第11話 渡辺翔の三分間クッキング
予定より遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
これに加えてもう一つおまけを書きましたので、それでご勘弁を……。
「誰か助けてぇぇぇぇぇ!!」
大地を蹴り、疾走する。大地を蹴り、前へ前へと。
後ろから放たれる殺気は、未だ離れる事はなく――いや、むしろ近づいている……?
「――相変わらず元気ね?」
「兄ちゃん、頑張れ~」
「お前らもちょっとは心配しようぜ!」
馬車の手綱を握るミラと荷車から顔を出しているテオの二人に対して、俺は心からの突っ込みをぶつけた。お願いですから、見ていないで助けてください……。
チラッと後ろの様子を伺えば、大質量の塊――サイに似た姿の魔獣が尚もこちらに迫って来ていた。
ランシールという名の魔獣らしい。基本的な姿はサイとよく似ているが、頭部に付いている角はより攻撃的な形となっている。槍を彷彿とさせる、長く鋭い角がコイツの名前の由来なのだそうだ。
その重量を乗せた突進は人間など簡単に跳ね飛ばし、突進の勢いを利用した角による刺突の前には、鎧など何の意味も持たない。まるでソレが豆腐で出来ているかのように易々と吹き飛ばす。
「とうっ!」
このままでは追い付かれてしまうと判断した俺は、左方への横跳びで後ろの魔獣をやり過ごす。あの巨体と勢いでは、小回りが利かないと判断したためだ。
その考えは果たして的を射る。
勢いを押し殺すことができないランシールは突然の俺の動きに対応できず、そのまま真横を突き進んでいった。
「……さて」
着地の後、すぐさま抜刀。右手に赤き魔剣を、左手には青い魔剣をそれぞれ握りしめる。
逃げきるのは無理だ。いくら強化を掛けているとはいえ、元々の俺の身体能力自体が低いのだから、奴の突進から逃げきれるだけの速力を出すことはできない。
――ならば、俺は……。
……眼前で、魔獣がゆっくりと方向を転換していく。
その隙だらけの姿に、思わず攻撃を仕掛けたくなるがそこはぐっと我慢する。奴の鎧のような厚い皮膚の前には、生半可な攻撃は全くと言っていいほどに通用しない。その防御力はその巨体も相まってか、相手側に頑強な城を連想させる。無用心な攻撃は即、死に繋がるだろう。
「あら、どうやらショウは覚悟を決めたみたいよ?」
「兄ちゃ~ん、頑張れ~」
「だから、そこで緊張感を削ぐような会話はやめてくれ!」
もしもポップコーンがあれば、きっとこの二人はそれを眺めながら観戦していたことだろう。我関せずという表情を全く崩さない二人に、俺は通じないと知りながらも懇願する。ところで、この世界にポップコーンってあるのかね?
まあ、いい傾向ではある。結局あの夜の後、共に行動するようになった少年――名をテオという――の表情は、日をまたぐにつれて明るくなってきていた。仮にそれがヤセ我慢であったとしても、それが出来る程度には回復したということになる。
「――って、そんなことを考えている暇じゃねぇ!」
見れば、向こうはこちらへ突進する体勢へと移っていた。いつ走りだしてもおかしくはない。俺は慌てて思考を中断し、魔法を練り上げる。
……冷たい感覚が脳裏に広がり、俺の思考が急速にクリアになっていく。魔法を練り上げている感覚ではない、戦闘が始まると自然と変化する俺の思考。不必要なものをばっさりと切り捨て、今は戦うことだけに集中する。
「……来るか」
言葉と同時に、敵が走り出した。対して、俺の魔法はまだ出来あがっていない。
彼我の距離はおよそ十メートル。一瞬で埋まる程度の距離しかない。
角が迫る。
左腕を振るう。
巨体が視界を埋める。そのまま、巨大な槍が真っ直ぐに俺に突き立てられ――、
「……ギリギリだったが、間に合ったようだな」
炎を想像させる赤き魔剣を振るう。比喩ではなく、その身に確かに炎を纏わせていた剣は、風の唸りと共に刀身から炎を撒きあがらせる。まるで、我が身の存在を誇示するかのように。
……魔法塗装。道具内に含まれる魔素に干渉することで、ソレに新たな効果を付加させる魔法だ。
これを使えば本来ならば炎を吹き上げる能力を持たないこの赤い魔剣でも、今のように炎を纏う効果を持たせることが出来る。幸いなことに刀身の色が炎を連想させる赤だったことから、想像するのは容易かった。
「――さて」
身動きがとれない魔獣など、相手にもならない。その『足を大地に縫い付けられている』ランシールへ、俺はゆっくりと歩み寄っていく。
ヒヤリとした冷たい空気が頬を撫でていった。
……それも当然だろうと周囲を見渡しながら思う。局所的ではあるが地面を覆うように広がっている氷はランシールの脚部を巻き込み、そして今も尚、奴の動きを封じ込めていた。
これで氷の表面が滑らかであれば、きっとスケートが出来ただろう。
その氷の発生源を左腕で握りしめる。右手の中で燃え上がる赤剣とは対照的に、こちらの青剣は全てを凍てつかせるような寒々とした空気を放っていた。
角が突き立てられる直前に地面へと突き刺した青い魔剣。そこから発せられる冷気は地面を伝い、即座にランシールの脚を地面ごと凍りつかせ、奴の身動きを封じることに成功していた。
「だけど、そろそろ抜いたほうがいいな」
現に今も尚侵食し続けている氷が、俺の脚すらも巻き込もうとしている。自分で生み出した氷に自身が氷漬けにされてしまうほど、馬鹿な話はないだろう。氷に食われてしまう前に氷の発生源を引き抜く。
ピタッという音を幻聴してしまうほどに、途端に動きを止める氷達。だが、それは動きを止めただけで、その存在が消える事はない。
それはつまり、ランシールの身動きは未だに封じられているということだ。
魔獣の目の前まで迫った俺は、右腕を振るう。
構えは突きの形。フェンシングの様な剣身を前に出す構えではない。身体中の力を溜めて打ち込む、必殺の一撃。その構え。イメージとしては、牙突に近いかもしれない。
狙いは一点。いくら皮膚が硬くても、ここは柔らかいであろう弱点となる箇所。
ランシールが雄叫びを上げるためだろうか、その大きな口を開いた。そこから発せられる音は、俺への怒りの咆哮か。助けを呼ぶ鳴き声か。
「……まあ、どちらにせよ」
それが表に出てくることはない。
開かれた門の内へ、その頑強な城を打ち崩す必殺の一撃を俺は叩き込んだ。
「これで終わりだ!」
口内へ突き込まれた剣がランシールの血で朱に染まる。
予想に違わず、内部への攻撃は効果があるようだ。更に剣を奥へ奥へと押し込んでいく。
血飛沫が飛び散った。顔に勢い良くかかった血糊に不快感が込み上げる――が、そこで攻撃の手を緩める程、俺は青くない。これまでの決して少なくはない戦いの経験が、それを許さない。
止めを刺す。
深く魔獣の体内に突き刺さっている剣の切っ先から、炎を解き放つ。
奴の目から、口から、ありとあらゆる身体中の穴から炎が噴き上がった。被害を被らないように俺が剣を引き抜いた後も尚、勢いを増して燃え続けるその豪炎は、やがて敵の体内から表へと侵食していく。あれだけの巨体を、火達磨へと化していく。
ランシールの足を封じていた氷が溶け、巨体が地に沈んでいく。
地面から響き渡る、ランシールが崩れ落ちる重くも鈍い音を聞いて、俺は戦闘が終了したことを理解した。
「どうしてこうなった」
戦闘が終了したというのに、俺は赤剣を収めようとはしない。依然、剣身を表に晒したままだ。
……いや、収められるものならばとっくの昔に収めてるんだぞ?戦いはとっくの昔に終わっているわけだし。だというのに俺がそれでも尚、剣を抜いているわけは……、
「兄ちゃん、まだ?」
「まだだ」
「私はミディアムでよろしくね」
「お前も手伝えよ」
俺よりも遥かに魔力があるでしょうが、貴女は!?
「私がやったら、一瞬で焦がしちゃうもの。これはショウにしか出来ないことなのよ」
「自慢ですね、分かります」
俺が剣を抜いているわけは、先の戦闘で実行して見せた魔法塗装。それを使って、ランシールの肉を焼きあげているからだ。刀身から炎が噴き上がるわけだから、下手な炎魔法を使うよりも肉を内部から火を通せる分、優れているのは分かる。分かるんだが……。
もう一度言う。どうしてこうなった。
ちなみに、ランシールの肉は大味ではあるが中々に美味いらしい。
「そろそろかな……?」
先の戦闘でも炎で焼き殺しているわけだが、それは主に臓器を焼き尽くしたから勝てたわけで、肉自体にはまだまだ火が通っていない部分が多い。流石に生で食べるのは抵抗があるので、しっかりと火を通していく。
……ああ、そうだ。骨や表皮はしっかりと取り除いてあるからな?
俺は誰に向かって話しているのだろうと思いつつ、ウルトラ上手に焼けました!と思わず叫んでしまう程に良い焼き具合に仕上がれば完成だ。後は適当な調味料で味をつけていく。後は青剣で切り分けて、器に盛りつけるだけだ。
――俺って、ロクな剣の使い方をしていないよな?
串やナイフ代わりに使われた得物達が、陽光を受けて鈍く光り輝く。まったくだという剣達の声が聞こえたような気がした……。
昼食を終えると、俺達は各自の仕事に戻っていった。
具体的に言うと、ミラは皿洗いを。テオは魔獣から換金部位を取りに行っている。
そして、その光景を余所に昼寝に耽る俺。……別にサボっているわけではない。戦闘の疲れをとることが今の俺の仕事なんだ。
「頑張るなぁ」
腹が膨れたこともあってか、待つことなく直に眠気の波が押し寄せてくる。
トロンとしてきた目線の先に映るのは、小さい体ながらも懸命にランシールから換金部位を取ろうとしているテオの姿だ。
炎で焼かれたのが原因なのか、真っ赤に染まったランシールの角――元は鈍い灰色だった――を切り取ろうと、汗水を垂らしながら頑張っている。
「――――!!」
何を言っているのかは分からないが、叫んでいるのだけは分かる。大方、予想以上に硬くて切り取れなかったんだろう。
そのまま懐に手を伸ばすテオ。そこから抜き出したのは、一本のナイフだ。彼はその母親から貰ったナイフを前に突き出し、何かを口走る。
その刃先から放たれるのは、一陣の風だ。
だが、ただの風ではない。その限界まで圧縮、鋭利化された風は、いかなる物も切り裂く刃と化す。
その威力はお墨付きだ。現に、ほら。あの硬い角をバターのように切り裂きましたよ?
「…………」
あのナイフは反則だよなと思いつつ、自然と重力に従って落ちていく瞼諸共、寄る眠気に身を委ねる。
今見た光景が俺の脳に影響を及ぼしたのか、眠りの世界で繰り広げられるのは、あの夜の出来事。
男達が倒れ伏せている中で、テオを抱えた俺がミラと話しているのが見える。
蒼い月夜と赤い血池と、そしてその場に三人の姿を認めながら、俺は夢の世界へと潜行した。
角の形が槍 ⇒ ランス
固い守り ⇒ シールド
二つを組み合わせる ⇒ ランスシールド
サ行のどちらかを省く ⇒ ランスールド、ランシールド
ドを省く ⇒ ランスール、ランシール
ランスールは除外 ⇒ ランシール ⇒ 決定
……安直ですかね?