122話 不思議な『夢世界』
「ラナ!」
名前を呼ばれて飛び起きる。声がした方を見るとドルフがいた。
そのことに安堵しながら周辺を見回す。
場所は意識を失う前と同じ地下室のように見えた。デニスさんとフロイスもいる。
やはりというか、セレスさんとオズワールさんがいなかった。
逃げられちゃったか。
もっと情報をと思って探知魔法を発動させる。
しかしそれは不発に終わった。結界や他の魔法も使えない。
魔法が使えないってことは前にもあったけど、その時とはまた少し違う。前の時は一瞬ではあったけど結界を張ることができたし、身体強化と思考加速は無効化されなかった。
でも今はどちらも一切使えない。
何が起きているんだろう。
「ここにいたのか、探したぞ」
そう言いながら地下室へやって来たのはジェドさんだった。
「知人だ。敵じゃない」
剣を抜こうとするデニスさんをドルフが制止した。
「信じられないかもしれないが、ここは夢の中、『夢世界』だ。証拠と言えるか分からないが、ここの外は森になっているぞ」
自己紹介をさらっと終わらせ、単刀直入とばかりに彼は言った。
ジェドさんがやってきたことにも驚いたけど、彼の言葉でさらに困惑した。
こんなに意識もはっきりしているのに夢?
「ここから東に開けた場所がありそこに町らしきものがあった。だが、廃墟らしく建物はボロボロで人の姿はなかった」
基本的には森が広がっていて、北には山、西には川、南には沼が見えたという。
「あぁそれと、空には巨大な目があった」
何て?
「さらに言えば、その目は広範囲に数えきれないほど点在していた。どれも東にある廃虚の方向を見ていたぞ」
もうホラーじゃん!
ジェドさんは落ち着いた様子で報告を続けた。
デニスさんは絶句し、ドルフは何やら考えているようだった。
「『夢世界』だからこそ、現実では考えられないようなことが起こる」
『夢世界』というのは夢魔などが得意としている夢見せの魔法によって眠らされた場合に見る特殊な夢のことだという。
続けてジェドさんは詳しく話してくれた。
まず『夢世界』の特殊性について。
『夢世界』の制作者のことを夢の主と呼ぶ。夢の主は夢見せ魔法の使用者である場合もあるし、夢見せ魔法をかけられた者がなる場合もある。どちらになるかは夢見せ魔法を使った者が決めるという。
「『夢世界』は夢見せの魔法を使った者がある程度自由に設定できるが、夢の主の無意識的な部分も反映される」
その例としてジェドさんが挙げたのは空にある巨大な目だった。
他者のことを見たい、監視したいというのであれば私たちのことを見てくるはずだ。しかし、巨大な目はジェドさんが近づいても彼を見ることなくずっと廃虚のある方向を見ていたという。
「だから空にある巨大な目も夢の主が他者から見られている、監視されている、もしくは見られたいという無意識下の心理から出現したものかもしれない」
ジェドさんの仮説には説得力があった。
「それから、『夢世界』で死ぬようなことになっても現実で死ぬことはない」
そこで意識が途切れて夢見せ魔法の効果が切れるまで眠り続けるか、『夢世界』から放り出されて目が覚めるか。だいたいはそのどちらかになるという。
「次に『夢世界』から脱出する方法についてだ」
外部から夢見せ魔法を解いてもらうといった方法や例外的なもの除けば、方法は1つだという。
「それは『夢世界』を形作っている核を破壊することだ」
核は夢の主であったり、そこらに生えている木だったり、石像だったり、動物だったりと様々なのだそうだ。
その核を破壊すれば維持できなくなった『夢世界』が崩れて解放されるということだ。
「その核はどうやって見つければいいのでしょうか?」
「夢の主ならどこに核があるか感覚で分かる。夢の主から聞き出す方法が手っ取り早い。答えない場合でも揺さぶりをかければこの世界に反映されてヒントにはなる。そのヒントを手がかりに探す方法もある」
なかなかに面倒臭そうだね。
もっと手っ取り早い方法はないのかな。
「さて、これからどうする?」
「まずは廃墟の町を調べてみましょう」
ジェドさんの問いに答えたのはドルフだった。
夢の主がいる可能性があるからだ。
反対意見もなく、それぞれ立ち上がり地下室から出るための階段を上がっていく。
フロイスは相変わらずリュックの中にいてドルフに運ばれていた。
ドルフたちに続いて階段を上がっていく。
1階にあった部屋はなく、ジェドさんの言うように森が広がっていた。高くて太い木々が生え放題になっていて日光を遮っているせいで辺りは薄暗くなっている。
見た感じはどこまでも続いている森だ。でも、森にしては鳥や虫の音1つ聞こえず異常なほど静かだ。
木の幹や地面を見れば何かしらの虫がいそうなのにそれもいない。
これも『夢世界』だからなのかもしれない。
ここにいるのが私1人じゃなくて良かった。
……実はドルフたちも『夢世界』の一部だったりとかしないよね? 信じるよ?
そんな不安を感じつつ、私はドルフたちと一緒に東へと向かった。