110話 営業開始
ジェドさんの雑貨屋開店の当日。
今日は午後からジェドさんと合流することになっているのでのんびりと昼食を食べている途中だ。
そんな私の前には兎が顔を覗かせているエサ皿があった。
昨日ドルフが買ってくれた木彫りのお皿だ。
食器1つでも気に入っているものが増えると嬉しいね。
私が人間だったならお皿を眺めてニマニマしていたんじゃないかな。
そんなことを考えていると昼食を食べ切っていた。
木彫り兎の頭を爪で撫でる。
ルナが近づいてきたと思うとその木彫り兎をゲシッと足で蹴飛ばした。
何でそんなことをするのかとルナを見ると私をじっと見上げていた。
ヤキモチかな?
私はルナの頭を撫でてから抱きしめるように彼女を引き寄せた。
ルナは私の腕の間に収まり、何だか満足そうだ。可愛い。
ルナの頭を爪で撫でながら思考を切り替える。
考えることは鴉さんについてだ。ジェドさんから聞いた話だと彼は日本人だろう。その一方で、ただの一般人が刀や魔法を使い戦いに身を投じているとは思えなかった。
まず第1に日本刀なんて持っていない。戦闘もできないはずだ。
一般人とは思えない鴉さんは何者なんだろう。自衛官、警察官や刑事、格闘家とかなのかな。まぁ、どれだったとしても日本刀を持っている理由にはならないんだけどね。
ヤのつく自由業の方は持っていたりするのかな?
「おはようラナ」
そんなことを考えているとドルフがやってきた。
鳴いて挨拶を返す。
ジェドさんと約束している時間にはまだ早いらしいけど、お店の様子を見ておきたいから早めに向かうということだった。
ルナに行ってきますを言って出かける準備をした。
ドルフに手綱を引かれて大通りを歩く。
そろそろジェドさんの雑貨屋だ。
何だろう。人々が行き交う雑踏の中に「おぉ」や「ほぉ」といった感心するような声が聞こえる。
「完成だ。さて、次は何を彫ろうか」
ジェドさんの声が聞こえたと思ったら拍手の音までしている。
「鳥さんがいい!」
「鳥さんか。飛ぶ鳥さんや走る鳥さん、それから泳ぐ鳥さんもいるぞ。どの鳥さんを見たい?」
ジェドさんの声は優しげで、明るく楽しそうな子どもとの会話はとても微笑ましい。
大通りから横道へ入るとジェドさんの雑貨屋の前に人だかりが見えた。人だかりの後ろの方にはオズワールさんの姿がある。
人だかりの前には机があった。真ん中には椅子に座ったジェドさん、左右には彼を護衛するようにメイデナさんとブライトさんが立っている。
机の上にはジェドさんが彫ったらしい馬と猫の木彫り人形があった。他にも材料と思われる一辺が5cmの正方形の木材、作業に使ったらしいナイフが置いてあった。ナイフは鞘に入っている状態だ。
「泳ぐ鳥さん? 見たい!」
「元気が良いのは良いことだ。さて、彫ろうか」
目をキラキラさせてリクエストする男の子にジェドさんは微笑んで答えた。
お姉さま方から黄色い声が上がる。
ジェドさんはナイフを鞘から取り出すと正方形にカットされた木材を削り始めた。
彼は淀みなく木材を削っていく。木材はそれなりに硬いはずなのにまるで土かと思うほどだ。
「ん、できたぞ。この鳥は鴨と言って、足に水かきがあるように泳ぐことができるんだ。こう、水の上をな」
ジェドさんは完成した鴨の木彫り人形を持って水かきを示した後、鴨の木彫り人形を実際の鴨に見立てて移動させて見せた。
男の子は凄い凄いとはしゃいでおり、そんな彼を見たジェドさんは微笑みを深くして鴨の木彫り人形をプレゼントした。
「と、このように様々な作品を作っている。このような置物だけでなく食器や小物入れもある。『ジェドの雑貨屋』だ。よろしく」
最後にお店の紹介をして微笑む。
見ていた人たちはパチパチと拍手を送り、彼らの表情などからも盛り上がっているようだった。
きっといい宣伝になっただろう。
「多少は高くなってしまうが作成依頼も引き受けている。気軽に尋ねてくれると嬉しい」
そう言った後にメイデナさんとブライトのことも紹介した。メイデナさんは笑顔で手を振り、ブライトさんは真顔のまま少しだけ頭を下げていた。
「何か質問はあるだろうか?」
ジェドさんが言うと黄色い声を上げていた女性の1人が手を上げた。
「そこの女性、どうぞ」
「彼女さんはいるんですか!?」
周囲から「おぉー」と先ほどとは違った感嘆の声が上がった。
「恋人はいないが、焦がれている相手はいる。彼女に振り向いてもらえるように作戦を考えているところなんだ」
予想外だ。ジェドさんなら上手いことやりそうなのに。
「どんな人なんですか?」
女性が続けて尋ねる。
ぐいぐい聞くなぁとつい感心してしまった。
でも、確かに気になるよね。
「彼女は自立心が高く、社交的に見えて境界線がありそこから近づこうとすると離れてしまう人だ。その割には世話焼きであれこれと気を遣う」
ジェドさんはそこで話を切り、苦笑いした。
「彼女の好みは『放っておけない、庇護欲を掻き立てられるような者』だったんだ。残念ながら私はその好みから外れてしまっていてね。全く意識してもらえていない」
あー、ジェドさんは守ってあげたいじゃなくて守ってくれそうなタイプだもんね。
何か問題が起こったとしても、この人ならどうにかしてくれるって頼られそう。
守ってもらう場合があったとしても、庇護欲とかじゃなくて忠臣や護衛に警備されるところしか想像できない。
メイデナさんやブライトさんがしている感じにね。
「さて、他に質問はないかな?」
ジェドさんは他の質問にもいくつか答え、質問が出なくなると雑貨屋の開店を告げて店の中へ入った。メイデナさんとブライトさんも店内へ入った。