121話 町での見回り
「ドルフ! 良かった。今いいか?」
町の見回りをしているとデニスさんから声をかけられた。私たちのところへ来る前から走っていたのか、呼吸は少し乱れていて汗もかいている。
探知魔法で彼を調べてみると、彼の中にあったセレスさんの魔力がなくなっていた。
「あぁ、大丈夫だ。火急の用件か?」
そう尋ねるドルフにデニスさんは頷いて横道へと入った。ドルフと私もデニスさんに続いて横道へ入る。
ドルフは音消しを作動させ、デニスさんから話を聞く。慌てているせいでとりとめがなくて分かりにくい。
「夢で見たことで確証はないが、セレスさんがある一軒家の地下室から助けを求めていた。探してみるとその一軒家自体は実際にあったから急ぎ中を確認したいということか」
ドルフがデニスさんの話をまとめる。
間違ってはいないようでデニスさんは何度も頷いた。
「ただの偶然かもしれねぇし根拠がないことだってことも分かってる。だが、何だか嫌な予感がするんだ。頼むドルフ! 俺と一緒にその建物を調べてくれ!」
デニスさんはドルフへ縋りつくように頼み込んだ。
夢で見たことらしいけど、その一軒家が実際にあったことや彼の中にあったセレスさんの魔力がなくなっていることも考えればただの夢じゃない可能性が高いように感じる。
目的までは分からないけど、セレスさんがデニスさんに意図して見せた夢かもしれない。
「その一軒家へ案内してくれ」
ドルフの言葉にデニスさんは頷いて走り出した。
デニスさんに案内されたのは町の中央から南西に外れたところにあった。
見た感じは何の変哲もなさそうだし、匂いを嗅いでみても特に気になることはない。
探知魔法で調べてみると、その家の地下室にオズワールさんとセレスさんの反応があった。その一軒家に彼ら以外に人の反応はない。
地下室には物があまりなくてベッドや椅子、収納棚があるくらいだ。
オズワールさんはベッドの上で横になっていて、目は固く閉じられている。彼の中にはセレスさんの魔力とは別に謎の魔力が渦巻いていた。しかもそれは、魔族数人分ほどの膨大な魔力反応だ。
セレスさんはというと、ベッドの横に置かれた椅子に座ってオズワールさんを見ている。
彼女の右手には空の小瓶が握られていて、その小瓶の中から微かに謎の魔力反応がある。
小瓶自体にも何か魔法がかかっているようで、液体ほどではないけどかなりの魔力が込められていた。
どういう状況!?
デニスさんの話では、夢の中のセレスさんは助けを求めていたらしいけど、この状況だと助けてもらいたいのはオズワールさんの方だろう。
セレスさんがデニスさんに夢を見せたと思ったけど違った?
もしデニスさんをここへ呼び出したいなら夢なんて見せずに直接呼び出す方が確実で簡単だ。
「どこの窓にもカーテンがかかっていて中が見れない。鍵もかかってた」
不法侵入を試みたとしか考えられない発言にドルフは咎めるようにデニスさんを見たけど言葉には出さなかった。
ドルフはまず扉をノックして反応を見ると言った。
通常であればドルフの判断は正しい。でも、今は緊急事態だ。いつセレスさんが動くか分からない。
私は扉へ向かって唸り声を上げた。
「中へ入ろう」
私の反応を見たドルフは懐から音消しを取り出すと、作動させた後で玄関扉を槍で貫いた。その扉に空いた穴から手を入れて鍵を外し、ドルフは扉を開けた。音消しの効果で音が一切しなかった。
つくづく思うけど、音消しって便利だけど危険な魔道具だよね。
ともかく、これで家の中に入れるようになった。
警戒しながら家の中に入るドルフに続いて家へ入る。
リビングかな? 入った部屋には生活感があった。食器や家具などから1人もしくは2人で住んでいることが推測できる。
私はそのまま真っ直ぐに地下室へと続く階段がある場所へと急いだ。
今のところ地下室で大きな動きはない。セレスさんが持っている小瓶を眺めたりオズワールさんの方を見たりしている。
階段を下りて地下室への扉の前までやって来た私は扉へ向かって小さく唸った。
ドルフが地下室への階段を下りてくる。私は横に避けてドルフに道を譲った。
そして、ドルフが地下室の扉を開けた。
中にセレスさんとオズワールさんの姿を見つけたドルフが音消しを切って部屋へ入ろうとした。そんなドルフの肩を掴み、デニスさんが自分を指差す。
ドルフがハンドサインを出し、デニスさんが頷くとデニスさん、ドルフの順番で地下室へ入った。
私に対してはここで待つよう指示が出たけど、いざという時には中へ入れるようにしておく。
「セレス、彼はどうしたんだ?」
セレスさんへ声をかけたのはデニスさんだった。
ドルフはデニスさんの右後ろ辺りに控えている。
扉は少ししか開いていないのでセレスさんから私のことは見えないだろう。
セレスさんは小さく体を震わせた後にゆっくりと振り返った。その時にさりげなく小瓶を持っている右手を体の後ろへと隠していた。
何が起きてもいいようドルフたちに結界を張っておく。
「『倒れていたから介抱してるんです』って答えたら信じてくれるんですか?」
「俺はセレスのことを信じたい。だから詳しい事情を聞かせてくれないか?」
苦笑いするセレスさんにデニスさんは落ち着いた様子で対応している。
「申し訳ないのですが、そういう訳にはいかないんです」
セレスさんがそう言った直後、彼女の中にあった魔力がごっそりと減り彼女を中心に魔力の波紋が広がった。その波紋の広がるスピードは速く逃げるのは困難だ。
私は結界を重ねてその波紋を防ぐことを願った。
でも、私の結界はどれもシャボン玉のように一瞬で消えてしまった。
私は一か八かで地下室へ突入し、ドルフに覆い被さって自分たちにもう1度結界を張った。
私たちはあっという間にセレスさんの魔力へ包み込まれた。
その直後、強烈な眠気に襲われ私は目を閉じた。