113話 オズワールさんの訪問と気になる魔族
ジェドさんの絵画作品のモデルをすることになった翌日。
開店直後にジェドさんの雑貨屋へやって来た。そう連日で来るようなところでもないためか、人はまばらだった。
「おはようドルフ。いらっしゃい」
店内に入るとカウンターにいる微笑むジェドさんから挨拶をされた。メイデナさんとブライトさんには会釈され、ドルフも挨拶と会釈を返した。
「ラナもおはよう」
ドルフと一緒にカウンターへ近づくとジェドさんに頭を撫でられた。
私もクルクルと喉を鳴らして挨拶を返す。
私たちは客室へと入り昨日のように寛いだ。
ジェドさんは筆を動かしながら様々な話をしてくれた。
リンプンに幻覚作用があり、獲物の見たいものを見せて崖や池に引き寄せて殺そうとする1mはあるらしい蝶。
特殊な電磁波を出すことで獲物の方向感覚を狂わせて迷わせ力尽きたところを襲う蝙蝠。
獲物が見ている間は動かず、見ていない時に動いて獲物を捕らえると締め上げて殺してしまう樹木。
そんな危険生物がいるという話や不思議な場所についての話もされた。
水晶のように透き通る鉱石でできた洞窟の中には、洞窟と同じ鉱石でできた様々な生物の彫像があるのだという。その彫像は元々生き物だったが、洞窟の中に蔓延している魔力のせいで鉱石化してしまうのだそうだ。
色とりどりの花が咲き誇るある花畑の中央には澄んだ湖があるのだそうだ。
ある時立ち寄った旅人が湖へ近づいた時、湖に映った自分に話しかけられたそうだ。対話を試みた旅人は湖の彼からいくつもの予言をされた。その予言はどれも的中し、旅人は様々な災難から助けられた。やがて大きな災害が起こると予言され、旅人は周辺住民にそれを伝えた。旅人を笑ったり相手にしなかった住民は災害に巻き込まれ、旅人を信じて避難した近隣の住民だけが生き残ったという。
その逸話を確かめようと2人の冒険者が湖へとやって来た。
そのうちの1人が湖を覗き込む。湖に映ったのはその冒険者とそこにはいない男性だった。
その男性は驚く冒険者に対して助けを求めた。
湖の中の自分に腕を掴まれ、引っ張られたことで湖に落ちてしまった。
それから自分はずっと湖にいる。湖の外にいるのは自分の偽物だと彼は主張した。
冒険者は彼の話に気味悪さを感じて早々に湖を離れたそうだ。
「この湖に関しては私も話を聞いただけで真偽は分からない。なかなか興味深いだろう?」
他の話は本当らしい言い方に恐怖を感じた。それに最後の湖の話もホラー過ぎる!
いつの間にか旅人は湖の中の何かと入れ替わられてたってこと?
「確かに興味深さはありますが、それ以上に不気味ですね」
本当にね。実際にあるかもしれないと思うと怖いよ。
魔法がある世界だから特にね。
「それはすまなかった。次は明るい話をしようか」
苦笑いしたジェドさんが話し出そうとした時、部屋にノックの音が響いた。
「制作依頼を頼みたいというお客様がいらっしゃられました。いかがしましょう?」
「ああ、行こう。申し訳ないが少し失礼する」
ドルフは了解し、必要ならこの応接室を出ると行ってジェドさんを見送った。
探知魔法へ意識を向けると、売場のカウンターにはオズワールさんが立っていた。
きっと彼が制作依頼を頼みたいというお客様なんだろう。
ジェドさんの言う明るい話が聞けないのは残念だけど仕方ない。
商談が終わった後に聞けることを期待しよう。
その時、ふと気がついたことがあった。
売場にはオズワールさん以外に5人のお客さんがいた。
そのうちの1人、20代後半ほどの女性は魔族だ。
持っている魔力は人族の一般的魔法使いの4倍だ。
魔族としては平均より少し多いくらいかな。
彼女は10日ほど前に見かけたことがある。肩にかかるくらいの明るい水色のショートヘアでタレた金色の目だ。眼鏡をかけていてローブを着ている大人しそうな女性だ。 彼女はその時、30代後半くらいの冒険者らしき男性と食事をしていた。暗めの短い茶髪に緑色の目をしたがっしりとした男性だ。彼の目には熱があり、女性にその熱はないものの雰囲気はとても穏やかだった。
男性が焦がれて彼女にアピールしていることは少し見ただけでも分かった。
それ自体は何の問題もない。
問題は、彼の中に女性の魔力が感じられることだった。それも少しの量ではなく、一般的な魔法使い1人分の魔力だ。
彼自身が持っている魔力より数倍多い。
探知魔法で始めて見る反応だった。
身体強化もレクシス様の回復魔法も場合によっては体内で魔力が反応するけど、魔法が発動した瞬間だけで魔力が残留することはなかった。
ロレット様の時は人を魔力が包みこんでいたから今回とはまた違う。
男性の中の女性の魔力は今のところ大した変化はない。
あえて言うなら少しずつ減っているけど、魔法が発動している感じじゃない。
彼女が魔族だということしかまだ分からないけど、何か良くないことを企んでいるのかもしれない。
探知魔法で分かりやすいように怪しい魔族と名前を付けておこう。
そんなことを考えていると扉がノックされた。
ドルフが返事をすると、ジェドさんが中へ入ってくる。
「オズワールさんをここへ案内してもいいか?」
「もちろんです。私はラナの散歩へ行ってこようと思います」
こうしてのんびりしているのもいいけど、そろそろ体を動かしたかったから嬉しい。気分展開にもなるからね。
「すまないな。長くても1時間はかからないだろうから」
「えぇ、特に何もなければ1時間後に戻って来きます。戻れない場合でも理由を誰かに伝言してもらいましょう」
ジェドさんが頷くのを見てから私たちは応接室の扉へと向かう。
「取引が成功するといいですね」
振り返って言うドルフにジェドさんは小さく笑ってお礼を言った。
「失敗した時には慰めてくれるか?」
予想外の返しにドルフが言葉に詰まった。
「ククッ、冗談だ。生真面目な者を見るとついからかいたくなってしまうんだ」
そんなドルフを見たジェドさんは、それはもう楽しそうに笑った。
そして、私たちはジェドさんの雑貨屋から出た。
ドルフは疲れたように小さくため息をついていた。