第14,5話 狂えし獣
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
『俺は暇つぶしで最終話を書いていたと思ったら、いつの間にか完成していた。しかも複数』。
な…何を言っているのかわからねーと思うが、
俺も何をされたのかわからなかった…。
頭がどうにかなりそうだった…。
細部が違うだけだとかタイトルが違うだけだとか、
そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
――いや、本当にどうしましょうかね……?
「こ、これで……」
ショウの電撃魔法によるものと思われるこの麻痺現象を治すため、私は右腕を掲げる。右掌に集まった淡い光は細かい粒子となり、荷車内に降り注いだ。
猛スピードで進み続ける馬車の衝撃をダイレクトに受けて荷車内を転げまわっている私とテオは、その光に包まれる。
『治癒光』と名付けた私の回復魔法は制限こそあるものの、対象の傷のみならず、およそほぼ全ての状態異常をも治療することが出来る。今回の件もしかりだ。……反則級の効果だとは自覚している。
ただし、それは『これが回復魔法であるならば』の話だ。回復魔法の理念の他に、時空魔法の要素を加えているのならば――対象の時を遡らせるという要素を加えているのならば、不可能ではない。
およそ創造の産物であり、扱える者はいないとされる時空魔法であるけれど……私なら、今の私ならばそれをある程度であれば――遡ること限定であれば――使用することが出来る。何故ならば、
「痛たたた……。あ~、タンコブが出来てる~!」
物思いに沈んでいた私は、すぐ傍で上がった声によって現実へ引き戻される。
私と同じく脚部の麻痺から解放されたテオの姿がそこにはあった。両手で頭を押さえているのは、さっきの台詞から察するに頭にタンコブが出来たからなのだろう。
私は苦笑しながら『治癒光』を再動させた。
「さて、と……」
テオへの治療も済ませ、脚部の状態も確認し終えた。
幌が開いたままの荷車からは、景色が流れていく様を望むことが出来る。激しい振動も未だ止まないことからも、馬車はまだ目的地に到達していないことが窺えた。
さっきまでは振動の起こるがまま、されるがままの私達だったが、五体が満足に扱えるようになった以上、そのまま好きにはさせない。
テオは柱に捕まった状態で短剣を抜き、私は体勢を保ちながら揺れ動く荷車内を歩き回る。
……戦う準備をしなければならない。
私は自分の荷物袋に腕を突っ込んだ。そのまましばらく中を探っていくが、思っていたよりも早く探し物を見つけることが出来たため、それを掴んだまま袋から腕を引き抜いた。
その指が掴んでいるものは、赤の手甲だ。戦闘では格闘と軽装を好む私において、唯一の防具であり唯一の得物でもある一物。
「姉ちゃん」
手甲を身に着けていた私にテオが話しかけてきた。
「ん?」
その声に、私は振り向く。柱にしがみ付いたままという少し情けない格好の彼は、しかしその顔に真剣な表情を浮かべていて。
「兄ちゃんって、いつもこうなの?」
「……どういうことかしら?」
彼が言いたいことを瞬時に理解した。それは、いつも私が考えていたことと同じものであるからだ。
だけど、私はそこで敢えてとぼけるという選択を下す。彼の考えを自らの口で話してもらいたいと思ったから。
「……その、いつもこんな風に見ず知らずの人を――」
「――そうよ」
やはりその点に行きつくかと、私は溜息をついた。
ショウ――正確にいえばワタナベショウは、この世界において特異な存在だ。それは黒髪黒瞳という稀有な外見でも、内に保有する魔族に匹敵するほどに膨大な魔力量でもない。その思考だ。信念と言い換えてもいい。
あちらの世界がどうであったのかは詳しくは知らない。が、それでも彼がどんな生き方を送ってきたのかは非常に気になるところだ。
どうして、そんなにも他人を気遣うことが出来るのか。どうしてそんなにも――自分の命を軽視できるのか。
彼は、元の世界では貴族か何かだったのだろうか?確かに初めて見たときの彼は、とても精巧な服をその身に纏っていた。だが、その割にはあまりにも……彼は庶民じみていた。良い意味でも悪い意味でも、地位を持つ者が纏う独特なオーラが微塵にも感じられなかった。
彼は、自分は死なないとでも思っているのだろうか?戦い始めた者が掛かり易い病気――自分がまるで物語の主人公であるかのように錯覚してしまう病気。だが、それを彼が患っているとは到底思えない。旅を初めて、戦い始めて一ヶ月。もはやそれを患う期間はとうの昔に過ぎ去っているはずだ。
彼は……。
「大丈夫ですか!?」
ショウの声が荷車内に響き渡った。
馬車の振動も緩くなってきている。どうやら目的地に到着したようだ。
「……話は――」
「後だね!」
話を一旦切り上げようと口火を切った私だったが、それよりも早くテオが言い終える。
――話が早くていい。
お互いに顔を見合わせ、ニィと笑みを浮かべる。彼は無邪気な少年の笑顔。大しての私の笑顔は――きっと悪そうな笑みを浮かべているのだろう。……こればかりは昔からの癖なのだから仕方がない。
「いくわよ!」
「ウン!」
私とテオは、馬車を飛び出した。
「大丈夫ですか!?」
馬車を飛び出した私達を迎えたのは、ショウの声だった。街路の端――木々に覆われた空間の中にただ一人立つ女性へ向かって、彼が駆けていく。
金色の長髪を風に靡かせる女性。その姿はとても絵になっていた。女性の私でも思わず美しいと思ってしまうほどに。
……普段ならば人目を集めるであろうその整った顔立ちも、今は恐怖の表情で覆われていて台無しなのだが。
「――っ!!」
ショウの声を聞いて身構えた彼女だったが、こちらの姿を認めるとその表情を和らげて駆け寄ってきた。魔獣とでも思ったのだろうか?
「助けてください!」という言葉と共にショウの胸の中へ飛び込んできたその女性を、ショウはしっかりと抱きしめる。
『気に食わない』。私が彼女へ抱いた第一の印象はソレだった。
そんな私の心境など知る由もなく、ショウは抱きしめた体勢のままに女性へ言葉を投げかける。とりあえず降ろしたら?
「何があったんですか!?」
ショウの疑問に彼女は口を開くが、それを聞くよりも早く、私達の前に答えそのものが轟音と共にやってきた。
木々を飛び越えてやってきたソレは、大地を穿つ音を撒き散らしながら着地した。もうもうと立ち昇る砂煙がその存在の視認を妨げる。
――来たわね。
私は突然の来訪者に対して身構える。視界の隅ではショウも二対の魔剣を引き抜いていた。
……やがて砂煙が晴れる。砂のカーテンから現れたその存在の正体を認識した瞬間、私は小さく息を飲んだ。
「えっ!?オーガ……?」
砂の幕の奥から姿を現した鬼を視認し、テオが私の隣で声を上げる。
「知っているのか、雷電!!」
――雷電……?
女性を後ろに庇いながらも既に戦闘準備を終えているショウが、テオに向かってそう言葉を飛ばす。雷電の意味は分からなかったが、オーガについて聞きたいのだということは分かった。
「うん!あの魔獣はオーガ。危険度ランクはDだよ!攻撃力だけならCに届くけど、その分動きが鈍いから、数人で挑めば倒せるよ!」
「……D、ね」
私はポツリと呟く。その声に乗せた感情は、否定の意。それはつまり、テオの説明に納得していないということ。
人族はその危険度で魔獣を区分けしているらしい。上から順にS、A、B、C、D、E、Fまでの7通り。これにはパッと見たときにその敵がどれほどの脅威を誇るのかを判別し易くしたりと色々な意味を持つらしいのだが、その点には異議はない。オーガという魔獣がD――つまり、それほどの脅威ではないという位置づけにも問題はない。
ただし……『目の前のオーガがDランクである』ということに関しては、首を捻らずにはいられない。
「アレで、鈍いのか……?」
「さあ……?」
ショウも同じ疑問を浮かべたらしい。テオに質問している。
答えは、否だ。私は以前にも同じ魔獣と戦ったことがあるが、ここまでの敏捷性は持っていなかった。少なくとも十分に成長した木をそれよりも高く跳躍するだけの跳躍力など持っていなかったはずだ。
動きの鈍さから危険度が低いオーガだが、あれほどの敏捷性を持っているのであれば危険度もグッと上がるだろう。C、あるいはBにも届くかもしれない。
「逃げましょう」
「……いや、無理みたいだぜ……?」
正体不明の敵とはなるべく戦いたくはない。特に、見ず知らずの人族がいるのならば尚更だ。下手に力を出せないだけならず、この人物を守りながら戦わないといけないからだ。
だが、その考えは切り捨てられる。
何かを探しているかのように首を動かしていた鬼の眼が、此方をしっかりと見据えていたのだ。狙いは――考えるまでもなく、あの女性だろう。
「―――――――!!!!!!!!!」
「うっ……!」
「くっ……!」
「うわ……!」
涎を撒き散らしながら、高らかに雄叫びを上げる。その半端ではない音量に私達が耳を塞いだわずかな瞬間に、鬼はこちらに向けて走り始めていた。
――速い!
尋常ではない速度だ。これで他のオーガとは一線を画す敏捷性。こうなってはもう、逃げることなど無理だろう。
「テオっ!ミラっ!!」
ショウが短く私達の名前を口にする。――それだけで彼の言いたいことが分かった。
テオは女性の前に立ち塞がる。その手に小さなナイフを握り締めて。
そして私は、魔法を生成する。オーガへと突撃していくショウを援護するのだ。私の力を人前で見せないようにしようという、ショウなりの気遣いだろう。私は彼の後を追いながら走り、両の手に炎の球を生み出していく。
右足を踏み込むごとに右指に火球を。左足で地を蹴るごとに左指に火球を生成していった。
一つ、二つ。この程度ではまだ足りない。
三つ、四つ。この程度ではもの足りない。
五つ。これで左右合わせて丁度十発。
そして、私は両腕を振りぬく。その先はショウの目の前――ではない。身体を回転させる要領で、両の指先を叩き付けた。
右側面から飛来してきた木に、火球を全てぶち当てる。出し惜しみは出来ない。そうでもしなければ――私は串刺しにされるだろう。
風を切り裂きながら飛んできた木を、火球の爆発を利用してその勢いを押し止める。
「――くっ……!」
爆風によりその勢いを失った大木の矢が重力に従って地面に落ちていった。だが、私にはそれを見て安堵するような余裕など欠片たりとも存在しない。厳しいままの視線を矢が飛んできた方向へと向けていた。
「――まさか、そんな……」
テオが呟き、私も知らず苦々しい表情を浮かべていた。私が向けている眼の前では、木々の奥からオーガの群れがゾロゾロと姿を現していた。その数、六匹。
内一匹の近くには力任せに折られたのだろう、無残な姿の木の痕が残っている。先程投げられたのは、おそらくコレだ。
「クッ……!?」
女性目がけて駆け出すオーガ達。その進路の間に私は立ち塞がる。
走る勢いをそのままに打ち出された拳は、とても重かった。骨の髄まで響く衝撃に、私の顔が苦く歪む。
手甲を付け、更に僅かに逸らしているというのに、この威力。見れば手甲の表面が削られていた。ああ、お気に入りだったのに。
「テオ、下がって!!」
私が食い止めている間に、彼には下がってもらわなくてはならない。このままでは、戦闘に巻き込まれてしまう。
すっかり囲まれてしまった私にはもはや確認する余裕などないが、テオのことだ。きちんと言いつけを守ってくれることだろう。
お願いだから、何もしないでもらいたい。奴らを刺激するようなことは。間違っても、奴らを攻撃するようなことはあってはならない。
私は腰を深く落とし、身構えた。涎を撒き散らしながら、オーガ達は再び雄叫びを上げる。
「―――――――――――!!!!!!!!!!」
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
果たして、私達は同時に動き始める。
おかしい。
穿ち、蹴り、刻み。殴られ、蹴られ、それをスレスレのところで受け流す。
戦いは未だ続いたままで、しかし私はその中でますます疑問を深くさせていった。
やはりおかしい。
足を強く踏み込んだ。体重、勢い――その全てを腰に乗せる。
拳が砲弾ならば、身体は砲台だ。足、腰、肩、そして腕。その全てを連動させ、その全てを乗せた一撃は、最高の一撃だと自負できる。
だが。それを受けてもまだ、オーガは生きている。骨が砕けた音がこちらにまで聞こえたというのに、奴は生きている。
右腕が折れ曲がっているというのに、その折れ曲がった腕をぶつけてくるなど正気の沙汰ではない。
――狂っているの……?
見れば、その眼は澱み濁っている。視線は定まらず常に揺れているし、そういえば先程から涎を容赦なく撒き散らしていた。
更に、痛覚が無いのかとすら思う奴らの行動も、狂っているのだとすれば理に適う。
――あの女、なんてモノを連れてきたの……!?
あの女性にいい印象を抱かなかったこともあってか、自然と口が舌打ちを漏らす。
嫌な音と、彼の呻く声が聞こえたのはそんな時だった。
ショウは満身創痍だった。
起き上がったは良いものの、それ以上は動けそうもなく。
ならばと助けに向かいたいところだが、下手に動けば後ろのテオ達の命が危ない。
だから、今の私には声を飛ばすことくらいしか出来ない。オーガの攻撃を紙一重のタイミングで受け流し、カウンターの一撃を叩き込んだ。相変わらずだが、手応えはない――いや、手応えは十分にあるものの、敵にその効果が見られない。
その間にも、ショウに向かって一匹のオーガが近づいていた。ショウは、その存在に未だ気づいていない。
「ショウッ!!」
私は声を上げて彼に注意を促した。ショウはその声を受けて、ようやく目の前のオーガに視線を向ける。
……向ける、だけだ。それ以上の動きを彼はとることが出来ない。ガクガクと震える身体を、支えることくらいしか出来ない。
そんな無防備なショウに向けて、オーガは腕を振り上げた。
「ショウ、逃げて!」
「兄ちゃん!」
私の、テオの、悲痛な声が響く。
残るオーガの群れが、私に襲いかかる。
魔獣の壁で彼の姿が見えなくなるその最後の瞬間に、無慈悲な一撃が撃ち降ろされるのが見えた。
……轟音が、その場に響き渡った。
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