118話 冒険者協会へ
「セレス殿と待ち合わせをしています。『青色の兎』」
「承知しました。『青色の鳥』です」
到着した冒険者協会内のカウンターで行われたのはそんなやり取りだった。
問題はないようで受付のお姉さんが何やら手続きを始めた。
待ち合わせした者同士ですよって感じの合言葉だったりするのかな?
せっかく冒険者協会の中へ入ったので私は周辺を見渡した。
冒険者協会の入口は大きく私でも楽々と通れた。立ったままだと邪魔になるので今はドルフの足元に伏せている。
広々とした室内には私たちがいる受付カウンターや依頼が張り出された掲示板、冒険者たちが食事や打ち合わせをするためだろう机や椅子が何組もあった。
旅の途中で宿もまだ取っていないのか、馬を床に座らせて食事をしている冒険者らしき人もいる。
商人らしき人もいるけど、8割くらいは冒険者っぽい恰好だ。
男性が多いけど女性の姿もある。
「うぉ!? ディナルトスじゃねぇか」
「何だよお前、知らずにここへ来たのか?」
私を見て驚く冒険者らしき男性に小さく笑って答えたのは、同じく冒険者風の男性だった。
彼は飼い慣らされているディナルトスがいると聞いてわざわざラテルへやって来たのだと言う。
「あれはラナだな。騎士団で飼われてるディナルトスの中で1番大人しくて人懐っこい」
「『大人しい』も『人懐っこい』もディナルトスに対して使う言葉じゃねぇだろ」
お前は何を言ってるんだと信じられない様子で呟く男性に話していた方は楽しそうに笑った。
「興味あるか? 興味あるよなぁ? エールを2杯ほど奢ってくれたらラナや他のディナルトスについても話してやるぜ」
「チッ、それが目的だったか」
取引? を持ちかけた方はニヤニヤと笑い、もう一方の男性は悔しそうな顔をした後で店員さんを呼び止めてエールを2杯注文した。
「1杯は俺のだ。お前の話が面白けりゃもう1杯くれてやる」
「望むところだ」
彼はニヤリと笑みを浮かべると自信満々に言った。
何か盛り上がってていいなー。楽しそうでちょっかいをかけたくなる。私が近づいたらもっと盛り上がるんじゃないかな。
それに、アピールしたら可愛がってくれそうだ。
そうやって仲良くなっておけば、何かあった時に手助けしてくれるかもしれないからね。これもラテルのための立派な活動だ。
……いやまぁ、単純に可愛がってくれたら嬉しいっていうのもあるけどね。
「ラナ、行こう」
冒険者たちの会話を聞いている間に必要な手続きは終わったらしい。
少し残念に思いながら私は手綱を引かれながらドルフについて行った。
廊下の左右には等間隔に扉があり、案内をしてくれた受付のお姉さんは手前から2つ目の左側にある扉の前で立ち止まった。
「こちらです」
ドルフがお礼を言って扉をノックする。
すぐに返事が聞こえて扉が開いた。
「初めまして、セレスと申します」
「ドルフです。本日はお時間を取っていただきありがとうございます」
2人が穏やかに挨拶したところを見て受付のお姉さんはお辞儀をしてから受付へと戻っていった。
「見ての通りラナもいるのですが、部屋へ入れても大丈夫でしょうか? 大人しくさせますが、問題があれば預けてきます」
「部屋は広いので大丈夫ですよ。それに、人の指示に従うディナルトスということで価値が高く、あまり離れたくないということも理解しています」
どうぞお入りください。と微笑むセレスさんに促され、ドルフはお礼を言って私と一緒に部屋へ入った。
会議室としても使われそうなくらい広い部屋の中央には長方形の大きな机があり、長辺に4つ、短辺に1つの椅子が置かれ10人が机を囲めるようになっていた。
ドルフたちは長辺の中央よりの椅子に座った。
私はドルフの足元で横になった。フロイスは眠っているのかリュックの中にいたままだ。
「では、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「私に答えられることなら」
セレスさんが微笑む。
今のところセレスさんは友好的だけど、デニスさんに何か魔法をかけていそうなことも考えてドルフを結界で守っておこう。
「デニス殿から聞きました。セレスさんが彼に助言をし、彼は再び前を向けるようになったと」
続くドルフからの質問にセレスさんはスラスラと答える。今のところはリジールさんたちから聞いた話と矛盾はない。
気になるのは、リジールさんも言っていたように人がそう簡単に変われるのかということだ。デニスさんの中からセレスさんの魔力が感じられるわけで、セレスさんが何か魔法をかけていることも分かる。
その魔法がエリックさんの言うペインター的なものなのか、ジェドさんが言っていた『公才』的なものかは分からない。それ以外の何かが関わっているということも考えられる。
「それでデニス殿の問題行動は抑えられ素行も改善されたということでしょうか」
「私はほんの少しのお手伝いをしただけです。彼は元々真面目な方で才能も実力もありました。それに本人が気づいていなかっただけです」
そう言ってセレスさんは穏やかに微笑んだ。