127話 行動動機
「私がオズワールさんに使用したのは『夢現の雫』と言う名の魔法薬です。飲んだ者にかかっている暗示や魅了の類の精神操作魔法を半永久的な効果にします」
本来、例に出されたような精神操作はかけ続けられたりよほど強力なものでもない限り、物理的な衝撃や時間経過で自然と解けるのだという。
しかし、『夢現の雫』を飲むとそれらの方法や魔法を使用しても解けなくなるそうだ。
非常に強力だけど、誰にでも使えるというわけではないということだ。
「効果を発揮する条件として、使用された人がかけられた精神操作魔法を自ら望んでいる必要があります」
裏セレスさんは、表セレスさんは失敗してオズワールさんは無事に解放されたと言っていた。
オズワールさんは恐らく表セレスさんいかけられた精神操作魔法を望んでいなかったということだろう。
「その条件を満たせなかった場合、不正に魔法薬を使用したということで精神操作魔法をかけた人は覚めない夢に落とされます。そして最悪の場合、息絶えるまで眠り続けることになります」
「最悪の場合?」
セレスさんの話だと『夢世界』へ連れて行かれて審判が行われるんだそうだ。
「先ほどのアンデッドがその審査官ということでしょうか」
「確証はありませんが恐らくは」
でも、セレスさんはあのアンデッドにいきなり襲われたので会話はしていないということだ。
それで審判というのはなんだか不思議だ。『夢世界』だから深層心理なんかを調べらえれて結果が下されるのかな。
「セレスさんはなぜオズワールさんに魔法薬を使ったんですか?」
ドルフの問いにセレスさんが言い淀んだ。それでもこのまま隠しておくことはできないと思ったのか口を開いた。
「……その方が生きやすくなると思ったからです」
彼女はオズワールさんについて書かれた資料を読む機会があったという。
「彼は以前の私に似ていると思いました」
セレスさんは前の仕事が上手く行かず、それにより元々良くなかった職場の人間関係も悪化したことで精神的に追い込まれたという。
生きることが辛くて眠る時はこのまま目が覚めなければいいのと考えたこともあったそうだ。
そんな時に声をかけてくれたのが『公才』の人だった。
「私は提案された特殊保護措置を受けて救われたんです。生きていていいんだって思えるようになりました。だからオズワールさんに『夢現の雫』を使ったんです」
オズワールさん自身、すでにその提案はされていたのだという。けれど彼はその回答を保留にしていた。
『公才』の職員にカウンセリングを受けた人がまるで別人のようになるっていうのは多分だけどこのことだろう。
噂の内容ってセレスさんみたいに精神的に追い詰められた人が変わったっていうより、自己中心的だったり人の足を引っ張ったり他者に迷惑をかける人がそうじゃなくなったっていう方が多くなかったっけ?
何か別の使われ方もしていそうな気がする。
しかも、それを公的機関が行っていると。
……ルストハイム、こわぁ。
「セレスさんは善意で彼に『夢現の雫』を使ったということでしょうか?」
「はい。オズワールさんが少しでも自分のことを好きになれたらと思って使いました。私も自分のことが嫌いで苦しかったから」
セレスさんが嘘を吐いているようには見えない。地下室で私たちに見つかった時も、誤魔化そうとはしたけど嘘を吐いたりはしなかったから彼女の言葉は信じて良い気がする。
「ですが、オズワールさんは回答を保留にしていたんでしょう? なのになぜ彼に魔法薬を使ったんですか?」
「しんどい時って視野が狭くなってしまうんです。それに何か別のことをするような気力も残っていません」
そう言ってセレスさんは1つの例え話をした。
医者は患者に対して言った。「助けて欲しいと言うなら助けよう」と。けれど、そう言われた人は致命傷を受けていてまともに話すことができるような状態ではなかった。医者が治療するには患者の意思確認が必要であり、患者はそれに答えることができなかったために助かるはずだった命が助からなかった。
「しんどくてもしんどいと言えない。助けて欲しくても声を出せない。私は彼がそんな状態なのではないかと思ったんです」
でも、それは自分の勝手な思い込みだった。彼には本当に申し訳ないことをしてしまった。とセレスさんは声を震わせた。
セレスさんの行動理由は分かった。
オズワールさんが保留にしていることをそれが良いはずだからと決めつけたことは悪かった。でも、だからといってセレスさんの命が奪われるほどかというとそれもやりすぎな気がする。
審判というのは何を基準にしているんだろう。
まだ『夢世界』が崩壊していないことも引っかかる。
核を壊してからどれくらいで『夢世界』が崩壊するのか分からないからそう思うだけかもしれないけどね。
「セレス嬢は目が覚めたらどうするつもりだ?」
「まずはオズワールさんへ謝罪をします。許してもらえるか分かりませんし、処罰を求められるかもしれません。その場合は求められた処罰を受けます」
それから巻き込んでしまった私たちにも改めて謝罪をすると言った。
【公才】にも事の顛末を報告し判断を仰ぐという。
「セレスさん、もし今回と似たようなことが起こった場合はどうしますか?」
ドルフさんの質問にセレスは考えるように沈黙した。
「……分かりません。でも、きっと放っておけないと思います」
そう言ってセレスさんは苦笑いした。
もちろん、もっとしっかり調査と相談はすると言った。