考えもしなかったが、確かにそれも気になる。


「ええ。そこは、若様――ああ、テオさんのことですね――が民の生活を見て回ろうと思い、こうしてお忍びのために着ているのですと説明しました。華やかな服を着ていては、周囲の民も構えてしまうからだと。若様は、民の日常の姿が知りたいのだと」

「なるほど、ね……」


 彼女の答えに、ミラが頷く。確かにそう言われてしまっては、衛兵としてもそれ以上服装のことに触れることは出来ないだろう。それは真っ赤な嘘ではあるのだが。


 ――にしても、よくもまあこうも次々に嘘がポンポンと飛び出してくるものだ。ある意味、感心しちゃうね。


「あとは若様はお父上にも内緒でお忍びに来ているのですから、このことはご内密にとお話しして、口止め料ということで金貨をお渡ししました。――こんなところでしょうか?」


 最後に、「その護衛であるショウさんの得物が業物であったことも、信頼を勝ち取る一つの要因になったようですね」と話すアルティミシアさん。

 それはつまり、護衛――嘘ではあるけれど――の得物ですら業物であるということは、それに相応しい財力をテオの家が保持している証拠になるということか? ……う~ん、城門にて衛兵が話しかけてきたのにはそういう理由があったのか……。


「そうか……」

「なるほどね……」


 話の顛末を聞かされた俺達は、よくその内容を吟味した上で大きく頷いた。

 成程、良く出来ている。少なくともミラの方では疑問に思う点は無いらしく、「そうすれば良かったのね……」と呟いてすらいた。

 そう、良く出来ている。

 だが。

 だが――、今の説明では明かされていない点が残っている。俺にはそれがシコリとして脳内に深く残っており、どうしても今の彼女の説明に納得できないでいた。

 彼女の話をもう一度思い出してもらいたい。アルティミシアさんはテオの短剣をもって貴族であるという証明と為したわけだが……。

 少し、安直すぎはしないだろうか? それで話が通ってしまうのであれば、極端に言ってしまえば一級品の聖剣を持っている人間ならば誰でも、帯刀許可証無しで入国することが出来てしまうことになる。

 そんなもので、本当にいいのだろうか? そんなもので通してしまえるものだろうか?

 まあ、それはアルティミシアさんの話術が巧妙だったことや、渡された金額が金貨二十枚と破格の額だったことも関係するだろうから一概におかしいとはいえないのだが……。

 そしてもう一点。衛兵がテオの示した何かを見た時に表した、驚愕の感情についてだ。

 アルティミシアさんの話によれば、その『何か』とは彼の短剣であり。驚きの表情を見せたのはテオが一級品の聖剣を持っていたということになる。

 

 ――本当にそうか?


 あの感情は一級品の聖剣を見たなんて、そんな生易しいものではなかったように記憶している。なにせ、離れていてもはっきりと分かるくらいにあの衛兵は驚いていたのだから。

 あの表情はまるで、もっと大きな――それこそ、絶対的な権力の象徴を見たかのような……。

 俺の思いすごしならば別に問題はない。だが、もしも俺の考えが的外れなものでなかったとすれば――?

 なるほど、確かにアルティミシアさんの話術は巧妙だ。その点を上手くぼかしている。俺だってその時の光景を実際に目にしていなければ、こんな疑問など思いつきもしなかっただろうさ。

 上手な嘘のつき方は、八割の真実に二割の嘘を交えることだという。彼女の行動はそれに近く、十割の真実の内、八割の事実を話すことで残りの二割の真実を巧みに隠していた。

 ならば。彼女がそうしてまで隠そうとする真実には、一体どれほどのことが隠されているのだろうか。


 ――テオは、一体何者なんだろうな……?


 あの時と同じ疑問が頭を過ぎる。――が、ソレを俺は意識して振るい捨てた。

 いかんいかん。考えの袋小路にはまってしまっている。俺の悪い癖だな。

 答えの出ないことをいくら考えても、それは時間の無駄に消費していることと同義。

 彼女が意図的に隠したとしてもそうでないにしても、それを判断するだけの欠片ピースが俺には絶対的に足りない。

 だったら。そんなことをウジウジ考えるのはやめにしよう。今は、無事にアルト聖王国に入国することが出来た。それでいいじゃないか。


「ふぅ……」


 溜息を一つ零す。そんな俺を嘲笑うかあるいは窘めるかのように、短剣の鞘――そこに刻まれていた骸骨の――頭蓋骨の右目の部分を剣が貫いているという特徴的な――紋章が、陽光を浴びてキラリと光った。

以上、『主人公 入国する の巻き』でした。


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