第18話 彼の剣に込めしモノは
遅れてすみませんでした。投稿します。
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ!――おっ、これはいいかもしれないな」
――この感覚を忘れないうちに、メモメモと……。
自分のバッグに入っていたペンとノートを使って、創造して出来た魔法の効果や扱いやすさ等をメモしていく。案外にこういった細かい作業が、勝利に繋がってくるのだから侮れない。
「――何やってるの、ショウ?」
「ん?……ミラか」
そうやって新たな魔法を習得しようと取り組んでいた俺は、しかし背後から掛かる声に一旦作業を止め、振り返る。
そこにあったのは、腕を胸前に組んで立っているミラの姿だ。その長い睫毛の下――双の瞳が示す感情は、どこか冷めたものを秘めている。
……簡単に言ってしまえば、それはどこか軽蔑を含んだ眼差し。
ある種の人間にとってはご褒美にも成り得るような、そんな冷めた視線を彼女は俺にぶつけていた。
よく見れば、その表情自体も若干呆れているように見えなくもない。
――っていうか、俺が何をしているかなんてミラは知っているだろう?
なにせこれは、キミ自身が指示したことなんだから。
「何って、テオの短剣に込める魔法を考えているんだけど?」
「うん、そういう意味じゃなくてね……?その台詞はなんなのと」
ああ、冷めた視線の理由はそういうことだったのか。納得。
確かに、あの言動だけを見ていたらただの痛い存在にしか見えないよな。
「ん~、強いて言うならば……元の世界での知識を再現している――って感じかな?」
正確に言えば、元の世界での漫画やゲームの魔法を再現している――なのだが……、漫画という文化が無いこの世界ではそんなことを言っても通じないだろう。ここは知識という言葉で誤魔化しておく。
「……そのポーズと台詞はどうにかならないわけ?」
依然呆れ顔のミラに尋ねられる。
――ん?ポーズ……?今の「逃げちゃだめだ!」にはポーズなんて――ああ、そういえば「幻想をぶち殺す」ポーズをその前に試したんだっけ。ミラが言っているのはそのことなのかもしれないな。
――っていうか、アレを見られていたのか。物凄く恥ずかしいんですけど……。
「しかしなぁ……。俺の向こうの世界での知識を活用するとなると、なるべくその時のポーズや台詞を真似した方が再現度は高くなるんだよ」
これは事実だ。身体を使って実際にその時の情景を再現してみたほうが、生まれ出る魔法自体の出来もより再現度が高く、構成も密になる。――それだけ、脳が刺激を受けるということなのだろうか……?
「はぁ……。まあいいけど」
額に指を当てながら、ミラは溜息を吐く。
「私よりもショウの方が、独創性のある魔法を生み出すから任せたんだけど……ちょっと行動が奇天烈過ぎるわね」
……俺だって、やりたくてやってるわけではないんだが。
憮然とする俺に対して、彼女はもう一度溜息を吐く。
「――で?今の魔法はどんな効果なの?」
「ん?ああ、今のヤツか?」
話題は転じ、焦点は今の魔法の話へと移り行く。
彼女から出された疑問の言葉に、俺は手を顎に当てながら、噛み締めるようにゆっくりと答えていく。
「いやな?テオってあまり戦闘能力は高くないじゃないか?」
「ええ、そうね」
まあ、俺自体も高いとは言い難いのだが……少なくとも、一般人以上の戦闘力は持っていると自負している。
だが、テオは別次元だ。彼の戦闘力はまさに一般人のソレであり、とてもではないが戦闘に耐えうるようなものではない。
そんなテオに対して、俺が彼の短剣に込める魔法は……まさにそんな彼に相応しい物――少なくとも、俺はそう考えた物――だった。
即ち、目指すは最強の盾である。
とりあえず敵の攻撃を防ぐことが出来るようになれば、敵の不意打ちを受けても生き延びる可能性は増すはずだ。敵を倒すのは俺達に任せてもらえればいいわけだし。
俺は想い、先の魔法を再現する。
「――『絶対領域』」
俺の言と共に視界に現れるのは、絶対領域という名のオレンジ色の壁だ。
最も絶対領域とは名ばかりであり、実際のところは少し硬い程度の限定領域における結界魔法に過ぎないのだが。
――アレ?これって欠陥魔法じゃね?それだったら素直に普通の結界魔法にした方が良かったんじゃあ……。
どうやら後で改良の余地がありそうだ。
まあ、それはともあれ。
「――とまあ、こんな感じでいくつもりだ」
傍らに佇むミラに向けて声を掛けた。
とりあえず後で手直しはするものの、防御魔法を組み込むということには違いない。
「そうね、いいんじゃないかしら?」
ミラの許可も得たことだし、この方針で間違いはなさそうだな。
あとは……そうだな。牽制程度の攻撃魔法を二、三個ほど込めてあげれば完璧だろう。
「折角だから、融合できる魔法を開発してみるかな?」
普段は炎の球と風の刃だが、混ぜれば炎の渦になる――みたいな。面白いんじゃない?
ちなみに、俺やミラにはそんなことをする必要性は全くない。だって極端にいえば、想像さえ出来ればその場で炎の渦を創れるのだから。
だから今から魔法に植え付けようとするソレは、まさにテオのための特殊能力だ。
……まあ、出来るかどうかは分からないんだがな。
「あ、それ無理」
「ポローン!!」
思わぬところから駄目だしを喰らいました。え、どういうこと?そういう融合機能は魔法に付与できないのか?
「だって、魔法は一種類しか込められないんだから」
彼女が俺に向けて説明を始める。
曰く、確かにテオの短剣は優れた聖剣だ。通常の聖剣ならば、限られた魔法しか装填出来ないはずなのだが、彼の聖剣はあらゆる魔法をその身に込めることが出来るという。
だが、そんな高性能な武器でも出来ないことはある。それが今回の様な、複数の魔法を同時にその身に溜めこむということだというのだ。
同じ魔法を数多く装填することは出来る――その数にも限界があるらしいが――が、別の魔法を同時に装填することは適わないらしい。
「うぁー」
俺は思わずうめき声を上げる。
器の問題ならば仕方がないのだが、
――折角の、テオの賢王化計画が……。
「はぁ……」と溜息を一つ溢した。しかし、そうなると――?
「となると、このままでは『絶対領域』しか込められないわけか。――物足りないな」
これは拙いぞ?ただでさえ微妙な性能なのに、それ一つしか込められないとなると……。
「そうなるわね。防御も牽制も出来るような、そんな魔法が込められれば良いんでしょうけれど……。そんな都合が良い魔法、あるわけが――」
「……あ~、もしかしたら出来るかもしれない」
「え?」
俺の呟きに、ミラが過敏に反応する。……この世界ではそんなに珍しいのだろうか、防御も攻撃も可能な魔法という存在は。
「いいか?見てろよ?」
驚く彼女に背を向けて、俺は右腕を突きだす。
創るは障壁。
造るは攻撃手段。
創造するのは、その二つの要素を兼ね備えた魔法。一にして、二の効力を保持する魔法。
「いくぞ……?」
「――なんで俺達はこうも大群にばかり遭遇するんだろうなぁ……」
目の前に広がる光景を前に、俺はそう言葉を漏らす。
そこに広がるモノは、魔獣の群れ、群れ、群れ……。集団での大移動の途中だったか、あるいはその彼らの住処へ迷い込んでしまったかと考えてしまうくらいに、その数は多い。
ちなみに、俺は三十を超えたところで数えるのを止めた。
「……本当に、私達はよく魔獣に襲われるわよね。――誰か、呪われているんじゃない?」
――そこで、どうして俺を見るんだミラよ。
「いえ、なんとなく」
なんとなくで人を呪われているように言わないでください。
「…………」
というか、テオさん。その視線を逸らす行動は、俺のピュアな心を傷つけるのですが……。
「強いて言うならば、その外見でしょうか?」
「一番酷いっ!?」
まさかまさかのアルティミシアさんからの精神攻撃。荷車からひょっこり出しているその清楚な外見から放たれる毒舌は、必殺の二文字を連なっていた。
……それは格好が悪いということか?顔の造りが悪いということか!?――まあ、向こうの世界でもてなかったのは事実なんだが。
「いえ。その黒い髪は、何だか呪われているようにも見えますねと言いたかったのですが……」
「そう、ですね……。そういうことにしておきましょう。」
最早、何を言われても彼女の言葉がフォローにしか聞こえない。とりあえず、戦闘中は危険であるために、アルティミシアさんに荷車の中に隠れているよう伝えておく。
……戦闘が始まってすらいないのに、既に精神がズタボロな件。どうしたものだろうか。
「――まあ、話はここまでにしておきましょう。とりあえず、テオ。……あの魔獣が何か分かる?」
項垂れる俺の存在を尻目に戦闘態勢へと移行していくミラは、テオに目の前の狼の正体を尋ねた。
こちらの進行方向を塞ぐように前方に位置している狼たちは、その牙を剥きつつ地に鋭い爪をめり込ませ、こちらへ対して身構えている。
その姿は俺が初めて戦った魔獣である、あの狼と似ている。――が、やはり住む環境が違うからか、あの時の魔獣よりも一回りばかりその体躯は大きい。
その長く大きな爪は容易く俺の身体を切り裂くだろうし、そもそもその大きな体躯を利用して圧し掛かられでもすれば、此方は間違いなく身動きが取れなくなるだろう。そんな敵が、今度も複数だ。
「はぁ……」
相変わらず俺達は戦闘では楽が出来ないなと思う。此方が少しでも戦闘に慣れたかと思えば、それ以上の強敵が常に前へと出てくる。
イメージとしては、決して寄り道をしないRPG。街に寄ることもレベル上げの作業も行わなければ――レベル上げは道すがら遭遇する敵と戦ったときのみ――こういう旅になるのだろうなと思う。
……正直言って、物凄くキツイぞ?ましてやこれはゲームではなくて、実戦なわけだしな。
――ますます、俺が呪われているという説の信憑性が増した気がする。
右腕を振るえば、赤が閃き。
左腕を振るえば、蒼が瞬く。
縦横無尽に、ただひたすらに双の剣を振るう。振るい続ける。
狙いを定める必要など全くない。何故ならば、考えずとも剣を振るえば当たるからだ。
……というよりも、常に剣を振っていなければ狼に食いちぎられて殺されてしまうだろう。
右手に握る赤い魔剣を振り下ろした。
「――ちぃっ!!」
その直後に俺の右手へと返ってくる固い感触は、またも剣撃が弾かれたことを物語っていた。
不十分な体勢からの一撃とはいえ、振り下ろす一撃には剣の重量が最も乗る一撃である。――にも関わらず、ソレが弾かれてしまうということは、狼の身体を覆う体毛が硬いことの証明でもある。
成程、ダイヤウルフとはよく言ったものだ。テオの説明を聞いた限りでは「これのどこがダイアモンド?」などと思ったものだが……今ならばそれも納得だ。
残念なことに、ダイアモンドの名は伊達では無かったらしい。
「硬すぎるんだよっ……!!」
その防御力を武器に此方へと押し寄せてくる狼の群れは、中々の――いやかなりの脅威だ。
とりあえずは剣を振り続けて敵を牽制し続けるしかないのだが……、今回のように懐まで近寄られてしまってはその方法も取れない。元々ショートレンジ用の武器である剣では、現状のクロスレンジでの戦闘には対応できない。振り終える前に俺の頭が噛みちぎられて終了、だ。
だから。
「浮き上がれ!」
強化魔法を最大限に乗せた身体を駆使して、渾身の膝蹴りを放つ。
……紙一重の差で俺の一撃の方が先に突き刺さった。あと少しでも遅ければ、目の前に広がる口腔に顔を噛み千切られていたことだろう。
全脚力を込めた膝蹴りの威力に、狼はくの字に折れ曲がりつつその巨体を宙に浮かす。
その大きな隙を前に、易々と見逃す程俺は甘くはない。即座に追撃を開始する。
即ち、魔法の弾だ。
創造するは、一発の銃弾。炎に弾の形を模させるのではなく、魔素を魔力を以って弾の形へと練り固めていく。
想像するは、一振りの拳銃。我が身は銃身、込めるは魔法。
そこまで出来たならば、後は放つだけだ。俺は脳内の引き金を直ちに引いた。瞬時に魔法の弾丸が放たれる。
開いた口腔から体内へと侵入した弾丸は、勢いをそのままに狼の体内を切り裂き、突き進んでいく。
……だが、まだ終わりではない。
「――爆ぜろ!」
魔法に予め仕込んでいた特性――即ち、爆発するという要素を起動させる。
果たして、狼はその身体を膨張させた。それは間違いなく体内からの圧力に因るモノであり、やがてその外形は内からの力に耐えきれず、その場で破裂した。四散した肉片が俺の頬にビチャリと付着する。
……初めての試みだったため、成功するかどうか冷や冷やしたものだが……どうやら成功したらしいな。
今回のように、後から――しかも使用者の好きなタイミングで――効果を発動させることが出来るのであれば、魔法の活用法は更に広がりを見せることになる。
少なくとも、俺においてはそうだ。色々、再現してみたい魔法があるからな。
「なかなか減らないわね……」
背後からミラの声が聞こえる。
それと共に聞こえる打突音は、彼女が今も尚戦っていることの証でもある。
打ち合わせ通りならば、彼女は剣の巻き添えを食らわない程度に離れた場所で、俺が撃ち漏らした敵を相手取っているはずだ。
俺が前線を担い、彼女が最終防衛ラインを保っていると思ってくれればいい。
「そうだな……!」
視線を彼女へと向ける余裕など無い俺は、言葉だけでその旨に答える。
既に俺が敵に斬り付けた回数は百を下らない。だが、実際に斬り捨てた数はと聞かれると、その十分の一……即ち十匹程度でしかないだろう。
敵が、硬いのだ。これが持っている得物がゲザさんの魔剣ではなく並の剣だったならば、刃が欠けているどころか、あっという間に砕け折れているくらいに。
唯一の有効打と成り得るのが魔法の存在だが……それを放つのも中々難しい。何せ、ソレを構築している余裕を与えてくれないのだから。
敵の数が多く、此方の物理攻撃は効果が薄い。効果が薄いから数が減らない。一定の効果が見込める魔法を放とうにも、ソレを構築する暇を相手は与えてくれない。
……中々に詰んでいる状況だ。せめて、俺かミラの代わりに壁役を任せられる人材がいれば……!?
「――そういえば、居たな」
まさにこの場にうってつけの人材が、近くに一人いたではないか。ちょうど実戦で試すことが出来るから丁度いい。
……俺はこの現状を打破し得る人物へ声を飛ばせた。
声を張り上げる先は、俺の遥かに後方。ミラよりも更に後方に存在する人物に対して。
「……テオっ!!」
振るう剣を止めることなく、馬車の前で短剣を構えるテオに声を掛けた。
「――出番だ!!」
以上で、18話は終了です。お疲れさまでした。
……すみませんが、ここで皆様にお知らせを。
最近、作者の職場が忙しくなってきまして、それに伴い、小説の執筆時間が減ってしまいました。
そのため、今まで目標にしておりました週一投稿が難しくなっています。
ですから、これからは(仕事が落ち着くまで)申し訳ないのですが不定期投稿とさせていただきたいと思います。
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。
なお、最低でも月に2本は投稿する予定です。