117話 変異種のマルメ、フロイス
リジールさんから聞いた話をきっかけにエリックさんやデニスさんとも話した翌日の朝。
いつものようにドルフがやってきて小屋の扉を開けてくれた。
「おはようラナ」
ククッと鳴いて挨拶をしつつドルフに擦り寄る。ドルフは私の頭を撫でてくれた。
「今日はセレス殿に会うため冒険者協会へ行くぞ。大人しくできるな?」
どうやら、デニスさんは昨日のうちにセレスさんへ伝言してくれたらしい。
私が同伴しても大丈夫? セレスさんを怖がらせたりしない?
とは思ったけど、ドルフの判断に任せよう。
これがちょっと親バカなジナルドだったら心配だけど、ドルフなら大丈夫だ。
私は任せてと言う意味を込めてククッと鳴いた。
ドルフと一緒に小屋を出る。
「あぁ、君がフロイスか」
小屋の近くの地面の上にはバスケットボールほどの大きさがあるマルメが立っていた。
今日から私に就くって言っていた変異種のマルメだろう。名前はフロイスといってとても賢いらしい。
普通のマルメはテニスボールくらいの大きさだから迫力がある。ずんぐりむっくり感も凄い。
探知魔法を発動させてみると、持っている魔力は普通のマルメの10倍ほどだ。エリックさんがラテルを離れているからか魔糸も繋がっていない。
これまでのマルメは基本的に木の上や屋根の上などにいて地面に下りることはあまりなかった。それに、私やドルフたちに限らず他の生物とある程度距離を取っていた。
ここまで近くにいることはない。
さらに、両羽に肩紐を通して小さなリュックを背負っている。小さいとは言っても羽を畳めばフロイス自身がすっぽりと中に入れるくらいには大きい。リュックの中には何も入っていない。
「仲良くできそうか?」
フロイスは私が近づいても逃げようとしない。
地面にかがんでじっとフロイスを見つめる。フロイスも私を見つめてくる。
フロイス、私たち初めましてじゃないよね?
探知魔法で示されているフロイスには、以前私が付けたラベル「エリックさんの召喚獣(黒水)」が表示されていた。
そのラベルを付けたのは、レントナム様のお屋敷を燃やしていた魔族を食べた黒い水溜まりのような召喚獣だ。
あの時と姿形が全く違うから姿を変えられるんだろうね。
フロイスもシェグルかな? 塩水があれば確認できるけど、シェグルだったら溶けるから簡単に試すこともできない。まぁ、そもそも塩水を準備できないけどね。
うーんと考えた後、ドルフの問いかけにクルクルと鳴いて返事をする。
せっかくなら仲良くできたらいいな。間違っても敵に回したくはない。
その後、ドルフが朝食を用意してくれたのでルナと並んで食べた。
その間もフロイスは地面に立っていた。最初は私たちの方を見ていたけど、少ししてから小屋の方へ歩いていってしまった。
何をするのかと思っていると小屋の中を覗いている。
エリックさんに言われたからかもしれないけど、他のマルメはずっと私を見ていたから見られない時間があるのはありがたい。
食べ終わった後でフロイスを見るとリュックの中に入って小屋の壁にもたれかかっていた。目を閉じているので眠っているのかもしれない。
「フロイスは随分とマイペースなんだな」
ドルフの呟きに内心で同意した。
「さて、行こうか」
ドルフの声にフロイスは目を開けた。しかし、動こうとせずじっとドルフを見つめている。
ドルフは少し考えてからフロイスの入ったリュックを持ち上げて自分の肩にかけた。フロイスは大人しくしていた。
その体だと飛ぶことが大変なのは分かるけど図太いな。
ドルフに手綱を引かれて歩く。
「いらっしゃい」
セレスさんと会うまで時間があるらしく、到着したのはジェドさんの雑貨屋だった、
フロイスがリュックの中から顔を覗かせる。
迎えてくれたジェドさんがフロイスを見て小さく笑った。
「マルメの変異種でフロイスという名前です」
ドルフがフロイスを紹介すると、彼は右の飛膜を上げてジェドさんに挨拶をした。
ジェドさんがフロイスをじっと見つめ、フロイスもジェドさんを見つめ返す。
「ジェドだ。よろしくな」
フッと小さく笑ってジェドさんが挨拶を返した。
雑貨屋へ入ると昨日とは違う商品も並べられていて、ちらほらとお客さんの姿もあった。
私たちは奥の応接室へと通された。
フロイスはリュックから出ると床に下りてジェドさんの描いている絵を見たり、ソファーの背もたれに乗って窓から外を眺めたりしている。少しするとリュックの中へ戻って目を閉じたので眠いのかもしれない。
「変異種ということだが、かなり大きいな」
「ジェドさんはマルメを知っているのですか?」
「少しな。マルメの視界を別のマルメが映し出すことができるという召喚獣だろう?」
ドルフたちが初めてマルメを見た時は驚いていたけど、マルメって有名な召喚獣なのかな。それともジェドさんが物知りなだけ?
「マルメは召喚獣として良く呼び出されるのですか?」
「召喚術は専門外だが珍しいと思うぞ」
珍しいんだ。それなら良かったかな。どこで何を見られるか分からないっていうのは怖いからね。
そもそも召喚術師ってエリックさんしか知らないんだよね。他の召喚術師はどんな召喚獣を呼び出すんだろう。
「話は変わるのですが、ウォルダムの影響調査でしばらくは手が空きそうにありません」
絵のモデルはもちろん、付き添うことも難しい状況なのだと説明してドルフが謝罪をする。
「いや、仕方のないことだ。こちらはこちらで勝手にやっているから気にせず任務を遂行してくれ」
「ありがとうございます。朝は1度ここへ来るようにします。何か用事があればその時に聞かせてください」
無理にここへ来ず休んでくれても良いと言いつつジェドさんはお礼を言った。
「この後すぐに向かうのか?」
「いえ、この後別の予定があってその後に向かう予定です」
「そうか。気をつけてな」
私たちはジェドさんに見送られて雑貨屋を出た。
「あぁ、もし何か疑いのある人物に会うのであればラナを連れておいた方がいい」
最後にジェドさんはそう言い、ドルフは詳しく聞くことはせず了承した。
ジェドさん、それはどういう意味?
とは聞けないので忠告をありがたく受け入れてドルフから離れず警戒を強めよう。