第10話 月下の血戦
あ~う~……。
ポイントが伸び悩んでいると前回書いたら、翌日には伸びていました。
催促してしまったみたいで、どうも申し訳ありませんでした。
「ぬぉぉぉぉぉぁぁぁぁ!!」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
互いの咆哮がぶつかり合った。
勢いよく振り下ろされた斧を赤い魔剣で受け止め、そのまま強引に押し返す。
得物を撥ね上げられ隙を見せた男に向けて、返す斬撃を放つ――その刹那に、背中をゾクリとする悪寒が走った。
「――ちっ!」
迫る殺気を背に感じ、動作を中断。考えるまでもなく、確認するまでもなく、振り返り際に赤剣を薙ぐ。
一文字を宙に描く剣の軌跡は、相手の剣に受け止めてその動きを止めた。
お互いの動きが一瞬ではあるが止まり、ならばと即座に蹴りを放とうとするが、敵の連携がそれを許してくれない。体勢を立て直したのだろう斧を手に持つ先程の男が、再び斬撃を放ってくる。
受け止める、という選択肢は脳裏に浮かばなかった。足のバネを最大限に酷使し、前方の空間に飛び込む。
飛び込む動きに一泊遅れて、斧が大地を突き刺さる。武器の重量を伴った斬り下ろしは地面を抉り、土片が周囲にに飛び散った。
――あの一撃を喰らうわけにはいかないな。
致命傷は必至の一撃を見て、そう思う。というより、さっき受け止められたのが奇跡に近い。
現に、今もソレを受け止めた右腕は震えているのだから。
「……!?」
視界に映る、遠距離から放たれた三本の矢。当然ながら現在進行形で空中にいる俺では、これを回避することは至難の業だ。
しかも運の悪いことに、その内の一本は腕の中の少年に当たる軌跡を描いている。
ならば。避けられないのならばせめて、抱きかかえている子どもに当たらないようにと、身体を丸くする。
……結果として、背中に二つの灼熱感が生まれた。
体勢を崩しながらも、なんとか着地に成功した俺は、腕の中でギュッと目を瞑っている少年の状態を確認する。
――まだ大丈夫そうだな。矢も当たっていないようだし。
全ての矢を背中で受け止めた甲斐はあったようだ。ホッと安堵の溜め息を吐いた処で、再び視線を周囲に向けた。
……状況は戦闘を始める前と全く変わっていない。いや、むしろ俺が負傷してしまった分、悪くなっているといえる。
依然、俺を取り囲むように展開している盗賊達が、じわじわと距離を縮めてくる。
俺は正面に位置する神経質な男に向けて火球を放とうとして――、
「――ああ、もう!!」
魔法創造を邪魔するように放たれてきた矢に、組み立て中の構造を破棄。剣を振るうことで叩き落とす。
だが、その俺の動きは周囲の男達からすれば絶好の機会であって。
最初に動いたのは、俺の背後に位置していた男。脚が地面を蹴る音を切欠に、俺が振り向き、男達全員が殺到する。
視線の先に映ったのは、さっきの頭領。手持ちサイズの斧を両手に構え、俺に迫ってくる。
「ざまぁねぇなぁ?魔法使いの兄ちゃんよぉ?」
「なめるな!」
振り下ろされた二本の斧と、赤剣のすくい上げる閃きが激突した。
今日は厄日なんだろうか?そんな考えが頭を過ぎる。
考えてもみてくれ。昼はゴブリンの大群。夜は大勢の盗賊を相手取っているわけだ。対して、こちらはいつも少数。これがついていないと言わずになんと言おう。
だが、昼と違う点もいくつかある。残念なことに、そのどれもが俺に利するものではないのだが。
一つ目。昼のゴブリン達とは違い、敵がちゃんと連携をしてくるということ。このせいで、未だ俺にまともな反撃の機会が回ってきていない。
二つ目。子供を片手に抱えていること。左腕が塞がれるだけでなく、彼がこれ以上傷つかないように常に気を配らなくてはならないため、必然的に俺の動きが制限されてしまう。とはいえ、そこいらに放っておくわけにもいかない。人質にとられる可能性があるからだ。
そして、三つ目。これが一番大きなことなんだが……。
「――この場に、ミラがいないことだぁぁぁ!!!」
叫び、そのままの勢いで目の前の筋肉質な男を右肩から斜めに斬り裂く。
……我ながら自分勝手だとは思うが、現状への怒りを勢いに乗せて叩き込んだ一撃は、一刀の下に敵を切り捨てることに成功していた。
盛大に血飛沫をまき散らしながら後ろに倒れる男と共に、彼が持っていた大斧が轟音と共に地面に突き刺さった。
「ああああぁぁぁぁぁ!!!」
仲間を倒された怒りからか、無用心に飛び込んでくる男に向けて、俺は剣を振り――投げた。
放たれた赤い剣は真っ直ぐに敵の喉を貫き、結局、彼が振り上げた剣は俺を傷つけるどころか振り下ろされることなく、持ち主と共に赤剣の勢いに引っ張られて後ろへと飛んでいく。
後ろに備えていた味方を巻き込んで倒れていく死体を尻目に、俺は新たな目標へと視線を移した。
押し寄せてくる敵を前に、俺も駆けだす。左手はそのままに右手で双剣の片割れを引き抜き、そして、
「ウォォォォォォァァァァァ!!!」
咆哮と同時に剣を振り回す。
剣が、斧が、短剣が、矢が放たれる度に俺の傷は増えていく。
応戦していく毎に、俺は身体に傷を刻まれていく。
――だが、まだ倒れる訳にはいかない。
腕の中の彼を、殺させてしまうわけにはいかないからだ。
正面からの剣撃を受けるのではなく回避する。俺を目がけて最短距離で迫ってくる刺突を、頬を掠められつつもギリギリの距離で避けながら、返す刀で相手の命の灯を奪い取る。
そこに出来た、一瞬の隙。この取り囲まれている状況から抜け出すための、唯一の出口。
迷うことなくその空間に飛び込み、包囲から抜け出す。
だが、その行動すらも相手の思惑を超えるものではなかったらしい。
「……!?」
俺が包囲から潜り抜けてくるのを待っていたかのように出迎える矢の群。
それを対処している間に、再び取り囲まれてしまった。どうやら、俺に休む暇など与えてくれないらしい。……当り前か。
――この状況……どうしたものかね。
このままでは消耗戦となってしまう。そうなっては、俺に勝ち目はない。
短期決戦に持ち込もうにも、そうするだけの手札がない。
奴らにない武器――魔法を使おうとすれば、遠距離から放たれてくる矢がそれを許さない。
弓矢から先に潰そうとしても、取り囲まれた身ではどうしても彼らの下へ辿り着けない。
……さて、ここで問題だ。
このどうにもならない状況で、どうやって生き残るべきか?三つの選択肢の中から選びなさい。
一つ、ハンサムな渡辺翔は突如、この状況を打開するアイデアを閃く。
二つ、仲間が来て助けてくれる。
三つ、どうにもならない。現実は非情である。
「――っていうか、そんなことを考えている余裕なんてねえよっ!」
右にも左にも首が回らない状態で、それでも俺は足掻き、もがき続ける。
だが、どうやらそれも限界のようだ。
ザクッと何かが突き刺さる音が闇夜に響く。……手の中から抜け落ちた青い魔剣が地に突き刺さった音だ。
大地に突き刺さった魔剣が、まるで俺の墓標のようにすら見える。
「ぐっ……!」
血が流れすぎたのか霞む視界の中で、俺は遂に膝を地に付ける。
地面に右腕をつくことで、そのままの勢いで崩れ落ちていきそうな身体を押し留めた。
だが、立ち上がれるだけの体力が、無い。この状態を保つだけで精一杯だ。
「よくもまあ、その小僧を守りながらここまで戦えたもんだ」
――俺もそう思うよ。
最早顔を上げる気力すら無いが、聞こえてくる声だけでソイツが誰か把握した。耳に届いてくるリーダー格の言葉に、心の内で同意する。
――ようやく、半分ってところか……。
戦うのに必死だったため、敵の正確な数は分からないが、大体そんなものだと思う。
――厳しい、な……。
首裏に、冷たく硬い物が押し当てられる感覚。おそらくこの感覚は、斧のものだろう。
「小僧を庇いながら戦ってさえいなければ、今頃は立場は逆転していただろうになぁ?」
勝利を前にして余裕が出てきたのか、リーダー格の口から次々と言葉が吐き出されていく。
風に乗って耳に届く言葉を聞いた俺は顔を動かした。
「…………」
俺は男の話を鼻で笑うことで一蹴しようとしたのだが……、
――コイツの言う通りだぜ。
心の奥底に眠る自分が俺に囁きかけてくる。
――赤の他人の為に、命を賭ける必要も義理もはねえ。見捨てっちまえよ。一人ならば、今からでも逃げきれるだろう?
確かに、その通りなのかもしれない。そうすることの方が、この世界で生き残っていく上では正しい選択なのかもしれない。
だけど。
「――ふざけるな……」
俺はその選択肢を選ばない。
「ふざけるな……!」
甘い考えなのかもしれない。青臭い理想なのかもしれない。偽善の心なのかもしれない。
それで結構。偽善者上等。
この厳しくてデタラメな世界において、ならばせめて俺だけでも、助けられる人を助けていきたいと、旅立つ前日に二人の前で話した。打ち明けた。誓った。
ミラが人族と魔族が共存出来るよう作り替えていくこの世界において、ならば俺は、この生きていくだけでも精一杯な世界が少しでも良い方向に――普通の人が普通の幸せを普通に噛み締めることが出来るような世界になればいいと、そういう世界にしていきたいと確かに言ったではないか。
ならば、そんな選択肢は論外だ。
「ふざ、けるな!」
今も尚俺の元へと風に乗って運ばれてくる声を耳にしながら、微かにとはいえそんな考えを抱いてしまった自分への怒りの炎を右腕に込める。
弓矢で妨害されるよりも早く、首と身体を分断されるよりも早く、俺は首裏の斧を掴み上げた。
掴む部分は刃の部分。力を込めた掌から血が流れ落ちていく。
「てめぇ、どこにそんな力が……う、ぐぁぁぁぁぁ!!」
即座に右掌を纏うように創造した炎の魔法を解き放つ。
創造したのは、掌の中で起こる爆発。イメージでいえば、さしずめ『イオ』と『シャイニングフィンガー』を組み合わせた感じだろうか。
ともあれ。至近距離からの術者本人への影響を考えずに発動した爆発を受けた斧は、その場で粉砕した。爆発の勢いのおかげで、その破片が全て斧の持ち主――盗族のリーダー格へと飛んでいったのは嬉しい誤算と言える。
だが、そこは敵(的)ながら天晴れと言うべきか。飛び散る破片によって身体に傷を負ったというのに、即座に体勢を整え終えた彼は、後ろに控える部下達に指示を送る。
確かに、俺の姿は満身創痍だ。今の魔法で正真正銘力を使い果たした俺を屠ることは、子供にも容易いだろうと思う。
所詮は、最期に男が足掻いただけだ。そのまま止めを刺して、それで終わり。そう考えるのが普通だろう。それが普通の思考だ。
――こんなもんで良かったか?
力の入らない身体に、しかしその顔には笑みの表情を浮かべて、俺は内心で声をかける。
……声をかける相手は、当然ではあるが目の前の盗賊たちではない。先程から盗賊たちの言葉とは別に俺の耳へと届いていた声の主に対してだ。
『王手』――、そんな呟きが聞こえたような気がした。
「て、てめぇら!何をぼさっとしてやがる!早く殺っちまわねえか――」
その命令が聞き届けられることはない。何故なら――、
「――な、何が起こっているんだ……」
頭領がその口をだらしなく開けている。だが、その気持ちは分からなくもない。
彼を除く盗賊達のいずれもが身体に大きな欠落を伴った状態で立っていたからだ。ある者は胸に風穴を開け、ある者は腹から上が無かったりする。……当然ながら、息はもうあるまい。
――幼少期にこれを見たら、絶対にトラウマになっていただろうな。
多少は死体にも見慣れてきた俺だったが、それでも目の前に映る光景は凄惨だった。思わず、少年がこの光景を見ていないか確かめてしまう程に。――幸いにも、彼は眼を瞑ったままだったのだが。
「い、いったい何が……」
「立場は逆転したな」
尚も呆けたままのリーダーは、俺の言葉で正気を少しばかり取り戻したらしい。壊れた人形のようにギクシャクとした動きで、こちらに振り向いてきた。その顔からは血の気が引いている。
ふらつく足取りの下まともに立つことすら十分に敵わない俺の姿に、しかしその姿を見ても俺に止めを刺そうという考えは浮かばないらしい。頭領は青ざめた表情で俺に疑問を投げかけてきた。
「お、お前がやったのか……?」
「……いや。残念ながら、俺じゃない」
「じゃ、じゃあ、いったい誰――ぐぁ!」
そんなの、決まっているじゃあないか。
首から上を消し飛ばされ、倒れる男に背を向けて俺は歩き去る。
俺の知る限り、誰にも気付かれずに、しかも敵をこんな状態にしてしまう程の力を持つ人間なんて、一人しか知らない。
「ヤレヤレ。出る機会を弁えているというかなんと言うか……」
まあ、どうやら『ミラが助けに来てくれるまで時間を稼ぐ』という作戦は、上手くいったようだ。
「――ふぅ……」
矢が飛んでくる恐れが無くなったため、安心して回復魔法がかけられるというものだ。淡い光に包まれてみるみる内に傷が塞がっていくのを確認した俺は、しかし小さくため息を吐いた。
切っ掛けは、斧を首筋に当てられている時に『遠くにも届くように魔法で風に乗って運ばれたミラの言葉』だ。それを聞いた時は、思わず顔を動かしてしまう程に驚いたものだ。
……彼女の魔力の波動を感じたからこそ、魔法で斧を砕くなどという芸当を起こして敵の目を引きつけておいたものの……今度からは勘弁してもらいたい。
あれは命がいくつあっても足りないと思う。
「まあ、いいか」
終わりよければ全て良し、ではないが、彼女のおかげで生き残れたのは事実だ。素直に感謝することにしよう。
「……どうやら、さっきの選択肢の答えは二番だったようだな」
俺は森の上に遠く映る人影の方へと向きながら、小さく呟く。
夜よりも尚黒い翼を羽ばたかせて宙に浮いていた彼女は、こちらを向いてニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
血戦というタイトルの割には、あまり戦っていない気がします。