116話 デニスさんの話
「ペインターについてもっと詳細を知りたいなら時間を取りましょう。ただ、受けている依頼があって明日の朝にはラテルを出るんです。ラテル周辺で起こっている異変調査も行いたかったのですが、先延ばしすることも難しく。数日は戻って来ないので、その後で良いでしょうか?」
エリックさんは申し訳なさそうに言った。
依頼だったら仕方ないよね。
ドルフも了承した。
「私がラテルにいない間、変異種のマルメをラナに就けます。フロイスはとても賢いので何かあった時は役に立つでしょう」
変種のマルメか。興味はあるけど、じっと見られるのは居心地悪いんだよね。
まぁでも仕方ないか。
エリックさんから話を聞いた後、彼はまだ森でやることがあるそうで私たちだけラテルへと戻った。
門番中のザックによるとデニスさんはラテルに戻っているそうだ。
というわけで、冒険者協会までやってきた。
ドルフが中へ入ろうとしたところで冒険者が声をかけてきた。用件を伝えるとデニスさんは中にいるそうで呼んできてくれるとのことだった。
それから5分もしないうちに冒険者協会から30代後半ほどに見える男性が出てきた。
肩にかからないほどの暗めの茶色に緑色の目。体格が良くてがっしりとしている。視線を下げると腰には一本の剣が下げられていた。
予想はしていたけど、デニスさんは怪しい魔族の女性と食事をしていた男性だった。
今も彼の中に怪しい魔族の魔力の反応がある。
その魔力の量は人族の魔法使い1人分というのも変わっていない。
デニスさん、怪しい魔族に魔法で何かされてるよねたぶん。
「久しぶりだな」
「あぁ、話すのは1年ぶりだ。デニスに聞きたいことがある。時間はあるか?」
リジールさんと話した時、ドルフがデニスさんのことを知ってるって言っていたけどただの知り合いって感じでもなさそうだ。
話すのも1年ぶりってことだし、何だか緊張感もある。
「この後特に予定はないから大丈夫だ。場所はどうする?」
「『メジエの止まり木』でどうだ?」
『メジエの止まり木』というのはカフェのようなお店だ。2階建の石材建築でそれなりに大きい。外にはオープンテラス席があって店内にはテーブル席と多くはないけど個室もある。
デニスさんは了承し早速移動することになった。
ここから近いので5分もせずに到着した。その間2人は何も話していない。
5分間が気まずくて仕方なかったよ!
そして、残念なことに個室は空いていないということだ。
「俺は外の席でもいいぜ。それとも、個室じゃないとまずいような話なのか?」
「いや、外でも大丈夫だ。だが音消しは使っておこう」
2人はここで話し合いをすることに決めた。店員さんに案内されたのは通りに面した角にあるオープンテラス席だった。通りとオープンテラス席を区切っているものはない。テーブル席を覆うように大きな傘が開いていて日陰になっていて過ごしやすそうだ。
椅子に座った2人はコーヒーを頼んだ。
店員さんが店内へ戻り、ドルフは音消しを起動するとテーブルの上に置く。
私はドルフの近くで腰を下ろした。音消しの範囲内なので2人の会話もバッチリ聞ける。
「それで俺に聞きたいことっていうのは?」
「最近、ずいぶん落ち着いたと聞いてな。どういうきっかけがあったのか聞かせてもらえないか?」
世間話を挟むこともなくド直球で本題へと入るようだ。
聞いているだけでもちょっとドキドキする。
「ある女性に出会ってもう1度頑張ろうと思ったんだ」
そう言って微笑む彼は少し照れ臭そうだ。
リジールさんが言っていたことだね。なんでも運命的な出会いだったとか。
騙されてない大丈夫?
何か分かることはないかと探知魔法に意識を集中する。
「詳しく聞かせてくれないか?」
探知魔法にばかり気を取られるわけにはいかない。
私は2人の話に耳を傾けた。
彼女の名前はセレス。出会いは酒場で、話していてすぐに意気投合した。酒場が閉まり追い出された後はデニスさんの借りている宿の一室でさらに飲んだという。
「その時、俺には冒険者としての才能がないことを吐露した。これ以上を望めないことが悔しくて、まだ何にでもなれる若い奴らや才能があって俺より高みにいる奴らが妬ましくて仕方なかったこともだ。……ドルフ、お前も含めてな」
そう言いデニスさんはドルフを見た。
ドルフは相槌を打ちつつ話を聞いていたが、自分の名前を出されて黙ってしまった。
「お前は冒険者じゃねぇが、戦闘技術だけでなく人望も将来性もある。妬ましくて仕方なかったんだ」
だから八つ当たりしてしまった。申し訳なかったと言って彼はドルフに頭を下げた。
「もう気にしていない。俺の方こそ無神経にものを言ってしまってすまなかった」
ドルフも謝罪をし、やがて2人は頭を上げた。
「こうして謝れたのも彼女のおかげなんだ。彼女の助言で新しい道が拓けた」
セレスさんはデニスさんが受けた依頼へと同行して彼を観察した。
そして彼女からの助言で彼は弓を始めた。以前にも弓を使ったことがあったが、その時は思うようにいかず早々に諦めてしまったのだという。
しかし今回は、以前とは違いセレスさんの助言もあってメキメキと腕が上がったそうだ。
「それにセレスは『もし、どうしても辛くなったら私に言って。力になれると思うから』と言ってくれた。それが凄く嬉しかった」
デニスさんは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「心配していたんだ。立ち直ってくれて嬉しい。セレスさんにはぜひお礼を伝えたいんだが、会うことはできないだろうか?」
うん、セレスさんがどういう人なのか気になる。聞いている感じだと良い人そうだけど、騙されていないか心配だ。
デニスさんの反応はというと、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
「最近のセレスは忙しいみたいなんだ。俺もなかなか会えてない。泊まっている場所は知っているから会えなかったら手紙で聞いてみよう。それかドルフが手紙を書くか」
リジールさんがセレスさんに会いたいと言った時は断ったらしいけど、ドルフならいいみたいだね。
ドルフは少し考えた後、デニムさんに伝言もしくは手紙を頼むことにした。
お礼を言っていくつかの日時を上げる。
「セレスさんはなぜ忙しいんだ?」
「さぁ、詳しくは教えてもらえなかった。用事があるとしか」
デニスさんは特に隠し事をしているという感じじゃない。
まぁそう簡単にセレスさんの目的は分からないか。
セレスさんの特徴はというと、20代後半ほどの年齢の人族で女性。明るい水色のショートヘアで金色の目はタレている。眼鏡をかけていて、背丈は160cmほどと小柄で華奢なので保護欲を掻き立てられるそうだ。
怪しい魔族女性と同じ特徴だ。暫定的にセレスさんと考えておこう。
「それから彼女はルストハイムから来たと言ってたな」