119話 セレスさんの話
「セレス殿はなぜそのようなことをしたのですか?」
ドルフの言葉にセレスさんは不思議そうに首を傾げた。
いまいち伝わっていないことを察したドルフがより詳細に告げる。
「デニス殿の問題行動がなくなったことは非常に喜ばしいことです。ですが、なぜセレス殿はそこまでデニス殿に協力してくださったのでしょうか? あなたにはあまりメリットがないように思いますが」
ドルフが気にしたのはセレスさんの目的や行動理由のようだった。
でも、確かに気になる。
酒場で意気投合したらしいけど、それだけでここまで協力するものかな?
「だって、勿体ないじゃないですか。才能があるのにそれに気がつかず腐らせているなんて」
微笑み彼女は続けた。
「一部の例外を除いて、人は働かないと生きていけません。でも、人には合う合わないがあります」
好きなことを仕事にできる人は稀で、長く勤め続けることも難しい。
文化が発展し求められる技術が上がればそれはさらに顕著となっていく。
そうして落ちこぼれ、生きるため犯罪に手を染めたり、甘言に唆され利用されてしまう。
「自分に合わない仕事を続けて心が折れてしまったり、卑屈になってしまうということもあります。だったら、少しでも自分に合った仕事ができるように手助けしたいんです。以前の私がそうでしたから」
以前勤めていた職は合わず、色々と苦しんだのだと彼女は苦笑いした。
「だからこそ、デニスさんと自分をつい重ねてしまって力になりたいと思ったんです」
真面目な人ほど良く出来る人と自分を比べてしまい、なぜ自分はできないのかと自らを追い詰めてしまう。同僚の足を引っ張っていることが分かってしまうから。
様々な事柄で人は他者と比べられる。
それが仕事であれば尚の事だ。
「不得手なことを頑張ってもなかなか成果には繋がりません。それでも頑張りたいという方を否定するつもりはありませんが、できるなら少しでも自分に合った生き方をして欲しいと私は考えているんです」
そう語るセレスさんの言葉には熱意がこもっていた。
「ドルフさんには何か悩みはないんですか?」
微笑みながらドルフを見つめたセレスさんが魔法を発動させる。
その魔法は彼女の目から放たれてドルフへ向かって飛んでいくが、私の結界に弾かれ霧散した。
何今の!?
魔法に込められた魔力はそう多くないけど、ドルフに何かしようとしたことは明らかだ。
「お気遣いありがとうございます。セレス殿は現在冒険者をしているということですが、ルストハイムでも冒険者を?」
目に見える魔法じゃなかったらしくドルフは気づいていない。
「冒険者でもありますが、ルストハイムでは主に『公共の才能と発展を促す委員会』の職員として職務に従事しております。それもあってデニスさんのことを放っておけなかったんです」
ドルフはいつもと変わらない様子で質問をし、セレスさんも平然とした様子で答えた。
「セレス殿はなぜラテルへ?」
「観光です。ルストハイムからの距離や町の規模、治安を考慮しました」
具体的には何を観光するために来たのか、何日滞在予定なのか。
続くドルフの質問にも淀みなくセレスさんは返答する。
「ええと、何だか事情聴取をされているような気がするですがデニスさんに何かありましたか?」
最初は良かったものの、続く質問とその内容にセレスさんが戸惑いを見せる。
ドルフは不快にさせてしまったのであれば申し訳ないと謝罪し話を続けた。
デニスさんとは知り合いで、真面目な時期も問題行動するようになった彼のことも知っていることを話した。
「いえ、デニス殿は以前の彼に戻ったように問題を起こさなくなっています。それが嬉しくある半面、怪しさもあると感じているのです。人はそう簡単に変われるものではありません」
問題行動を起こすようになったデニスさんを彼の友人や冒険者協会の職員は気にかけ、諫めながらも手助けしようとしていた。
しかし、デニスさんはそんな彼らの言葉に耳を貸さなかったという。
「当時とは違い、状況が変化したことでデニス殿にセレスさんの言葉が届くようになっていたのかもしれません。それを確かめるためにも話を聞きたかったのです」
実際、デニスさんはセレスさんの魔法にかかっているようだし、その魔法がデニスさんを変えているのかもしれない。
「問題を起こしていた方が問題を起こさなくなり、困る方はおらず喜んでいる人が多い。それで良いのではないでしょうか?」
これは、ロレット様と同じで良かれと思ってやっているパターンじゃなかろうか。
結果だけを見ればそうだけど、良いことなのかもしれない。でももし操られているなら話は変わってくる。
だってそれ、セレスさんの言うことなら本人の意思に関係なく従うってことでしょう?
「そういう問題ではないのです」
「では、どういう問題でしょうか?」
そう首を傾げるセレスさんは不思議そうだ。
「申し訳ないのですが、そろそろ時間です。依頼人に会う予定があるので今日はこの辺りでお暇してもよろしいでしょうか?」
話が本題へと入ったところで時間が来てしまったらしい。
「お話を聞かせていただきありがとうございました。話もまだ途中ですので、またお時間をいただけないでしょうか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
セレスさんは穏やかに微笑むと次の日取りを告げた。
明日はすでに予定がありまとまった時間を取りにくいという。
「明後日なら特に予定はないのでいつでも構いませんよ」
「では、明後日の昼過ぎに場所はここでどうでしょうか?」
セレスさんは了解し、具体的な時間を決めてから私たちは解散した。