第19話 彼が考える一つの答え
遅くなりました。本当ならば、先週中に投稿する予定だったのですが……。
――ゴールデンウィークなんて飾りです。偉い人にはそれが分からんのです。
……時間は少し遡る。
ミラの要求に適うであろう魔法を、俺は懸命に練りあげていた。用途、形、威力等々、一つの魔法を生み出すために必要な事項を考えていき、それらを順に重ね合わせていく。
彼女からの要求は一つだけ。即ち、防御用の魔法と牽制用の魔法を生み出すこと。そしてソレをテオの短剣に込めることだ。
それに対する制約もまた、一つだけだ。即ち、剣に込められる魔法は一種類だけというもの。
つまりそれら全てを上手く汲み取るためには、防御にも牽制にも用いることが出来る一つの魔法を開発しなければならないということだ。
……防御用の魔法ならば、既に出来上がっている。指向性を持たせたために全方位をカバーすることは出来ないが、しかしその分既存の結界魔術よりは少しは強固であるだろう、『絶対領域』という名を持つ魔法が。
だが、そのままでは牽制の役割を兼ねることは出来ない。攻撃を防ぐための盾に、敵を攻撃する能力は持たないからだ。
そう、そのままでは。
「其は壁。其は盾……」
自ら口にし、そして自らの耳を通る言葉が、脳内のイメージをより強固なものに作り上げていく。これはソレが初めて作り上げる魔法ならば、欠かすことの出来ない行動だ。これをするのとしないのでは、出来上がりに――構成に――大きく差が出る。
「――ふぅ……」
そして俺は一息を吐き、
「……いくぞ?」
魔法を生み出した。
『絶対領域』と読んだ先ほどの魔法を更に改良したもの――『絶対障壁』と新たに名づけた魔法は、現在進行形で俺の目の前に展開している。
宙に浮くオレンジ色の障壁は、まさに某フィールドそのままの姿だ。いや、そうなるようイメージしたのは俺なんだけどさ。
……その構成には、さしたる異常は見られない。明滅こそしているものの、それは問題足り得ない。
現界という点においても問題はないらしく、しばらく発動させたままにしておいたが消えることもなかった。
防御力においては、先の『絶対領域』を応用してあるから問題はないだろう。並みの結界魔術よりは硬いはずだ。……その分、守備範囲は狭いが。
「――ん?」
……やがて、創造してから五秒程度の時間が流れた頃、障壁の状態に一つの変化が生まれた。
即ち、魔法自体の存在の消滅だ。術者の下から離れた魔力が徐々に魔素を結び付ける力を失っていくために見られるこの現象に対して、俺達には打つ術はない。唯一出来ることがあるとすれば、その光景をただ見守ることのみだ。
やがてはその魔法を構成する存在の全てが、元あった存在――即ち魔素へと返り、自然へと帰り行くことだろう。
目の前で徐々に希薄になっていく障壁は、しかし何ら音を立てることもなく消え去っていく。その姿は花火を思わせるかのように、どこか寂しさすら感じさせるものだった。
「――約、六秒か。……こんなものかな」
防御魔法にしては上出来な方だろうと思う。六秒もあれば大抵の攻撃は凌ぎ切れるはずだ。貫かれでもしない限り、だが。
「ねぇ……?」
出来上がった魔法の仕上がりに満足していた俺に話しかけてきたのは、背後から一連の流れを眺めていたミラだ。
怪訝な表情を浮かべながら、彼女が俺に声をかけてくる。その視線は、さっきまで『絶対障壁』が存在していた場所へと注がれていた。
まあ、言われずとも彼女が言いたいことは分かる。要は、「ソレのどこが変わったの?」とでも言いたいのだろう。
それもそのはず。『絶対障壁』はその見た目だけならば、先の『絶対領域』と差異はない。術者である俺ならばまだしも、傍目から見たら『絶対領域』と何が変わったのか分からないはずだ。
「ソレのどこが変わったの?」
――ほら、な。
自分の推測と寸分も違わない彼女の発言に内心で密かに笑いつつ、俺は再度『絶対障壁』を創りだすための魔力を、体内からかき集める。
……こういう場合、口で説明するよりも実際にやって見せた方が遥かに手早い。百聞は一見に如かずというやつだ。
「まあ、見てろよ」
視線を再び彼女から目前へと移す。
「要は、どんな手段でもいいから攻撃が出来ればいいわけだろ?――つまり……」
創造、開始。生み出すは先と同じ魔法――『絶対障壁』。
一度経験したからか、二度目となる今回はさっきよりも構成に時間がかからない。脳が、身体が、その魔法自体を覚えているからかもしれない。
――其は壁。其は盾……。
既に、その構成の大半が終わっている状況だ。体内の中で必要量の魔力が、熱を持ち始めているのも感じている。
――さて。
更にそこに、もう一工程を付け加える――いや、違うな。一工程を取り除く。
それは、言うならば鎖の様な物だ。この魔法自体が本来持つ動きを封じ、縛り付けるための鎖。やり方は非常に簡単。魔法を創造する際に、「決して動かない」という要素を新たに加えるだけでいい。
……そんなことをする必要があったのかって?大有りさ。だって、そうでもしないと魔法の構成状態とかが上手く調べられないじゃないか。
そして、その作業自体は既に終えてある。その結果は先の通り。構成も持続時間も共に合格に値する出来であった。
ならば。
最早、その動きを制限する必要はない。俺は鎖を解き、意識化の魔法を本来の姿へと戻していく。
……今、ここに全ての工程が終了した。
「これが、攻撃も防御も兼ねる魔法――それに対する俺なりの答えだ。……いくぞ?」
後は撃ち放つだけだ。標準は、目の前に広がる木々の群。誤った方角へと飛んで(・・・)行かないように、きちんと照準を定め、
「出でよ、『絶対障壁』!」
「出でよ、『絶対障壁』!」
俺達の前に位置するテオの口から飛び出したのは、先の俺と寸分も違わぬ台詞。まるで、さっきの時点での俺を見ているかのようだ。
違う点があるとすれば、俺は『絶対障壁』を直に生み出した(・・・・・)のに対し、テオは剣に込められた『絶対障壁』を呼び起こした(・・・・・・)という点くらいか。
剣に込めることが出来る魔力限界量やそれに伴う発射可能回数の都合上、本来の物よりもやや劣るオレンジ色の障壁が、持ち主の令に従いてテオの短剣から飛び出す。
現れた、のではない。飛び出た、だ。
剣先から真っ直ぐに撃ち放たれた障壁は、狙い過たずに進路上の狼にぶち当たり、その勢いをそのままに跳ね飛ばしていく。
これが、攻撃と防御を兼ねるという課題に対する俺なりの答えだ。即ち、『防御用の盾でぶん殴る』。……単純でいいだろう?
まあ、『ぶん殴る』では近距離の敵にしか対応できないため、盾を『撃ち放つ』という概念の下に創りだしたのだが……。
放つとそのまま真っ直ぐに飛んでいくという特性上、持久戦や対複数戦ではやや扱いにくいが、それ以外の場面では中々使えるように仕上げたつもりだ。特に一対一での戦闘ではかなりの効力を持つはず。
――考えてもみてくれ。自分がテオの相手だったとして、盾が此方に迫ってくるのだ。それは攻撃手段であると同時に、敵の視界や射線を防ぐ効果も持つ。撃たれた側としては溜まったものではないだろう。実際に、前に突き出して敵の視界を妨げるという動作は、盾の正しい扱い方であるわけだからな。
ならば避ければいいではないかと、当たらなければどうということはない等と思うかもしれないが、残念なことにこの『絶対障壁』は弓矢並みの速度で宙を走る。強化魔法を使っても、俺程度の実力では避けきれるかどうか判断に迷うくらいだ。現に、先の盗賊達との戦闘では、放たれた弓矢のほぼ全てが当たっている。
……正直、そんなものを易々と避けれる人材がゴロゴロ居てほしくない。
「更にもう一発……出でよ、『絶対障壁』!!」
考えに浸っていた俺は、テオが放った『絶対障壁』――それが巻き起こす轟音によって、現実へと引き戻された。
視線をノリノリのテオへと向けた俺のすぐ目の前を、くの字を自身で描いている狼が横切って行く。オレンジ色の壁によって吹き飛ばされたダイヤウルフは、そのまま自身の背後に控えていた別の狼をも巻き込みながら地面へと激突していく。
効果は上々。やはりと言うべきか、その硬さから剣による斬撃が通じなかったダイヤウルフにも、『絶対障壁』のような、その質量をそのまま敵にぶつけるような攻撃ならば十分に通じるようだ。
――ぬりかべが勢いよく飛んでくるようなモノだからな……。
「更に更に――!!」
「――って、おいおい……?」
初めての実戦だからか、はたまた自分の攻撃が効果を上げているからか。テオは更にその攻撃の間隔を狭めて撃ち放っていく。その間隔速度は、傍目から見ていれば明らかに早いと――早すぎると感じるもの。
――このままでは手が止まるぞ……?
確かに、テオの魔法は実質魔術に近いものだ。何せそれ自体は俺が込めたモノなのだから。
故に自身で生み出さなければならない魔法とは違い、放つこと自体による負担は無い。
……だが、それはつまるところ、自分では魔法を生み出していないということ。剣に込められた魔法が尽きれば、そこで打つ手は無くなるということだ。
俺が剣に込めた魔法は、合わせて十発分。この勢いで撃ち続けていけば、すぐに残弾が尽きることだろう。
「『絶対障壁』――、アレ……?」
「早速ですかぁ!?」
危惧していた状況が起こった。テオが敵へと向けた短剣――その切っ先から放たれたものは、プスンという何とも間の抜けた音のみ。魔法は出てこない。どうやら込めた魔法が尽きたようだ。
……というか、テオはペース配分を考えようぜ、マジで。いくらなんでも早すぎだぞ?
「――だが、まぁ……?」
「十分なんだけどねっ……!」
既に俺達の脚は動き始めている。今までテオの後ろに位置していた俺とミラ、この二人の足が描く進路は、まっすぐそのままテオの下へと続いている。
最初から、この状況は織り込み済みだ。元々、テオに課していた役割は俺達に代わる壁役以外の何物でもないのだから、短剣に込めた魔法が尽きることなど大したことではない。
――まあ、ここまで早く尽きるとは思っていなかったわけなんだけど。
とはいえ、それでも彼は十分過ぎる程に時間を稼いでくれた。想定以上の戦果と言える。
……ならば、あとは俺達がその結果に答える番だ。
「何も、遊んでいたわけではないからな」
「そういうこと。――テオ、退がっていなさい」
俺達の脚は寸分も違わず同じタイミングで、目標の位置へと到達する。
武器の残量が尽き、退がり行くテオを守るかのように、俺達はテオよりも更に前へと足を地に付ける。
目線は互いに正面へ。
そこに集う敵の大群へ向けて、俺達は手を突きだす。
「――案外、良い連携だったんじゃないのか?」
「そうね」
交わす言葉は短く、しかし互いの意思は確かに伝わった。
ならば最早、言うことはない。砲台はただ、己の役割に従って砲弾を吐きだすだけ。
……俺達は練りに練りを重ねた各々の魔法を撃ち放った。
今回、全然話が進んでいませんね……。