111話 フィオニーさんの職業と噂
私たちはお店から少し離れたところで物陰に隠れながらジェドさんの雑貨屋を見ていた。
カウンターではメイデナさんがお会計をしてジェドさんはフロアでお客さんの対応をしている。ブライトさんは部屋の隅で警備員に徹しているようだ。ピシッと背筋を伸ばし鋭い目で周囲を見回す彼の威圧感は相当なもので、彼の近くには人が寄らずぽっかりと穴が空いていた。
パフォーマンスの効果もあって雑貨屋には多くの人が入っている。
値段も手頃らしく子どもへ買って帰るらしい人の姿も見えた。
いい滑り出しだね。
そんな中、フィオニーさんはお店の外で私たちとは違うところでお店の様子を見ながら待機していた。
しばらくして人の流れも止まり、最後のお客さんがお店を出た後でフィオニーさんはお店へと入った。
「フィオニーさん、来てくれたのか」
そう言ってジェドさんはお礼を言いつつ彼女を迎えた。
お店の窓が開いていることもあって会話が良く聞こえる。
「オズワールさんは一緒じゃないんだな」
「あー……昨日一緒にお酒を飲んだけど、二日酔いになっちゃって宿で休んでるよ」
二日酔いなら仕方ないけど、せっかくの観光なのに残念だね。
「ラテルでの生活は長いの?」
フィオニーさんは雑貨を見て回りながらジェドさんへ質問する。
ラテル観光でオススメのスポットがあれば聞いておきたいとのことだ。
「いやえ、ラテルへやってきたのはつい最近だ」
「あれ、そうなんだ。じゃあ前はどこにいたの?」
「ルストハイムだ」
「わ、奇遇だね。私たちはルストハイムの帝都からきたんだよ」
同じ国で生活していたことが分かったからか、フィオニーさんは嬉しそうだ。
帝都ってことはルストハイムは帝国ってことだよね。
帝国と聞くとあちこちに戦争とか仕掛けて他の国を取り込むようなイメージがある。
でもそのイメージってファンタジー小説が元になっているからなぁ。
「ルストハイムにも出店してる?」
「残念ながらラテルだけだ」
「え、そうなの? 何でルストハイムでは出店してないの? あるなら行きたいのにー」
好奇心旺盛なのか、フィオニーさんはあれこれと聞いている。
「こんな素敵なものを作れる人がルストハイムから出て行ってることが悲しいなぁ」
愛国心が強い人なのかな?
日本人的な感覚からすると珍しいよね。海外で仕事してる人は凄いなって思うし、もしそれが友達なら寂しいけど頑張って欲しいなと思う。
フィオニーさんみたいに日本から出ていることに悲しいとは思わない。
「ね、もしよければルストハイムで出店しない理由を聞かせてもらえないかな? 私、実はこういう者なんだー」
グイグイ行くなぁと思っていたら、フィオニーさんは懐から名刺入れのような物を取り出し、中から名刺のような物を出してジェドさんに差し出した。
ルストハイムには名刺文化があるのかもしれない。鴉さんが広めたとか?
ジェドさんは名刺を受け取り視線を落とした。
どんなことが書かれてるのか気になるから見たいけど、探知魔法じゃ書いてある文字までは読めないからね。
「なるほど、『公才』か」
「うちのこと知ってるの?」
「人民の才能を生かし、成長させることを手伝うことを目的としている公的機関だと記憶している」
そんな公的機関あるんだ。
ルストハイムは実力主義らしいからあってもおかしくない。蹴落とされた人たちの最後の砦なのかもね。
知っているなら話は早い。と、フィオニーさんは名乗った理由を話し始めた。
ジェドさんに何か理由があってルストハイムでお店を出すことができないなら、その問題を解決する手伝いがしたいそうだ。
「申し出は嬉しいが、何か問題がありルストハイムで出店できないというわけではないんだ」
今は特に困っていることもないため、困るようなことがあれば相談させてもらうとジェドさんは続けた。
彼の言葉にフィオニーさんは頷き、いつでも相談してねと言った。
「そういえば、『公才』について興味深い噂を聞いたことがある」
「えー、何だろう? 守秘義務上答えられないこともあるけど、答えられることなら答えるよ」
フィオニーさんは楽しそうに話の続きを促した。
「『公才』の職員にカウンセリングを受けた者がその職を辞めた後、まるで別人のようになって他の職に就くという噂だ」
仕事についての相談をしているなら転職しても何もおかしくない。
でも、ジェドさんの言い方には何だか含みがある気がする。
「うちは本人が今の職場で頑張りたいと言うのであれば、もちろんその希望に添えるような提案をさせてもらってるよ。ただ、状況や本人の状態を鑑みて職場や職業の変更を推めることもある。その結果、相談者にとって過ごしやすい環境になり前向きになるなど良い変化をもたらしたのかもしれないよ」
フィオニーさんは穏やかに答えた。
特に怪しいところはないように感じる。
ジェドさんの反応はというと、そういうこともあるでしょうと相槌を打っているが納得はしていないという様子だ。
「では、『技術力はあるものの短気で自己中心的、部下に暴言や暴力を振ることすらあった者が穏やかで部下思いの指導者になった』という噂についてはどうだろう?」
他にも『怠惰で自らを高めるのではなく同僚や上司に濡れ衣を着せて足を引っ張っていた者が真面目で誠実な調査員になった』、『天賦の才を持っているものの全て自分基準で考えてしまうために周囲を振り回していた者が第三者の視点で物事を考えられるようになった』といくつかの噂についてジェドさんが話す。
「あぁそれから、『内向的かつ消極的、さらには否定的思考で他者とのコミュニケーションを苦手としていた職人がやり手の営業になった』という噂も聞く」
私の想像していた別人になると違う。
合わない職場や職種から解放されて疲弊していた人の心身が回復した結果、生き生きしているとかじゃないレベルの変化だ。
これらの噂について真偽はどうなのかとジェドさんは尋ねた。
「噂は噂だとしか答えられないねぇ。もし本当だったとしても言えるわけないじゃん?」
そう言ってフィオニーさんは微笑んだ。
それはそうだろうね。
もしかするとただの噂じゃないのかもしれない。
「ジェドさんには『なりたい自分』はあるの?」
「今のところ思いつかないな。私は今の自分を気に入っている」
ジェドさんは沈黙し考えるような様子を見せた後でそう答えた。
「でもそれじゃあ、想い人の好みから外れたままなんじゃない?」
「それは努力で補う予定だ」
フッと自身たっぷりにジェドさんは答えた。
「もう1つ気になったことがある。ルストハイムでもその仮面は着けているのか?」
おぉー、仮面について聞くんだ。かなり個人的なことなのに。
「着けてるよー。この仮面の下が気になる?」
聞かれ慣れているのか、フィオニーさんは仮面に両手を添えて楽しそうに微笑んだ。
「いや、私が気になっているのは仮面を着けることで嫌悪感を向けられていないかということだ」
「1年に1回くらい罵倒されることがあるかな。それを聞いてくるってことはジェドさんてば結構ご高齢? ジェドさんも仮面は嫌い?」
フィオニーさんは仮面から手を放すと小首を傾げた。
不信感や物珍しさなんかの視線は受けるかもしれないけど嫌悪感? と疑問に思っていたら何やら事情がありそうだ。
それにしても罵倒って酷いな。
「それなりに長生きしている。仮面は嫌いだが、それだけで着用者を嫌うことはない」
ジェドさんの返答に彼女は嬉しそうに笑顔でお礼を言った。
「他に何か用件はあるか?」
「制作依頼をしたい! 大丈夫?」
「それなら奥の部屋で詳しく伺おう」
ジェドさんはメイデナさんとブライトさんに私たちが来たら商談中なので少し待っていて欲しいと伝言を頼み、フィオニーさんと奥の部屋へと入って行った。
音消しを使っているのか何も聞こえない。
ジェドさんとフィオニーさんが奥の部屋へ入ってから5分ほど経ってから私たちはジェドさんのお店へと入った。
「いらっしゃいませドルフさん。ラナもこんにちは。来ていただいて申し訳ないのですが、店長は今商談中で奥の部屋にいます。待合室が空いていますのでそちらで待つかどこかで時間を潰してきていただけないでしょうか?」
メイデナさんにそう提案され、私たちは待合室で待つことにした。