109話 月夜の鴉
私とシロさんたち以外にも木彫り人形がある。
ギルが出店のおっちゃんから焼き鳥をもらっていたり、グルと仲の良いエミリちゃんがお母さんに抱えられながらグルの頭を撫でていたり、背中に乗ろうとするザックから逃げるガルというのもあった。
どれも微笑ましい気持ちになる作品だ。
木彫り人形は十分に凄い。
だからこそ、絵も見たいと思った。隠されているだけでも気になる。
絵はどんな感じなんだろうと興味がわくのは当然だ。
「ラナはこの絵が気になるのか?」
白い布のかかったキャンバスをじっと見つめていた私にジェドさんは微笑み話しかけてきた。
返事の代わりに白い布をクンクンと嗅いでみる。
それで通じたらしい。ジェドさんは小さく笑うと絵にかかっていた白い布を外してくれた。
月明かりに照らされた森。
そこには、まっすぐに背を伸ばして後ろを向いて立っているスーツ姿の男性が1人立っていた。
肩にかかりそうな黒髪に中肉中背でありながらも程良く鍛えられてそうに見える体躯。
彼の右手には一振りの刀が握られており、今まさに納刀されるという瞬間が描かれている。
まるで映画のワンシーンを切り取ったかのようにかっこいい。
ただ、それ以上にその馴染み深い姿に釘付けられた。
この絵のモデルになった人、日本人じゃない?
「絵も素晴らしいですね。題名はあるのですか?」
「『月夜の鴉』だ」
私の隣で絵を眺めていたドルフにジェドさんは微笑んだ。
月夜はそのままだとして鴉っていうのは絵の男性が髪も服も真っ黒だからかな?
「この男性は鴉という名なのですか?」
まぁそう思うよね。
この世界で鴉を見たことがないし、ドルフが鴉を男性の名前だと思うのは当然だ。
「そうであり、違うとも言える」
どういうこと? と思っているとジェドさんは続けた。
「鴉とは彼の故郷にいた真っ黒な鳥のことだ。見ての通り、彼の髪は黒く着ている服も黒い。この絵では分からないが、彼は瞳も黒くてね」
「外国の方でしたか。確かに彼の服装や容姿、持っている武器は見たことがありませんね」
ドルフの言う通り、黒髪や黒目の人はこっちの世界で見たことがない。刀やスーツもだ。執事服なら見たことあるけどね。
「かっこいいだろう? 彼の持っている片刃の武器は刀と言うんだ」
剣と比べて刀身は細いが、その切れ味は非常に鋭い。
剣が叩き切る、もしくは叩き潰すことを得意としているなら、刀は切ることに特化していると彼は言った。
「そして彼は鴉と名乗った」
だから男性の名前が鴉であり違うとも言えるってことか。
ともかく、ジェドさんの話も含めて考えると絵の男性は日本人だろう。
転生した私とは違って転移っぽいけどね。
でも、転移だっとして何で刀を持っているんだろう。武士とかならそういう時代から来たって考えられるけど、スーツだしなぁ。こっちの世界で作ったとか?
それはそうと、ぜひ会ってみたい。
彼はどうしてこの世界にいるのか、これまでどうやって生活してきたのかとか色々話したい。
いやまぁ、話せるかは分からないけどね。地面に文字を書いたりやり方はあるはずだ。
「ジェドさんは彼と親しいのですか?」
「あぁ、仲良くしていたぞ。今となっては彼が生きているのか死んでいるのかすら分からなくなってしまったが」
ドルフは気まずそうに謝罪をし、ジェドさんもしんみりしてしまったと謝った。
「だから私は彼の行方を探している。彼に関しての情報は少しでも多く入手しておきたい」
「私に手伝えることがあるなら力になりましょう」
彼の言葉にジェドさんはお礼を言って微笑んだ。
「せっかくの申し出だ。彼についていくつか話そう」
鴉さんは人族で高ランク冒険者として金銭を稼いでいたこと、刀での近接戦闘もできるし魔法での戦闘も得意であること。性格は真面目で誠実かつ自分に厳しい。疑り深いが礼儀正しく思いやりがあり、お人好しな面がある。
「他の冒険者と組むこともあるが、基本的には1人で活動している。そんな彼だが相棒がいる。夜の霧と書いて夜霧という名の黒い狼だ」
夜霧は非常に賢く鴉さんに良く懐いていた。忠誠心が高く勇猛果敢で彼らの連携は見ていて気持ちが良かったそうだ。
基本的に1人で黒い狼と一緒に行動している冒険者。そう聞いた時、私はエリックさんを連想した。
私が知っている冒険者はだいたい2から4人で組んでいる。1人で活動している人は少ないけどいないわけでもない。私は「冒険者」って認識しているけど、実際には何でも屋に近い印象で、1人で活動している人は町中での依頼に絞っている人が多い。
エリックさんのように町の外での依頼をガッツリ受けている人は他に知らない。
「彼と最後に会ったのはどこでいつのことなのでしょうか?」
「200年ほど前にルストハイムの王都で会ったのが最後だ」
ドルフが無言になる。
「鴉殿は人族なのでしょう? 寿命を考えると亡くなっているのではないでしょうか」
「もっともな指摘だが、彼なら寿命をもどうにかしていそうな気がしてな」
本当に人族なの?
ドルフも同じことを思ったのかもしれない。
少し困惑しているように見えた。